@itan-journ@l praha

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『ガール・オン・ザ・トレイン』ああ人違い・・・

          


「ガール」つながりのサスペンス「ゴーン・ガール」が好きな人は気に入ると思う、と中瀬親方が仰っていたので、鑑賞してみました。うーん、つまらなくはないけど「ゴーン・ガール」の方がずっと出来はいいですね。おそらく原作小説のが100倍は面白いのでしょう。しかし、登場人物が少な過ぎるので謎解きというよりは、人間関係のドロドロを楽しむ感じの作品なのかな。

しかし・・・海外住まいで洋画をよく見ているのにもかかわらず外国人の顔を判別するのが苦手な私には(日本人の顔も区別するのも得意とは言えないのだけど)まったく向いていないタイプの映画でした。これは映画の出来うんぬんじゃなくて私の顔判別能力の低さによるものなので・・・。しかも動く電車に乗りながら距離が離れた位置から外国人さんを識別するなんて、難し過ぎる!(笑)


※以下、ネタバレします。



その1:レイチェルの元夫とアナの現夫は同じ人?→YES

まずはヒロイン、電車の中からお外を眺めて妄想するのが好きなレイチェル(エミリー・ブラント)の夫の顔です。レイチェルが眺めているのはかつて自分が元夫トム(ジャスティン・セロー)と住んでいた家。今は元夫とその現妻アナ(レベッカ・ファーガソン)と彼らの間に産まれた娘が住んでいます。トムを演じるジャスティン・セローはセサミストリートのバート(だっけ?顔が長い方)を邪悪にした感じの俳優でジェニファー・アニストンの現夫としても有名な人で、彼が出演している映画も何本も見ています。しかし、レイチェルとかつていちゃついていた夫と、今マイホームパパをしている夫が同じ人だってすぐに気付かなかったんですよね。話の流れで「あれ、夫は同じ人なのかな」って納得したんですが、もっとレイチェルと夫婦だったシーンで夫の顔をちゃんと映して欲しかった・・・。

その2:メーガンとアナは同じ人?→NO

レイチェルはかつて自分が住んでいた家の近所にある、別の家に住む美男美女の夫婦のことも眺めています。妻は若くてブロンド、夫はムキムキのアブソリュート・ハンク(from SATC)なタイプでハーレクイン・ロマンスみたいなカップルなんですよね。彼らが仲良く寄り添ったり、愛し合ったりしているのを見て理想のカップルだと思っていたんです。ところがある日、レイチェルはバルコニーでブロンドの妻が他の男とキスしてるのを見てしまい、そこから事件が展開するんです。ところが私はこのブロンド妻メーガン(ヘイリー・ベネット)のことを元夫の現妻アナ(レベッカ・ファーガソン)だと思っちゃったんですよね。だからレイチェルが「私から夫を奪っておいて更に浮気?」とカッとなったのだと勘違いしてしまったのです。

その3:メーガンとアナは同じ人?2→NO

レイチェルは電車を降りて、散歩をするメーガンに「このアバズレ!」と言ってやるのですが、この時点でもバルコニーでキスをしていたのが現妻アナだと思っていました。あと散歩をするメーガンの顔がハッキリと映っていないことも原因(子連れじゃない時点で判断出来れば良かったのだが)。だって・・・二人ともブロンドなんだもん!この髪色問題というのも常に私を悩ませていて、似たようなポジションにいる人が同じ髪色/目の色だったりすると混ざっちゃうんですよね(参考作品「パシフィック・リム」)。その後の話の展開から行方不明になったのはメーガンの方であるとわかったのですが、話的に幸せな子育て中の専業主婦アナが消えた方がミステリー的に面白いしな〜という妙な思い込みもあったのかも。アナを演じているのは「ミッション:インポッシブル/ローグ・ネーション」でも女スパイ役で大活躍したレベッカ・ファーガソン。私も彼女のことはすごく印象深かったんですが、今回はブロンドなので認識できなかったようです。

その4:メーガンと上司の妻は同じ人?→もちろんNO

ブロンド問題がまたここでも。酩酊し元夫に暴行されヘロヘロになったレイチェル(しかし本当に可哀相なキャラだな)が、トンネルの中で車に乗り込むメーガンを見るシーンがあるんですが。酩酊してるし殴られてるからレイチェルの視線が定まってないんですよね。だから映像も不鮮明。ブロンドの女がいるってのはわかるんですが、なぜか私にはその女が上司の妻(女優名不明。50代〜60代の白人女性)に見えてしまい・・・。あれ?上司妻はちょい役だと思ってたのに、まさか事件の核心に関わってるの?とプチ混乱。すぐに見間違いだとわかったのですが、ブロンドつーだけで年齢さえもあやふやになってしまう自分の識別能力の低さにあきれたのでした。

以上、私の人違いでした・・・。その点、カウンセラー役のエドガー・ラミレス(「X-ミッション」)なんかは出て来ただけで「ラミレスだ!」と思ったし、電車から見ても(顔がハッキリ映っていなかったのにも関わらず)「今のラミレスじゃね?」と思ったのです。不思議・・・。ラテン系こそみんな似てそうなものなんですが、彼は骨格の形に特徴があるからでしょうかね。

サスペンスとしてはメーガンが妊娠していたこと、でもその子はムキムキの夫(ルーク・エバンス)のでもないし、カウンセラー(エドガー・ラミレス)の子でもなかった。ということで誰が犯人かはわかってしまったんですね。しかしトムって男はレイチェル、アナ、メーガンと三人の女性と関係を持ち、三人の人生を台無しにしている。ヒドいです。一番の被害者はトムとアナの間に産まれた娘じゃないですかね。父は殺人犯で母は父を殺したって過去ができちゃったんですから。まだ赤ん坊でなにも分からないのが幸いですな。そういえばレイチェルがその赤ん坊を抱いて連れ去ろうとする「八日目の蝉」みたいなシーンもありました。

そしてもう一つ「え?」と思ったのが、レイチェルが電車から目撃したメーガンとカウンセラーのキスシーンですね。あれは男女間の愛情のキスではなく、親愛の情のキスだったんですね。わ、わ、わかりにくー!確かに電車から見るといちゃついているようにも見えるんですが、実はそういうんじゃなかったんですって。このキスやハグにもいろんな種類があるから、本当に戸惑っちゃうんですよね(ちなみに私の居住国でもキスハグをするケースとしないケースなどあり、その線引きが未だによくわからない。まあ感覚的なものなんでしょう)。カウンセラーは結局メーガンと関係を持っていなかったようなんですね。でも呼び出されて家にも来ちゃうし、夜中にメーガンが来ても家に入れちゃう。距離感がよくわからないんですよ!まあ、エドガー・ラミレスみたいな渋いカウンセラーがいたらちょっとよろめいちゃうよね、ってのはわかります〜!(笑)

ということで、まあ色々とっちらかっていましたが(私が)浮気男には正義の鉄拳を!というラストのグリグリは良かったのでした。レイチェルとアナの間に不思議な連帯感が産まれていたのも良かったですね。

今年の映画はこれで終わりです。週二本を目標にしてきましたが、途中色々と忙しくって達成出来ませんでした。あと海外住まいだからしょうがないんですが、話題になった邦画が全然見られていないってことが残念でした(今年は帰省出来ず)。それでは皆様、どうぞよいお年をお迎え下さいませ。

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『Nocturnal Animals』優れた芸術作品による間接的な復讐は可能なのである





ファッション界のスター、トム・フォード様の映画第二作目です。友人Y嬢(処女作「シングルマン」のファン)と「Anthropoid」を観に行った時に予告編が流れていて「!!!」と思わず暗闇で見つめ合ったのでした。ダークな色調の映像に映えまくるエイミー・アダムスの真っ赤な唇(やはり使用してるのはトム・フォード ビューティーのプロダクト?)、鮮やかな緑のドレス、乾いた空気の中で銃口を向けるマイケル・シャノンのアップに、切なそうに運転をするジェイク・ギレンホールの表情・・・映像的な魅力もさることながら「一体これはどんな話なんだろうか・・・?」と興味をかき立てられたのです。

素晴らしい映画でした。いや~、二作目でこの成熟っぷりか、凄いな・・・と、天は何物をもトム・フォード様にお与えになった様です。私が感じ取ったのは・・・優れた芸術作品による、間接的だが、しかし確実に相手を追い詰めていくという復讐は可能なのである・・・という印象。現実と小説の世界が交互に描写され、見るものを残酷で美しい復讐のシーンへと引きずり込みます。

キャストはヒロインのエイミー・アダムス、 ヒロインの元夫/小説の主人公(二役)のジェイク・ギレンホール、小説の登場人物で警官のマイケル・シャノン、小説の登場人物で犯罪者のアーロン・テイラー・ジョンソン、ヒロインの現夫にアーミー・ハマー、ヒロインの母親にローラ・リニー、その他マイケル・シーン、アンドレア・ライズボロー、アイラ・フィッシャー(ブルーノの嫁ですね)と、ピンだけでも主役を張れる級の演者が集結しており、それぞれが素晴らしいパフォーマンスを見せています。

ヒロインのスーザン(エイミー・アダムス)はギャラリーのオーナーで裕福な生活を送っています。同じく裕福でハンサムな夫のハットン(アーミー・ハマー)がいるのですが、夫婦仲は冷えきっており夫は外で浮気をしています。ある日、スーザンの元夫エドワード(ジェイク・ギレンホール)から小包が届きます(このとき封を開けようとして指を切ってしまうのも象徴的だ)。中には「ノクターナル・アニマルズ」という彼が書いた小説が入っていました。この小説はスーザンに捧げられており、彼女に最初の読者になって欲しいということなのでした。タイトルは「夜行性動物」という意味で、不眠症のヒロインに元夫がつけたニックネームでもあるのでした。スーザンは小説を読み始めますが、彼女とエドワードをモデルにしたと思われるキャラクターが残酷な運命にとらわれて行くのを読書により追体験します。スーザンとエドワードの過去、フィクションである小説が絡み合い・・・というあらすじです。



※ネタバレします。



現実世界とフィクションが交互に出て来るんですが非常にシームレスに繋がっており、観客もスーザンの視線から残酷な小説世界を体験するということを可能にしています。ストーリーテリング力が抜きん出ているってことなんだろうなあと感じました (トム・フォード様は兼脚本)。原作小説があるんですが、未読ですけどこのクオリティーだったらオスカー脚色賞とか余裕なんじゃね・・・?というレベルだと思います。元夫エドワードが書いた小説の内容はサスペンス・スリラーで、行きずりのギャング(アーロン・テイラー・ジョンソン)とその連れに妻と娘を誘拐されて殺された男トニー(ジェイク・ギレンホール 二役)が警官アンデス(マイケル・シャノン)の助けを借りて復讐を遂げるという話です。この話もまたヒリヒリするように悲惨。小説パート、特に事件が起こるまでの一連のシーンは「嫌だな、嫌だな、怖いな、怖いな~」と稲川淳二もビビりまくる不穏なバイブスがびんびん出ていました。

