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『めまい』ヤンデレのヤは病のヤ

       

 【新品】【洋画】めまい(DVD)

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話は先々月に遡りますが、プラハで開催されていた国際映画祭の特集の柱のひとつが女優キム・ノヴァクだったんですね。ヒッチコック映画に出て来るゴージャスなブロンド美女ですよ。キム・ノヴァクさんはチェコ系アメリカ人だそうで。ノヴァクという名字こそ女性形になってないけど、チェコでは比較的よくあるファミリーネームです(女性形だとノヴァーコヴァー)。映画祭でキム・ノヴァク主演「めまい」が上映されていたものの、観に行けなかったので後からDVDで観てみました。

ヒッチコックの映画は「鳥」「裏窓」「レベッカ」「北北西に進路を取れ」を観たことがあります。「裏窓」は高校生のときに観たんですが、グレース・ケリーの衣装がものすごく 綺麗だったのを覚えています。数多あるヒッチコック映画ですが、映画よりも監督ご本人の方が強烈な印象なんですよね。ご本人出演のマークツーというトヨタの車のCMとか週末にやっ ていた「ヒッチコック劇場」などをよく覚えています。

熊倉一雄さんの声は、日本人にとってご本人の声よりもずっとヒッチコック




さて、この「めまい」なんですが英国映画協会が10年ごとに発表する「批評家が選ぶ映画史上最も素晴らしい映画」で、長年(半世紀!)首位を守り続けていた「市民ケーン」を打ち破り一位を獲得したそうです。そういえば「市民ケーン」は友人IからDVDをもらったけどまだ観ていません・・店。さてさて「めまい」なんですが、観ての感想は・・・「なにそれ?」でした。いやもっと正直に言うと「なんじゃ、そりゃー!」って感じ。50年前の映画なんで、今現在観ると「おかしくね?」ってことがいっぱいあるんです。あと誰も幸せになってない(いや、一人はいるか・・・少なくとも)のが後味悪しな映画でした。

予告編




※ネタバレします。



舞台はサンフランシスコ。警官のスコッティ(ジェームズ・スチュアート)は同僚と犯人追跡の途中で高いビルから落ちそうになったところを間一髪で命拾いします(スコッティを助けようとした同僚は落下してしまい殉職)。そのときのトラウマで高所恐怖症になってしまったスコッティは警察を退職。そんなときに旧友で大きな船会社の社長をしているエルスター(トム・ヘルモア)から妻マデリン(キム・ノヴァク)の尾行調査を頼まれます。マデリンは最近不思議な行動をしているとのことで、彼女の調査を始めるスコッティですが・・・という導入部。

スコッティは独身なんですが学生時代からの腐れ縁(かつては婚約したこともあった )、ミッジ(バーバラ・ベル ・ゲデス)という気のおけない女友達がいます。変身魔法少女脳の私は、眼鏡をかけていてイラストレーターのお仕事をしている文系オタク女子っぽいミッジが、実は船会社の社長夫人キム・ノヴァクと同一人物であってそのことに気が付かないスコッティに「どうして気が付かないの・・・キャラは違うけど、どちらも私なのに」とヤキモキするというストーリーなんだろうか、と考えてしまいました(クリーミィーマミか)。もちろんそんな話ではありません。私がマブい女ではないからか、この映画で唯一感情移入できるのがミッジなんですね(笑)。そもそも他の登場人物はみんなちょっと常軌を逸しているんですよ。

しかしスコッティと文系オタ女子のミッジっておそらく同窓設定ぽいのにすごく年が離れてるように見えます。ジミー・ スチュアート演じるスコッティは45歳~50歳くらいに見えますが、ミッジはアラサーってところ。キム・ノヴァク演じるマデリンは確かセリフで26歳って言ってなかったっけ・・・?こんな色気と貫禄のある26歳っていますか?とビックリしてしまいましたけども。スコッティはマデリンの尾行を行いますが、当然というか一目見ただけで彼女に恋してしまうんですね。プラチナに近いブロンドの髪をしたクールビューティーなキム・ノヴァクなんですが、金持ちの人妻という設定もあってなんとなく熟れたエロさみたいなものも感じます(26歳ってのが本当に驚き)。

マデリンはあるスペイン貴族の女性(彼女の祖先だそう)の肖像画やお墓をしょっちゅう見に行ってその前に佇んだりしていて、確かにミステリアス。ホテル(そのスペイン貴族の女性の親戚かなんかの持ち物だった屋敷を利用している)にチェックインしたかと思ったら、そこから煙のように消えてしまったり。そのスペイン貴族の女性はマデリンに瓜二つで、不慮の死によってこの世を去っており、マデリンはまるで彼女と死に取り憑かれているかの様な行動を取り続けます。それゆえに彼女の夫は心配していたのでした。そしてついにある日、マデリンは河に身投げしますが尾行していたスコッティに助けられます。

ここから親しくなる二人ですが、マデリンは相当な不思議ちゃん。この女なんか変だぞ、スコッティ、気付け!と思いますが。二人でドライブしてたら急に海辺の岩場にダッと走り出したりするし、こういうのをヤンデレって言うんでしょうか・・・。ちなみに筆者はヤンデレのことをツンデレの対義語だと思い「ツ〜ン、デレデレ」に対する「ヤ〜ン、デレデレ」から来た言葉だと思っていました。「ヤ〜ン♡」じゃなくて病のほうの「ヤ」だったんですね。「私、このままだと死んでしまうの!」「いや、僕がそうはさせないよ!」東宝映画の始まりのように、岩場にざっぱーん!と叩き付けられる波をバックに口づけをかわす二人。スコッティはヤンデレにまんまと丸め込まれてしまったのでした。

