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おまとめ感想「泳ぐひと」「26世紀青年」「七人の侍」「ロッキー・ホラー・ショー」「高慢と偏見とゾンビ」「ナイスガイズ!」「ソーセージ・パーティー」

鑑賞したものの、時間がなくて(&やる気がなくて)ちゃんとした感想を書けなかった映画を数行で記録します。


           
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泳ぐひと [ バート・ランカスター ]
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「泳ぐひと」
町山さんの映画ムダ話で解説されていたので鑑賞してみました。結局私自身はステータスのある仕事と家族を失った中年男性ではないので、そこまで共感に至らず「ああ、落ちぶれちゃって可哀相な人の話だなあ・・・」といった程度でした。しかし登場時からラストまで海パン一枚で出ずっぱりのバート・ランカスターの肉体美は一見の価値あり。海やプールでない場所での海パン姿ってのは、なんか見てはいけないものを見てしまったようでドキっとしますね。あと海パンで馬と競争(しかも主人公は満面の笑み)とか、ちょっと正気の沙汰ではないです(笑)。ラストで荒れ果てて空き家になった自身の別荘に帰り着く主人公ですが、無人のテニスコートになり響く幻のボールの音が切ない 。一瞬、アントニオーニの「欲望」みたいに架空のボールでプレイが始まるのかと思ってしまいました。


「26世紀青年」

バラ色ダンディで高橋ヨシキさんがおすすめされていたので鑑賞。これは2006年のコメディ映画なんですが・・・トランプが大統領になってしまった2016年に見ると、ちょっと笑えないというか、世界が確実にこの映画で揶揄されているイディオクラシーの方向になってきているんじゃないかなあ・・・といった気がして、なんとも言えない気分になりました。大統領役(元ポルノスター兼レスラー)のテリー・クルーズの演技はすごく振り切れていて面白かったんですけどね。やはりと言うかゲータレードが飲みたくなりました。


           
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七人の侍 [ 三船敏郎 ]
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「七人の侍」
マグニフィセント・セブン」(2016)の予習として鑑賞しました。長かった・・・けど、内外で名作と言われ ているのはわかる気がしました。本作については「マグニ フィセント・セブン」と合わせて感想を書いているのでそちらをどうぞ。


           
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ロッキー・ホラー・ショー [ ティム・カリー ]
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「ロッキー・ホラー・ショー」
これも確かダンディのカルト映画特集で出て来たから観たんだと思います。「ウォール・フラワー」でも学校の文化祭でエマ・ワトソンちゃんがこの映画のパロディーをするシーンがありましたね。しかし、うーん・・・正直、全然わからなかった・・・。私はセンスがない人間です。トホホ。ティム・カリー演じる真っ赤な口紅でガーターベルトの博士がゲイじゃなくってバイセクシャルだったってのが驚き!あとナレーター的な役割でマイクロフト兄さん(グラナダTV「シャーロック・ホームズの冒険」)を演じていたチャールズ・グレイが出ていたのにまたまた驚き!なのでした。


           
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高慢と偏見とゾンビ [ リリー・ジェームズ ]
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「高慢と偏見とゾンビ」
何度も映画化されたジェーン・オースティンの名作小説「高慢と偏見」にゾンビ映画を大胆にマッシュアップした作品(なんと原作小説があるそうです)。すごく斬新な設定なので期待しましたが、思ったよりもずっと大人しい出来にガッカリしました。ベネット家の四姉妹が百戦錬磨のゾンビハンターなんですが、舞踏会シーンでの立ち回りは良かったもののラストまでアクションが炸裂せずに不完全燃焼な感じ。中国でカンフーを習得したということですが、カンフー出て来ましたっけ?チャリエンみたいなのを期待していたんですが・・・。あとゾンビのグロ描写もほぼなくてガッカリ。出演女優陣はみんな可憐で美人だったし、ダーシー氏のツンデレぷりもよかったんですが。


            


「ナイスガイズ!」
70年代のLAを舞台にしたラッセル・クロウ&ライアン・ゴズリングによる私立探偵バディムービー。クマちゃんみたいに肥えてるけども、なんかセクシーなクロウと、二枚目封印、ドジで三枚目に徹しているゴズのコンビがいい。その二人にゴズの13歳の娘(だけど普通に車運転してる)が加わり、おっさん二人と少女という面白いトリオになっている。Wikiによるとジャンルはミステリー・クライム・スリラー・ネオノワール・アクション・コメディだとか。確かに全部の要素が入っている!誤射や流れ弾で人がバンバン死ぬけど、それさえもちょっとしたギャグになっておりテレビドラマぽい(もちろん、いい意味で)。80年代の子供時代によく洋画劇場で観ていたメル・ギブソンやブルース・ウィリスのライトな刑事探偵ものっぽい雰囲気もあるな~と思ったら、監督脚本がそっち系の人だった。楽しめたしロッテン・トマトの評価も高いけど、興行成績があまり良くなかったらしいので続編は微妙?


            


「ソーセージ・パーティー」
アメリカのスーパーマーケットで売られる食材たちの愛と友情、冒険を描いたR15のCGアニメーション映画。正直観る前はちょっとバカにしてたけど、すごく面白かったです(笑)。食材はお客さんに選ばれて、素晴らしい外の世界に行くことが夢なんですね。買って食べられるという意識が全くないってのが凄い(食材であるのに存在意義を自覚していない!)。そんな彼らが反乱を起こしてスーパーの中がグロテスクな大惨事になるというストーリーです。キャラクター自体結構カワイイし、ボイスキャストも無駄に豪華。ラストはパンの中にソーセージが入って合体するんだろうなあ~と予想していましたが、それをはるかに超越した食材たちの乱交パーティーが待っていたのでした(笑)。これからスーパーに行くと食材たちのおしゃべりに耳を澄ますようになるのでは?という楽しい一本です。

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『メッセージ』ばかうけが授けてくれたものとは・・・






予告編を見たときは「正体不明の宇宙人がやってくるSFか・・・」と思い気に留めていなかったのですが、町山さんのたまむすびPodcastを聞いて「ん?ただのSFじゃないんだ」と認識を新たにし、普段はSFやアクションなど全く見ない知人(「ルーム」を勧めてくれた人)が褒めていたので興味を持ち鑑賞してみました。

夫と一緒に観に行ったのですが彼は普通のSFアクションだと思っていた為、どうやら肩すかしだったようです。「インデペンデンス・デイ」や「マーズ・アタック!」みたいな作品を期待してはダメ!(原題が「Arrival」てのも誤解しやすいのかも)SFな設定で展開する非常にヒューマンでファミリーな映画なのでした(だから「ルーム」絶賛の知人が褒めていたのもわかる) 。夫は「ラストが甘過ぎた」という感想を述べていましたが、まあその気持ちもわからないでもないです。