小説の中の男、トニーは愛する妻(アイラ・フィッシャー)とティーンネイジャーの娘(エリー・バンバー)を連れて南部へドライブ旅行に出かけます。深夜、携帯のシグナルもないような道路を走っていると、よからぬ輩が乗っている車に煽られて追い越そうとしますが、逆に彼らに車をぶつけられて停車するハメに。そこで絡まれてタイヤをパンクさせられ妻子を連れさられてしまうんです。この一連のシーンがもう嫌だな、嫌だな~の連続。リーダー格のギャング、レイ(アーロン・テイラー・ジョンソン)は別にそこまでコワオモテじゃないし(なんだったらイケメンです)、他のやつらも田舎の普通のあんちゃん風情なんですよね。銃やナイフとかで脅しても来ないし、なんだったら振り切れそうなくらいな感じなんですよ。でもネチネチと絡んで来るのが、な~んか嫌だな、嫌だな~という。で、取り返しのつかないことになっちゃうんですが、ほんのちょっとしたことがオオゴトになってしまった・・・という流れが、リアルな感じがして本当に恐ろしかったです。

妻子と引き離されたトニーは荒野に捨てられますが、近くの民家に助けを求めて警察に通報。捜査にあたるのがアンデス(マイケル・シャノン) でした。なんかデジャヴまでいかないけど、エイミー・アダムスとマイケル・シャノンってどこかで共演してなかったっけか・・・?と思ったら「マン・オブ・スティール」でしたね。そしてエイミー・アダムスと現夫役のアミハマってどこかでリンクしてない・・・?と思ったら、スーパーマンのカヴィル兄さんが「コードネーム U.N.C.L.E.」でアミハマと共演してました。んだから、エイミーさんは違う映画でソロとイリヤ、アンクル・デュオの相手役をしてるってことなんですね!あ~スッキリした。

マイケル・シャノンは悪役を演じることが多いですが、この映画ではとってもいい役。南部なまりのきつい一見とっつきにくそうだけど素朴ないいおっさんを演じていて悲惨なムードに彩られた映画全体の良心としてバランスを保っていたと思います。もうすっかり貫禄のある実力派オッサン俳優という感じですが、シャノンは74年生まれなんで意外と若いんですね。これにはビックリ。あとフィルモグラフィーを見ると2016年の出演作数がすごいことになってます。働き過ぎ!(笑)

その後、変わり果てた姿の妻子の遺体が遺棄されているのが発見されるのでした。 小説のあまりの描写にスーザンは本を閉じて眠れなくなってしまうのですが、どうしてエドワードがそのような小説を書いたのか彼女には心当たりがあるようです。彼女は自身の過去を回想します。古くからの知り合いだったスーザンとエドワードはニューヨークで再会。昔からお互いに気持ちがあった二人は交際を始めて結婚することになりますが、スーザンの母(ローラ・リニー)から反対を受けます。まず作家志望のエドワードがお金を持っていないこと、あとは彼が精神面に置いて少し弱いということでした。ここら辺はよくわかっていなかったかも知れませんが、ロマンチストすぎて生活力がないみたいな意味だったのかな?と思います。

反対を押し切ってスーザンとエドワードは結婚しますが、やはりエドワードの文学的素養を信じきれず、スーザンは彼との結婚生活に嫌気がさして来ます。二人が道で口論するシーンがありますがスーザンが放った「あなたは弱い」という言葉がエドワードを刺激し、これで二人の仲が修復不可能になるんですね。そしてスーザンはこの頃に出会った同じく上流階級出身のハットン(アーミー・ハマー)と付き合い始めるのでした。

さて小説に戻ります。アンデスの捜査により容疑者が割り出されて主犯格のレイが確保されるのですが、後に証拠不十分で釈放されてしまいます。この挑発的でふてぶてしいリーダー格のレイを演じるのがイケメン俳優のアーロン・テイラー・ジョンソンです。長髪でヒゲを生やしているのでその美貌は隠れ気味なんですが、全裸で便座(なぜか野外にある)に座っているシーンが長尺であり(絶妙なカメラワークが局部を上手に隠していて見えないが)、ここが唯一のゲイぽいといえばゲイぽいシーンなのでした。「シングルマン」が監督自身のセクシャリティーを反映したものでしたが、二作目の本作はまったく別物と言っていいでしょうね。

結局、犯人逮捕に至らず法の下に裁いて償いをさせることが出来なくなってしまいます。しばらくしてアンデスから連絡をもらったトニーは彼が肺がんだと診断されて退職が近いことを知らされます。そこでアンデスが言った言葉が、予告編にも出て来る「お前さんが正義が下されるのを見る覚悟があるかどうかだ」(訳適当)というものでした。アンデスはもう死ぬのでトニーが犯人たちに復讐することに協力するよ、というということなんですね。これがマイケル・シャノンの低音ボイスで発音されるわけです。ゾクゾクしますね!

そしてアンデスは遂にレイと仲間の一人を捕まえて、復讐の機会を与えてくれるんですよ。やっていることは警察や法の道を外れてしまっているけど、人としての道には外れていないんですよ。でもいざとなるとトニーは躊躇してしまい彼らを撃てない。隙を見て逃げる彼らをアンデスが撃ってくれるんですよ。レイは逃げてしまいましたが、仲間はアンデスによって射殺されたのでした。その後、レイの居場所を見つけたトニーは覚悟を決め一人で乗り込みます。そこでもレイはトニーを挑発して神経を逆撫でするようなことを言うんですよね。そして「お前が弱いから妻子が殺されたんだ」というようなことを言うんです。この「弱い」というのがキーワードで、リアル世界でもエドワードがスーザンに言われて一番気にしている言葉なのでした。それに刺激されたトニーはついに引き金を引きます。ところがレイが隠し持っていた凶器で攻撃を受け、彼も目を負傷してしまいます。そして銃の誤射で自分を撃ってしまい倒れるのでした。

リアル世界で小説を読んでいるスーザンは再び回想します。エドワードとの結婚はダメになったのですが、彼女は妊娠していました。新しい恋人のハットンに付き添ってもらい極秘で中絶手術を受けます。ところがそれがエドワードの知るところとなり、最もひどい形で彼を裏切り捨てることになったのでした。その後スーザンはハットンと結婚。エドワードの小説中で娘が暴行されるシーンを読み、不安になったスーザンが娘に連絡するシーンがありますが、この娘は恐らくハットンと再婚してから出来た子なんでしょうね。スーザン自身が「彼とはひどい別れ方をしてしまった」と認めていますが、まさかそんな終り方だったとは。

エドワードの小説「ノクターナル・アニマルズ」は彼自身がトニー、スーザンがトニーの妻をモデルとしており、残酷で暴力的な殺人事件を作中で展開させることによってエドワードがスーザンにどれだけ傷つけられたのかが語られているのでした。読む人が読めばわかるようになっている、という物語なんですね。スーザンは本の残酷描写と過去の出来事を重ねてハッとさせられるわけです。恐らく結婚していたときエドワードはたいした文才ではなかったようですが、皮肉なことにスーザンとのひどい別れを経て人を脅かすようになるまでの作品を生み出すスキルを身に付けたということなのでしょう。

スーザンはエドワードに感想のメールを送り、彼と食事に行くことになります。久しぶりに会うのでスーザンは丁寧に化粧をし、魅惑的に見えるワンピースを選びます。待ち合わせの高級レストランに到着し、食前酒を飲みながらエドワードを待つスーザン。しかし彼が現れることはありませんでした。これでENDです。

これでエドワードによる小説を使った復讐は完了したのでした。うーん、見応えがあった!ジェイク・ギレンホール演じるエドワードは回想と小説の中だけに出て来るのが良かったですね。スーザンの今の結婚生活もうまく行ってないので、もしかしたら才能を開花させたエドワードと再会することで何か期待をしていたのかもしれませんね。彼女はアートギャラリーのオーナーなので、芸術家が優れた作品を作るのにどれだけモチベーションが必要なのか理解していたはず。ここまで負の情熱をたぎらせているなんてストーカーっぽくてキモいという感覚では全然なかったように見えますし。しかし、なんと美しく完璧な復讐なのでしょうか。思わずため息が出てしまいました。

やはり評価は高いようで、様々な賞でノミネートされいくつか受賞をしています。有名なところだとトム・フォード監督がベネチア映画祭の審査員賞を受賞、金獅子賞ノミネート。ゴールデングローブではトム・フォードが監督賞と脚本賞ノミネート、アーロン・テイラー・ジョンソンが助演男優賞ノミネート(こちらは発表前)だそうです。個人的に助演男優ってことではテイラー・ジョンソンよりマイケル・シャノンだろ!と思いますが。他の映画賞では圧倒的にシャノンが助演男優賞ノミネートされている数が多いです。

面白いところでは、Women Film Critics Circleという映画賞で、ローラ・リニー演じるヒロインのお母さんが「Mommie Dearest Worst Screen Mom of the Year Award」という賞を受賞しています。「Mommie Dearest」ってのは前に観た「愛と憎しみの伝説」の原題なので、今年スクリーンで最悪だったお母さん賞ってことですかね(笑)。しかし、ローラ・リニーの出番すごく短かったんですよ。5分もなかったんじゃないかなあ。

しかしトム・フォード様ってすごい。ファッション・デザイナーとしても一流、映画作家としてもこの腕前です。次回作もかなり期待出来るのではないでしょうか。恐らく日本でもそのうち公開されると思いますので、是非ご覧下さい!







とにかく価格設定が高いトム・フォード ビューティー!

