@itan-journ@l praha

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

『ホステル』「東欧」の持つ得体の知れなさを上手く使ったホラー映画

      

    


2006年の映画なんですが、今更の鑑賞をお許し下さい。まだ日本に住んでいる時に友人から「そういや『ホステル』って映画にチェコのあたりが出てるよ」というボンヤリと情報をもらってはいたのですが、なんとなく興味が湧かなくて今までスルーしていました。しかし、何故これをもっと早く観ていなかったのか・・・と思う様な作品でしたね。面白かったのはもちろんですが、この映画には筆者が持っていた「東欧の田舎ってな~んか怖い。下手したら取って喰われちまうんじゃ・・・」というこれまたボンヤリとした恐ろしさを下敷きにして作られた映画作品だったからなのです。

少し古い映画だし残酷描写なんかは色々な作品を見て耐性が付いてしまったせいか 「ああ来たね」という程度ではあります。しかし、私にとってそこがポイントなのではなく舞台が「チェコのあたり」であり、そこでは中世じみた残虐非道なことがどうやら国家権力ぐるみで行われており、セクシーなスラブ美女が色香を使ってそれをアシストしているというところです。いや~、実に安易でステレオタイプな東欧イメージだね~!でも正直その気持ち超わかるぜ!!!!といったところ。「チェコのあたり」が舞台と友人は言っていましたが、舞台はスロバキアのブラスチラヴァ(しかも首都)です(このボンヤリとした伝わり方も東欧のマイナーさゆえなのだと今は思う)。

筆者はチェコの首都に住んでいますが、ぶっちゃけチェコ以東の国がな~んか怖いです。東にはスロバキア、ポーランド、ハンガリーと国境を接しており、その先にはウクライナ、ルーマニア、ベラルーシ、さらにその先には大国ロシアがある。恐らくこれらはあんまり馴染みのない国々だし得られる情報も他のメジャーな国に比べたら格段に少ないということに起因していると思うんですよ。旧共産主義で今も物資がなくて田舎で未開で貧乏で暗くて怖くて寒くて・・・みたいな。西欧から来た人に言わせると「西側から見るとドイツ以東はみんな怖いイメージがある」らしいです。ドイツ以東ってことはチェコもか・・・。まあその中でもチェコは比較的資本主義化が進んでいるし、わかりやすい観光資源が他の国よりあるってことで、一歩抜きん出た存在になりつつあるのではないか・・・と思うのですが。最近ではテレビの多チャンネル化で旅番組が増え、東欧の国々もスポットが当たるようにはなってきましたが、アンテナを張らずに普通に生活してたらほぼ目にする機会はないのではないかと思うのです(某雑誌では未だに「チェコスロバキア」と書かれていたこともあるし)。じゃあ逆に情報があれば怖くないのか?と言われるとそうも簡単に行かなくて、長年染み付いた確固たるイメージというのはなかなか取れないのではないかとも思います。

チェコに暮らしている筆者の認識がこの程度だとすると、10年前のアメリカ人が持つ東欧イメージもまあ推して知るべしというところなのではないかと・・・(チェコとチェチェンを混同するくらいなので)。そもそも「東欧」という括りは間違っていると言っていたローカルの大学教授の方もいました。 チェコとスロバキアは中欧のカテゴリーであり、ウクライナとかが東欧という分類なのだそうです(その方の言葉の端に「そんな国と一緒にされたくない」といったニュアンスもあり。気持ちはわかる)。しかし日本ではチェコを含めて東欧雑貨とか東欧周遊とか言っていますね。「東欧」という言葉にはどこかエキゾチックな響きがあり 、フランスやイギリスなどとは一味違うんだ、といったマイナーな旅心をくすぐるサムシングがあるというのも否定できません。「中欧」と言ってしまうと、そのエキゾチシズムが薄まる様な気がするので、ここでは「東欧」と表記することにします。自由化されて約25年。アメリカ人バックパッカーも訪れるようになったけれど、まだまだ知られていない未知の地域。そんな部分が00年代のホラーの舞台となったのは至極自然な流れだったのかもしれませんね。








※ネタバレします。




監督はエリ、もといイーライ・ロスで、クエンティン・タランティーノ総指揮です。ヨーロッパをバックパッカー中のアメリカ人学生パクストン(ジェイ・フェルナンデス)、ジョッシュ(デレク・リチャードソン)、アイスランド人のオリー(エイゾール・グジャンソン)はアムステルダムで偶然知り合ったアレクシ(リュドミール・ブコヴィー)から、スロバキアのブラチスラヴァでは美女とやり邦題出来るパラダイスのようなホステルがあると聞き、さっそく現地へ。しかしそこは・・・というお話です。モテない男三人組が期待と股間を膨らませて東欧へ。しかもアメリカ人は特にモテるらしいと聞いてウキウキです。しかしアムステルダムという設定ですが・・・ここ、 おそらくプラハ?ホスポダの看板がピルスナーウルケルになってたし、ブルタヴァ川のほとりみたいなところも出て来たので。