主人公のルイーズ(エイミー・アダムス)は言語学者。ある日地球に12基のばかうけ、もとい正体不明の宇宙船がやってきます。この宇宙船のビジュアルが日本人には「ばかうけ」に見えると話題になってました。他にも柿の種やハッピーターンなどに見えるという意見があるようです。要は細長い米菓なんですね(笑)。しかし圧倒的マジョリティーは「ばかうけ」で、ポスターに印刷された宇宙船に実際のばかうけを重ねた画像があってフォルムが見事に一致していました。あー食べたい。

で、このばかうけ宇宙船の中に生命体がいて各国は彼らとコミュニケーションを取ろうとします。アメリカでは言語学者のルイーズが軍の偉い人(フォレスト・ウィティカー。相変わらず左右の目が非対称なのが気になる)に頼まれ、物理学者のイアン(ジェレミー・レナー)らとチームを結成し彼らの目的を探るためコミュニケーションの糸口を探すという導入部です。


※ネタバレ第一段階(ラストには触れず)。


私は通訳以前に、この宇宙人たちとのコミュニケーションが可能なのだろうか?(そもそもコミュニケーションという概念があるのだろうか?)というもっともっと前提のところから真摯にアプローチしていくルイーズの姿に好感を持ちましたね。まあ学者としてはとても若い彼女が(しかも教えている大学も名門ってより普通の私学っぽかった)なぜ大抜擢されたのだろう?もっと大御所で権威ある学者さん が大勢いるのではないだろうか?などとも思いましたが。軍人のフォレスト・ウィティカーが「早く奴らの言ってることを訳せ!」とルイーズにせっつくんですが、ファクトをひとつひとつ積み上げて行かないと解読なんて出来ないんですよね。それを知的に説明するのがよかったです(オーストラリア大陸のカンガルーの話は有名だけど本当の話じゃなかったのか!)。

思い出したのがベネ様主演の暗号解読の映画「イミテーション・ゲーム」でした。ナチスの暗号解読をするために集められた数学者たちの話ですが、1つの規則性を見つけることが解読の糸口になるんですよね。本作は現在が舞台なのでパソコンもあり解析作業はだいぶ楽なはずなんですが、やはり非常に苦労するんです。宇宙人はタコみたいなビジュアルで触手から墨のようなものを出し文字らしきものを出すんですが、その文字が墨絵のようであり、紙のランチョンマットに付いたワイングラスの染みのようであり、なんとも不可解な代物なんですよ。

しかもその文字を引き出すまでにも苦労してるんですね。視覚的な助けがないとということで、ルイーズは紙に自分の「人間」という単語や名前を書き「わたしは、人間。わたしは、ルイーズ」というところからスタートしてるんです。モノには名詞があるってところからの説明。もう気が遠くなりそう!でもそのアプローチしかないわけなんですよ。思えば人間同士だって言葉が異なる人々と初めて接触したときは、そういう試行錯誤を重ねて辞書やフレーズ集を作って行ったんだなあ・・・ と胸アツになるわけです。まあ人間同士だったら「これ美味しいから食べてみて〜」と食べ物をプレゼントとかの方法もあるんですが、相手は正体不明のタコ宇宙人。そんな彼らとコミュニケーションの入口に立つということがとても崇高な使命のように見えて、ルイーズ頑張れ!と応援したくなるんですね。

このミッションの途中途中でルイーズは病気で亡くなった娘との思い出を回想します。赤ちゃんの頃から幼児、ローティーンになるまで様々な思い出がフラッシュバックするんですが、娘との会話から様々なヒントを得るんですね。この娘、家族というのがSF設定の裏に隠された本当のテーマなわけです。ふむふむ、愛する娘との思い出がこの仕事を成功に導くことになるんだろうなあ、とこのときは考えるわけなんですが・・・。



※ネタバレ第二段階(ラストまで)。話がちょっと前後するかもしれません。




少しずつタコ宇宙人たちのリサーチを重ねて行くことにより文字のデータがたまり、墨絵と単語がペアになった簡単な辞書が作られて行くんですよ。これって映画の設定上はどんなロジックになってるんでしょうかね。本当にひとつひとつ意味があって機能するように作られていたらすごいなあと思います(リュック・ベッソンの「フィフス・エレメント」ではミラ・ジョボビッチの話す宇宙語は適当じゃなく本当に通じるように作ってあり、ジョボビッチはベッソン監督とその言語で話していたと読みましたが。ちなみにベッソンとミラ・ジョボビッチはこれがきっかけでデキており、ベッソンは当時のパートナーのマイウェンと別れている。マイウェンはその後女優兼映画監督になり「モン・ロワ」などいい映画を撮ってます)。

宇宙船はロシア、中国、ベネズエラ、英国、日本の北海道など他の国にも来ており各国が国の頭脳を結集してコミュニケーションを取ろうとしているんですが、誤解と言うか誤訳?が起きてしまうんですね。宇宙人が「武器」という単語を含む墨絵を吐いたので皆に緊張感が走るんです。先走った中国が戦闘態勢を取り他の国も中国に続きそうな勢いになるんです。でも心優しいルイーズとイアンは「武器という単語は1つめの意味の解釈で、他にも意味があるはず」と思うんですね。欧系の言葉なんかだと第一義の他にも色んな意味があって使う状況によって意味が変わっ て来ることがありますが、恐らくそんな感じなのかな?