しかし、二人の幸せなときは長くは続きません。マデリンの祖先であるスペイン貴族の女性ゆかりの地である修道院へ行った際に、病んでいるマデリンは鐘塔へ駆け上がります。このままだと上から身投げしかねない!(てかどんだけ危うい女なんだマデリン)と、スコッティは彼女を追いかけます。しかし高い高い塔に登る途中で高所のトラウマがフラッシュバックし、足がすくんで動きません。そうしている間にマデリンは上まで辿り着き、最悪の事態が起こってしまうのでした。

マデリンの死後、簡単な裁判が行われ彼女の死は防ぐことの出来なかった事故であると処理されました。マデリンの夫は辛いことがあったサンフランシスコを離れてヨーロッパに移住するとスコッティに告げます。愛する女性を最悪の形で失い呆然とするスコッティ。生きているのか死んでいるのかわからない状態になり、精神病院に入院します。このときも付き添ってくれるのは腐れ縁のマッジでした。マッジはスコッティとマデリンが親しくなる過程で二人を遠くから見ているシーンがあったんですが、切ないですね。町山さんのトラウマ恋愛映画入門によると、このマッジは原作小説にはないキャラクターで、あまりに非現実的な主人公スコッティのバランスを取るために作られたの だそうです。なるほど。マッジがいるのといないのとでは出来が大違いでしょう。

亡きマデリンの影を追い続けるスコッティはある日、街角でマデリンと瓜二つの女性を見かけます。髪の色は赤毛で、メイクと服がちょっと野暮ったいですが、何処からどう見てもマデリンです。あれ?あれあれ?ところが彼女はジュディと名乗りIDを見せてマデリンではないことを証明するのでした。スコッティはジュディにのめり込み、なんとかデートの約束を取り付けます。はて、このどこからどう見てもキム・ノヴァクな女性は一体誰・・・?(メイクと服が変装ぽくて妙〜に浮いているのも気になる)ここで映画の視点がジュディに切り替わって真実が語られます。実は、と言うまでもないけどジュディは当然ながらマデリンでした。マデリンは死んでなかったのです。

ジュディ視点でトリックが説明されますが、これがビックリするほど雑~!(50年前は通用したのでしょうか・・・)あのとき、修道院の塔から身投げした(ように見えた)のは死体だったのです。その死体は本物のマデリンで、キム・ノヴァクはフェイクのマデリンを演じていたのでした。黒幕はマデリンの夫であるエルスターで、彼とキム・ノヴァクは共犯関係だったのです。スコッティは妻の殺人をカモフラージュするために、この計画に取り入れられていたコマだったのでした。しかし完璧に思えた計画もひとつだけミスが・・・それは、キム・ノヴァクがスコッティを本当に愛してしまったこと。なんじゃそら。

そもそも警察による調査の段階で死体が別人ということがわからないのがオカシイ。しかしここで突っ込んでいても仕方ないので前に進みます。マデリンにそっくりのジュディに妄執するスコッティは、ジュディの髪の色やスタイルや洋服をすべてマデリン風に変えようとします。最初は引いていた(ように見えた)ジュディですが、従順にリクエストに答え、出来上がった姿は何処からどう見てもマデリンなのでした。観客は既に秘密を知らされてしまっているので、ここはかなり茶番劇なんです。奇妙な関係ではあるものの、再び愛する女性を得ることが出来て幸せになるスコッティ。ところが、やはりというか幸せは粉々に砕かれます。夕食に行く前、ジュディが身に付けたネックレスはあのスペイン貴族の女性が絵の中でしていたものと同じネックレスだったのです。それで全てを悟ったスコッティは、例の修道院へ 嫌がるジュディを連れて行きます。

抵抗するジュディを引きずって鐘塔の階段を登るスコッティ。高所恐怖症だったことはすっかり忘れて上まで辿り着きます。スコッティは鐘塔の上でジュディを問いつめます。このシーンでは彼の方が病んでいて、恐ろしい。ジュディに「俺の理想の女マデリンをなぜ殺したんだ!」というように叱責していたと思います。スコッティはマデリンを演じていたジュディが生きていて良かったとはもう思えず、虚構の存在であったマデリンに強く執着しているのでした。ああジュディが殺される、と思いきや急にジュディはキャー!と叫んで勝手に足を滑らせて塔から落下。なんじゃそら(二度目)。気が付くと修道院の尼さんがそこに立っていました。そして尼さんが鐘を鳴らします 。ジュディの弔いの鐘の音を聴きながら、スコッティはその場に立ちすくむのでした・・・。終わり。

なんじゃそら!って話だったんですが・・・なんか行き当たりばったりで雑すぎやしませんか?これが批評家の選んだ第一位?トーシローの私にはまったく理解出来ません。しかし、町山さんの解説を読むと「なるほどなあ」と納得には至ります。これは歪んだ愛の物語であり、ヒッチコック自身の女性観とかセックス観を反映したお話なんだそうです。高い塔というのはフロイト的な分析によると男性器、階段を上る行為は性行為なんだそうで、当時フロイトを愛好していたヒッチコックはこの影響を受けているのだとか。不能だった男が理想の女(現実には存在しない)に妄執し続けて追いかけ、行為は果たしたものの女性は死んでしまうという救い様のない話ってこと?う〜ん病んでる。

ヒッチコックがこのような倒錯した恋愛観を抱くに至ったのは、性的に抑圧された家庭環境のせいもあるようです。お母さんが非常に厳しい人で、ヒッチコックが性教育的な知識を身に付けたのも人より随分と遅かったそう。そんなヒッチコックの理想の女性像はブロンドでミステリアスなクールビューティー。しかしそういう女性の中身は外見とは相反する欺瞞に満ちた危険な存在である・・・と思い込んでいたんだそうです。彼のミューズであったグレース・ケリーがまさにそういうタイプで、ブロンドの清楚めな女優でしたが(後にモナコ公妃となって芸能生活引退)、実はヤリマンだったというのも関係あるのかもしれませんね。 デビュー作から一貫してミステリアスなブロンド美女の映画を取り続けたヒッチコック監督は変質的でストーカーっぽくもありますが、そのような趣味を誰はばかることなく全開にし、巨匠として理想の女性像を生涯追求し続けることが許された幸せな人だったのかもしれません。