列車でブラチスラヴァへ向かう三人組(アムステルダムからブラスチラヴァって結構な長旅なのではないか!)。オリーが寝ているジョッシュの横で、落書きしたお尻を振るシーンがあったのですが、イケメンのお尻じゃないですけど男尻好きな私は注目してしまいました(笑)。三人組は車内でオランダ人のおじさん(ヤン・ブラサーク。実際はチェコの俳優さんみたいです)と出会います。このおじさんは何故か手で食べ物を食べる妙なおじさんでした。おじさん曰く、その方がより自分の為に犠牲になる食べ物をダイレクトに感じられるからだそうで・・・。モティロンこれ が伏線になっています。

そしてスロバキアに到着した一行。ほんと、なーんにもない駅です。駅の名前は「Poricany」なのでググってみると、これもスロバキアではなくチェコのようです。そこからタクシーを走らせて到着したのがブラチスラヴァということになっていますが地理がメチャクチャですね。まあローカルや行ったことがある人以外気にしないポイントですが。そして着いたのが・・・あらまビックリ!ここはチェスキー・クルムロフじゃありませんか。「キュン♡と、ときめいたらシャッターチャンス。世界イチ美しい町チェスキー・クルムロフでカメラ女子に変身しちゃおう☆」(「地球の歩き方 aruco チェコ」より引用)っていう可愛い可愛い街が・・・ノオーッ!!!しかしそれもまた悪趣味な味・・・(笑)。実際、映画の中ではライティングも抑えめで陰気なイメージで撮られています。だから、なんか不気味っちゃ不気味。だってみんな拷問大好きな国だもんね。クルムロフの別の表情が見えてくるんですよ。

ついたのはホステルといいつつも実に綺麗で歴史を感じさせる美しい建物でした。ロビーで日本人らしき女子二人組とすれ違う一行。彼女たちが「アタシコノヒトスキダナー」みたいな明らかにカタコトの日本語を話します(笑)。ロビーのテレビではわけのわかんない現地語に吹き替えされた「パルプ・フィクション」が放映中(笑)。タラちゃんテイストがチラリですよ。そして案内された部屋は相部屋で先客のスラブ美女が二人。こんな都合良くいくわけないだろうと思うのですが、エロい目にあった奴は殺されるのがホラー映画の掟。進展を見守ります。スラブ美女に誘われて一緒にスパに行った三人組。申し訳程度にタオルで身体を隠し、サウナでくつろぐ美女たち。彼女たちはロシア人のナターリア(バルバラ・ネデルヤコヴァー)と、プラハから来たのスヴェトラーナ(ヤナ・カデラブコヴァー)でした。確かにエロ美人なんですけど、どこか安っぽ〜い感じがプンプン。こちらのポルノに出て来るような感じなんですが、そこがまたエロくて劣情をそそるんでしょうか。きっとそうでしょうな!

その後ディスコに行って盛り上がり、パクストンはナターリアと、ジョッシュはスヴェトラーナと、オリはホステルの受付嬢(彼女は可憐で可愛かった)としっぽり。しかし翌朝オリが消えてしまいます。ホステルに問い合わせたら既にチェックアウトしたとのこと。変だな〜、と思っていると昨日ロビーにいた日本人のカナ(ジェニファー・リム)が声をかけて来ました。彼女の連れも昨日から行方不明になっているとのこと。その友達からは「さよなら」というメールと共に写真が送られて来ていました。そこにはオリと彼女の姿が。アジア系に興味のないオリが日本人と消えるとは考え辛く、妙に変だな〜ということになったのでした。しかし、そのときオリと日本人の子は二人はもうひん死の状態だったのです・・・。やはり日本人のカナちゃんを演じていたのは中華系の女優さんだったんですが、その友達が拷問される ときの日本語も不自然でしたね。No!を直訳して「いいえ〜!」って言ってたし。そこは「いや〜!」でしょう。日本好きなタラちゃん、もう少し頑張って!

ふう、長文になりすぎるのでココからは巻きで行きます。次に消えるのはジョッシュ。残されたパクストンが受付に問い合わせると彼もチェックアウトしたことになっていました。ジョッシュは謎の小部屋に監禁され、列車で会ったオランダ人のおじさんに手足切断されるのでした。このおじさん、どうやら外科医になりたかったけど、手が震えるのでダメだったらしい。一体この場所は・・・?ということなんですが。そういえばバックパッカーが旅先で行方不明になる都市伝説とかありましたね。それはヨーロッパではなくインドとか中国だったですけど、 あながちない話ではないのかもなあ・・・とも思います。

何かがおかしいと感じたパクストンは、ナターリアとスヴェトラーナが飲んでいるホスポダへ向かいます。この場面が地味だけど秀逸だと思いました。昨日はあんなにノリがよかったスラブ美女二人が、すごくやさぐれて見えるんですよ。しかもライティングが老けて見える感じになってるんですよね。オリとジョシュは美術展覧会に行った、という美女二人。そこへ連れて行けと言い張るパクストン。ナターリアが車で「展覧会」へ連れて行きますが、そこは工場跡のような廃墟でした。そこでアジア系らしき男性に声をかけるパクストン「ここは一体どういうところなんだ?」「気をつけろ。あり金を全部つぎ込むことになるぞ」と謎の忠告をする アジア人。おお、三池監督が友情出演!