『モン・ロワ 愛を巡るそれぞれの理由』珍しく普通の男を演じてるヴァンサンが見られる貴重な映画

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こんなヴァンサンのビジュアルもファンには嬉しいわけで。


五日物語」と「美女と野獣」を鑑賞してヴァンサン・カッセル熱が再燃し、彼について検索などしていたらこんなELLEの記事を発見しました。何?ヴァンサンが愛すべきダメ男を演じるって?これは観なきゃイカン!しかし、私はこの映画の存在を前から知っていたんですね。居住国で毎年行われるフランス映画祭の中のラインナップに入っていたのです。ヴァンサン出演だけど、フランス語についていけなさそうだからスルーしてたんですよ。

しかしヴァンサンが変態(from「変態村」「破戒僧」)でも野獣(from「美女と野獣」「ジェヴォーダンの獣」)でもギャング(from「ジャック・メスリーヌ」「イースタン・プロミス」)でもクセモノ(from その他すべてのヴァンサン出演映画)でもない、普通の生活の中にいるダメ男を演じるということでダメ男好きの私はそれに突き動かされて鑑賞してみたのでした。まずどういう話がザックリ知りたいと思い、普段はなるべく見ないようにしている予告編をチェックしたところ、セリフが少なくわかりやすいものだったということも背中を押したのでした。





「モン・ロワ」は「私の王様」という意味ですが、タイトルから連想してちょっとBSOL風味のラブコメ映画なのかな~って思ってました。ダメな男なんだけど、どうしようもなく魅力的で私にとっては王様の様な男だから、色々尽くしちゃうのよね~。でも私は幸せだからいいの!みたいな。そんな王の座に君臨するのがヴァンサンってことで、最高の映画じゃないですか?と思っていたんですが。しかし、内容は「ブルーバレンタイン」を思わせる現在と過去が交錯するカップルの蜜月から離婚、その後の共生までを描いた話です。途中ドラッグ中毒や自殺未遂なども出て来てちょい重いんですが、観賞後の印象は軽やかでした。

監督はマイウェン。この名前はどこかで聞いたことが・・・と思ったら、フレンチ・エクストリーム・ホラーの「ハイテンション」に出ていた女優さんでした。へえ、こんないい映画を撮るんだな~と驚き。脚本も兼ねています。非常にリアルな肌触りなので「これ経験談だよね」と思ったらやはりそうでした。マイウェンと元パートナーの間に起こった出来事がたたき台になっていて、自殺未遂を計るパートナーの元カノであるモデルはリアルではカレン・マルダーだったそうです。知らなかった。ちなみに本作の日本公開は17年春だそうです。

ヒロインのトニー(エマニュエル・ベルコ)はスキーで脚を負傷して、海辺にあるリハビリ施設で過ごしています。そこで治療を受けながら、彼女とかつての夫ジョルジオ(ヴァンサン・カッセル)との10年間に渡る思い出を回想するという構成になっています。弁護士のトニーは、仲の良い弟ソラル(ルイ・ガレル)とその彼女バベス(イスリッド・ス・ベスコ。監督マイウェンの妹)とクラブに出かけます。そこで偶然に昔から知っていたレストラン経営者のジョルジオ(ヴァンサン・カッセル)に再会します。そこから彼との蜜月が始まり、トニーは妊娠し、二人は結婚式をあげます。しかし、それを知ったジョルジオの元カノであるアニエス(クリステル・サン・ルイ・オー ギュスティン)が自殺未遂を起こし、責任を感じたジョルジオは彼女の世話をすることに。一方、それに耐えられないトニーは家を出て行こうとします。このままではうまくいかないと悟ったジョルジオはトニーの住むアパートの向かいに部屋を借り、別居の結婚生活を提案します。険悪だった二人の仲ですが、息子の誕生を機に和解します。しかし、二人の結婚生活はアップダウンの激しいものでした・・・というお話です。




※ネタバレします。




なんといっても、ヴァンサンが普通の市井に暮らすカタギである男を演じているのが貴重!あ、元嫁モニカと結婚するきっかけとなった「アパートメント」でも一応普通の男役でしたっけ。そういう普通の男役が極端に少ない俳優ヴァンサン・カッセル(ラブストーリーにもほぼ出てないですよね)。この映画では、そんな彼と出会い(再会)、初デートし、初ベッドインし、妊娠検査薬を一緒に見て、結婚式して、妊婦検診一緒に行って、立ち会い出産をする・・・と、カップルとしての幸せなプロセスを追体験できるという、ヴァンサンファンならたまらないシーンがいっぱいなのです。てか今までいかに普通とかけ離れた役ばかりやっていたんだ、ヴァンサンという感じもしますが(汗)。

あとこの映画のヴ ァンサンはとにかく陽気!場を盛り上げておどけたりして、周囲の人々を楽しませることが大好きな人なんですね。だから一緒にいるとすごく楽しいんですよ。いつものクセモノ演技とはまったく違う優しい眼差しもいいし。何度か彼のインタビュー画像を見ましたが、本作のキャラクターは素のヴァンサン・カッセルに近いんじゃないかなと思いました。クセモノといえばヒロインの弟役ルイ・ガレルもいつもクセモノを演じることが多い俳優ですが、この映画では普通に姉思いのいい弟でしたね。

まあでも蜜月は長くは続かないんですよ。既に妊娠中から亀裂が入り、カップルとしては空中分解しかけ。だからこそ短くも濃い蜜月時代が輝くんでしょうかね。息子が産まれたので、そのためにやり直したりするんですがやはり暗礁に乗り上げてしまうんですね。夫は見知らぬ女(と言い張っているが)と浮気するし、妻は精神的に不安定になり薬を飲むよ うになりますが飲み過ぎて危ない状態になったりするし。これじゃお互いによくないってことで結局離婚することになるんですが、離婚した途端に関係がよくなったりするのがまた面白いところですね。この離婚=不仲ではないってところが、なんとなくヨーロッパぽい感じがします。フランスのミュージカル映画「愛のあしあと」でも別れた夫婦が再会してベッドインしたりするシーンがありましたっけ。

元夫婦と息子で一緒に旅行するシーンがあるんですが、これが本当に楽しそうなんですよね。わざわざ結婚という選択肢を選ばなくても、というか選ばなかった方がずっと幸せそうに見えるので、何故二人が結婚をしたのかが不思議です。そして夫が妻にカルティエの腕時計(しかも金の)をプレゼントするんですよ。前は負債を抱えていて家具を差し押さえられていたのに、たいしたもんです。ラッピングがなかったから中古かもしれないけど、羨ましい~。

息子抜きのときでも二人の友好的な付き合いは続いていたんですが、妻のキャリアが上向きになってくると夫が嫉妬するようになるんですよね。あれ、夫ってそんなキャラだったっけ?って思うんですが明らかに面白くない様子。ヴァンサンの演技も陽気な今までと全然違って、不穏な周波数を出すようになります。この辺の切り替えが上手いなあ~という感じ。この時点でもう10年くらいの時が経過しています(息子も大きくなっている)。

監督や主演の二人のインタビューを見ましたが、この映画はお互いに愛し合っているけれど、一緒に歩むことが出来ないカップルの悲喜劇を描いているのだそうです。若い頃だったら「愛し合っているなら、何があっても添い遂げられるはず!」と固く信じて疑っていませんでしたが、大人になった今は「そういうカップルは山ほどいるに違いない・・・」と思えるようになりましたねえ。人生色々、夫婦/カップルも色々、なんですよね。

ラストシーン、妻と息子の学校の先生との面談が行われているところに夫がやってきます。息子は学校の成績も良く先生にも褒められていて、嬉しそうな妻と夫。面談の間に二人の間で交わされる視線は穏やかで、嵐が過ぎ去った後の海原のような平和さです。妻は夫の横顔をじっと見つめます。愛しあったり、喧嘩したり、色々あったなあ・・・という視線。これが実に味わい深いんですね。

映画のいいところは色々なこと を追体験出来るというところですが、私自身もヴァンサンと色々あった10年間を過ごした様な気分にさせてくれました。あと、ヒロインの現在であるリハビリの様子が挟まれていて嵩高になっていた構成もよかったと思います。この構成は決して物語の濃度を薄めることはなかったし(そもそもずっとカップルのアップダウンを見させられたら、観客もくたびれてしまうだろう)まるで、お好み焼きに入れたキャベツのようにいいボリューム感を出していたと思いました。評価も良かったようで、フランスのアカデミー賞的なセザール賞では主要部門で軒並みノミネート。カンヌではトニー役のエマニュエル・ベルコが主演女優賞受賞したし、パルムドール賞にノミネートされたということだそうです。

ということで、珍しく普通の男を演じている「私の王様」ヴァンサンとの波乱に満ちた10年間を追体験できる貴重な貴重な映画なのでした。


『ドント・ブリーズ』こういう映画だったとは・・・ネタバレはダメ、ゼッタイ!



      



観て来ました、ドント・ブリーズ。大金が隠されているという盲目の老人の家に三人の泥棒の若者が押し入ったら、その老人は視覚以外は驚異の能力を持つ殺人マシーンでした、というお話ですが・・・。いい意味で「えっ、こういう映画だったのか」と裏切られる作品でした。

1行あらすじを聞いた限りでは「因果応報、ザマー!」となって溜飲が下がる話なのかな~って思ったんですが、泥棒側の若者、特に紅一点のロッキー(ジェーン・レヴィ)ちゃんには色々と事情があって泥棒してるんですよね。育児放棄、アルコール中毒、失業中の母親とその彼氏がいる劣悪な家から幼い妹を連れて家を出たいという目的があって。んで仲間たちと盗みを働いては盗品を売ってお金を作っているんですが、盗みの元締めからは足下を見られててアガリを出してもほとんどピンハネされているという状態。

ロッキーちゃんの仲間はアグレッシブなマネー(ダニエル・ゾヴァット)とお坊ちゃん風のアレックス(ディラン・ミネット)です。アレックスのパパは警備会社に勤めているので、そこから警備システムの裏側をついて簡単に家宅侵入ができるというわけです。舞台はかつて自動車産業で栄えたけれど今は廃墟が多いデトロイトということで、警察を呼んでも来るのにえらい時間がかかるという制約も効いています。まどろむロッキーちゃんの指先に止まったテントウムシをアップで映した画像は、ちょっとソフィア・コッポラ風?デトロイトで青春ホラーっていうと「イット・フォローズ」を思い出しますね。

ある日、仲間のマネーが近所に盲目の老人宅があり、そこには彼の娘が自動車事故で亡くなった際に加害者から支払われた大金の示談金が保管されているという情報を持って来ます。それは彼らにとってもかなりのデカい山。でもうまく行けばもう盗みを働く必要もないし、家を出ることも出来る・・・ということでロッキーちゃんたちは決行を決意します。

ところが・・・ギャー!という話なんですね。その家に住んでいるのは盲人だけど筋肉ムキムキの退役軍人のおじいちゃん(スティーヴン・ラング)。最初は軽い仕事かと思って忍び込んだものの、あっという間にマネーが射殺されロッキーちゃんとアレックスはお金を取ったものの、老人の家の中に閉じ込められてしまい ます。ちょっとでも物音を立てたら、殺られる・・・それこそ息をする音でさえも聞き分ける老人、すなわち「ドント・ブリーズ」なんですが実はそこまで老人の感覚が研ぎすまされているかというと、そうでもない。同じく盲目の凄腕刺客で比較すれば、座頭市の方がずっとシャープな印象です。私が「ドント・ブリーズ」というタイトルから想像したのはキョンシーですね。キョンシーが至近距離に来たら息を止めないと殺られるんですよ。テンテンちゃんたちが息を止めてキョンシーが通り過ぎるのを待つシーンは今でもよ~く覚えていて、苦しくなります(自分も息を止めていたから)。