ここは話の展開上仕方ないと思うんですが、ルイーズとイアンがちょっと優等生過ぎるかな~などと思ってしまいました。得体の知れない宇宙人相手に性善説を疑わないナイーブな人達のようにも見える・・・。ヘビープロテクションの防護服を脱いで宇宙人相手に「ほら、怖くない」とナウシカ的なアプローチもしちゃうんですよ。ブラック・コメディーなマーズ・アタックなんかだと、いの一番に殺されるタイプです(笑)。もちろんそのプロセスでルイーズとイアンの心も近づいて行くんですね。ここは、私的には職場恋愛アコガレを刺激されたのでした(参照作品:「砂漠でサーモン・フィッシング」)。

でもタコ宇宙人はそんな優しい二人に答えてくれる んですよ。アメリカ軍の悪い人たちが宇宙船内に仕掛けた時限爆弾に気付かず、船内で対話を試みる二人を助けてくれるんですね(しかも彼ら一匹?はそのせいで命を失うのだった)。娘との思い出を回想するルイーズは娘の名前「ハンナ Hannah」の由来について思い出します。「ママ、私はどうしてHannahなの?」「前から読んでも後ろから読んでも同じだからよ」そう、ハンナは回文だったのです。それがヒントになったようで、ルイーズの解読にアクセルがかかります。ルイーズは一人で宇宙船の中に向かい、残った一匹と対話をします(この時点ではもう文字を介さずテレパシーのように話が出来る設定?普通に話しているように見えた)。

娘のハンナが「動物の言葉を一緒に研究していたころのパパ(別居中)とママ」の絵を書き、粘土でタコ宇宙人を作っていたシーンがあったので「もしかして・・・?」と思っていたんですが、実は娘ハンナの回想は回想ではなく未来だったんですね。ハンナはルイーズとイアンの娘だったんですよ。で宇宙人が「ルイーズ、君は未来が見える」って言うんですが・・・。えー何それ?とちょっとビックリ。しかも、宇宙人の言葉が字幕で出て来るんですが・・・現地語オンリー!オリジナルと思われる英語字幕が見当たりませんでした。これはキツい!「え、え?」と混乱してしまいました。つまり「武器」と訳された言葉は「道具(未来が見える特殊能力)」みたいな意味合いで使われていたらしいです。紛らわしい!けどルイーズたちの推測は合っていた訳ですね。そういや日本語でも「資格を武器にして転職する」みたいに使いますな。

Wikiのネタバレによると、宇宙人はこの「道具(未来が見える特殊能力)」を人間に授けにやって来たと。なぜなら遠い未来に彼らは人間に助けてもらわなければならない事態になるから、そのときのために・・・ってことらしい。そんで今ルイーズにこの能力を使って戦いを回避させよ、ってことらしい。ふむ。でもちょっと待って、あんたたち宇宙人がこんなふうに正体不明に来たから世界が臨戦態勢になってんじゃないの・・・?とも思うんですが。あと高度な宇宙生命体なら一瞬で「道具」を脳にインストールする方法とかないの・・・?とかも思いますね(そしたら映画が成立しないか・・・)。これは私が語学を勉強する度に常々思ってることで、新しいソフトウェアをPCにインストールするように言語習得も簡単に出来たらなあ〜と思っているからです。しかしその「道具」が運用出来るのは今のところルイーズ一人なわけであって、どうやって継承して行くのだろうか・・・などとも思う。心配し過ぎですかね(笑)。

その「道具」を使ってルイーズが未来を見ると中国の最高指揮命令者のシャン将軍(ツィ・マー)と国際的なパーティーで話すシーンが浮かんできました。シャン将軍はルイーズにお礼を言い「あのときあなたが私に電話をして、亡き妻の最期の言葉を言ってくれなかったら、どうなっていたかわかりません」と言うんですね。それ、それだよ!それ何て言ったの~?ってことなんですが、中国が宇宙人を攻撃する前に聞き出してシャン将軍に電話しなければならない!というハラハラシーンになってました。ルイーズが話す中国語も字幕は出てなかったので意味は不明ですが・・・。原作小説の作者が中国系アメリカ人なんですね。そのせいなのか宇宙人が描く文字は墨絵のようでオリエンタルだし、回文が出て来ることからグルグル回るってことで輪廻転生の哲学を連想させ東洋的なコンセプトがあるのかなあ~とも思いました。ルイーズは中国語を話せる設定なんですが、彼女の中国語はネイティブにはどのように聞こえてるんでしょうかね。

あとはご想像通りですね。シャン将軍がわかってくれて(しかし彼が野暮な人でなくて本当によかったよ・・・)攻撃は中止、ばかうけ12基は宇宙に帰って行ったのでした。さて未来を見たルイーズ、イアンとの間に可愛い娘が産まれますが、イアンとは別れて娘は若くして病気になり他界することは既に知っているんです。それでも、この人生を受け入れますか?ということなんですが・・・。ルイーズはそうすることを望むんですね。ポジティブに描写されていますが、これはかなり辛いんじゃないでしょうか。イアンと別れるのはよくあることだしいいんだけど、娘がってのは・・・辛過ぎる。まあ、それでもルイーズは娘と一緒に生きる時間があることを選んだってことですかね。うん。

私的にはルイーズに未来が見えるってところから、かなりぶっとび設定だな~って思いました。そして帰ってからWikiを見て自分の理解度の確認作業でしたね(笑)。夫が言った通り、ちょっと甘い終り方ってのもわかる。そしてヒューマンドラマとして高評価なのもわかるし、その逆で「ハア?」となっている人がいるのもわかる・・・という作品なのでした。ロッテン・トマトでは現在のところ94%フレッシュですよ。これはちょっと驚き。もっと票が割れてるかと思いました。一方でおファス主演、今こちらの劇場でも多くロードショーされている「アサシンズ・クリード」は現在17%・・・まあこれは予告編からして微妙でしたけど。たぶん観に行かないと思います(笑)。

しかし主演のエイミー・アダムスは最近いい仕事ばかりしてますね。カヴィル氏演じるスーパーマンの彼女だし、トム・フォード様の「Nocturnal Animals (原題)」ではシリアスないい演技もしてるし。「魔法にかけられて」の頃はBSOL映画女優っぽいなって思ってたんですが、アカデミー賞にも何回も何回もノミネートされてるし。本作もオスカーに絡んで来ると言われていますが、どうなるのか楽しみです。

『光をくれた人(The Light Between Oceans)』切なく美しいが、もう一歩切り込んで欲しかった





あれは確か去年の正月。ELLEの記事で「別れたはずのマイケル・ファスベンダーとアリシア・ヴィキャンデルが一緒に年越し?」という記事を読んでビックリしたんでしたっけ・・・。そもそも付き合ってたってことも知らなかったかもしれませんが、その二人の出会いのきっかけになった作品がコレです。その後、ヨリを戻した二人は仲良く連れ立ってオスカー授賞式へ(しかし二人ともノミネートってすごいな)。今も交際が続いている様です。

そんなきっかけになった作品、いったいどんな映画?と調べてみたら「ブルー・バレンタイン」や「プレイス・ビヨンド・ザ・パインズ/宿命」のデレク・シアンフランス監督による切ない夫婦の物語だとか。これは観るしかないと思い鑑賞したのでした。一次大戦後すぐくらいの時代もので原作小説があるそうなので、そのせいなのかタッチは非常に正統派なクラシックスタイルの映画でしたね。役者もおファス、アリシア、レイチェル・ワイズと美しさと実力を兼ね備えた人ばかり。そして話の中身が切ない・・・。非、常~に切ない話なのでした。