中に入ったらもうオリもパクストンも切り刻まれてひどいことになってるんですよ。案の定、パクストンも捕まって独房に入れられてしまいます。独房にやって来たのは小柄なおじさん(ペトル・ヤニシュ)。そのおじさんはドイツ人だったみたいで、ドイツ語が出来るパクストンは必死に命乞いします。この設定が彼を助けることになるのではと思いましたがそうではなく、普通にそこらへんにあったピストルを手に入れて敵を撃って脱出するんですね。逃げる途中で肉屋のような屈強デブな男がパーツに分けられた死体を手押し車で運び、焼却炉にくべているのが映されます。死体に混じってカモフラージュしているパクストンが見たのは、友人の変わり果てた姿でした。肉屋のような男が油断した隙にオノで攻撃し、そこから逃げるパクストン。

次に辿り着いたのは更衣室兼オフィスのようなところ。ここでパクストンがロッカーを開けて普通のスーツに着替えていると、アメリカ人(リック・ホフマン)がやってきます。パクストンのことを殺す側だと勘違いしたアメリカ人は色々と話しかけて来るのですが、ここでこの魔窟が「エリート・ハンティング」という組織的な拷問殺人を楽しむクラブだということがわかります。会員は全員犬の顔のタトゥーを入れているのでした。適当に話を合わせて逃げるパクストンでしたが、カギのかかってない車に乗り込もうとしたところで悲鳴が聞こえます。それはカナのものでした。動きが止まるパクストン。まさか・・・助けに?と思ったら本当に行くんです。モテないブサメンなんて言って悪かったな〜、行動は超イケメンじゃん、と見直したのでした。前半、パクストンはジョシュに子供の頃、溺れた女の子を見つけて助けを呼びに行ったことがあったけども結局女の子は死んでしまった、という話をしていたので、それが伏線になっていたようです。

カナはさっきのアメリカ人から拷問を受けており、顔の片方がドロドロになって眼球が生卵のように流れ出していました。アメリカ人を撃って、カナの手を取り逃げるパクストン。車を盗んで急発進させます。旧市街へ行くと、なんとそこにはアムステルダムでブラチスラヴァ行きを仕掛けたアレクシと、ナターリアとスベトラーナが話しているではありませんか!車で躊躇なく彼らを轢くパクストン(もちろん皆、轢死)。ここは今まで散々な目にあってきただけに溜飲が下がるシーンです。駅で列車に乗り込もうとする二人ですが、カナは偶然ガラスに映った自分の顔を見て絶望し線路に飛び込み自殺。パクストンは一人で列車に乗り込み逃亡に成功するのでした。

列車がオーストリアに近づいたとき、車内で聞き覚えのある声を聞くパクストン。それは、忘れもしない食べ物を手で食べるオランダ人のおじさんのものでした。パクストンはウィーンで下車したおじさんを追いかけ、トイレで彼を殺害します。自分が切断されたのと同じ指を切断し、便器の中で溺れさせて最後は喉をかっ切るという数日前まではのんきなバックパッカーとは思えない、スパイ映画みたいな殺し方でした。このおじさんの殺され顔も気持ち悪くてアッパレ。パクストンは別の列車に乗り込み、ウィーンを去るのでした。終わり。

いや〜、なかなかに面白かったですね。書き忘れたけど、この街にはストリートキッズが大勢いて時々「ガムくれ」とか言って来るんですよ。この子供たちの使い方も上手かったと思います。ガムひとつで簡単に寝返ったりするんですからね。さて、もちろんこんな話なので「うえ〜、東欧って、スロバキアってマジこえ〜!」となるのは当然ですね(笑)。東欧ってのは美女はいるが得体の知れない場所であるらしい、というみんなのボンヤリイメージをこの上なく上手に使っていると感心させられてしまいました。最初はタイが舞台になる予定だったんだそうですが、タイだったら同じくバックパッカー絶望映画の「ザ・ビーチ」があるし太陽サンサン海もあるってことで、ここまで嫌な感じは出なかったのではないかと思います。そもそも全然違う映画になりそうですし。

物語の舞台となったスロバキアと実際にロケーションが行われたチェコの反応はというと、やはり相当怒っていたみたいです(笑)。当然か。前述したように、旧共産主義で今も物資がなくて田舎で未開で貧乏で暗くて怖くて寒くて・・・に加えて非人道的極まる暴力と売春とストリートチルドレンですからね。もはやリアル・マッドマックスですよ。Wikiによると、スロバキアの観光局みたいなところはイーライ・ロス監督を公費で招待して「スロバキア、いいところなんですよ!(怒)」とアピールしたとか。スロバキアのある政治家は「スロバキア人は全員この映画を拒否するべき」とコメント。

一方のロス監督は「アメリカ人の大半はスロバキアという国の存在を知らない。この映画は真実に基づいているシリアスな映画じゃなく、逆に遠い外国に対するアメリカ人の無知さを喧伝するものなんだ。それに『テキサス・チェーンソー』を見たからってテキサスへ行く人が減った訳じゃないだろう」みたいなことをコメントしたとか。スロバキアの気持ちもわからないではないが、ロス監督の返しの方がユーモアがあって面白い。ひとつの映画によって国自体がネタになってしまった例で言えば、「ボラット」のカザフスタンの方がずっと可哀相ですがね(笑)。