※ここからネタバレします。

















怖い、怖いと評判を聞いていたので、疲れていない体調がいい時を選んで鑑賞したわけなんですが。途中まで「うーん、これ怖いかなあ。思ったより普通じゃね?」という感じ。しかし、ロッキーちゃんとアレックスが地下室に隠れてから驚愕の事実が発覚するわけです・・・。地下室の電気を付けたら、そこに拘束された誰かいるんですよ。ヒイッ!「マーターズ」か?とビックリするんですが。

それは若い女性で天井と繋がっている拘束具を付けられ、口にはガムテープが貼られていました。彼女はロッキーちゃんたちにある新聞記事の切り抜きを見せます。それは彼女、シンディー(フランシスカ・トロシック)が昔老人の娘を車で轢き殺してしまったが、無罪放免になったという記事でした 。娘を殺された老人はシンディーを誘拐監禁していたのです。シンディーが繋がれている座敷牢みたいなスペースがあってそこには下にマットレスが、壁にはクッションが敷き詰められているという、噂に聞く精神異常者の自殺を防ぐ為の部屋のようで、それも怖いんですね。

ロッキーちゃんたちはシンディーを助け出し地下室から外に通じるドアを開けますが、ドアが開いたと思ったらそこには老人がいて銃で撃って来るのでした。流れ弾によりシンディーが死亡。シンディー死亡に気付いた老人は彼女を抱き上げて号泣。ジジイが「マイベイビー!」と言っていたので「?」となるわけです。シンディーは亡き娘のかわりなのか?とも思うのですが・・・。

そこからまた暗闇の地下室での悪夢の様な追いかけっこ が続きます。しかしアレックスは何回も「死んだ!」と思ったのにしぶとく生きてます。ジジイから至近距離で撃たれたりしてるように見えるんだけど。まあ彼が生きてないとダメなんですが。二階にある娘の部屋だった場所から、通気口を通じて逃げるロッキーちゃん。途中でジジイの飼ってる猛犬が通気口の中に入って追っかけて来るんですよ。この猛犬の助演っぷりもよかったですね。犬とはいえジジイをしっかりサポートして、なかなかに嫌~な手ごわい敵でした。たしか動物タレントのアカデミー賞的なものもあったと思うので、この犬は是非ともノミネートされてほしいですね。

なんだかんだでロッキーちゃんはジジイに捕まってしまうんですが。目が覚めた時はシンディーがいたクッションの座敷牢にいて、拘束されていたんですよね。マネーやアレックスはすぐに殺されていたのに、ロッキーちゃんは何故生かされているんだろう。やっぱ女だからワイセツ目的?とも思うんですが、私の想像の斜め上を行く理由でした。ジジイは亡くなった娘のかわりになる子供をシンディーに産ませる為に監禁していたのです。ジジイによるとシンディーは妊娠しており、死んだシンディーを抱き上げて「マイベイビー」と言ってたのは腹の中の子に対して呼びかけていたんですね。

だから今度はロッキーちゃんがシンディーの代わりになるんですよ。レイプされるのか?と思ったら、ジジイは冷蔵庫を開けて何かをあたため始めます。ロッキーちゃんに何か薬を飲ませようとしているのかと思ったんですが、 ジジイはあたたまった白濁した液体をスポイトに入れます。「俺はレイピストじゃねえ。9ヶ月だ、9ヶ月我慢して子供を産めば自由にしてやる」と言い、スポイトをロッキーちゃんに挿入しようとするんですよ。うげー!!!!もうここから盲目老人から逃げるというただのホラーじゃなくなり、圧倒的なクレイジーさが加わって何か別次元のものになるんですよね。

前半の盲目老人アクションは、もはや前フリ・・・。やっぱりどこか病んじゃった人の内面ってのが本当に一番恐ろしいんですよ。私が今まで観て来た映画で子供を渇望し過ぎて狂っちゃったキャラクターというのはだいたい女性でしたが(そんでもってロクなことにならない)、このようなジジイがってのは珍しいパターンです。百歩譲って娘を失った悲しみがあるいうのは理解出来なくもないんで すが、これはあまりにも常軌を逸している。またそうまでしてでも子供をっていう欲望が空恐ろしくもあるんですね。しかし家庭用冷蔵庫で保存しコンロで温めるって、こんなんで人工授精って出来るんでしょうか・・・。

ロッキーちゃん危うし!のところをしぶとく生き残ったアレックスが助けてくれるんですが。その後で拘束を解かれたロッキーちゃんが「ふざけんなー!」とジジイを蹴り倒し、スポイトを口に突っ込むシーンはさすがに溜飲が下がりました。この後また一悶着あって結局アレックスは殺されてしまいますが、ロッキーちゃんは家の外に出ることに成功します。停めてあった車の中で猛犬との戦いもあり(窓ガラスが犬のヨダレでベタベタに汚れる演出がいいですね)。そしてジジイは悪役らしく何回かリバイバルして生き返り(オープニングシ ーンがぐったりしたロッキーちゃんを引きずって歩くジジイの後ろ姿だったから、やっぱり捕まっちゃうんだろうな・・・って思いましたが)。でもロッキーちゃんは機転を効かせてジジイに逆襲します。

警備システムを作動させてジジイを動揺させ、工具で殴って地下室に落とします。ジジイもこれでお陀仏か・・・とホッとしますね。この映画、なんと上映時間はたったの88分!すごく短い映画なんですよね。でも始終このテンションでもっと長かったらヘロヘロになっちゃうかもしれないんで、これくらいで丁度良いんでしょう。ロッキーちゃんは妹を連れてどこかへ逃げようとしているところです。やっと訪れた休息。海のある憧れのカルフォルニアへ旅立つのです。コーヒーショップにあるテレビからは昨夜の事件の報道が流れています。思わず立ち上がって見に行くロッキーちゃん。なんとジジイは生きており、病院へ搬送され順調に回復へと向かっているとのこと。ええー!死んだはずだよ、お冨さん!ということで、しぶとい悪役っぷりにあっぱれ(もちろんトランクに閉じ込めた猛犬も生きているだろうな)。これでENDです。

いや~・・・こういう映画でしたか・・・という感じで、なんか最後まで払拭できない嫌~な感じの薄膜が張った様な印象でしたね(褒めてます)。孫がいてもおかしくないジジイが自分の子供を産ませようとしているってのが衝撃で、いくら娘を亡くしているからといっても空恐ろしかったです。捕まったら「ルーム」的展開になるところでした・・・。

よく出来てるなと思ったのが盲目凄腕ジジイから逃げろ!というアクション部から、ジジイの暗部をサイコスリラーぽく見せるホラー部のデュアル構造ですね。やっぱりお化けよりもモンスターよりも食人族よりも狂っちゃった人間が一番怖い・・・と改めて思ったのでした。現時点でWikiによると、監督のフェデ・アルバレスさんが続編の可能性を示唆しているらしいです!続編ではジジイのキャラクターに焦点が当たった作品になるとか・・・。うーん、やっぱりそうですか。これだけのキャラだから一作で終るのもったいないと思ってました。生き残ってるしね。ということで怖楽しみに待ちたいと思います。




『裸のジャングル』「アリエン!」は「行くぞ!」の意味



       
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なぜか年末になるとこういう映画が観たくなるものです。「食人族」や「グリーン・インフェルノ」みたいな奥深い未開のジャングルに分け入って行く話がね・・・。ということでマンハントものの傑作「裸のジャングル」ですよ。まあ原住民に取って喰われやしないんですが、捕まると命がないという究極のサバイバルゲームの話です。


※ネタバレします。



19世紀末か20世紀初頭あたりのアフリカの奥地。ヨーロッパの列強国が相次いで入植し、占領や象牙の乱獲を行っていた時代です。象牙を取る為に奥地に入っていた欧系の一団があり、主人公の男(コーネル・ワイルド。監督・制作・主演を兼ねている)はこの一団に雇われたガイドのような仕事をしています。彼も欧系なんですが現地語が少しできるんですね。奥へ分け入って行くと、原住民の男達の一団と出くわします。彼らの出で立ちは裸に毛皮のパンツや羽の首飾りをつけた、まさに「土人」!ヒー、と思うんですが彼らは実に友好的な態度で接して来ます。

「ここから先は俺らのシマなので入っちゃダメとは言わないけども、あんまりむやみやたらに荒らさないでね。そこんとこよろしく!という感じなんですが、傲慢な白人のオッサンは主人公の男が治めるのも聞かず「俺に指図すんな!土人が!」と彼らをまったくリスペクトしないで先に進むのでした。その後、一団はゾウの大群を見つけてむやみやたらに撃ちまくり、象牙を乱獲。ゾウがもうバンバン撃たれて行くんですが、このシーンは町山さんのPodcastによると記録映画からありものの映像を貼付けたものなんだそうです。しかし、残酷〜。ゾウさん可哀相!という感じでいたたまれません。

さっき「食人族」の話が出ましたが、この映画ではそのような直接的な動物虐待描写や殺人描写はないんですよ。カメラワークで隠されている。殺人シーンなんかでは赤い花が画面にかぶさっていて「この奥で何が行われているかは、お察し下さい・・・」という奥ゆかしい演出になっています。血のりも真っ赤なペンキみたいだし、リアルさはないんですね。その分、ゾウさんが撃たれるシーンはリアルなので強烈でした。そこまでして象牙欲しくないよ!