第一次世界大戦の激戦からトラウマを抱えて帰って来たトム(マイケル・ファスベンダー)は、オーストラリアの小さな無人島にある灯台守の仕事を得ます。本島で出会った娘イザベル(アリシア・ヴィキャンデル)と恋に落ちて二人は結婚。美しい小さな島で夢の様な新婚生活を送る二人。やがてイザベルは妊娠しますが、流産してしまいます。その後再び妊娠したイザベルですが今度も残念な結果になってしまうのでした。深い悲しみの中で暮らす二人でしたが、ある日ボートが漂着します。その中にはすでに亡くなった成人男性と、泣き声をあげる赤ん坊が入っていたのでした。トムは灯台守としてこのことをレポートしなければならない立場でしたが、イザベルは赤ん坊の世話をするうちに離れ難くなっていきます。ついにトムはイザベルに説得されてレポートをせずに亡くなった男性を葬り、赤ん坊を二人の子として育てることにします。

赤ん坊はルーシーと名付けられ、イザベルとトムの愛情を受けてスクスクと育ちます。ある日、本島の教会で行われたルーシーの洗礼式でトムは墓の前に佇む一人の女性(レイチェル・ワイズ)を目にします。何か気になったトムは彼女が去った後で 墓標を見に行くと、一人の男性と女の子の赤ちゃんが海で遭難して死亡してここに眠っているということ、日付がトムたちのもとにボートが漂着した時期と一致すること発見します。トムはその女性、ハンナの元へ匿名の手紙を送り、赤ん坊は無事で大事に育てられていることを伝えるのでした。ハンナは生きている娘を探そうとしますが・・・。というお話です。



※ネタバレ第一段階(予告編程度)



前半はトムとイザベルのラブストーリーなんですよね。トラウマを背負ったダークな目をしたトムが明るいイザベルに惹かれていき、文通で愛を育んで行くのがロマンチックに描かれます。手紙を読む二人の背景にある海や空がすごく綺麗。お手紙には、シンプルで飾らないストレートな愛の言葉に溢れているわけなんですよ。ええのう、ええのう!そして手紙の上でプロポーズ &快諾が行われ二人は目出たく結婚するのでした。おファス、最近ではアメコミだったりゲーム原作映画だったりと現実離れしたフィクショナルな役が多かった印象ですけども、やっぱりこういう普通の役も上手いんですよねえ・・・。普通の男にしちゃイケメン過ぎやしないだろうかとも思ったりするんですが、色々あって暗くなった感じがよく出てて全然浮いてませんでしたね。

そして新婚生活が始まるんですが、ここも本当に夢のように幸せに撮られてるんですよ。孤島なので基本自給自足。カントリーライフを送りながらラブラブ、ラブラブする二人の新婚シーンがいっぱい。トムにもよく笑顔が見られるようになりました。まあこの幸せ描写はこの後の二人にやってくる悲しみの前フリなんですが、 だからこそ素晴らしく見えるんですね。イザベルは妊娠初期の嵐の夜、身体に異変をきたして流産してしいます。悲しみにひたる夫婦でしたが、しばらくしてまたイザベルが妊娠します。今度は妊娠中期くらいまで成長しますが、ある日同じように身体に異変が起こりまた残念な結果に。丘の上には産まれなかった子供たちへ捧げられた二つの十字架が刺さっています。その前で佇むイザベル。あまりの悲しみの為か赤ん坊の泣き声の幻聴まで聞こえて来ました。

ところが、それは幻聴ではなく本当に赤ん坊の泣き声だったのです。波間に漂うボートには既に亡くなった男性と泣く赤ん坊が入っていたのでした。赤ちゃんを保護する夫婦でしたが、トムは職務からこのことをレポートしようと灯台へ行こうとし ます。しかしもう少しだけ赤ちゃんと過ごさせて欲しい、というイザベルの願いを聞くことに。やはりというか情が移ってしまい、夫婦はもう赤ちゃんを手放せなくなってしまうんですね。またこの赤ちゃんが可愛いんだ。アイボリーの毛糸で編んだ帽子とかカーディガンとかベビー服も可愛いんですよ。服が可愛いといや、イザベルの服も白や生成りを基調としたロマンチックな服で可愛かったです。

それで夫婦は亡くなっていた男性を埋葬し、女の子にルーシーという名前を付けて自分たちの子として育てることにするのでした。またこの子育てパートも幸せいっぱいに描かれています。子供を望んだものの何らかの事情があって出産できず、よその子を法的に問題のある方法で自分のものとし、愛情たっぷりに育てるというのはちょっと「八日目の蝉」みたいですね。当時はDNA鑑定とかないし、戸籍的な書類も管理が緩かったであろうと思われるので、このまま何もなければルーシーは二人の娘ということで疑いようもなかったことでしょう。

ところがトムはルーシーの産みの母が存在し、彼女もまた夫と娘を失って深い悲しみの中にいるということを知ってしまうのです。ルーシーの産みの母ハンナはドイツ人青年と恋に落ちて結婚しルーシー(本来の名前はグレース)を産みますが、時代柄周囲からの風当たりが強く苦労が多かったことが回想で語られます。それを知り自責の念にかられたトムは、ハンナに匿名の手紙を送り彼女の娘の無事を知らせるのでした。これがきっかけとなり運命は大きく変わって 行くのです。二回も流産をした後に念願の子供を抱くことができたイザベル、ある日突然に夫と子供を同時に亡くしてしまう悲劇に見舞われたハンナ、真実を知ってしまい板挟みになるトム・・・。みんなそれぞれに辛い、それぞれに可哀相、それぞれに切ない。ああー、誰のせいでもないというのになんと過酷な運命なんでしょうか、と思わず空を仰ぎたくなってしまいますね。



※ネタバレ第二段階(最後まで)




ここからは切ないシーンのてんこ盛り。本島で開かれた灯台関係のパーティーでトムと娘を連れたイザベルはハンナと偶然会ってしまうんですね。ハンナは母親の勘とでも言ったらいいのでしょうか、イザベルが連れている娘が生きているとされる自分の子では・・・と思ったようなんですね。ハンナの妹から事件のことを聞いたイザベルもまた、ルーシーが彼女の娘であることを知るのでした。やはりルーシーを本当のお母さんに返した方がいいのではないか、というトムでしたが「もう遅過ぎる」とイザベルは反対します。本来なら情が移る前に心を鬼にして返すべきでしたが、もうルーシーは4歳。今更、イザベルにはこの子を返すだなんて考えられないことでしょう。確かに遅過ぎたのです。