映画評論家の町山智宏さんが書いた「ホステル」についてのテキストを見つけました。「アメリカ人だから東欧ではモテる」というセリフに引っかかっていたのですが、こういうことだったのかと納得しました。ちなみに筆者の周囲にいるローカルにこの映画を鑑賞したことを言うと、「フフ、あれ見たんだ」とニヤリとする人が多いです(笑)。




スポンサーサイト

『青春の殺人者』フィルムに焼き付けられた凄惨で鮮烈な青春

       




古い映画ですが、非常に鮮烈な鮮烈な印象を残す映画でした。元々、実際の事件や犯罪を映画にしたのが好きな私(特に邦画は)。この映画もそういう作品を探してて辿り着いたのです。元になった事件はあるようですが、その設定を膨らませて描いたフィクションです。主演は水谷豊と原田美枝子。この二人が当時二十代前半と十代後半なんですよ。しかし今も第一線で活躍している名優なのが凄いです。監督は長谷川和彦で、なんと本作とジュリー主演の「太陽を盗んだ男」の二本しか撮っていないのだとか。ジュリーの映画も名作らしいのでたまにタイトルは耳にしますが、マジでー?!もったいない ・・・。監督はまだご存命ですが、この二本に監督として持てる限りの才能をすべて注ぎ込んだ為に、もう撮らなくてもいいんじゃないか・・・って思えてしまったりもする程です。






いや~、もうやられちゃいましたね。殺人シーンで真っ赤な血の上に買って来たばかりの黄緑のキャベツがゴロンと転がるコントラスト、シュミーズ一枚で息子に迫って来るオカンの市原悦子、水谷豊の行っちゃった演技、はちきれんばかりに瑞々しい原田美枝子の身体(当時17歳!)、そしてゴダイゴの英詞ポップス・・・。両親刺殺という凄惨な殺人事件なのに、妙に等身大な行き場のない若さを抱えた青春映画になっているのがまたすごいバランスと言うか・・・。とにかく未見の方には是非とも見て頂きたい映画です。


※ネタバレします。



成田空港にほど近い千葉の田舎でパブをやっている順(水谷豊)とケイ子(原田美枝子)。お店をやってはいるけど、まだ二人とも若くて子供の様なんですね。資金繰りが苦しいらしく、順は実家の親に借金を頼もうとします。ところがタイヤ工場を営む父親(内田良平)に「ケイ子と別れろ」と言われてしまい、かっとなって父親を刺殺。その後買い物から帰って来た母親(市原悦子)は現場を見て驚きますが、秘密裏に殺人を隠蔽して時効まで隠れて暮らす提案をします。最初はそれに乗ろうとした順ですが、自分に迫って来る母親を刺殺。浴槽に二人の死体を入れてケイ子の元に戻り、彼女に罪を打ち明けます。順のことを心底愛しているケイ子はそれに動揺せず、順に寄り添います。なぜ順の両親がケイ子との交際を反対していたかというと、ケイ子の母親の再婚相手とケイ子に男女の関係があったためだったようです。順とケイ子の二人は彷徨い、時に愛し合いますが、その後に順は自殺しようとパブに閉じこもり火をつけます。ところがすんでのところでケイ子に助けられた順。順はどさくさに紛れてトラックの荷台に忍び込み、ケイ子の元を離れるのでした。

というのが私が覚えている限りのあらすじです。ビックリするのが何と言っても市原悦子の怪演でしょう。水谷豊のお母さん役ということで40代前半くらいに見える若い悦子(声はまんが日本昔話だ)。若い悦子の顔を見て「なんかこの顔は親近感あるなあ・・・」と思ったら、なんとなく自分に似ているような気がしました(笑)。その悦子がトチ狂った母親を演じています。まず血の海になった台所とその中で動かなくなっている夫を見て最初は驚くんですが、息子がやったことをすぐ に受け入れ、比較的建設的な今後のプランを練るのが凄い。息子ラブな母親ってこうなんだろうかな〜と思ったりしますね。そして殺害後、突然セリフが棒読みになる水谷豊も怖い。現場は血の海で父親の死体と母親が買って来た夕飯のための野菜が転がっています。映画の殺害シーンって、たいてい殺害を犯す場面だけでその後パッと別シーンに切り替わったりするじゃないですか。こんなに惨劇のその後をじっくり映している映画ってのも珍しいんじゃないかと思います。日常生活と血みどろの殺人の同居ってのが実にアバンギャルド。

市原悦子はこのまま殺人をなかったことにして息子と再スタートをするプランを提案してきますが、途中からなんか息子を見つめるオカンの視線が粘度をおびてくるんですね。「ねえ、しよう・・・」と息子に迫ってくるんですよ。声はまんが日本昔話で(二回目)。な〜んかヤな予感はしてたんだけど、やっぱりか、ヒー!とここも恐ろしくなってくるんですね。しまいには息子を刺して自分も死ぬという無理心中路線になり、シーツを被せられた水谷豊は刺されそうになるのですが逆にオカンのことを刺して家を飛び出すんですよ。白いシュミーズ姿、血だらけの死体が沈められた浴槽、となると「冷たい熱帯魚」ではないか・・・と思いますが、園監督は影響されていたのでしょうか。あと刺されたオカンが「痛いよー!」と叫ぶシーンとかもそうですね。でんでんさんが「痛い、痛い」って言ってましたし。このグロとエロが二本柱になってるところも似てるかもしれません。

