@itan-journ@l praha

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『ニンフォマニアック vol.1』暫定今年のベスト・・・

        




私は海外に住んでいるのでモザイクぼかし一切なしの無修正版を観たんですが、目がチカチカするくらい生殖器(とその結合部)をいっぱい見た様な気がします・・・ということでニンフォマニアック二部作続けていきますよ!この映画はラース・フォン・トリアー監督の「鬱三部作」のうちの1つだそうで。あとは「メランコリア」と「ニンフォマニアック vol.2」ですね。実は「メランコリア」は観たんですよ。でもベトナムで買ったDVDだったから途中から再生出来なくなっちゃって、最後まで観ることが出来ませんでした。そのため感想は残していなかったのです(難解で面倒くさそうな映画だったから、ちょっとホッとしたのを覚えている・・・)。確かに「メランコリア」はなんだか鬱陶しい映画でしたが、本作はカッキーン!と場外ホームランのごとく清々しく振り切った映画です。

舞台はイギリス(と思われる)。一人暮らしのおじいさんセリグマン(ステラン・スカルスガルド)は道で殴られて行き倒れになっている女、ジョー(シャルロット・ゲンズブール)を拾って自宅へ連れて行き介抱します。ジョーは色情欲である自身の半生をセリグマンに語り出します。それは驚く程に性的冒険に満ちた半生だったのでした・・・というあらすじ。vol.1では若き日のジョーをステイシー・マーティンが演じ、シャルロットは語り部としての出演です。この偶然助けた見知らぬ人が、すごい話を語ってくれるという筋は民話とかでよくある設定じゃないですか?そして最後は自分がその見知らぬ人の獲物となる・・・みたいな。この期待が意外な方向へ裏切られるのですが、それはまたvol.2で。




※ガッツリネタバレします。




第一章:釣魚大全


ジョーは父親(クリスチャン・スレーター)からは可愛がられていますが、母親(コニー・ニールセン)は彼女に無関心という家庭で育った子。幼い頃から性に興味があって局部を床にこすりつけたりしてますが、こんなのみんな大なり小なり同じですよね。我らが岩井志麻子先生も3歳くらいで性に目覚め、登り棒に登ってばかりいた幼少期について語られていますし。

お父さんとジョーはよく連れ立って森に行き、樹々について観察します。冬には樹の魂を見ることが出来る・・・少しでも太陽を受けようとして枝が色んな方向に伸びているのが、葉っぱのない冬によく観察出来るからなんですね。このジョーとお父さんと樹というモチーフが繰り返し出て来ます。落ち込んだ時に森に行ったり、樹を押し花の要領でプレスしたノートを見たり。私はこれが何を意味しているのかちょっとよくわかりませんでした・・・というか、この映画全体に宗教的だったり哲学的だったりする示唆がそりゃもうふんだんに含まれており、浅学な私はまったく読み取れませんでした~。セリグマンが書物から得た知識だけはあるっていう童貞設定だから、ジョーの語りにいちいち「 それは◯◯の△△だね」とか学術的解釈を付けるんですよ。でもそうでもしないと、ただ年老いた童貞はドン引きするしかなさそうなのでそういう教養的なバランスは必須なのかもしれません。

ティーンネイジャーになったジョー(ステイシー・マーティン)はバージンを地元のイケメン(?)ジェローム(シャイア・ラブーフ)に捧げます。ジェロームは何故かヴァギナを3こすり、アナルを5こすりしてジョーの初体験は終わるのでした(画面にちゃんと3+5=8と数字も出る)。セリグマンはその数字をフィボナッチ数であるというのでした。観てる人はポカーン・・・でしょう。フィボナッチ数についてはこちらのWikiを。セリグマンはジョーの性的経験を学術的なものに当てはめずにはいられないようです。バージン卒業を果たしたジョーは女友達と一緒にある遊びに興じるようになります。扇情的な格好をして列車に乗り込み、二人のうちより多くの男性乗客とセックスした方が勝ちというゲームです(商品はお菓子!)。最初は女友達優勢でしたが、一等車両にいる紳士(ジェンズ・アルビヌス)を落としたら倍の点数が付くというルールに変更。紳士は最初のうち拒んでいましたが、結局陥落(子作りするために家路を急ぐ男だったのだが)。ジョーのオーラルセックスによって果てるのでした(なんじゃそら・・・)。