ひとしきり乱獲を終えてキャンプをしている一団でしたが、怒ったさきほどの原住民に襲撃されて捕らえられてしまいます。彼らの村に連れて行かれ、コブラに噛まされたり蒸し焼きにされたりする白人たち。そらー、言わんこっちゃない・・・。食人族じゃないだけいくらかマシでしたと言うものです。やっぱこういう僻地ではローカルに逆らっちゃいけないんですよ。主人公の男はエエ身体をしているので(コーネル・ワイルドは元オリンピックのフェンシング選手らしい)裸にされマンハントの獲物として逃げることを許されます。ローカルの狩りゲームの獲物として使われるんですね。ヒー、これもすぐ殺されないとはいえ結構嫌だ〜!と思うんですが。

しかし主人公の男が結構、いやかなり高スキルのサバイバル&戦闘能力の持ち主だったわけです。アウェーでローカル相手のゲームなのに強いこと強いこと。あっという間に一人殺してサンダルやパンツや武器などの装備を奪い、逃げ続けるのでした。ちなみにローカルに捕まったあたりから英語のセリフは一切なくなります。現地語のみ(もちろん字幕なし)。わかるセリフが一切なくてもこれだけ面白いってのは、原始人が火を探しに行く傑作映画「人類創世」を思い出します。ちなみにローカルが話す言葉で「アリエン!」というフレーズがあるんですが、これは何度も何度も出て来るのでシチュエーションから「行くぞ!」という意味だなと理解できました。

町山さんはメル・ギブソンが監督した「アポカリプト」が、本作に対してオマージュというレベルを越えて類似していることを仰っていましたが、私はもう「アポカリプト」をほぼ忘れかけていたのでその点ではよかったですね。あと本作の邦題には「ジャングル」と付いているのですが、そこから想像されるうっそうと生い茂った熱帯の樹々、湿気、みたいなのはないんですよ。ジャングルじゃなくてサバンナ。ひたすら乾燥していて大地に木が点々と生えているみたいな、これぞアフリカという風景ですね。簡単に山火事がおこせるくらい乾燥してるんですよ。

とにかく逃げる男のサバイバル&戦闘スキルが高い。ローカルをうまく騙したりして何人も殺してるし、接近戦のときは地面の砂で相手の目をつぶししたりして本当に感心してしまいました。敵をまくために山火事を起こすシーンも凄い。頭いい〜!(しかもうまく行っている)と舌を巻きましたよ。ゲームの途中途中で、サバンナの動物たちの実際の映像が挿入されたりしていて飽きさせません。鳥に食いつくヘビとか、カエルを飲み込むカエルとか、争うサルとジャガーとか(てっきりサルが獲物かと思ったら、対等にケンカしていて驚いた)。う〜ん、野生の王国!って感じですね。子供の頃見てましたが、ドキュメンタリーチックな構成で結構怖かった気が。その点、関口宏が司会だった「わくわく動物ランド」はホッと出来るのでした。

ファッション的にはローカルが履いているサンダルがお洒落でした。今のレディースのペタンコサンダルみたいなベルト使いで、なんだったらレオパードやゼブラのファー飾りがついてたりするんですよ。今現在にも通用するお洒落さ。というより実際にこういうところからインスピレーションを受けているんでしょうかね。今年はファーが付いたサンダルやスリッパが流行っていたみたいですが、けっこう上級者向けのアイテムですよね。

逃亡の途中で別の集落に辿り着いた男ですが、そこがアラブ系?の武装集団に襲撃され集落の男たちが奴隷として略奪されていくのを見ます。思わず義憤にかられて助太刀をする男。隠れていた子供を助けるために彼も戦うのでした。その後で男は滝壺に落ちて流されるのですが、それをその子供が助けてくれるんですね。言葉はまったく通じないけど親愛の情が通じた二人は一緒に旅をすることに。ここで少しだけ英語が出て来るんですが、そういやこの人、白人だったんだっけと思い出すわけです。

その後、子供と別れてまたサバンナを行く男。疲労もマックスに達した頃、やっと入植しているヨーロッパのものと思われる建物が見えて来ました。よかった〜。これで助かる!と思いきや、ローカルの追っ手がすぐ後ろまで迫っていました。追われる、逃げる、あーあともう少しというところで力尽きて横たわる男。あわやというところで建物から兵士が出て来てローカルたちに発砲。散るローカルたち。すると、リーダー格だったローカルの男が「もう俺らも逃げるわ。お疲れさん、そんじゃ」という具合に男に合図し去って行くのでした。男とローカルたちの間にサバイバルゲームを通じた友情みたいなものが出来ていたんですね。「俺ら、お互いによくやったじゃん」みたいな。昔の少年漫画でありそうな、土手で殴り合いをして疲れ果てた後で笑い合い友達になるみたいな感じでしょうか。男子はこういうサッパリした感じがいいですねえ(本作の場合は殺るか殺られるかなんで、もっとエグいけど)。これでENDです。

いや〜、プロットは単純そのものだし、セリフがないのにこれだけ面白い映画が作れるというのは凄いですね。そういえば森瑶子さんが「真の男らしさというのは、無人島で生き長らえる能力。火を起こし、食べ物を取ることが出来る男でないと(=ヤワな男じゃダメなのよ)」みたいなことをエッセイで書いてらしたのを思い出したのでした。まあ無人島なら周りに海がある分、貝や魚が取れるだろうしジャングルがあればトロピカルフルーツもあるかもしれません。しかしサバンナというのはライオンもウロウロしてるし乾燥してて食べるものがほぼないので(男が唯一取ったたんぱく源はヘビと集落から盗んだ焼き鳥みたいなもの)ずっとずっと難易度が高そうです。






本作に登場するサンダルは、
もっとベルト使いが激しいものだけど
ザックリしたイメージ的にはこんな感じ。

タイツと合わせて秋冬仕様ですな。
でも実際使うとファー部分が汚れちゃって
気になっちゃいそう。







もっとイメージに近いのはこっちですね。
このブランドのスエードサンダルを
持っていましたが、とても柔らかくて
履きやすかったです。

『愛と憎しみの伝説』それでも針金ハンガーはあると便利



      
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ハリウッド黄金期の大女優、ジョーン・クロフォードの養女だったクリスティーナがクロフォードの死後に書いた暴露本を元にした映画だそうです。この映画の評判は聞いていたのですが、やっと観ることが出来ました。82年のラジー賞総なめだったそうですが・・・映画としてはとっても面白かったですよ。何より退屈させない映画になっているというところはもっと評価されるべきでは・・・と思いました。

ジョーン・クロフォードの映画、私は一本も観たことないんですが、ハリウッドのトップ女優だったんだそうです。演じるのはフェイ・ダナウェイ。彼女のやり過ぎてギャグに昇華してしまった演技(本作でオスカー主演女優賞を狙っていたらしい)が後世にも語り継がれていることからも、そこが本作の見所です。ジョーン・クロフォードはお金持ちの映画スター、でも彼女の人生に欠けているものは子供の存在でした。今でこそ映画スターが海外からエスニシティの違う養子をもらうことは全然珍しくありませんが、当時は離婚歴がある独身者が養子をもらうことが大変だったみたいですね。しかし恋人の弁護士が奔走してくれたお陰でジョーンは女の子の赤ちゃんを迎えることが出来ました。

赤ちゃんはクリスティーナと名付けられ、何一つ不自由のない環境でスクスクと成長。しかし次第に女優業がパッとしなくなり、娘のクリスティーナは精神の均衡を崩したジョーンから虐待を受けるようになります。この映画はクリスティーナとジョーンの愛憎に満ちた奇妙な親子関係をメインに描かれています。高橋ヨシキさんもラジオ(下のyoutube参照)で仰っていまし たが、ジョーンはそもそも完璧主義者。冒頭の掃除シーンでもそれが描写されています。メイドが掃除した部屋の棚を指でサーッと撫でてホコリをチェック。観葉植物の鉢をどかしたらまだ汚いところがあった、という場面ですね。そういう完璧主義者にとって子育てというのは向いていないんですね。なぜなら子供ってのは不完全のかたまりだからです、ということですが本当になるほどなあという感じです。だから子供が自分が定めた領域からちょっとでもはみ出すと、フェイ・ダナウェイが整えた太眉をクワッっと上げて怒り出す・・・ということになるわけです。


※ネタバレします。



この映画の白眉とも言えるシーンが「ノーモア、ワイヤーハンガーズ!」のセリフでもおなじみ「針金のハンガーを使うなーッ!」と言って針金ハンガーでクリスティーナをバシバシと叩くシーンです。そのすぐ前のシーンが、落ち目だったジョーンがオスカー主演女優賞を受賞し家族で喜ぶシーンだったので「これで少しはジョーンの機嫌がよくなって家庭内が平和になるだろう」と思っていたので、えっ、その次がコレ?とビックリしました。このときのジョーンがマスクかなんかを顔に塗っていて真っ白なんですよ。そんな状態になったババアが夜にクローゼットを荒らし、娘に買ってやった高いドレスが針金のハンガーにかかっているのを見つけて激怒。ノーモア、ワイヤーハンガーズ!になるんですが、その常軌を逸脱した具合がスゴイ。顔は真っ白だし口は赤いしで、まるで「バットマン」のジョーカーみたいでしたし、子役の子、仕事とはいえトラウマになったりしないのかな・・・とちょっと心配になるくらいでした。

その後、バスルームの床が汚れているといって粉洗剤をぶちまけたりして、もう大変。クリスティーナの下に二番目の養子である男の子がいるんですが、何故か矛先は全部クリスティーナに向かうんです。弟はほぼ空気。でもこの子は寝る時に何故か拘束具みたいなものを付けさせられていて、これが地味に怖かったですね。当時は普通に行われていた医療行為かなんかなんでしょうかね。その他にも鏡台の前で自分の真似をして遊んでいる娘を見つけて「お前は、あたしのことをバカにしてんのかーッ!」と娘の髪をザクザク切ったり。殺伐としているように聞こえますが、それでも親子関係においていい時はあって愛情をお互いに示しているシーンも あるんですよ(原題の「Mommie Dearest」と心を込めて呼んだりね)。ドメスティック・バイオレンスなんかもDV期とそこから回復するハネムーン期というのを繰り返すそうですが、ドツボに落ち込んだ濃い人間関係ってのはどこか共通するものがあるのかもしれませんね・・・。

しかし先述した通り、退屈な瞬間が全然ない映画なんですよ。2時間ちょいなんだけど、あっという間。ジョーンのキャリア浮き沈みと(ペプシコーラの社長夫人だった時代もあったのね)、クリスティーナが成長して昼メロに出る女優になるまでの構成もバランスがよくてシームレスな印象。クリスティーナが大人になって独立すると、意外と仲良くなってたりしてるし「子育て期や思春期は戦争のようだったけど、こうして大人になるとちゃんと対人間として付き 合いが出来るようになって、よかったじゃないか」とも思えるんですね。色々あったけど、母はこうして私のことを立派に育て上げてくれたし・・・って着地になるのかと思っていたら。

昼メロ出演していたクリスティーナは病気になって入院。キャリアが中断されてしまうことを恐れるのですが、なんと彼女の代役となったのは・・・ジョーンだったのです。28歳の若妻の役なのに!病院のベッドでテレビを見て愕然とするクリスティーナ。そしてついにジョーンが病気になってしまいます。業界がジョーンに功労賞的な賞を贈りますが、病気で出席出来ないジョーンに代わってクリスティーナが賞を受け取ります。壇上で母の代理として感謝の言葉と母への愛をスピーチするクリスティーナ。そしてジョーンは亡くなるのでした。再び、色々あったけど、母はこうして私のことを立派に育て上げてくれたし・・・って着地になるのかと思っていたら。

なんとクリスティーナと弟には財産分与が一切ありませんでした。
弁護士のオフィスでそのことを聞かされ、え・・・?となる二人。弟が「ママは最期のとき何か言おうとしていた」と言うのを聞いてそれは何かとクリスティーナが訊ね、映画が終ります。いやー・・・てっきりリコンシリエーションなエンディングかと思ったらコレかよ!という着地でした。映画スターの家にもらわれて超ラッキーだったはずなのに、その実態は茨の道だったということで、人生ってうまく行かないんだなあという感じですね。