若き原田美枝子さん演じるケイ子ですが、もうピッチピチで眩しい!原田さんと言うと今はお母さん役などのイメージですが、本当にガチで少女なんですよ。セリフ回しがヘタクソで若干耳障りなんだけれども、それさえもカバーするような若さと瑞々しさがあると思います。殺人をした水谷豊との濡れ場があるんですが、二人とも下も脱いでガッツリ全裸になってるのが偉いというか凄いなと思いました。凄惨なシーンは前半のみで、後半は若い二人が海辺なんかを彷徨って過去の思い出話なんかをしたりする構成になっています。一応、死体に重しを付けて海に遺棄するシーンもあるんだけど「この後どうしよう」とか「どうやって逃げよう」とかそういう切羽詰まった感じは不思議とそんなにないんですよね。そもそもカッとなって親父のことを刺した水谷豊ですが、親父がケイ子のことをひどい言い方で侮辱したからということが後からわかります。

ケイ子は片耳の聴力がほとんどなくて、その理由は昔母親にイチジクの実を取った罰として叩かれたせいだと言うのですが、イチジクの樹はどこにもなかったのです。そもそもそんな些細なことで娘の聴力がなくなるくらい叩く母親はいない、母親の相手をケイ子が寝取ったせいだと親父が順に言ったからなのでした。海辺に不自然に生えているイチジクの樹、海から上がってスクール水着のまま実にむしゃぶりつくケイ子。そのケイ子を手籠め(古い言い方ですが)にしようとする養父、という順の想像上のシーンが白昼夢のような現実感のなさを伴って再現されます。養父に抱かれたケイ子が口から白いイチジクの果汁を流すのですが、なんか見てはいけないものを見てしまったようなドキリとした感覚がありました。そういえばアダムとイブが食べた禁断の果実はイチジクの実だという説もあるようなので、なんだか象徴的なシーンですね。この事件がもしなかったら、順は親を殺すことはなかったのでは・・・とも思えます。

順の店で結婚式の二次会をやる打ち合わせのために元同級生のカップルがやってきますが、女性の方が桃井かおり!友達の一人がチイチイこと地井武男だったりして、おおっ!となってしまいました。みんな当たり前だけど若い!順と仲間達が昔作ったアングラ風味の自主映画の映像が流れたりします。今は映像を簡単に作れるデバイスが揃っているけど、昔の文科系の若者ってのは現在よりも映画を作っている率がなんとなく高そうですね。

あとは回想で苦労して自営業を立ち上げた父親の話などが出て来ます。昔は苦労したけど幸せだったな・・・みたいな回想で、決して親父が悪いだけの存在ではないことが描かれるのが切ない。夏は浜辺でアイスキャンディーを売って、そこから資金を貯めてタイヤ工場を開き息子に飲食店を持たせられるくらいですから、すごい努力してきたお父さんなんですよ。店がまだ出来る前に予定地で息子と相撲を取ったり、家族や友達総出でお祝いした晴れやかなオープン日の回想などもあって、決して親とは険悪じゃなかったことが示されるんですよね。水谷豊は劇中淡々としているように見えるんですが、ああ俺はなんてことをしてしまったんだろうかと思いつめて、突発的に店にガソリンを巻いてその中で自殺しようと思いつきます。逃げ出さないように自らを梁に渡したロープで吊るすという壮絶な方法ですが、やっぱり「あちいよー!」と絶叫。ケイ子が「じゅんちゃーん、じゅんちゃあーん!!!」と何度も絶叫して店の中に入ろうとするんです。このセリフが何遍も繰り返されるので観賞後も耳に残る!(ヘタクソだから)でもそれも味!結局ケイ子が押し入ったおかげで順は燃えさかる家から出ることが出来ましたが、そのまま一人でトラックの荷台に忍び込み、姿を消すのでした・・・。うーん、漂流する青春って言うんでしょうか。味わい深い終り方だったと思います。

全体を通して流れるゴダイゴの音楽が実に印象的。ゴダイゴっていうと「銀河鉄道999」っていうイメージがありましたが、こういう音楽もやってたんですね。70年代なムードもたっぷりで、当時の雰囲気ってこんな感じだったのかなあ〜などと思ったりします。70年代といえば、順の店の回りで検問(成田空港の反対デモがあったらしい)していた警官がもれなく全員横柄なのが今と違うなあという感じでした。昔は自動車教習所の教官なんかもそうとう偉そうで怖かったらしいです。今はどちらもサービスを意識してか、すごくソフトになりましたよね。ちなみに警官の一人は阿藤快だった模様。



順が殺人を犯した後車を運転するシーンでかかる「Yellow Center Line」。
ドライブに合いそう。




ラストひとりでトラックの荷台に載る順のバックにかかる「It's Good to be Home Again」(劇中の場面も出ます)。
歌詞とシチュエーションは真逆だが、合う。





『あなたを抱きしめる日まで』デンチ様が志麻子先生に?