参考図書↓

             

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『バトル・ロワイアル』老人版の制作を是非

        



えー、今日はこれからみんなに、殺し合いをしてもらいます」(太田光による北野武のモノマネで再生)というセリフは知っていたのですが、今日までついぞ鑑賞することに至らなかった2000年の大ヒット映画です。夫のDVDコレクションの中から発掘し、「血がいっぱい出るから気をつけて」とアドバイスをもらって鑑賞したものの、いまいちカタルシスを得ることなく普通に鑑賞が終了・・・。中学生が殺し合いをするという刺激的な内容だけども、血しぶきの量やグロテスク描写が不足しているように感じました。恐らくこれは映画のせいではなく、私がその間に発表されたより強烈な映画を観てしまってグロ表現に耐性が付いてしまったせいだと思います。やっぱり話題作というものは話題になっている当時、少なくとも劇場公開後3年以内には観ておかないとダメなのかもしれません。

予告編↓



3D版の予告編↓ やはり3D、手応えがある感じの映像です。


政府から無作為に選ばれた中学の1クラスで殺し合いをさせ最後の一人だけが生き残れるという、バトル・ロワイヤル法が出来た近未来のお話です。国が荒れて若者を恐れた大人たちが作った法律であるという面白いアイディアですが、中学生にやらせるより高齢者にやらせた方がより風刺の効いた刺激的で面白いものが出来そうです。老人版のバトル・ロワイヤルを是非見てみたい。検索したところ、筒井康隆さんが既にこのようなコンセプトで「銀齢の果て」という小説を書いておられました。筆者は未読ですが、世界一の高齢化社会といっても過言ではない日本の映画界はこの作品こそ映画化するべきでは?

中学生を演じているのは藤原竜也、柴咲コウ、栗山千明、前田亜希など。転校生としてバトルに加わった中学生に山本太郎、安藤政信(二人とも当時二十代中盤で、とても中学生には見えないが)。塚本高史や高岡蒼甫も脇役で出演しています。みなさん現在も活躍されていますが、2000年当時はまだ若くて未熟だったせいか揃いもそろって演技がヘタクソ!特に主役級の藤原竜也と前田亜希は学芸会風の一本調子で、結構観てるのがしんどかったです。もしちょっと前の満島ひかりや二階堂ふみが菅田将暉が、この映画に出ていたら・・・と思うとゾクゾクします。もしくは「桐島、部活やめるってよ」のメンバーで殺し合ってもらえるとスクールカースト下克上みたいなのもあって、もっとリアルかも。そう考えると日本の若手も前と比べるとずいぶん演技が上手な人が出て来てるんだなあ~と思いますね。

私は間抜けなことに、前半で出て来た前年度バトル・ロワイヤルを勝ち抜いた女の子(護送車に乗せられて報道陣に囲まれている)が前田亜希だと思ってたんですね(孤島でのバトルは過去のシーンだと思ってた)。だから、いつ優しくて献身的な藤原竜也と、敵かな?味方かな?でわからないけど頼りになる山本太郎が前田亜希に裏切られるのかドキドキしていたのです。しかしランダムに配布される武器で運命が相当変わっちゃうんですよ。ボーガンから鍋のフタまで色々。変わり種としてはみんなの現在位置がわかる発信器もありました。平和主義の私は発信器がいいなあ~。だって人が減るまでどこかに隠れておけばいいんですから。最後は四十人くらいを殺した猛者と決着を付けなければならないけど。最後がなんだかフワっとした感じで終るので、そこもなんか物足りない感じでした。

チェコっとお出かけ:第9回 プラハ・カフェ放浪記3(猫カフェ)

日本に帰ったら猫カフェに行こう・・・と考えていたら、知人からプラハにも猫カフェがあることを教えてもらったので夫と一緒に行って来ました。場所はプラハ8区。ここはプラハ市内なんですが中央からは少し離れているローカルエリアです。

猫カフェという場所は私にとってのキャバクラのような場所です。猫たちは気まぐれでツンデレのデレがないキャバ嬢。自由すぎる彼女たちはお客が来たからといって、側に来てはくれません。芸術的な枝ぶりのキャットタワーにかけあがったりしてのびのびと暮らしています。珍しくこっちに来てくれると思ったら、テーブルや椅子の下という絶妙に見えない場所で立ち止まり、私をやきもきさせるのです。そんなふうにジラされて、それでも彼女たちと少しでも長くいたいから飲み物を頼んでしまう・・・という非常に良く出来たビジネスモデルなのです。

猫カフェは日本発祥だと思っていたのですが、調べたところ台湾に初の猫カフェ「猫花園」が出来たのだそう。その後、猫と触れ合いながらお茶するという営業形態がうけて世界中に広まり、日本や北米やヨーロッパに広まったということです。そしてついに筆者が住んでいるこの都市でも。お店の人に聞いたところ昨年の10月オープンということで、まだ新しいお店ということでした(ちなみにお店にいた人間の女の子もややツンでした)。日曜の夕方6時過ぎ、お店の中は子供連れや女子会グループ、カップルで賑わっていました。


猫カフェ

やってきました猫カフェ。


猫カフェ2

窓からは所属キャバ嬢が客寄せ。


猫カフェ3

1階はこんな感じ。
カウンターで注文してから席につくシステムです。


猫カフェ4

ちゃんとコロコロ(毛玉取り)も常備されています。


猫カフェ5

この写真の中には2匹います。


猫カフェ7

気持ち良さげに熟睡。


猫カフェ6

リラックスしすぎる猫たち。


猫カフェ8

それだけ居心地が良いということでしょう。
下にあるのは愛猫家のための雑誌でした。


猫カフェ9

地下はこんな感じ。左には奥行きがあってたくさんテーブルがあります。


猫カフェ10

猫のアートが飾られています。


猫カフェ11

下にも猫ちゃんがいました。


猫カフェ12

昔、義実家にいたリザというチャトラの猫に似ています。


猫カフェ13

スタイリッシュな黒猫発見。


猫カフェ14

驚いた目でカメラを見つめます。


猫カフェ15

シュっとした顔が素敵。


猫カフェ16

この奥は彼女らのプライベートスペースのようです。


猫カフェ18

地下にもいっぱい猫が降りて来て、テンションが上がります。


猫カフェ17

階段から地下を見下ろす貫禄猫。


猫カフェ19

モップのようなしっぽに触りたい〜!