この列車内のゲームもセリグマンによってフライフィッシングに例えられます。そりゃあ何かに例えなければ、こんなビックリエロ話やってられないかも(笑)。若いジョーを演じるステイシー・マーティンは線の細い美少女。まだ出演作も少ないのによくもこんな映画に出てくれたものである。 しかしこの映画の熱演を買われてかミュウミュウのキャンペーンに出てましたね。「アデル、ブルーは熱い色」の二人もそうだったけど、ミュウミュウは体当たり演技した若手女優が好きな様子。ステイシー・マーティンはなんかうちの姪っ子(まだ小学生)に面影が似ていて「ああ、 姪っ子がこんな色情欲クソビッチになったらどうしよう・・・」と叔母として心配してしまう私なのでした。


第二章:ジェローム

ジョーは自分と同じ様な性的嗜好を持つ少女たちと同好会を作り、世間一般で言われている愛の定義(一対一の安定した関係ってことだと思います)に対しアンチテーゼを唱えフリーセックス的活動をするようになります。イケメンからブサメン、チビからデブとルックス問わず多くの男とセックスし「こんなの初めて」的なセリフを各人に言うジョー(笑)。しかしメンバーのうちの一人がマジな恋愛をして「こんなの間違ってる」などとのたまい退部して行くのでした。そんなジョーにもマジな恋愛らしきものが訪れます。ジョーはお父さんと同じ医学の道を志しますが、途中で挫折。事務員として小さな会社に就職します。そこの上司が初体験でフィボナッチ数だけジョーを貫いた男、ジェロームだったのです。ジェローム的にはワンチャンどころか何チャンもある女としてジョーを見ているのですが、ジョーは彼の誘いには乗らず性欲を他で発散させて彼をじらします。でもジェロームのデスクを片付けたり朝食を用意したりと甲斐甲斐しく働いたりして可愛らしいところもあったりして。しかし縁故で雇われていたジェロームはすぐにいなくなり、おまけに彼は秘書(フェリシティー・ギルバート)と結婚してしまうのでした。

シャイア・ラブーフのクセモノっぽさが奇妙にいい味を残すオフィス編です。考えれば役者陣はみ~んなちょっと奇妙なテイストを纏っているように見えますよ。それはブロックバスターのアメリカ映画では絶対に見られない不思議な雰囲気です。クリスチャン・スレーターやキーファー・サザーランド(「メランコリア」)やウィレム・デフォーらアメリカのビッグバジェット映画に出てるハリウッドスターが、み~んなヨーロッパの舞台出身で知るひとぞ知る実力派俳優さんぽく見えるんですよね。これがトリアー節ってやつなのでしょうか。また空気が乾燥したような、妙にピントがあってる写真みたいな画面がいいです。ヨーロッパって感じがします。秘書のフェリシティー・ギルバートも猫みたいな薄情な表情をした人で良かったなあ。彼女はモデルさんだそうですよ。こうし てジェロームはジョーの前から姿を消してしまうのですが、その直前にジョーは自分の気持ちを手紙(!)にしたためていたのでした。結局ジョーの初恋(?)は淡く散ってしまいます。ジェロームに去られたジョーは電車の中で彼の面影を他の男性のパーツ(髪とか手とか)に重ねて自らを慰めるのでした(ちょ、電車の中!)。しかしジェロームは今後も彼女の人生に現れるキーパーソンとなります。


第三章:ミセスH


ジェロームがいなくなった後のジョーは相変わらずフリーセックス活動を続けています。あまりに多くの男と関係しすぎて覚えきれなくなった為、サイコロの出た目で別れるか、キープするかを決める始末。そんなとき関係のあった既婚者のH(ヒューゴ・スピアー)が妻子を捨ててジョーのアパートに転がり込んできます。ジョーは遊びのつもりだったのにマジになられて戸惑ってしまうのでした。そこへHの奥さん、ミセスH(ユマ・サーマン)が三人の幼い息子を連れて突撃して来ます。この奥さん、ちょっと変わった人。ミセスHは息子が刺繍をした小さなクッション(Hの好きな車がくちゃくちゃに刺繍されてる)をHにプレゼントとして渡したりしているので、ああ、子供を使ってHに大きな罪の意識を植え付けようとしているんだなあ・・・となんだか切なくなります。三人の息子にジョーの寝室を勝手に見せて「ここが現場よ。よく見て覚えておくのよ」などと言ったりするのです(これ、トラウマを植え付ける行為では)。勝手に台所でお茶を入れたりして、ジョーとHは「・・・」とドン引き。