      



ジュディ・デンチ様主演のヒューマンドラマです。町山さんの「たまむすび」ポッドキャストで前から知っていたんですが、やっと鑑賞することが出来ました。ヒューマン系ってあんまり観ないんですよねえ・・・。なんか泣けないと人間失格という気がしてしまうし、単に私のジャンルじゃないって気がするんですよ。しかし、前に観た映画がエクストリーム映画の「マーターズ」だったので、なんかふんわりあったかいものが欲しい~!と思っての鑑賞です。

今から50年くらい前のアイルランド。フィロミナ(ソフィ・ケネディ・クラーク)は未婚の母となって修道院に入れられます。町山さんの解説によると、当時のアイルランドはカトリックが厳しかったそうで、わりと最近まで未婚の母になった女子は修道院に入れられ、労働に従事させられていたんだそうです。修道院で生まれた息子のアンソニーは院内の託児所のようなところで育てられ、労働の合間に会えるというシステム。ところが、修道院が勝手にアンソニーをアメリカへ養子に出してしまいフィロミナとアンソニーは生き別れになってしまうのでした。それから50年後・・・。片時もアンソニーのことをを忘れたことがないフィロミナ(ジュディ・デンチ)は娘メアリー(メア・ウィニンガム)に真実を打ち明けます。メアリーが偶然パーティーで知り合ったジャーナリストのマーティン(スティーブ・クーガン)とフィロミナを繋ぎ、アンソニーを探すことになるのですが・・・というお話です。






落涙はしなかったまでも 、ちょっとジワリ。デンチ様は余裕の演技でしたね。昔ちょっと奔放だった(とは言ってもたった一度のあやまちなのだが)、本音ぶっちゃけ系のオババを好演されています。感じのいいオバチャンって、知らない人ともすぐ友達になっちゃうんですよね。アメリカ滞在中、中級クラスのホテルに泊まるフィロミナさんとマーティンですが朝ご飯のビュッフェでコックさんと立ち話をして盛り上がるフィロミナさん。戻って来てマーティンに「ねえ、これ全部食べていいの?ホテル料金に含まれてるのよね?」と言うシーンがキュートです。デンチ様はデイムの位(女性版のサー)を持っているくらいですから、超高級ホテルに滞在するのは日常だと思われますが、庶民感覚全開な演技もイヤミにならないのがいいですね。

息子探しの道中でギョッとするような下ネタもぶっちゃけます。「若い頃は、クリトリスがどこに付いてるのかも知らなかったのよね~」とか「コンドームをすると感度が下がっちゃうものね〜」とか普通に「豆を煮ると美味しいのよね〜」というテンションで放り込んで来るのです。その度にマーティンが困った様な引いた様な顔をするのが面白かったですね。まるで5時に夢中の木曜日、岩井志麻子先生とMCふかわりょうのやり取りみたいじゃないですか。マーティン役のスティーブ・クーガンさんはマリオネット人形のような顔の人で、どっかで見覚えがあるなあと思ったら、ソフィア・コッポラの「マリー・アントワネット」に出てたオーストリア大使の役の人でした。ちょっと気の弱そうだけど優しいおじさんという感じのクーガンさんとぶっちゃけオババなデンチ様のコンビもよかったですね。

この話は実話に基づいているのですが、いや~事実は小説よりも奇なりというか、こんなことってあるんですね。優秀だったアンソニーは弁護士を経て政治家になりましたが、HIVで他界していました。途中で「やっぱり息子は自分を捨てた産みの母のことも、故郷のことも忘れたい過去になっていたのかも・・・」と弱気になるデンチ様でしたが、なんとギネスビールに付いていたトレードマーク、ケルトのハープのピンズを付けていたことがわかり、自分のルーツを大事に思っていたことがわかります。そして生前アイルランドに行き、あの修道院を訪ねていたことも判明。修道院の人は火事で全部資料が焼けちゃったって言ってたりしたのに・・・。当時修道院にいたシスターが高齢になってはいますがまだ健在なんですよ。その人もしらばっくれているのが一番ヒドいなって思いましたね・・・。結局、アンソニーを抱きしめることは出来なかったのですが、彼のお墓の場所もわかってフィロミナさんの旅は終ったのでした。

名優を使っているし、実話ベースのいい話だし、全体的な雰囲気はとてもいいんですが、個人的にはなんかフックが足りない感じもしました。やっぱり私はぶっちゃけ系下ネタに期待しすぎていたのかも(町山さんの解説で)。オバハンの下ネタはまだ現役感が漂って生臭くなりがちですが(それでも志麻子さんのあのサラっとした感じは凄い)、品のいいおばあちゃんの下ネタはまるで民話を聞く様なほっこり感覚があるので、もっと色々聞いてみたかったかも。



『マーターズ』想像の斜め上を行く映画

         

【送料無料選択可!】マーターズ[DVD] / 洋画

【送料無料選択可!】マーターズ[DVD] / 洋画
価格:1,826円(税込、送料別)




ご無沙汰しております。ここのところ仕事等で忙しく半月以上も更新が空いてしまいました。少しづつですが映画も観ています。久々の映画はフランス語圏カナダの映画「マーターズ」。なんか凄い映画らしいと噂で聞いて、鑑賞してみました。