フェイ・ダナウェイの熱演を通り越してコミックになってしまった と言われている演技ですが、私はそこまでギャグになっているとも思えませんでしたね。ただこの役でオスカー取ったるで~!という気合いはビンビンに感じました。しかし皮肉なもので、その年のラジー賞では最低作品賞、最低女優賞、最低助演男優賞、最低助演女優賞、最低脚本賞を受賞。特に主演女優のフェイ・ダナウェイが見事に空回ってしまっている点もこの映画の変わったチャームになっていると思います(笑)。でもだからといって決してつまらない作品じゃないんですよ。噴飯ものの駄作というわけでもないし・・・。ちょっとでも気になっている方は是非ご覧になってみて下さい。

余談:今は滑り止めが付いた超薄型の高性能ハンガーなんかが売っていますが、針金ハンガーが一番場所を取らないという点で便利じゃないですか?夫のシャツなんかは全部針金ハンガーです。自分の服はIKEAで買ったハンガーにかけてるけど(笑)。


ヨシキさんによる解説





『美女と野獣』♪子犬の横に〜は、あな〜た〜(ヴァンサン)♪





五日物語」でヴァンサン熱が再燃して、コレを観てみました。「え、ヴァンサンのファンならとっくに観てるんじゃないの?」と思われた方もいらっしゃると思いますが・・・。私の居住国でももちろん上映されていたんですよ。しかし子供向けの映画はだいたい字幕じゃなくて現地語吹き替えなんですね。なので「そりゃあダメだっぺ」とあきらめていたのでした。まあオリジナル言語でもハードル高いんですが、よく知っているお話だし仏語の勉強で非習熟者向けにリライトされたのを読んだことがあったのでチャレンジしてみました。

レア・セドゥがベルで、ヴァンサン・カッセルが野獣というキャスティングからしてドンピシャな本作。監督は「ジェヴォーダンの獣」のクリストフ・ガンズ。ヴァンサンはジェヴォーダンの獣で、タイトルロールを演じていましたので(15年前の映画なのでネタバレしてもいいですよね?)「ああ、獣繋がりね!」と納得。しかし、野獣時のヴァンサンは素顔出演ではなくCGなのでした!て、ことは呪いが解けてからヴァンサン・カッセルになるってことですよ。あれ〜、妙〜に変だな〜、だっておかしいじゃない、50がらみのコワオモテ俳優、ハリウッド映画ではクセモノ外国人役を一手に引き受けてるヴァンサンが王子だなんて!(もちろん私はそういうところが好きなんですが)フランスの子供たち、とくにおとぎ話に憧れている女児たちはこれを一体どう受け止めているのだろうか・・・。しかし、ワインやチーズなどの時間が経てば経つほどウマいという発酵食文化を持ち、異性にも成熟した好みを持つと言われる国だけに、ヴァンサン王子ってのも全然アリなのかもしれない・・・などと考えてしまったのでした(でも明らかに女児たちのパパよりトシだよね)。

レア・セドゥは「スペクター」でボンドガールにもなりましたが、よく見ると顔は地味なんですよね。目はちょっと腫れぼったいし、ほっぺに肉がついてて西洋版のおかめみたいな感じ。体型もポッチャリしている。一歩間違うとイモっぽい(死語)感じになると思うんですよ。でも透明感があって、ちょっと不機嫌気まぐれな表情がやっぱりフランス女優って感じですね。今回は気だてのいい娘役ですが、お城の中で野獣に見せるどこか反抗的なまなざしが印象的でした。



※以下、ネタバレします。


今回の美女と野獣は少しヒネリが加わっています。ディズニーとかのスタンダードなものは最後に野獣にかけられた呪いが解けてイケメン王子がジャジャジャジャーン!と姿を現すことになってるけど、本作はヒロインのベルの夢の中に野獣になる前のヴァンサン王子が登場。そして彼と今はいない元カノの悲恋が語られるという構成になっています。おとぎ話の相手役に元カノがいたってのも、ちょっと新しいんじゃないでしょうか。まあ50がらみの王子だから過去がどれだけあっても不自然ではありませんね。

この元カノが、なんと森の妖精だったのです。ヴァンサン王子はそのことを知らずに彼女を愛していたのでした。この王子は悪い人じゃあないんだけど、ちょっと傲慢な面があり自然へのリスペクトみたいなものがないというキャラクター。狩りが大好きでいつもお連れのものを連れては森で動物をハンティングしてるんですね。高貴で傲慢な男ってのは「五日物語」の王様とも役柄が被りますね。元カノは「寂しいからあまり狩りに行かずに私と一緒にいて」とお願いするのですが、王子は狩りへの欲望を押さえることが出来ず、ずっと追い求めていた黄金のシカを仕留めます。矢がシカに命中したと思ったら、なんとそのシカが愛する彼女だったんですよ。彼女は森の妖精だということを告白し、怒り狂った彼女の父親(大きな力を持つ精霊)がヴァンサン王子を野獣にし、お付きのものや猟犬の子犬たちの姿も別のものに変え、お城を植物で覆ったのでした。たくさん出て来るワンコたちがすごく可愛いんですが、姿を変えられたバージョンは「カワイイ」な感じを妙に強調したCGで、なんかちょっと興ざめしてしまいました。ヘタにディズニーっぽさは狙わなくてもよかったのに。

あとは、物語がヒロイン自身によって昔話として語られる構成なのが新しかったですね。物語が子供たちのベッドタイムストーリーとして語られるんですが、途中から語り手の女性=ヒロインのベルであるということがしっかりと重なってきて、今現在のベルは母親になっているということがわかるんですよね。彼女が語るお話自体は野獣がヴァンサンになったところで終っているんですが、後日談があるんですよ。母親になっているってことは・・・ってことですよね。ベルは商人のお父さんが落ちぶれた後に引っ越した田舎の家に住んでいて、子供たちが寝た後で家の周りに広がる畑に出ます。すると逆光で野良仕事から子犬たちを連れて帰って来る男のシルエットが・・・。そう、それがヴァンサンなんですよ!ここで私の脳内に鳴り響くのは小坂明子の「あなた」です。♪子犬〜の、横に〜は、あな〜た(ヴァンサン)、あなたが〜♪ なんですよ。

よく聴くと悲しい歌なんですが・・・。



夕方、野良仕事から帰って来るヴァンサンを出迎えるなんてメッチャ幸せじゃないですか!夕陽に照らされて輝く田舎の風景、家の中では引退したベルのお父さんと可愛い子供たちが眠っています。もう、これ以上の幸せはないッ!という最高のエンディングなのでした。よく考えると、以前は自然を服従させることに喜びを見いだしていたヴァンサン王子が、今は考えを改めてカントリーライフを送っているって変化も描けていますよね。ということで、満足のいく仕上がりになっていました。

『五日物語―3つの王国と3人の女―』お話力で魅せる、大人の為のおとぎ話







溝口健二の「雨月物語」の感想を書いた時に拙ブログの珍しい常連さんである「あい」さんから「ヴァンサン・カッセルが出てる映画の方かと思いました」と言われ、最近ご無沙汰だったヴァンサンのフィルモグラフィーをチェック。そのときにこんな映画があると知ったわけです。ということで、あいさんきっかけをどうもありがとうございました(私のハンドルネームと同じ起源を持つであろうお名前ですが、私のアルターエゴではないですよ)。

正直、おとぎ話かあ〜、なんかそこまで面白くないんじゃないかな・・・って思ってたんですよ。ここ数年のハリウッド映画で新解釈だったりヒネリを入れたりのおとぎ話映画がいっぱいあるじゃないですか。どれも正直イマイチだったんですよねえ。ジェレミー・レナーが出てた「ヘンゼル& グレーテル」はまあまあ面白かったんですけどメリル・ストリープが出てた「イントゥ・ザ・ウッズ」とか死ぬ程つまらなかったし・・・。ということで本作はヴァンサン目当てで鑑賞したんですがね、これがね、すっごく面白かったんですよ!

3つのおとぎ話が交互に語られるんですが、どれも初めて目にするものばかり(古いイタリアのお話らしい)。そして大人向けなんですよ。ダークでビター(日本ではPG12)。若干、教訓めいていたりもするんですが、お話が作られた17世紀初めから現在まで脈々と流れる、普遍的な人間の愚かさとか哀れさとかが過不足なく描かれていて素晴らしいのです。ストーリー自体が持つ「面白いお話力」みたいなものがガッシリしているなという印象でした。

さて、お話 は3つ。映画ではそれらが交互に描かれ、また話が切り替わるタイミングも絶妙なのですが、感想文は都合上3エピソードにわけて書きたいと思います。この3つ、実は同じ時代の近隣国で平行して起きている話で、登場人物たちが同じお祭りや舞踏会に出ていたりします。背景から察するに中世から近世のヨーロッパのようです。


その1:女王

ロングトレリスの女王(サルマ・ハエック)と王(ジョン・C・ライリー)は世継ぎを熱望していたものの長年子宝に恵まれず、女王はとても苦しんでいました。ある日、彼らの前に占い師(フランコ・ピストニ)が現れて「川に住むドラゴンを捕まえて心臓をえぐり、処女に料理させたものを女王が食べれば子宝に恵まれるであろう。ただし新しい命を得るに は一つの命と引き換えにする必要がある」と予言します。王は川に入りドラゴンを仕留めますが、そのときに命を落としてしまいます。ドラゴンの心臓を手に入れた女王は召使いの処女に料理をさせたものをムシャムシャと食べてめでたく懐妊し、エリアス王子(クリスチャン・リース)を産みます。ところが料理をした処女も妊娠し、同時期に王子とそっくりの男の子ジョナ(ジョナ・リース)を生んでいたのでした。産まれた二人は双子のようにそっくりで、兄弟同然のように仲良く育ちます。ところが女王はそれを許さず・・・という導入部。

サルマ・ハエックが子供が欲しくて狂ってしまった女王を怪演してましたね。夫である王の命と引き換えにしてでも子供が欲しいというのがすごい。王がドラゴ ンとの戦いで死んでも全然動じてないんですよね。夫よりも子供なんですよ。そして無表情でムシャムシャと血みどろのドラゴンの心臓を食べる・・・この強烈なビジュアルは海外版のポスターにもなっています。子供に恵まれず狂ってしまった妻っていうと食人鬼ならぬ食人木映画「オテサーネク」が思い浮かびますが、まあ結果ろくなことにならないんですよ。だからここからもう嫌な予感がするんですが・・・。