ここから夫婦の秘密がバレるのかバレないのか?というサスペンス要素が加わって来ます。でもトムはきっと本来の状態に戻した方が良いと思っていたんですね。ルーシーが漂着したときのボートにあったフクロウのおもちゃ(ガラガラ的な?)を、ルーシー生存の証拠としてハンナに匿名で届けてしまうんですよ。そしてハンナが警察に通報し 、おもちゃが証拠品として新聞に載ってしまいます。それを見たトムの知り合いの船乗り(昔からトムとイザベルの家に遊びに来ていた)が通報し、警察がやってきてトムは連行されてしまうのでした。ハンナの夫殺害の嫌疑がかけられ拘束されるトム。イザベルとルーシーも引き離されてしまいます。

もともとハンナの夫は漂着していたときから死んでいたんですが、取り調べを受けたイザベルはトムの無実を証明することができませんでした。取り乱していたし、ルーシーと引き離されたことでトムのことを恨んでいたという感じがしました。牢屋にいるトムから送られた手紙も読まずに引き出しに閉まったままです。ここはちょっとイザベルひどいなって思いましたね。トムだって思い悩んでの末やったことだし、そもそもの発端は自分たちが勝手にしたこと。実の母ハンナには娘と暮らす権利があるのは言うまでもないんだし、トムのこと助けてあげなよ・・・あんなにラブラブだったじゃん・・・って思ってしまうんですよね。それにまだ若いんだから子作りだってできるじゃん、とも思いますが流産を二度も経験した立場にないのでこの辺はなかなか簡単には言えませんが・・・。

ハンナの元に返されたルーシーが彼女を母親と認めず(初めて会ったオバさんと同じだから当たり前なんだけど)イザベルの元に帰りたがって泣いたり、灯台へ戻ろうと迷子になったりと本来の状態に戻った側も色々と大変なんですよね。「八日目の蝉」では結局戻された娘が大人になるまで生みの母親とうまく行きませんでしたが。ようやくトムからの手紙を読んだイザベルは彼の元へ走り、警察へ証言をするのでした。この手紙もまた泣かせるんですよ。若干トム自己犠牲が過ぎるし、いい人過ぎるだろ!って思ったりもするんですが。この映画では手紙を読むシーンがいちいち素晴らしかったですね。

それから月日は流れて50年代になります。トムは釈放されまたイザベルと暮らしていたことが示されます。ある日、引退したトムの家に一人の若い女性がやって来ます。それは大人になったルーシーでした。彼女は赤ちゃんの息子をトムに見せに来たのです。イザベルは既に亡くなった後でしたが、彼女が生前にルーシーに宛てた手紙が読まれるんですね。そこには血が繋がっていないけど、大事に愛情深く育てた娘へのメッセージが。ルーシーが幼かった頃の回想シーンもたっぷりで、思わずグっとくるシーンです。結局泣きはしなかったんです が、喉にこみ上げてくるものがありました。ルーシーは4歳まで大事に育ててくれた二人に感謝し、再びトムを訪ねることを約束して帰って行きます。これでEND。

シアンフランス監督、思ったよりもずっと正統派でまとめてきたなって感じでしたね。画面は美しいし、役者はみんな素晴らしいパフォーマンスだし、切なくていい話ではあったんだけども・・・。ちょ〜っと綺麗すぎてフックが足りないんじゃないかな〜という感じがしました。とにかくすべてが美し過ぎたような。夫婦仲や子育て描写やその後の子の奪い合いも通り一遍的といえばそんな感じで、もっとリアルな部分というか観客に「ああ、あるよね・・・」って共感させる部分が欠けていた様な気もしないでもないです。ここがもっとリアルにジャリっとくる感じで描けていれば泣けたのかもしれません。役者陣の表現ポテンシャルは十二分にあるだけにもったいない。お手紙を読むシーンはどれも美しくて素晴らしかったのですが。本編で泣かなかった私ですが、なんと観賞後にトレーラーを見て落涙。自分でもビックリしました。しかしトレーラーの方が泣けるってどういうこと?って感じですが、編集のテンポがよかったからかも。すごく良く出来た予告編だと思います。

ところで最近のニュースでおファスが「しばらく休むつもり」と言っているのを見ました。最近は本当に出ずっぱりだったから、少し休むのもいいでしょうね。これから40歳になるし俳優としての脂が益々のって来るんじゃないですかね。休養後にはもっと人間ドラマに重きを置いた映画にも出て欲しいなと思います。「フィッシュ・タンク」とか「ジェーン・エア」とか「SHAME」とか「危険なメソッド」みたいな作品ですね。あと出来ればこの上なくセクシーで危険な男として、オカズになるような女性向けのエロティック・スリラーみたいなのにも出て欲しいな~、なんて思うのでした(笑)。


『マグニフィセント・セブン』「七人の侍」は観たけど「荒野の七人」を忘れてた・・・



        
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お正月一発目に鑑賞した映画は黒澤明の「七人の侍」でした。名作時代劇映画を見て少しでもお正月気分を盛り上げようと思ったのです。いや~しかし、こんな長い映画だと思わなかった。3時間半くらいあるんですね。途中で休憩を挟むんですが(画面に「休憩」と出る)こんな長尺は久しぶりだったので思わずスナックの袋を開けてしまいました。個人的には正直そこまで超面白い!という映画ではなかったのですが(やはり長い)世界中で名作と言われているのはよ〜くわかりました。

野武士との激闘の末に七人の半分以上が戦死したけど、それでも立派に戦いました。彼らのことは英雄として村で語り継がれるでしょう・・・というラストなんでしょうな、と予想したら農民は次の田植えで大忙し。特に侍たちがお礼を言われていたり労われているシーンなどなく、丘の上に即席で作られた各人の墓標に日本刀が刺してあるのが映されます。それを見て生き残ったリーダーの志村崇が「結局、勝ったのは農民だ」とつぶやくシーンが切ない!このシビアな感じがすごくよかったですね。

さて「七人の侍」からの、最新リメイク作である本作なんですが。その前に「荒野の七人」という西部劇版リメイクがあるんですね(存在は知っていたが)。元ネタは「七人の侍」ですが本作は「荒野の七人」のリメイク。順番的にこっちを鑑賞してから最新作だなと思ったのでした。完全に順番を間違えてます。この何かのミッションのために集められた個性豊かな七人というフォーマットは、その後定番となり世界中で様々な「七人」映画が作られたとか。私が好きなイタリアの泥棒映画「黄金の七人」もそのフォロワーなんだそうです。へえ~。