猫カフェ21

筆者のカバンの中身をチェックするモップ猫。


猫カフェ23

「たいしたもん入ってねーな」


猫カフェ25

おもちゃで遊ぶ兄弟/姉妹猫。


猫カフェ26

この二匹はいつも一緒にいました。
義実家で飼っていたマジコに似てて萌え〜。やっぱ白黒猫かわゆす。


私達はレモネード×2とミントティーとビスケットで1.5時間ほど滞在しました。やっぱり猫と触れ合うのは最高の癒しになります。我が家への猫の到来が待たれるところです。

お店情報

Kavárna Kočičí(カヴァールナ・コチチー=猫カフェ)
住所:Křižíkova 22, Praha 8
地下鉄B線Křižíkova駅下車、徒歩5分くらい
HP(チェコ語のみ):http://kavarnakocici.cz/index.php



志麻子先生も愛用の猫ちゃん。

         



『紀子の食卓』知恵熱が出そう

        


「自殺サークル」の続編的作品ということなので観てみました。うーん、私には難しかった・・・。前作的な「自殺サークル」はすごく面白かったけど、私は本作の面白さが全然わかりませんでした。なんか文学的過ぎるというか、私の足りない頭では消化しきれないし、上映時間も冗長に感じられてやや苦痛でした。

予告編は面白そうなんですが・・・。↓




自殺サークル」の続編的な側面もあるということで観てみたわけなんですが、構造的に自殺サークルの世界をこれが一次元上から包む感じになっているんですかね・・・。本作のモチーフはレンタル家族ということなんですけど、あの新宿駅ホームでの女子高生集団自殺のメンバーもレンタル家族の仕掛人側だったみたいな描写がありました。本作のヒロイン紀子(吹石一恵)とその妹ユカ(吉高由里子)も制服姿で現場に居合わせて、血しぶきを浴びていたという・・・。

「自殺サークル」で繰り返された「あなたはあなたの関係者ですか?」というフレーズが、この映画でもリフレインされます。そして「みんな役割を演じて生きているんだよ。それって怖くない?」といった メッセージも送られているように感じました。タイトルである「紀子の食卓」とは、恐らく後半部のすきやきのシーンを指していると思うのですが、確かにそこでは皆がそれぞれに割り振られる「役割」を演じて偽の家族団らんを作り上げていました。しっかり者の長女、やんちゃな次女、優しいお母さんにお父さん・・・。「幸せな家族とはこうあるべき」というステレオタイプに自らハマりに行くというこということが、少し恐ろしいと言われれば恐ろしいのです。

しかし多かれ少なかれ、期待されている/自身がそうありたいキャラクターを演じることって私達の生活ではごくありふれた事柄です。しかも現代人はシーンごとにそれを使い分けているではないですか。職場での自分(上司、同僚、部下とさらに細分化)、家庭での自分、友達といるときの自分、恋愛しているときの自分・・・と意識/無意識的にキャラを微調整して社会生活を送っている人も多いと思います。それがダメなことなんでしょうか。それとも役割から完全に自由になったオリジナルの個として生きて行くことが難しいこの社会が息苦しいということなんでしょうか・・・考えすぎたら知恵熱が出て来そうです。

園監督は好きな監督の一人と思っていたんですが、ハマるハマらないがこれほど作品によって分かれるとは思いませんでした。「愛のむきだし」は傑作と推す方も多い作品ですが、私はいまいちわからなかったですし・・・。でも「自殺サークル」はゾクゾクするほど面白かったし・・・。不思議な監督さんです。帰省のときに新作の「TOKYO TRIBE」と「新宿スワン」(二作も!)を観るのを楽しみにしています。

余談:ちなみに園監督の古い映画はyoutubeで鑑賞することが可能。監督自身もそれに関しては全然オッケーなんだそうです(出典)。太っ腹ですね。海外に住んでいる身としては本当にありがたいです。

『セッション』J.K.シモンズ丹下段平説?

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「5時に夢中!」で中瀬親方が「映画好きなら観ないとダメ!」とおすすめされていました。アカデミー賞では鬼教授役のJ.K.シモンズが助演男優賞を受賞。いや~、ラスト10分は目から心の汗がダダ漏れになってしまって、もうビショビショに泣かされてしまったのでした。マスカラ、アイライン、涙がつたった部分のファンデーションがすべて綺麗に流れ落ちてしまい、帰りは寄り道もせずに顔を伏せて早々と家に帰りました。すぐ泣いてしまう方は後でメイクをリタッチ出来るようにお化粧道具を忘れないようにして頂きたいと思います。

感動といっても、なにか人の温かい心に触れるヒューマン系とかじゃないんですよ。人と人のぬくもりで感動する話ではないのです。自分対自分の孤独で厳しい戦いに挑む姿に心打たれて流す涙なんですよ。人が好きな何かをやり抜こうとして、そこは茨の道なれど、傷だらけになっても進んで進んで、大きな犠牲を払ってるのにもかかわらず全然報われなくて、心身共にダメージを受けてボロボロになってもその道を追求するという・・・・しかも19歳そこそこの男の子がですよ。それだけでも泣けるのに、ジャズドラムというエモーショナルな音楽で彼の気持ち、魂の叫びがあますところなく表現されているわけですから、もう心をワシづかみにされてしまうわけなんです。彼のスティックさばきが観客の心を文字通り乱れ打つ傑作になっているのであります。