このミセスHのおかしな行動が四万十川料理学校のキャシー塚本のようだと指摘する方がいらっしゃいますが、まさにキャシー的不条理ギャグの世界なんですよね。と、同時に夫に捨てられた妻がやる、自分の尊厳をギリギリのところで保ちながら出来うる限りの遺憾を表明する方法がコレなんだと思うとね、すごく胸が痛むんですよ。たぶん私がミセスHの立場だったとしても似た様なことをしでかすだろうなあと・・・。演じているのがユマ・サーマンだってことに後から気付いたくらいで、いや~熱演でした(映画ポスターのユマ・サーマンは美人女優オーラ過多なのですぐわかったんですがねえ)。

そこへジョーの別の相手A(サイロン・メルヴィル)が花を持ってやって来ます。勝手にドアを開けてAから「まあ素敵、ありがとう♥」と花をもらいAを息子たちを紹介するミセスH(笑)。フレンドリーにAを迎え入れたのですが、子供たちに「こんな汚らわしい人たちに会うことは滅多にないんだから、お前達聞いておきたいことを何でもお聞き」といいます。このパートではミセスH以外の人が始終強ばった表情をしているのですが、三人の子供たちの三者三様の戸惑った表情もまた素晴らしいんですよね(この子たちはクレジットで同じ名字だったのでリアル兄弟なんですね)。

ジョーが耐えかねて「彼(H)のことは愛してないの」と言いますが、それを聞いたミセスHが「自分と子供達をこんな破滅に追い込んだのに夫を愛してないとは、これいかに?!」と逆上。父親と離れたくないという子供を夫から引っぺがして、Hをビンタして、叫んで、泣いて、出て行くのでした・・・。もう本当に気の毒。妻子を捨ててまで愛人の元に出て行った夫でしたが、実は愛人からその他大勢のセフレ扱いされていただけだったというこの事実よ!ジョーとHが相思相愛であった方がいくらかマシというものです・・・。セリグマンに「このエピソードからは何を学んだ?」と聞かれ「特に何も」とジョー。冒険は続きます。



第四章:せん妄

ジョーが大好きだったお父さんがガンで入院してしまいます。余命幾ばくもないお父さんを献身的に見舞うジョー。しかし病院嫌いであるというお母さんは決して姿を現さないのでした。この映画の中ではジョーとお母さんとのエピソードは語られないんですよね。ジョーはお母さんを嫌っていますが何故そこまでして嫌うのかということがハッキリしません。お母さんはただ家族に無関心だったという感じに描かれています。病気で苦しむお父さんを見ている辛さから逃れる為に、ジョーは病院で働いている人達とセックスをします。亡くなったお父さんの身体を前にして、悲しみに震えるジョーは同時に濡れていることに気が付くのでした。

この章はモノクロで撮られており一番鬱々とした章で、ちょっと観ているのが辛かったです。ジョーの股を通してお父さんが亡くなっているベッドがあり、ジョーの脚には体液が筋を作るという・・・最愛の父の死のときでさえも、ニンフォマニアックであることが実に象徴的な画面構成で描かれていました。もう、なんか、病んでるなあ~という感じですよ。鬱三部作とはよく言ったものだと思います。