「黄金の七人」と言えばモンキー・パンチ先生の「ルパン三世」が影響を受けている映画としても有名です。「七人の侍」も例外ではなく、例えばここに登場する寡黙な剣豪、久蔵(宮口精二)。常に冷静沈着で仕事はビシッと決める渋い男。いわゆる私達日本人も想像する「サムライ」の決定版みたいなキャラクターなんですが、これルパンの五右衛門に似てるな~と思ったらやはりモデルになっているとされる説があるそうです。そして「荒野の七人」で久蔵のアメリカ版はジェームズ・コバーン演じるナイフ投げの名人ブリット。あれ、コバーンといや吹き替えは小林清志。小林清志のもうひとつの代表キャラと言えばルパンの次元大介です。このブリットも次元のモデルになっている説があり、こちらも納得。どちらも主役の脇を固めるキャラですが、寡黙で百戦錬磨。仕事ができる男ってのが共通点ですね。

蛇足ですが不二子ちゃんのキャラは「あの胸にもういちど」で全裸に革のジャンプスーツでハーレイを飛ばすマリアンヌ・フェイスフルや「黄金の七人」でお宝を手にした後必ず裏切るセクシー美女のロッサナ・ポデスタからインスパイアされ、ルパンのキャラはジャン・ポール・ベルモント主演の様々なアクションコメディー映画にインスパイアされているそうなので「ルパン三世」は古今東西様々な映画からそのエッセンスを受け継いでいるようですね。だから軽妙洒脱でお洒落なんだろうな。




※以下、ネタバレ含みます。



さて本作の感想ですが、よく出来た西部劇アクション映画でした。若干ベタ?とも思われる部分もあったけど、それでよし。西部劇らしく馬が乱れピストルを早撃ちし合うアクションはカタルシスを与えてくれたし、個性豊かな七人のメンバー(人種的にも欧系、アフリカ系、メキシコ系、アジア系、先住民とポリティカリー・コレクトな感じ?)も皆よかったです。ただ集まった七人がどうしてこの仕事を引き受けたのかっていうのがイマイチよくわからなかった(英語のせいかもしれないけど)。ここは侍リクルート部分にたっぷりと時間をかけた「七人の侍」にはかないませんね。

リーダー志村崇の役は賞金稼ぎのデンゼル・ワシントン。メンバーはマジックが得意なガンマンのクリス・プラット、射撃の名手イーサン・ホーク、巨漢の山男ヴィンセント・ドノフリオ、クールなナイフ投げのイ・ビョンホン、メキシコ系アウトローのバスケス(マヌエル・ガルシア=ルルフォ)、先住民の青年で弓の名手レッド・ハーベスト(マーティン・センズメアー)という布陣です。彼らに仕事を依頼する未亡人エマが先日見た「ガール・オン・ザ・トレイン」にも出ていたヘイリー・ベネット。 七人がオールスターキャスティングじゃなくて知らない俳優さんも出ていたんですが二人だけだったので、キャラ分けは完璧でした。私は外国人の顔の区別が得意じゃないんですが、やはりエスニック系とデブが混じると識別しやすいですね。

本作の監督、アントワーン・フークアは「トレーニング・デイ」を撮った人なんですね。これもデンゼル・ワシントン(オスカー主演男優賞獲得)&イーサン・ホークでした。しかし・・・「トレーニング・デイ」では新人デカだった初々しいイーサン・ホークが本作ではすっかり初老の域に!老け込んだね~という感じなのに対して、デンゼルは全然変わってない不老っぷり。お肌もスベスベなのでした。

本作で一番おいしい役はクリス・プラットだったんじゃないかな〜と思います。「七人の侍」で言うなら三船敏郎の菊千代的なポジションなのかな~?全くそれというわけでもないんですけど、女好きっぽい描写がチラチラとあったので。しかし彼「ジュラシック・ワールド」のときカッコいいと思ったけど、なんか太った・・・?彼みたいなタイプは気を抜くとすぐに太りそうな感じがします(笑)。散り際がすごくよかったですね。敵のモブは銃弾を一撃くらったらすぐ死ぬんだけど、クリス・プラットは数発まともにくらっても全然死なない(笑)。そこはまあいいんです。クリプラはひん死の状態なのに敵前まで来て、それでも戦おうとするんですよ。もう死ぬなってときにタバコが吸いたくなって、火をつけようとするんですがつかない。彼の気迫に圧倒された敵は最後のタバコくらい吸わせてやろうと火を付けてやるんですね。ニヤっと微笑むクリプラ。それで死んだと思ったら・・・実はその火を爆弾に付けて敵もろとも自爆するという最期でした。

次においしいのが初老になっちゃったイーサン・ホークかな。ひょろっと弱そうに見えて、実は遠くからでも標的に命中させることが出来るロングライフルの使い手なんですね(百合の紋章をベストに付けていたのでフランス系?)。決戦前夜に逃げちゃうんだけど、戦いのさなかに戻って来てバンバン敵を倒して行くんですよ。一回いなくなっただけに、戻って来た時は「おおー!」って感じで盛り上がるんですよね。最期は教会の塔の上から援護射撃で次々と敵を仕留めるも、敵側の巨大な回転バズーカに倒れてしまうんですね。

一番のイケメンがナイフ投げのイ・ビ ョンホンだったと思います。恐らく「七人の侍」の久蔵ポジション、「荒野の七人」のジェームズ・コバーンボジションなのかな。寡黙設定だし外国人だし、もしかして一切しゃべらない設定とか・・・?と思ったら普通にしゃべってました(笑)。アクションにキレがあったし、自身もシャープなナイフのような身体でしたね。ビョン様でウエスタンといえば「グッド・バッド・ウィアード」を思い出しますね(悪役だったけど)。これも超面白かった~。しかもビョン様もうアラフィフ!なのにこの若さとイケメンぷりはすごいです。

志村崇役のデンゼルはアクションというよりもアップになった演技パートの方が印象的でした。ラスト近くで敵のピーター・サースガード(部下でもすぐに撃つ残酷な悪役っぷり。サースガードはちょっと痩せた?)を追い詰めて負傷させます。でも 殺さずにサースガードが火を放って燃え尽きた教会の中に引き入れ「ここで今までやってきた悪行を悔いて、殺して来た人たちに祈れ!」と言うんですね。どうやらデンゼルも大事な人をサースガード一味に殺されたという過去があったようなんです。気持ちはわかるけど、ラスボス的悪人は即死させないとゼッタイに後から反撃されるの法則・・・と思ったらやはりでした。しかし未亡人のエマがサースガードを射殺してデンゼルは助かるんですね。未亡人としては夫(イケメンのマット・ボマーが演じていた)の復讐を果たせた訳です。