※ネタバレします。




アンドリュー(マイルズ・テラー)は名門音楽学校のジャズ科で学ぶ男の子。幼い頃からドラムが好きで一流のジャズドラマーになるために一生懸命勉強しています。このアンドリューの見た目がアメリカのボンクラ男子なんですね。まだ全然あどけない顔をしていて、休みには仲のいいお父さん(ポール・ライザー)と映画に行くっていうイイ子ちゃん。一方のお母さんですが、アンドリューが幼い頃に家を出ているそうです(これは後に彼が身の上話をしているときに明かされる)。

学校に残ってドラムの練習していたアンドリューは教授のフレッチャー(J.K.シモンズ)と出会います。そのときにフレッチャーはアンドリューに目をかけたような、かけなかったような微妙な印象を残して去って行くのでした。鬼コーチ役のJ.K.シモンズ、出たー!という感じですが、私にとっては「顔はめっぽう怖いけど、実はハートフルな優しいおじさん」という役の印象が強いんですよ。「ジュノ」でのお父さん役とか(筆者はこれでシモンズに泣かされました)。だから、怖いけど実はアンドリューの才能をかってくれるいい先生なんじゃあないか、そのうち優しさを見せるんじゃあないか・・・などと思ってしまうんですが、全くそんなことはありません。基本的には最初から最後まで鬼のまんま。途中で鬼の目にも涙的シチュエーションがありますが、そのエピソードは後日フタを開けてみたら実はフレッチャーの鬼畜の所業が原因だったというオチつきです。シモンズは「スパイダーマン」旧シリーズで同じくボンクラ男子トビー・マグワイヤを叱咤する鬼編集長役でしたが・・・要するに「鬼◯◯←(肩書き)」が世界一似合う俳優なのかもしれません。あとスキンヘッドなので見た目がなんか海亀みたいですね。すんごいイカツイ海亀なんです。間違っても産卵しながら涙を流したりはしないんです。

そんなフレッチャーの授業に出ることになったアンドリュー。「明日6時にXX教室だ」と個人レッスンをオファーされ、朝飛び起きて教室に行くと誰もいませんでした・・・。「あれ、おかしいなー」と待つアンドリュー。結局授業はいつも通り9時に始まり、何事もなかったかのようにフレッチャーが教室に入って来るのでした。こえー!何このかわいがり・・・。授業中、フレッチャーはアンドリューを徹底的にしごきます。椅子をバーンと投げたり、ひっぱたいたり、暴言を吐いたり。あんなおっとろしい顔面をした先生に目の前で怒鳴られたら、失禁してしまいますよ・・・。そして改めて英語ってのは日本語と違って汚い言葉が豊富にあるんだなあと感心してしまいました。あれ、フレッチャー先生すごいものの言いようだけど、パワハラとかハラスメントの概念ってそもそもアメリカから来たんじゃなかったっけ・・・?などと思ってしまいましたよ。先生の罵倒言葉(そこまで怒ってないときは、ほのかにユーモアも)やカジュアル暴言は日本語字幕だとどう訳されているんでしょうか。フレッチャーは雑談のときに聞いたアンドリューの身の上話(お母さんが幼いとき家出)まで持ち出すんですよ。「お前がこんなだから、かーちゃんはお前を捨てて出て行ったんだよ!」みたいに。「先生お願い、そこは音楽には関係ないから攻撃しないであげて~」と観てる方はいたたまれなくなっちゃうんです。

もう完全に目をつけられちゃったアンドリュー。でもこれって、逆に考えれば見込みがある子だからこその「しごき」とも取れなくないんですよね。だって他の学生は全然攻撃されてないし(フレッチャー先生のあまりの怖さに、自身のミスではなかったことをミスだと認めてしまい去った学生がいましたが)。きっとそうよ、そう思って頑張るのよ・・・と見守り続行。こうなったら練習の鬼にならないと・・・ということで、アンドリューは出来たばかりの可愛いガールフレンドのニコール(メリッサ・ブノワ。本当に可愛かったな)と別れ、来る日も来る日も何かに憑かれたように練習に身を捧げます。スティックを持つ手は皮がむけて血がにじんでいます。文字通り、血のにじむ稽古なんですよ。

話は前後するかもしれませんが、アンドリューのお父さんは高校の先生。休みの日にアンドリューがお父さんと親戚とでご飯を食べるシーンがあります。テーブルにはアンドリューのイトコらしきスポーツマンタイプの男の子がいて、アメフトかなんかやっててMVPを貰ったみたいな話で盛り上がってるんですよ。アンドリューは親戚のおじさんに「ドラムはどう?」と聞かれ、自分が名門音楽学校のジャズオーケストラのコアメンバーに選ばれちゃって、これって結構凄いんだみたいな話をしますが、イマイチ文化的じゃない親戚はキョトンとしています。この「わかってない人達」と会話がすれ違って行くシーンが地味ですけど良いシーン。この後にアンドリューはアメフト野郎に噛み付いて「偉大なプレイヤーになるために友達なんか必要ない。誰の記憶にも残らずヨボ ヨボになって生きてるよりも、伝説になって30代で死にたい」と言って席を立つのでした。

ある日、授業にやってきたフレッチャーは今はプロになっている元生徒のエピソードを話します。優秀な生徒で将来を有望視されている青年でしたが、昨日自動車事故で亡くなったということでした。元生徒の演奏したCDをかけながら思わず涙ぐむフレッチャー先生。リアルに鬼の目にも涙・・・なんですが、これが後の伏線になっています。