その2:ノミ

ハイヒルズの王(トビー・ジョーンズ)は一人娘のヴァイオレット姫(ベベ・ケイヴ)と暮らしていました。この王様がある日、不思議なノミを手に入れます。小さな箱で育てたところ、ノミは王の愛情を受けてスクスクと育ち、子犬サイズになり、ついには子牛サイズにまで成長 。しかし急に死んでしまいます。悲しんだ王はノミの皮をはいで保存するのでした。一方、ヴァイオレット姫は恋愛したいお年頃。父王に「私もそろそろ結婚する年頃だから、いい夫を探して下さい」とお願いします。父王はノミの皮の正体を当てた男を夫にすることにしました。様々な男たちがやってきて皮の材質を言い当てようとしますが、誰も正解しません(まさかあんな巨大な皮がノミだとは誰も思うまい)。ところが山奥に住む醜い怪物(ギョーム・デラウネイ)が見事にノミだと当てて、なんと姫は彼の妻になることに。父の命令は絶対なのです。嘆き悲しむ姫は怪物に山に連れて行かれ・・・という導入部。

いやー、この話がいちばん気の毒でしたね・・・。姫はロマンス小説を読んで「私も素敵な恋愛したいわん♡」と思い、夫探しを頼んだだけなのに、超ブサイク(というかもはや人間でさえない?)な怪物とつがうことになってしまって・・・。最初はイケメン(ちょいオーランド・ブルーム似)が現れて「どうか、彼が正解しますように・・・」と祈るんですが、アッサリ外れてしまい、後から来た怪物が正解しちゃうんですよ(笑)。この怪物はちょっと「グーニーズ」のスロースを彷佛とさせてましたね。山に連れてかれるんですが、最初は嫌でもそのうちブッサイクな怪物が意外と優しいことを知ってギャップ萌えして好きになるんじゃねーの?お見合い結婚って始まりがゼロだから後は上り調子で逆に恋愛結婚よりもうまく行くってよく聞くけど?と思うんですが、もうずっと嫌なままなんで すね(笑)。

父王役のトビー・ジョーンズは最近私が観る映画によく出て来る!「キャプテン・アメリカ」のマッドサイエンティスト、ドクター・ゾラですよ。なんと「SHERLOCK」の次シーズンの悪役も演じるとか。小さい彼が王様役なのを見ていると「魔法のプリンセス・ミンキーモモ」のパパ王とか、漫画「MONSTER」が実写になったら「赤ん坊」役なんてやらせたらいいんじゃないかなあ〜と思ったのでした。



その3:二人の老女

ストロングクリフの王(ヴァンサン・カッセル)は美女が大好きで好色な王でした。ある日、城下町から聞こえて来る美しい歌声を聞いた王はその声の持ち主を探し当てようとします。その声は老女のインマ(シャーリー・ヘンダーソン)のものでした。インマの家を突き止めた王は、その美声から若い女だと思って誘惑します。引き気味のインマでしたが、野心的な姉妹のドーラ(ヘイレイ・カーマイケル)がたきつけて王をじらし、その気にさせます。暗闇の中でなら契っても良いと言い、インマではなくドーラが王の寝室に上がります。ところが翌朝、ベッドで眠る老女のドーラを見て王は家来たちを呼び、彼女を窓から森に投げさせるのでした。木に引っかかって助かったドーラは森の中で魔女(キャスリーン・ハンター)に助けられます。するとドーラのシワシワの身体は若く美しい娘の姿(ステイシー・マーティン)に変身したのでした。森の中で狩りをしている王は、若く美しくなったドーラを見つけて、彼女がシワシワだったドーラだとは知らずに城に上がらせるのでした 。そしてドーラは王と結婚することに。インマの家にお城から結婚式の招待状とドレスが届けられます。

ヴァンサンが出るのはこのパート。登場シーンから美女2人とくんずほぐれつのご乱交をしていて、いや〜やっぱりヴァンサンだなあ!って思いました(笑)。しかし、PG12ってことは親の監督があれば12歳以下OKってことですよね。このお話はセックスシーンがあるので、ちょっと小学生には見せるのは微妙かも。ヴァンサンは毎日、美女たちと酒池肉林の乱交パーティーをしているんですが、ある日可憐な歌声を偶然耳にしてその娘に会いたくなるんですね。しかしその声の持ち主は可憐な処女などではなくシワシワのババアだったわけです。そのババア、インマを演じるのは「ブリジット・ジョーンズ」シリーズの親友ジュード役でもおなじみのシャーリー・ヘンダーソン(特殊メイクしてますが)。そしてその姉妹のドーラが魔女によって若返った姿が「ニンフォマニアック」のステイシー・マー ティンです。まあヴァンサンは女は若くてエロければいいと思っている単純な王様で特に深い役ってわけではないんですが、やっぱり彼が演じることでこのおとぎ話に個性的なアクセントが加わっていたと思います。



※ここからネタバレします。




その1:女王

サルマ・ハエックの女王は溺愛する自分の王子エリアスと召使いの息子ジョナが仲良くしていることに我慢ならず、引き離そうとしますがそれでも二人は離れません。しまいには自らジョナを肉貯蔵庫の中、肉棒で襲って殺そうとします。いやアグレッシブですな。普通高貴な人は自らの手を汚さず殺し屋を雇うのではないかと思いますが・・・。身の危険を感じたジョナはエリアスを振り切ってひとり、旅に出ることに。ジョナは出発前に木の根っこをナイフで切り、そこから沸き出した泉を指して「この泉の水が澄んでいる限り、僕は大丈夫だから」とエリアスに告げるのでした。毎日、泉の様子を見に行くエリアス。ある日、泉の水が濁り始めました。それ を見てジョナを案じたエリアスは彼を探す旅に出ます。エリアスが消えて半狂乱になった女王の前に、再びあのときの占い師が現れます。息子を戻して欲しいと頼む女王に「女王の持つ暴力的な欲望は、暴力のみによって満たされる」と告げるのでした。その後、深い森にある洞穴の中でエリアスはジョナを見つけます。ところがその洞穴の中にはモンスターがいてジョナを襲って来たのでした。エリアスは剣でモンスターと戦い、ついにそれを倒してジョナと一緒に森から出ます。そのモンスターの正体は女王だったのでした。

いや〜、なんか哀しい話でしたね・・・。
息子を盲目的に溺愛するばかりに、彼の本当の気持ちに気付かず逆に苦しめていたという哀しい母親。やはり予感していた通りのバッドエンディングになってしまいました。夫の命をないがしろにしてまで手に入れた子供だったのに、その子に殺されてしまうとは。ここから得られる教訓は、子供は親の思い通りにならないってことと、いつまでも子離れできない親は子供に重荷でしかないってこと、子供はいつか親の所有物ではなくなる、それを受け入れて子供の歩む人生を尊重せよ、ってことですかね・・・。いや心苦しい話でした。過保護や過干渉ってのは比較的近代の産物かと思っていましたが、中世でもこういう親はいたんですねえ。ということで普遍的な話であったのでした。


その2:ノミ

山奥のブッサイクな怪物の元に嫁いでボロボロになった姫ですが、ある日、山の岩肌に張り付いて薬草を取る軽業師の女(アルバ・ロールワッシャー)を見つけます。彼女に助けを乞うと、明日同じく軽業師の夫と息子達を連れて助けに来ると約束してくれたのでした。そして翌日、軽業師ファミリーがやってきます。綱を渡して息子が姫を抱えて驚異のバランスで綱渡り。すると帰って来た怪物に気付かれてしまいます。フンガーッ!と逆上して綱を渡って来る怪物。ギリギリのところで綱が切られ、怪物は谷底深く落ちて行ったのでした。フーッ、助かって良かった・・・。と思わず額の冷や汗を拭うシーンです。軽業師ファミリーには三人ぐらい息子がいてみんな姫ぐらいの年でそこそこイケメン。これはこのうち誰かひとりと恋に落ちちゃうんじゃないの〜?って思ったわけなんですが。この物語はそんなスイートな着地を許してはくれません。

軽業師ファミリーと共に馬車でお城へと戻る姫。ところが、谷底に落ちたはずの怪物がなぜかリバイバルしてまたフンガーッ!と彼らを襲撃してきたのです!ヒーッ、死んだはずだよ、お冨さん!みんなあっという間に殺されて、怪物は姫をまた拉致しようとします。姫はあきらめたのか大人しくなり、自ら怪物の背におぶさります。DVにあって周りの助けを借りて逃げて来たのに、追いかけて来た夫に愛を感じてまた戻るダメなタイプ・・・?と思いきや、姫は隠し持っていたナイフで怪物の首をかくのでした。さすがに首を切られた怪物は死亡。姫はその首を持って城に戻り、病床にいた父王に再会。父王は退位し、姫が新女王として君臨するのでした。

いや〜、いち女子の成長物語としても見応えがありましたね。最初は「イケメンと恋愛したい♪」と言っていた恋に恋するフワフワした乙女。んで怪物の嫁にされてボロボロになり人を頼ったけれども、最終的には自らの意志と力で落とし前をつけて見事シャバにカムバック。姫の顔つきが最初と最後で全然違って見えるんですよ。修羅場をくぐり抜けた最後はかなりイイ顔になっていたと思います。女優さんが美人でもブスでもなく、ややポッチャリの普通めなオナゴだったのもよかったですね。親しみがあって感情移入できました。犠牲になってしまった親切な軽業師ファミリーは可哀相でしたが。


その3:二人の老女

お城に上がったドーラから贈られたドレスを来て結婚披露宴に参加するインマ。そこでドーラが輝くように若く美しくなっているのを見て驚きます(老女からステイシー・マーティンだから)。インマは宴が終った後も城内に残り、ドーラにどうやって若返ったのか秘密を教えて欲しいと懇願します。しかしドーラ自身もそれはわからないのでした(魔女の力だし)。しつこく頼むインマにうんざりしたドーラは「シワシワの肌をナイフで剥げば、下から新しい肌が表れる」と適当な嘘をつくのでした。インマがドーラと寝所にいるところを見つけたヴァンサンの王様は、彼女がかつて自分と暗闇の中で寝た老女だと思い、再び護衛のものに窓から投げさせようとします。ドーラが必死で王に頼み込んだおかげで、インマは投げられずに城から追い出されるのでした。城下町に戻ったインマは、ナイフ研屋の男に宝石と引き換えに自分の肌を剥いでくれるように頼みます。森の中で肌を剥がされ血だらけになったインマですが、もちろん下から新しい肌など出て来るはずもありません。ただ茫然自失としてその場に佇むことしか出来ませんでした。一方、その頃のドーラは「ノミ」の姫の女王戴冠式にヴァンサンの王様と出席していました。しかし、彼女にそのときに変化が訪れます。なんと肌の衰え始め、首筋や手などにシワがより、シミが出て来ました。魔法の効力が消え始めたのです。そっと、誰にも気付かれないようにドーラは城を後にするのでした。