「荒野の七人」を見ていないのでどうだかわかりませんが、戦闘の方法がユニークでした。町の周りに塹壕を掘ってその中に潜んで発砲したり、敵をギリギリまで近づけて仕掛けておいた爆弾をちゅどーん!と爆発させたり。「七人の侍」では一つを残して村の入口を塞ぎ、一騎づつ村の中に入れて大勢で攻め確実に数を減らして行くという戦法でした。しかし一騎だけ中に入れさせるってのが結構難しそうですよね。志村崇が「攻めるより守る方が難しい」と言ってたけど本当にそうだな〜と思いました。あと、決戦前夜に侍の中で一番若いメンバー勝四郎(木村功)と惹かれ合っていた村娘の志乃(津島恵子)が一夜を共にするんですが、それを知って激怒する志乃のおとっつあん(藤原釜足)に、誰か忘れたけど七人のうち一人が「決戦前夜の男女間のこういうことは城でもよくあること」と諭すように言うシーンが味わい深かったです。しかしどちらの映画も敵味方入り乱れる戦いでよく間違って味方を撃攻撃しないもんだなあ・・・と感心してしまいました。

戦い後、七人のうちデンゼル含む三人が生き残ります。町を去る三人にお礼を言う人々。「彼らこそがマグニフィセントなのだ」という未亡人エマのモノローグに戦死した四人の即席の墓標。「荒野の七人」のメインテーマがかかり、各キャストのミニハイライトシーン&クレジット。最後に7の数字上にメンバーの顔が揃いエンディングです。いや~、ガンアクションもすごかったしデンゼルもクリプラも柳沢慎吾(イーサン・ホーク)もビョン様もかっこ良かったし、満足感がありました。七人が「西部警察」みたいに横にずらっと並んで歩くシーンも何カ所かあってチーム男子感も十分見せてくれましたし。これで各人のキャラ付けをもう少しして、ドラマ部分を充実させてくれれば言うことなしのパーフェクトだったと思います。「荒野の七人」を見ていればまた違った感想を持つのかもしれませんが・・・。ということで、新たな宿題が出来たのでした。


『ネオン・デーモン』モデル業界ものと思いきや、実は食◯映画!


        


「ドライヴ」や「オンリー・ゴッド」などのスタイリッシュなドラマを手掛けたニコラス・ウィンディング・レフン監督の最新作です。実は新年一発目の映画鑑賞は黒澤明の「七人の侍」だったんですが、これは「マグニフィセント・セブン」(2016)鑑賞時に一緒に語ろうと思います。さて本作ですが・・・評価が真っ二つに割れているとか。私は個人的に好きなタイプの映画なんですが「ドライヴ」には遠く及ばないと言った所でしょうか(そもそも「ドライヴ」の出来が神がかっていた?)。

原題と邦題は同じなんですが、レフン監督の既存作品と共通するネオンでシンセティックな画面、音楽が炸裂していました。そういう世界観が好きな人にはたまらないと思います。ネオンの悪魔・ ・・。私はネオンって聞くとメイクアップのことを思い出すんですよね。今から20年くらい前でしょうか、カネボウの春のキャンペーンコンセプトが「ネオン」で、世界的に有名なメイクアップ・アーティストのリンダ・カンテロという人がかかわったプロダクトが発売されたんですよ。イメガは小雪さんだった気がします。ハッキリ言って楚々とした和顔の小雪さんにネオンカラーのアイシャドーやリップなんかはかなり唐突な印象でした(パリコレに出るアジア系モデルっぽさはありましたが)。そもそも一般人にネオンカラー・メイクの提案をすること事態無理があったと思うんですが、そんな尖ったコンセプトをあえてぶつけてくる姿勢はすごいと思いますね。ちなみにCMソングは大黒摩季で「ネッ!~女、情熱~」( ネオンな情熱とかけている)という歌でしたな。いや懐かしい・・・。



バージョン違いだけどCM動画はこちら





閑話休題。LAを舞台に田舎から出て来たまだ16歳になりたての初々しい少女ジェシー(エル・ファニング)がモデルを目指すというストーリー。若過ぎるのでエージェントからは19歳と逆サバを読むように言われ、有名カメラマン(デズモンド・ハリントン)によるテスト・フォトシュートを受けます。有名デザイナーのロバート(アレッサンドロ・ニヴォラ)のショーのラストを飾るモデルにも選ばれ、キャリアの滑り出しは順調。いつも見守ってくれる優しいボーイフレンドのディーン(カール・グルスマン)やメイクアップ・アーティストのルビー(ジェナ・マローン)も側にいてくれます。ところがポッと出のジェシーにモデルのサラ(アビー・リー)やジジ(ベラ・ヒースコート)から嫉妬され、ジェシーはモデル業界の闇に堕ちて行くのでした・・・。みたいなお話です。

ちょっと昔の少女漫画っぽいですね。主演のエルちゃんですが。彼女がモデル役と聞いて、正直「大丈夫なのかな?」と思いました。オーディションのシーンで下着になるんですが、やっぱりモデルとしては顔と頭の鉢が大きくて手足が短いんですよね。だから全然ステージ映えはしないんです。顔はまだこれから成長して変わる可能性があるけど、素朴な子豚ちゃんみたいだし(決してけなしているのではない)。しかしながら有名カメラマンやデザイナーは彼女のことを一目見て気に入るし、メイクさんのルビーも彼女の美を絶賛。「そ、そうだろうか・・・」と思ってしまうんですよね。だから本物のスパモであるアビー・リーが 「なんで・・・」とプルプル嫉妬するのも当然っちゃ当然。

マレフィセント」でもこの子綺麗だろうか・・・?と疑問に思いましたしね。しかし。業界の人がこれだけ惹き付けられるんだから、きっと何か他の人にはないものを持ってるんだろうなあ~、という気にもさせられないではないんです。彼女が持つ自然の美を賞賛されるシーンがありますが、そういった透明感みたいなのはやっぱり他の人にはないものなんだろうなと納得させられるわけです(少女期の今だけかもしれないけど)。実際、目元をラメで囲った様なギラギラメイクをすると童顔とバランスが撮れてモードっぽくも見えるんですよね。ショーよりはビューティー向きだと思います。ミドルティーンの女の子なので私服がふわっとしたマキシドレスにリュックみたいなのも可愛かったです。