学校でやっているのはジャズのビッグバンドなんですが、それぞれのパートに二三人の学生がいて交代で演奏してるんですね。基本的には一番出来る学生がメインでやってるみたいなんですけど、先生の指示でどんどん交代させられる日もあります。ドラムを演奏するのはアンドリューの他にもう二人いるんですが、誰も先生の言う「テンポ」を掴むことが出来ず、深夜遅くまで居残りで練習をさせられるのでした。恐ろしいフレッチャー先生に怒鳴られながら、もう三人ともヘロヘロになって打ち続けるのですが、中でも一番マシだったのがアンドリューでファーストポジションをゲットすることに成功するのでした。

学校でジャズのコンクールに出場することになりバスで会場に向かうアンドリューですが、途中でバスのタイヤがパンクし立ち往生してしまいます。「このままじゃ間に合わない!」とレンタカーオフィスに飛び込んで車を借りて会場へ飛ばすアンドリュー。ああ、なんかあぶなっかしい運転だな~。こんなとき事故るんだよな~と見てる方はハラハラ。会場に飛び込みますが、なんと命の次に大事なスティックをレンタカーのオフィスに忘れていたのでした。もう時間がないから誰かに借りれば良いものを、フレッチャー先生と口論になり取りに戻るアンドリュー。え、マジなの?間に合うの?オフィスにあったスティックを取って会場に急ぐアンドリュー。怒りながら級友に電話しながら運転してると・・・はい、事故りました。

だから言わんこっちゃない・・・。トラックに横から衝突されて車は大破の大事故。ペシャンコになった車から血だらけになって這い出たアンドリューは、スティックをつかみ脇目もふらずに会場へ走るのでした。・・・これ、普通だったら死んでてもおかしくないレベルの事故なんですが・・・アンドリューの執念がすごいんですよ。ギリギリ間に合ったアンドリューはステージに上がりますが、怪我をしているのでいつものようにプレイ出来ません(てか、当たり前!)。スティックを床に落としてしまいます。フレッチャーは様子のおかしいことに気づき、演奏を止めてその場でアンドリューをクビにします。アンドリューはステージ上でフレッチャーにつかみかかり、学校を退学になってしまうのでした。

その後、アンドリューは面会した弁護士(お父さんが呼んだ)から、フレッチャーの元生徒は自動車事故ではなく鬱による自殺で亡くなっていたことを知ります。元生徒の両親からフレッチャーを解雇にするための証言を頼まれたアンドリューは「僕もハラスメントを受けていました」と認めるのでした。音楽を、ドラムをあきらめたアンドリューはバイトなどをして生活をしていましたが、あるジャズバーの外に出ているボードにフレッチャーの名前を見つけます。そのバーでフレッチャーと再会することになるのでした。コーチでないときのフレッチャーは鬼ではなく、どこにでもいる普通のおじさんです。これまでにもちょくちょく、そういうシーンが挟み込まれているので観客は「ああ、この人音楽には厳しいけども本当はいい人なのかもな」って思っちゃうんですよ。

酒を飲んで話してみると、フレッチャー先生も色々苦労があったようです。「優れたプレイヤーを育てようとプッシュするあまりに学校をクビになってしまった。しかし褒めることで生徒は伸びない。しごきに耐えて何クソ!と思う気持ちこそが良いパフォーマンスを産むのだ。グッジョブという言葉ほどダメなものはない」と語るのでした。うーん、これはその分野/先生によって色々と意見が分かれるところですが、フレッチャーの言っていることにも一理あると認めざるを得ません。ド根性系統の芸術やスポーツ関係ではこういう指導ポリシーを良しとする部分もあるのかなあ・・・と思わされてしまいます。

別れ際にフレッチャー先生は「今度学校でやってた曲でジャズフェスに出るんだけど、お前ドラマーやらないか?」と言うのでした。あれだけ修羅場を演じておいて・・・と思いますが、まだドラムに未練のあるアンドリューはそのオファーを受けることにします。ちょっと元気が出た彼は、一方的にふった彼女のニコールに電話してジャズフェスを見に来て欲しいと告げるのですが「うーん、彼氏と相談してみるね」と言われるのでした。そりゃそうだよな・・・って感じですが、ちょっと可哀相でしたね。

フェス当日、他のバンドメンバーと一緒にステージに上がるアンドリュー。指揮のフレッチャーは登場間際にアンドリューのところへ来て「お前のせいでクビになったってのは、わかってんだよ」と言うのでした。そしてフレッチャーが聴衆にアナウンスした曲名は学校でやってたのと全然違う曲!楽譜もありません。ハメられた・・・やっぱりフレッチャーは鬼だったのです(この鬼っぷりのブレなさ加減が本当に映画を良くしてると思う)。非情にも演奏が始まってしまい、アンドリューは小さく演奏するもテンポがわからないのでバンドメンバーから「何やってんだよ!」と言われてしまいます。後から考えると、フェスの曲目を事前に合わせて練習とかしてなかったのかなあ・・・とかボンヤリ思うのですがラスト近くなのがわかるので、もうそんなことはどうでもよくなるんですねいい映画の法則キター!)。

なんとかごまかしながら一曲演奏し終えましたが、アンドリューは舞台袖に逃げてしまいます。そこには見に来てくれたお父さんがいて、彼を優しく抱きしめてくれるのでした。しかし・・・何かを決意したアンドリューはなんと再びステージに出て行きます。そして・・・そして・・・ソロドラムからの「キャラバン」を演奏し出すのでした。アンドリューは他のパートにキューを出し、バンドが「キャラバン」を奏で始めます。アンドリュー・・・!アンドリュー・・・!もうここから涙の防波堤決壊、涙のダダ漏れ状態です。彼のひたむきなパッションと、力強いドラムと流れるようなジャズが・・・すごい!フレッチャーも「やれやれ」という顔をして指揮を始めました。