主要2キャラクターのうちの一人、大き過ぎるトラウマを抱えたリュシーを演じるミレーヌ・ジャンパノワ。中国とフランスのハーフで、独特な美貌の持ち主です。ゲンズブールの伝記映画ではセルジュ最後の恋人バンブー(彼女は中国系ベトナムとドイツの ハーフ)を演じていました。もう一人のヒロイン、アンナを演じるのはモルジャーナ・アラウィというモロッコ系の女優さんです。この二人が大変な目に・・・という映画ですが、大変な目って言っても常人が考えつく様な大変さではありません。特にアンナは今までに映画であまり見たことのない凄いことになってしまいます・・・。しかし実によく出来た映画でしたね。



予告編ですが、観てみようかなと思っている方は予告を観ないまま本編の鑑賞をした方が良いかも。





※ネタバレします。




ミレーヌ・ジャンパノワ演じるリュシーは子供の頃に何者かによって廃墟に監禁されて拷問を受けていましたが、逃げ出して生き延びることが出来た少女です。少女を監禁というとロリコンによる性的暴行か?と思うのですが、それはなし。じゃあ臓器を取り出して闇で売るのか?と思いきや、それもなし。ただ単に痛めつけられるだけだったのです。施設に入ったリュシーはそこでモルジャーナ・アラウィ演じるアンナと出会い友情を育みます。しかし、リュシーはあまりにひどく拷問されたので、いつも何かに怯えていて時にヒステリーを起こすのでした。

それから15年後・・・。
シーンは一気に変わり、とある家族の朝の風景になります。高校生くらいのお兄ちゃんと中学生くらいの妹がいて、お父さん、お母さんがいる家庭。お兄ちゃんに彼女が出来たらしく、妹は興味津々でメールかなんかを盗み見ようとしてじゃれあっています。冷蔵庫には妹が水泳大会で優勝した新聞の切り抜きが。微笑ましい日曜日の朝の風景ですが、お母さんが地面を掘り返して水道管を直しているのが少し奇妙な感じ(ここは都会ではなく、人里離れた山荘ですよという説明ショットの為か)。仕事を終えたお母さんは小さな死んでいるネズミを持ち帰り、子供たちに見せます(それを見てウエー、となる妹)。そこへドアベルがなり、お父さんが出ると女が一人立っていました。いきなり銃で打たれるお父さん。血みどろになって倒れます。

あれ~?妙に変だな~、と思う間もなく、女は家に押し入りお母さんと子供たちを次々と銃殺。血だらけになる朝の食卓。実はこの女の正体は成長したリュシーで、水泳大会の記事から昔自分を拷問していた夫婦であることを見つけて復讐しに来たのでした。まあね、あれだけトラウマしょってたら殺すよね・・・と思いますが、本当にこのどこにでもいる夫婦が事件に関与していたのか?とも思います。朝の食卓シーンが、あまりにもホームドラマのようだったので。リュシーは全員殺しますが、またトラウマに襲われてしまいます。ゴラム(from 指輪物語)みたいなガリガリに痩せた裸の女が彼女を攻撃してくるのです(実写されているけど、リュシーの想像上の人物)。外で襲撃を見守っていたアンナは、錯乱したリュシーから連絡をもらい現場にかけつけます。アンナはリュシーを落ち着かせますが、精神を病んだリュシーは自殺して果てるのでした。

ここまででまだ前半ちょっとですよ!一体この映画は何なんだ・・・と固唾をのんで見守るほかありません。タランティーノ映画のように血だらけになった山荘ですが、なぜかアンナはここから母親(無論、幼い頃に施設に入っていたくらいなので親子関係は良くなさそう)に電話したりします。電話なんか使ったら足がつくし、アンナは手を下していないんだから早くお逃げ!!!とヤキモキしてしまいますが、 アンナは壊れた本棚が地下室に繋がっていることを発見します。地下室っつったって、アレでしょ?ワインとかを置いておくカーブじゃないの、フランス語圏なんだし~と思いきや、さにあらず・・・さにあらずっ!!!

降りてみると、小綺麗な廊下があってそこには拷問されていると思われる複数の写真が飾ってありました。怖い・・・怖い!あの人畜無害そうに見えた家の下に、こんなものがあったなんて・・・。ゾワワワワ・・・と思ってしまいます。さらにアンナがその先に行くと、真っ暗な部屋がありました。嫌だな、嫌だな~、怖いな、怖いな~。てかアンナ、そんな深部に足を踏み入れてないで、早く逃げんかい!!と思いつつも、中どうなってるんだろ~、見たいな、見たいな~と、ダークな 好奇心が疼くのです。本当に人間って・・・。

そうしたら案の定、そこには人がいたのでした。人っていっても、私達が普段「ああ人だ」と認識するような形態でなく・・・。筆者にはここが一番衝撃的でしたね。骨と皮だけになったほぼ全裸の女性なんですけど、鎖につながれていて顔がロボコップみたいな鉄の仮面をかぶせられているんです。鉄の仮面といっても、ヨーロッパ風拷問具じゃなくてフューチャリスティックなSFっぽい感じ。ハイテクなんですよ。それが怖い・・・。怖いよ〜!!!あの上に住んでいた夫婦がこの事態のレスポンシブルだってのも怖いよ〜!!!あんなに普通の朝の風景を繰り広げていたってのに・・・。ハア、なんて映画なんだ一体・・・。