ニンフォマニアックというタイトルではありますが、この映画はそういう下世話な好奇心を満たす映画ではないんですよね。劇中で出て来る沢山のセックスシーンも扇情的なポルノ映画ぽいエロさは全くないし、ジョーがトロンとした目をして快楽の虜になっているというような紋切り型描写もありません(トリアー監督だから当たり前か)。ただただ、物理的に性的結合があるのみなんですよ。それを強調するかのように結合部分がアップで撮られていたりします。結構突き放してるなあ・・・という感じもするんですけど、だがそこがいい・・・みたいな感じもあります。陳腐な欲情や劣情、一切ナシでただただ性的結合だけが存在している世界。なんか逆に哲学を感じたりして・・・。同じ様な症状の主人公が出て来る映画だと、おファス主演の「SHAME」がありますね。SHAMEも病んでたけど、こっちは客観的エロさというものを意識してたように感じます。本作はそういう意識がまったくなくって、ひたすら生殖器とその結合。なんだったら医療系ドキュメンタリーみたいなドライさが漂ってますよ。主人公のジョーは濡れてるかもしれんが、作風は乾いてる!サラッサラのドライなのです。


第五章:ちいさなオルガン教室


セリグマンは音楽にも造形が深く、バッハについても論じたりしています。そこからジョーは自分の「定旋律」について語り始めます。定旋律についてはこちらのWikiを。簡単に言うと安定的音楽は三つの音によって成立する、みたいなロジックでしょうか。ジョーはFという優しくてオーガズムに導くのが上手い男と、Gというワイルドで動物的なセックスをする男を持つことになります。彼らはそれぞれ別の旋律を奏でる男達。そして三つ目の音を作る男は・・・再会したジェロームだったのです。いつもの散歩道をジョーが歩いていると、破かれた写真が点々と落ちていて、その破片を集めるとジェロームと彼が結婚した秘書の写真になりました。そして現れるジェローム・・・「うっそだ~!そんな偶然あるわけない」とセリグマンに言われますが「本当に起こったことだからしょうがない」とジョー。運命の男、ジェロームがもたらす「愛」、ティーン時代のフリーセックス同好会を辞めたメンバーが言っていた「愛はセックスのスパイスよ」の「愛」が三つ目の旋律となり、ジョーの「定旋律」が完成しました 。しかし、幸福なときは長くは続かずジョーは突然不感症になってしまうのでした。「どうしよう・・・何も、何も感じないわ!」

ここでvol.1が終了〜!主人公が不感症になってしまってさあ、どうなる?!?という最高のタイミングでの終了ですよ。突然ロックな音楽が流れ出し、クレジットとvol.2から取られたハイライト画面に分割されます。うおおお、vol.2も超~面白そう!!そしてロックな音楽はサビに入り♪ニンフォー、マーニアーック!♪としゃがれ声のオッサンボーカルがシャウト。・・・最高だ。最高ですよ!最高なんですよ!上映時間が約2時間半だというのに、あっちゅー間だしで思わずサブタイトル「暫定今年のベスト1」という文言がポロリと出てしまったわけです・・・(公開されたのは昨年なんですが)。いや〜、オラ、ワクワクしてきたぞ!ということで、vol.2に続きます。



ジャーマンメタルってやつ?
ドイツ語のヘヴィな響きがまたカッチ ョいい。♪ニンフォー、マー二アック♪の部分は省かれてるみたいですが。





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Comment

says... "管理人のみ閲覧できます"
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2015.01.24 17:26 | | # [edit]
aitantanmen says... "Re: やっぱり"
あいさん

やっぱりそうですか、私が観てそうな感じですか(笑)。
公開からちょっと遅れてしまって悔しいです。もっと早く観ておくべきでした・・・!
それくらいインパクトが強い映画でした。

アデルも素晴らしい映画ですよね。あー無修正で観なかったのが悔やまれます。
スギちゃんみたいなレア・セドゥに笑いました。
レアさんも出自がすごいお嬢様なのに、超体当たり演技で凄かったですよね。
フランスでは逆に汚れ仕事(という言い方もアレですが)を経てこそのキャリアアップという感じなのかもしれませんね。
シャルロットもレアさんも二世や七光りのイメージ払拭のために苦労したのかもしれません。

アデルの最後は本当に切ないですよね。
自分も失恋した気分になって、何とも言えない後味を残します。
フランス映画はハッピーエンドを壊そう壊そうとしていて好きです♥
でもそればかりだと疲れるのでたまにBSOL映画を入れてバランスを取っています。
2015.01.26 20:11 | URL | #- [edit]

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