「キャラバン」




突然の「キャラバン」の後もアンドリューはドラムソロを続け、恐らく今までで自己ベストのパフォーマンスを披露します。対抗的だったフレッチャーはドラムセットのシンバルのゆるみを直しに来て「よし」とアンドリューに目顔で合図を送ります。しごいてもしごいても這い上がって来るアンドリューを認めた瞬間です。最後の最後で鬼コーチと生徒は音楽を通じて同じ方向を見られた様な演出でした。ジェスチャーで「もっと強く、もっと、もっと」と指示するフレッチャー。それに答えてドラムを連打するアンドリュー。ドラムを打つアンドリューが矢吹ジョーに、鬼コーチのJ.K.シモンズが丹下段平に見えた瞬間ですよ。とにかくアンドリューの一生懸命さに流れる涙が止まらず「ふわー、すごいものを観た・・・」というラストシーンでした。

驚いたことにデミアン・チャゼル監督はこれが初監督だそうです。しかもまだ30歳の若さということで、すげー・・・(撮影当時は28歳だったらしいです!)。オスカー始め名だたる映画賞にノミネートされ、助演男優賞のJ.K.シモンズが多くの賞を獲得しています。鬼役のシモンズの素晴らしいんですが、相対する主演のボンクラ男子マイルズ・テラーもすごくよかったです(しかも実際に手から流血したりしたらしいし)。この春から新社会人になった人におすすめしたい映画ですね。

追記:ジャズ素人の私にはまったくわからない部分ですが、プロのジャズミュージシャンの方々にはあまり評判が良くないようです。私の夢にも出演されたジャズミュージシャンの菊地成孔さんは酷評。色々と論議を呼ぶ映画のようですね。
「セッション!(正規完成稿)~<パンチドランク・ラヴ(レス)>に打ちのめされる、「危険ドラッグ」を貪る人々~」

追記2:コメントが2つ付いた後に、親切な通りすがりの方から「段平ちゃんはジョーのパンツを洗ったり、食事をつくってあげたりしてるものすごく献身的でいいコーチだから、フレッチャーと一緒にしちゃいけませんよ〜」とご指摘頂きました。「あしたのジョー」の作品もろくに知らないくせに、顔が怖くてハゲというだけで安直に結びつけてしまって反省しております。通りすがりさん、こんなおバカな私にあたたかくて優しいご指摘をありがとうございました。



『人類創世』超絶リアル版 はじめ人間ギャートルズ

         



プラハで開催されていた国際映画祭、今年は忙しくてあまり行けませんでしたが・・・この映画を観ることができてよかったです。今年はジャン・ジャック・アノー監督が特集のひとつとされていたようで、この映画もアノー監督作品。アノー監督といえば、あの「愛人/ラマン」ですよ。「愛人」の監督ですが、過去にこんなトンデモ映画っぽいのも作ってたんだな~と思いました。

何故この映画をチョイスしたかというと、言葉がわからなくてもOKな映画だからです。原始人がウホウホいってたり、ちょっと文明の進んだ部族が言葉らしきものを話しているのですが、原始語なのでニュアンスのみの理解でOK(不思議とそれでちゃんと理解出来るつくりになっている)。「こりゃ楽だ~」と思って環境ビデオを見るようなテンションで期待せずに鑑賞したんですが、これがすごく面白かったんですよね・・・。

私は学生時代に色々と映画雑誌を読んだり映画に関する本を読んだりしていたので「名作/迷作問わず、観たことはないけど一般教養としてタイトルだけは知っている」という映画がいっぱいあるんです。しかし・・・この映画は81年の製作の古い映画だけど、今の今まで名前も聞いたことないし、識者がオススメしているのも見たことがなかったんです。「どうして誰もこの映画のことに触れないの・・・?」と不思議になるくらいです。

DVDパッケージを見ておわかりになるように、これは決してA級の映画ではなりません。甘く見積もってB級とC級の間くらいかな~という感じ。いっ そのことC級クラスになれば笑えるクソ映画になるかもだけど、そこまで崩れてはいない。でもなんかフックがあって面白い、それで意外と真面目なテーマだったりする。そこがいい、みたいな感じでしょうか。


英語版予告編↓




ちょっとオドロオドロしいテイストの静止画予告編↓




幸運なことにこの映画、全編が動画サイトなどで観られるみたいですので、興味のある方は是非探してみてください。原題は「La Guerre du feu」英語タイトルは「Quest for Fire」です。


以下、ネタバレ第一段階です。


時は有史以前・・・。
人類にとって火とは何にも勝る大切なものでした。凶暴な野生動物の襲撃から身を守り、生肉を調理し、暖を取るために必要不可欠なものだったのです。有史以前の人々は火を起こす術を知らなかった為、山火事などの自然現象から火を取っていました。当時の人間にとって火は命であり財産だったのです・・・といった説明文が表示されて、カットが切り替わると何処かの洞窟でたき火をしている原始人の群れの様子が映されます。俳優たちはみんな欧米系ぽいんだけどプリミティブなメイクアップをほどこされて、かなり面白い感じの顔になっています(この映画はオスカーのメイクアップ賞を受賞しているらしい)。

寒そうな土地にいるから毛皮を身につけているのですが、バサっと適当に羽織ったくらいの感じでお尻や太ももだとかが見えています。私自身も寒い国に住んでるからか「あ~、もっとタイトに着ないと!これじゃ見てる方が寒い・・・紐をベルト代わりにすればいいのに・・・」と始終気になってしまいました。Wikiによると、登場するどの部族にも主要キャラクターにもちゃんと名前が付いてました。もちろん劇中ではそれらが現代人に聞き取れるよう発音されることはないし、固有名詞がないことで混乱することは全くないのですが、あらすじを語る上で必要なのでWikiを参照した名前で呼ぶことにします。