親切なアンナは監禁されていた女性を助けだし、お風呂に入れたり拘束具を取ろうとしたりします。その頭についていたSFな拘束具はかぶせてあるだけじゃなくってクサビのようなものがついていて頭部に固定してあったのです・・・。もうなんなの、これ・・・と度肝を抜かれてしまうわけなんですが予告編だと、この監禁女性のビジュアルが早々に出て来るので本当に鑑賞前に予告編観なくてよかったと思うんですけど。

惨劇のあった家に、リュシーの死体と監禁女性といるアンナですが、早く逃げた方が・・・と思っていたところ謎の武装集団が家にやって来ます。監禁女性は銃殺され、アンナは彼らに拘束されてしまうのでした。この集団のリーダーのようなオバチャン、マドモアゼル(カトリーヌ・ベジャン)がやってきて、アンナにこの集団のミッションなどを語ります。私は原語で観たのでハッキリとはわかりませんでしたが、若い女性をこのように監禁虐待して何かの教義を達成しようとしているカルト集団ということらしいです。このマドモアゼルが太っててメガネかけて頭にターバン巻いてて、ドレスデザイナーの桂由美さんみたいでした(DVDパッケージの右上参照)。

もちろんアンナが次の生け贄です。だから早く逃げろって言ったのに・・・。暗い地下室に閉じ込められ、排泄のため穴の開いた椅子に座らされ、身体的虐待を受けさせられるアンナ。このシーンも痛い・・・ってか胸に重〜い、嫌〜なものがこみ上げて来る鬱シーンです。ひたすらそれが続いて「もう勘弁して・・・」とデリケートな人なら途中退席かもしれません。食事は野菜のポタージュのような流動食のみ。オラ、食べろとばかりにスプーンで口に押し込まれるんですが「秋になったし、そろそろグリンピースのポタージュでも作ってみようかな」などと思ってしまいました。私はデリケートからは程遠い人間のようです。ひたすら続く虐待と流動食、それを担当している男女が上部の住宅では普通の夫婦として暮らしているみたいなのがまた凄いです。これがあいつらのやり方だったわけですね。

ところがある日、一切の感情を排して接していた彼らが親切になるんですよ。「アンナ、よく頑張ったわね」みたいに。そしてアンナは隣にあった手術室に連れて行かれて謎の手術を受けます。嫌だな、嫌だな〜。怖いな、怖いな〜。その手術は皮膚をすっかり除去するという手術だったのでした。一体・・・。皮を取られて赤い筋肉が露出し、リアル人体模型になってるんですよ・・・。漫画「地獄先生ぬ〜べ〜」で人体模型の妖怪が出て来ますが、リアルにこれが追いかけて来るんだったら、そりゃあ相当に怖いだろうな〜と思ったのでした。そうしたら、絶望と想像を絶する苦しみで廃人になったアンナの目に光が戻る一瞬があるんですね。ピカッと光るんです。その後、家にたくさんの黒塗り高級車が集まり、中からお金持ちやセレブと思われる人々が降りて来ます。マドモワゼルの側近エチエンヌ(ジャン=マリー・モンスレー)が集まった人々に向けて興奮気味に吉報を伝えます。「アンナが覚醒した」みたいなことを言っていたように思いますが。おお、と喜ぶ人々。

ああこれ、やっぱりカルトだったんだな〜。今まで生け贄にされてきた若い女(含む昔のリュシー)はアンナが達した境地(瞳キラーン☆)を目指して監禁虐待されていたんだ・・・とわかるわけです。満を持して、マドモワゼルがアンナの元へ向かい「何を見たの?」と彼女に尋ねます。アンナはボソボソと何か言いますが、もちろん観客には何を言っているのかわかりません。彼女が想像を絶する虐待の果てに見たものとは、彼女が辿り着いた究極の状態とは・・・?!と、カルト集団のメンバーのように色めき立ちますが、おそらくそれが何かは映画内で明かされないのでは・・・という渋い予感もします。

その後、バスルームでメイクを落としているマドモワゼル。エチエンヌがドアの外から「マドモワゼル、皆さんお待ちですよ」と声をかけます。「あんな、エチエンヌ・・・。疑うことをやめたらあかんでえ・・・」というようなことを言い残し、ピストルで自決するマドモワゼルなのでした。やはりアンナが見たものは明かされませんでした。そして「マーターズ」の意味が解説されて映画は終ります。ギリシャ語で「目撃者」という意味を持っているそうです。アンナの瞳キラーン☆のその輝きは遥か宇宙の銀河系のようにも見えましたが・・・もちろん、それは常人が見ることを許されるようなものではないのかも・・・。それか、皆が期待していたような素晴らしいものではなく、凡庸なものが映っていてそれでマドモワゼルは絶望して自決したのかもしれません。実に色々な考え方が出来る映画ですよ。

この映画はニューフレンチエクストリームというジャンルを代表する作品だそうで、公開時は賛否両論沸き出し話題になった映画なんだそうです(全然知らなかった〜)。エクストリームな描写もそうだけど「えっ、そのためにここまで?」という動機がすごい、憎しみとかエロとか金とかいう一般的な次元の感情に突き動かされての所業ということじゃないのが空恐ろしかったです。アメリカのホラーではちょっと見られない、暗さと恐ろしさ。ヨーロッパの拷問博物館とか見て思いますけど、かなりの変態ですよ。




上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。