そんな新人に嫉妬するモデル役がリアルでスパモのアビー・リーです。彼女は「マッドマックス 怒りのデス・ロード」にも出てましたね!イモータン・ジョーのワイブスの一人でした。今回は嫉妬しまくる意地悪な役ということで好演していたと思います。前に彼女と宮崎あおいが似ているというネット記事を読みましたが、全然似てないと思います(笑)。オーディションでエルちゃんに敗れたアビーが、パウダールームで鏡を割るシーンがあります。その音を聞いて来たエルちゃんが「あなたはパーフェクトだったわ」って慰めるんですが、逆効果だから!エルちゃん純粋すぎ。エルちゃんが鏡の破片で手を切って血が出るんですが、それを見て思わずアビーがその血を啜るんですよ(伏線ですな)。



※ネタバレします。




モデルとして初めてだらけの体験、そして滞在先のモーテル(こんな安宿にうら若い娘さんが一人でステイして大丈夫なのかい?って思うが)に野生の山猫が入ったりして(これも伏線?)、エルちゃんは大変な目に合うんですよ。モーテルのいい加減なマネージャーがキアヌでびっくりしました。キアヌなんで後々、重要な役になってくるんだろうか?と思いきや本当に本当にチョイ役でした。

ファッション業界の洗礼を受けたり先輩モデルにいびられたりしたエルちゃんでしたが、有名デザイナーのショーのラストを飾ります。ところがそこから彼女の内面が変化し、ウブな少女の面影は消えてモデル然としてくるんですね。ここの演出は邪悪な鏡の国に迷い込んだアリス、みたいな妖しい雰囲気がされていました。もちろんネオンな照明バリバリ。ネオン・デーモンに魅入られ魂を渡してしまった・・・みたいな感じでしょうか。この後のシーンからエルちゃんはふわふわのマキシワンピではなく、胸元がザックリ空いたラメのトップやピタピタのレザーのレギンスなんかを着用するようになります(しかし分かりやすいな)。

その後も妄想に苦しめられるエルちゃん。誰かが部屋に押し入ろうとしたり、隣の部屋から物騒な叫び声や物音が聞こえたり、モーテルのマネージャー、キアヌが部屋に忍び込み彼女の口の中に銃口を突っ込んだりする夢を見たりします。この寝ている時に銃口を口の中に突っ込まれる(オーラル・セックスの暗喩か)というのはちょっと「ワイルド・パーティー」を思い出しましたね。レフン監督はやはり、エルちゃんにこの映画を見ておくようにとアドバイスしたのだそうです。

恐ろしくなったエルちゃんはいつも親切にしてくれるメイクさんのルビーに電話し、彼女が滞在している知人宅にかくまってもらうんですよ。このルビーというメイクさん、ものすごく親切でいい人なんだけど最初からエルちゃんに百合萌えしていて、大丈夫かな~と思っていたらやはり迫られてしまうわけです。しかしエルちゃんに拒否されたルビーは仕事先の死体安置所(ここで遺体に死化粧をする仕事もやっているのだ)で急にムラムラともよおし、死体とレズってしまうのでした。ひえ~。

妖しさが映画の中に充満したころ、エルちゃんもまたおかしくなって自分でネオンとラメのアイメイクを施し、それに不釣り合いなシフォンのパステルカラーのドレスを着て、広大な空っぽのプールに設置された飛び込み台の上で佇み「昔から母親に『危険な子だ』って言われてたわ・・・」などと独白するようになります。このままゴークレイジーになるけどその代償としてモデルとしてはスターダムになるのだろうか、と思うんですがお屋敷にルビー、アビー・リーとジジの先輩モデルコンビがやってきて彼女を襲うんですよ。エルちゃんは逃げ惑い応戦しようとしますが、ルビーから空のプールに突き落とされてアッサリと死んでしまうのでした。綺麗にお化粧してドレスアップして血を流しているというビジュアルがファーストシーンと繋がります。

その後。なんとルビーと先輩モデルコンビはエルちゃんの処女の生き血風呂に入るのです。現代のエリザベート・バートリか?(中世ハンガリーに実在した、処女の生き血のお風呂で美しさとアンチエイジングを求めた貴族)という感じですが・・・。そういえば「ホステル2」でもハンティング・クラブのメンバーの女性が処女の生き血風呂をしていましたな。

その後、先に出て来た有名カメラマンとの撮影シーンになりアビー・リー含む先輩モデル二人組が海の見えるモダンな豪邸のプールサイドでポージングをします。しかし大きなプールを見つめているとジジの気分が悪くなり(エルちゃんの死と生き血を啜ったことなど思い出して)、彼女は部屋の中へ消えます。アビー・リーが見に行くとジジが嘔吐し目玉を吐き出します。え・・・血を搾り取っただけじゃなくて、食べた・・・?と驚く訳です。「あの子を私の中から出したいのよ!」と絶叫してハサミで自身を刺して絶えるジジ。モデル業界ものかと思ったら・・・なんと食人映画だったのです!アビー・リーはジジより胆が座っていたようで、彼女が吐き出した目玉を食べてまた撮影に戻るのでした。

これで終わりです~。天使のように純粋だったエルちゃんがビッチになりつつも頂点を極めるサクセス・ストーリーかと思いきや、文字通り業界の人に食べられちゃう映画でした。ストーリー的には特に共感したりグっと来たりする部分はありません。モデルでもないし美しさに執着してないし(そもそも持ち合わせていない・・・)。とにかく映像が妖しく美しいという映画でしたね。ネオン・デーモンというのはメイクさんのルビーやアビー・リーのことだったのかもしれません。

映画の最後に「リヴに捧ぐ」という献辞が出るんですが、これ誰?と調べたところレフン監督の奥さんの名前でした。うーん・ ・・このような内容の映画を捧げられても・・・とちょっと複雑な感じがしますが(笑)。エンドロールは穏やかな海辺と、ラメラメなメイクを施されたモデルの横顔で、ラメを見ていたら久しぶりにアナ・スイのマニキュアを塗ってみたくなりました。学生時代のころはまっていたんですよね。とにかくラメの量が半端なくて色もギラギラしてて、二度塗りするとラメがかなりの厚さになりギッシリと爪に敷き詰められて存在感がバツグンなんですよ。懐かしくなって公式サイトを見たんですが、今もラメのネイルはあるみたいですね。ちなみに私は109番というネオンブルーとネオンピンクのラメが混ざった色が一番好きでした。

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