いや〜、これも哀しい話でしたね。若さと美しさがあれば玉の輿に乗れるということに振り回された二人の老女。特にもともとの美声で王を魅了したインマは、つかの間の玉の輿にも乗れず、肌を剥がされて本当に可哀相でした。彼女が森で肌を剥がされるシーン、その後「何も変わらない・・・」とボーっと佇むシーンは引きで撮られていて、またそれが怖かったです。ヴァンサンの王様は特にストーリーを通じてキャラが変わるわけでもなく、最後までわがままで不埒な王様でした(笑)。この後「美女と野獣」(感想後日)も観ましたが、最初は傲慢な身分の高い男という本作のキャラと同じ様なトーンの役で「また(笑)」と思ってしまったのでした。

この三話、ロケーションも素晴らしかったですね。どれもサンドベージュの石で作られた乾いた感じのお城が舞台なんですよ。ヨーロッパっていうとゴシック建築とか有名ですが、比較的簡素な印象のお城で周りには広く砂漠っぽい風景が広がり、どことなくインド北部や中東っぽい空気感が漂っていました。調べたら南イタリアにあるお城が使用されたようです。南欧というのはその他ヨーロッパ地方とはまた違う風土があるんでしょうね。

日本版の予告編は各話のテーマが、女の性(さが)と欲望として強調されています。「女王」では何としてでも母になりたいという欲望、「ノミ」ではまだ見ぬ大人の世界(すなわちイケメンとの恋愛)への憧れ、「二人の老女」では若さと美貌への執着(そして玉の輿)・・・観ているときはあまり意識しなかなかったけど、そうやって提示されると「なるほどなあ〜」という感じ。それともそれらを無自覚のうちに鑑賞していたということは自分の中にも、こういった欲望がナチュラルに存在しているが故なのか・・・。そう考えると、ちょっと怖いですね。

ということで本作は単なるフワフワした甘いおとぎ話映画では全然なかったのです。普通のおとぎ話映画がマシュマロやカップケーキだとすると、本作は熱くて濃厚なショコラが中からドロリと流れ出すガトーショコラ、いや洋酒をきかせたドッシリとした味わいのブランデーケーキ。とにかく濃厚で大人な味わいなのでした。

『バニー・レークは行方不明』ここ最近の中で一番の恐怖



   


町山智宏さんの「トラウマ映画館」でその存在を知り、アメリカ映画特電のPodcastも聞き(もちろんネタバレ前に停止)はや数年・・・。やっと観ることが出来ました。いや~、怖かったですね~(心なしか水野晴夫調)。血なんか一滴もたれないし、幽霊もモンスターもゾンビも殺人鬼も食人族も一切登場しないのに、これだけ恐ろしいとは・・・。昔のアメリカ映画って凄い、と思ったのでした。

まずはオープニングクレジットからして何か怖いんですね。手が出て来て黒い紙(スクリーンと同サイズになっている)を破ると、下からタイトルやクレジットが出て来る。破る、出て来る、というこの繰り返しが何か不穏なムードをかき立てるんですよ。洒落てるんだけど、 なんか怖い・・・。このオープニングは伝説的な有名グラフィック・デザイナー、ソール・バスによるものだそうです。ソール・バスのお仕事について調べてみると日本でもたくさんしていたようで、なんと京王百貨店の紙袋(ブルーのトーンで鳥がたくさん羽ばたいているシルエット)も彼によるものだとか。ひえー、実家の押し入れにいっぱいある!(母親がため込んでいる)そういやあの鳥もソール・バスのテイストかもねえ・・・と思わぬ身近っぷりに驚いたのでした。







舞台はロンドン。アメリカからやってきたばかりの若い女性アン(キャロル・リンレー)は、幼稚園に娘のバニーを迎えに来ました。娘は今日、幼稚園に入ったばかりなのです。しかし、どこを探しても娘の姿が見えません。先生や給食のおばさんに聞いても誰も娘のことを知らないと言う。不審に思ったアンはロンドン先住で特派員の仕事をしている弟のスティーブン(キア・デュリア)に来てもらい、警察を呼んでバニーを探します。ニューハウス警部(ローレンス・オリビエ)が捜査に当たりますが、調べれば調べる程バニーの存在自体が最初からいなかったのでは・・・?という展開に。アンはアメリカから引っ越して来たばかりだったので娘の写真や荷物も手元になかったのでした。それでもアンと弟スティーブンはなんとかバニーを探そうとしますが・・・というあらすじです。


※ネタバレします。


町山さんが「フォーガットゥン」や「フライトプラン」が本作品のフォロワーだと仰っていましたが、それらの映画の結末を知っていても見事に騙されてしまったというか、楽しめましたね。アンを演じるキャロル・リンレーが繊細で少女のように若いしちょっとメンヘルっぽく見えるので、途中からやはり娘の存在は彼女の妄想ではないのか・・・いや、本当に娘がいたのかもしれないけど、アメリカで何かあって娘と別れなければならなかったとか、娘が既に死んでいるとかして彼女は気が狂ってしまっているのでは?というようにも見える。まあ最初から娘が出て来ないので、そういう風に見えても全然不思議じゃないんです。

しかし「フライトプラン」はジョディー・フォスターの娘が一緒に飛行機に乗り込むところがバッチリ映っていたし、窓に指でハートを書いていた跡が浮かび上がるので絶対に飛行機の中にいるってことがわかる作りでした。まあこの映画もつまらなくはなかったけど、やっぱり娘は存在しているってのが観客に提示されているのでジョディー・フォスターが狂っている疑うと言うよりは応援するという感じになっていたと思います(パイロット役のショーン・ビーンが怪しいと思っていたが)。

しかしオリジネーターの本作はヒロインが必死になって娘を探せば探す程、精神バランスを崩してしまった可哀相な人に見える。娘が娘がって言ってるけど本当にいるの?いないの?実は最初からいないんじゃ・・・?というように見事に誘導されるわけです。ヒロインと弟は家庭の関係かなんかで幼い頃から助け合って生きて来ており、姉弟ですが親密すぎてちょっと夫婦や恋人同士のようにも見えるんですね。弟を演じているのは「2001年の宇宙の旅」でボーマン船長を演じたキア・デュリア。顔が美しく整いすぎていてちょっと怖さも感じさせる美男です。顔が整いすぎていて人間離れ、もしくはロボットぽい、というのは「プロメテウス」のマイケル・ファスベンダーみたい。もし「バニー・レークは行方不明」が今から10年以上前にリメイクされたとしたら弟役はおファスで決定だなと思ったのでした。

しかしヒロイン、アンの大家さんのおっさん(ノエル・カワード)がネチャ~っとしてて気持ち悪かったですね。このおっさんがいつの間にかアンの部屋の中に勝手に入り込んでいたり、アンの腕にさりげなく触れようとしたりしてでも触れそうで触れなくて非常にウザキモでした。アン、早く逃げてーっ!って心がザワザワしましたよ。この大家のおっさん、明らかに怪しげなんだけど娘をさらったのは不思議とコイツの仕業ではないという気がしましたねえ。なんでだろう。中の人、ノエル・カワードはもともと脚本家でゲイなんだそうです。でもアンに迫って来る演技は素晴らしいウザキモさでした。彼に助演男優賞を差し上げたい。

あまりにも娘の存在を客観的に証明する物証がなくって途方に暮れるアンですが、ちょっと前に娘の壊れたお人形を修理に出していたことを思い出すんですよ。人形職人のところへ行くのですが、夜の人形修理屋が怖い~!天井まである大きな棚に半裸や腕や脚のもげた人形がズラーっと飾られていて、それがボウっとした光で照らされてるんですよ。まあこれが全部おかっぱの日本人形だったりなんかしたら、もっともっとオトロシイですが‥‥。で、そこでアンは娘の持っていた人形を見つけて喜び、後から来た弟に「あったわ!」と渡すんですが、アンがどこかへ行った隙に弟がその人形を壊してしまうんですね。

あれ~、妙~に変だな~、だっておかしいじゃない、弟だって必死で姪っ子を探していたはずなのに・・・。弟が車のトランクを開けると、そこには眠っている幼女、すなわちバニーの姿が・・・。はい、犯人は弟だったのです!!!そりゃ登場人物は少ないし、犯人は大家のおっさんか、学校の先生たちか、ドンデン返しで実はヒロインかとか思うじゃないですか、もちろん弟もメインキャストなので容疑者になり得るんだけど、なぜか「そう来たか!」と思わされてしまいました。しかし真に恐ろしいのは犯人が弟だと判明した後なんですよ。

弟は姪っ子であるバニーを殺そうとしますが、間一髪でアンがそれを見つけます。「やめてーっ!」と弟とバニーの間に入るのかと思ったら、アンは「そんなところにいたのね!さあ遊びましょう!」と子供に語りかけるように言うのです。そうしたら弟が「うん!何して遊ぶ?」とこれまた子供のように返答します。弟、狂っていました。実は狂っていたのはアンではなく弟の方だったのです・・・。弟は働いているので社会生活を営めるくらい普通の人に見えるんですが、アンに執着するあまり彼女の娘バニーを僕らの邪魔をするいらない子だと思い、手にかけようとしていたのでした。

アンは必死に弟の気をそらすために楽しい遊びを提案します。そのうちにバニーも目を覚まし、三人は夜の庭でスキップをして楽しく遊び始めます。アンはかくれんぼを提案し、弟を鬼にします。ノリノリでカウントダウンを始める弟。その隙を見てバニーを温室に隠して助けを呼びに行こうとするのですが、何故か数を数えていたはずの既に弟が温室の外にいてこちらを見ている!ヒイイイイ!ということで、ここが一番恐ろしかったシーンでした。それに夜の庭でいい大人がキャッキャと遊んでいるのも狂気じみていて怖かった・・・。前述した通り、フィクションの世界では恐ろしい人達がたくさん描かれてますよね。幽霊やモンスターやゾンビや食人族(これは実在してるか。NHK特集見たかったなあ)などなど・・・。でもそんなの現実のすぐ側にいる狂った人間に比べたら全然なんですよ!タガが外れてしまった人間こそが一番恐ろしいのだということを改めて感じたのでした。きっと10年以上前のおファスでリメイクしても見事なマッド演技を炸裂してくれたことでしょう・・・。

アンがブランコに乗って弟に押させているところに、警察が来て一件落着となり一応ハッピーエンドです。すべてを知ったローレンス・オリビエ演じる警部がアン母子に労いの言葉をかけるんですが、そんな落ち着いてる場合かよ!てかお前も今までバニーの存在疑ってたろ!って思ってしまいました(笑)。

最後に、こんな「バニー・レークは行方不明」は嫌だ!というネタです。バニー・レークを演じた子役の名前(スキ・アップルビー)がオープニングクレジットにも表示されているんですが、よく邦画である「◯◯◯◯(子役)」とか「◯◯◯◯(劇団ひまわり)」とかのクレジットだったら、もうその時点でほぼネタバレですね(笑)。


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