最初に登場した欧米系毛皮民族がウラム族 。ネアンデルタール系の部族らしいです。そこそこ平和に暮らしていましたが、ある夜ほとんど猿の様な風貌のワガブ族の襲撃を受けてウラム族は壊滅状態に陥ります。動物の骨で組み立てた原始的なランタンの中にある火種をかかえて逃げた少数のウラム族は湿地帯に辿り着きます。このままでは寒さと飢えで滅びるので、生き残った者から三人の若者が選ばれて火を探しに旅立つのでした。

このトリオが、どことなく頼りないリーダー格のナオ(エヴェレット・マッギル)、猿顔のアムカール(ロン・パールマン)、印象の薄いガウ(ナメール・エル・カディ)。一応主役はナオなんですが、DVDにはアムカール役のロン・パールマンのインパクトありすぎる顔がでーんと載っています。このウータン顔、見覚えが・・・と 思ったら「パシフィック・リム」に出てたハンニバル・チャウでした。彼に関しては、特殊メイクいらないんでないの?と思いましたが(笑)。

このトリオが寒々しい湿地帯から歩いて歩いて、乾いた大平原に辿り着きます。「はあ~疲れた・・・。てか本当に火なんて見つかんのかな・・・」と休んでいると、牙の生えたネコ科大型動物にロックオンされます。トリオは逃げて、か細い樹の上に登り難を逃れますが、動物は彼らが落ちて来るのを樹の下で悠々と待っているのでした。トリオは枝に生えていた葉っぱを食べ尽くしてしまい、もう力尽きて落ちるほかないという状態に。眠ってしまったトリオのうち一人が樹から落ち慌てて這い上がろうとしますが、根負けしたのかネコ科大型動物の姿はありませんでした。

この映画のすごいところは現代語によるセリフが一切ないにもかかわらず、原始人たちの心情が手に取るようにわかるところです。わかりやすいストーリー展開のせいもありますが、俳優たちの表情が素晴らしい。ごっつい特殊メイクされてても、彼らの目を見てれば全てがわかる。目の演技が本当に素晴らしいのです。だから「あ~腹へった」とか「やべー・・・」とか「もうダメだ・・・」みたいに心の中でアテレコしちゃうんですよね。「なんだ。原始人つっても、今の私達とそんなに変わらないもんなんだなあ・・・」と原始人との距離がグっと縮まる素敵な作りになっています!


以下、ネタバレ第二段階です。



難を逃れたトリオは、大平原である部族のコロニーを見つけま す。その部族は同じくネアンデルタール系のクザム族(でもトリオよりはずっと猿っぽさが残ってる風貌)。なんとクザム族は人食い人種だったのです。略奪してきた他部族の人間を裸で樹にくくりつけ、焼いて食べていたのでした。トリオはクザム族から火を奪おうとします。ナオは他の二人が部族を襲撃している間に火種を奪おうとしますが、クザム族に攻撃され生殖器に噛み付かれてしまいます(痛そ!)。性器に噛み付いたクザム族を石で殴って逃げ出しますが、大事な部分を負傷してしまったのでした。火種を取ることに成功したトリオですが、食料として繋がれていたクロマニヨン人の女の子が懸命に何かを話しながら彼らの後を追って来ます。

この女の子がこの映画のヒロインのイカ(ラエ・ドーン・チョン)です。真っ白にボディペインティングして顔には墨でへんてこなメイクを しています。なんか呪術めいてて怖いんですが、彼女も目の演技が素晴らしくって訴えかけて来るものがありました。イカはトリオよりも発達した文明を持つ部族のようで、長文の古代語で必死に話してきます。最初はうっとうしがっていたトリオですが、次第にどうでもよくなって四人で旅を続けることになりました。イカは生殖器をケガしたナオのために薬草らしきものを患部に塗ってくれます。Wikiによるとイカが薬草を塗るシーンで「口で奉仕していた」とありますが、私にはよくわかりませんでした~!毛皮の中に顔を突っ込んでいたシーンがそうらしいですが。

四人はウラム族の待つ北へ向かいますが、その途中でマンモスの群れに遭遇します。このマンモスがちょっとチープ感のあるハリボテだった んですが、もうそんなのどうでも良くなるんですよ。なぜなら映画の世界にすっかり取り込まれちゃってるからです。「大丈夫、こわくない」とナウシカがテトにするようにマンモスに話しかけて、枯れ草をやるトリオ。マンモスといえば、やっぱり「ギャートルズ」です。子供の頃、マンモスの肉が食べたくてしょうがありませんでした。この映画は、いわば超絶リアル版「はじめ人間ギャートルズ」!あれ、でもギャートルズの家族はマンモスの肉を焼いてたから火をこしらえる方法知ってたんじゃなかったっけ。まあいいや。

野営しているある晩、むらむらしたアムカールがイカに襲いかかりますがイカはナオの影に隠れます。しかしナオはイカのことを逆に襲い、残りの二人に交配を見せつけるのでした。この行動は、いわゆる猿山の猿みたいなもので「俺の方が偉いから見とけ」みたいなデモンストレーションなんでしょうか。冒頭でも少し出て来ましたが、ウラム族の交配方法は後背位。後背で交配・・・シャレです。しかし、この後背で交配は伏線なのでよく覚えておいて下さい。


以下、ネタバレ第三段階です。


翌朝、ナオが起きるとイカの姿がありません。平原を見渡すと逃げて行く彼女の姿がありました。大声で彼女を呼ぶも(そもそも共通言語はないのだが)、戻って来ません。ナオは彼女を追いかけます。アムカールとガウは「しょうがねえな~」とばかりに、しぶしぶとナオの後に付いて行くのでした。逃げたイカを探して彷徨うナオは、底なし沼にハマってしまいます。大声で助けを呼ぶと、矢や石が降って来て別の部族に取り囲まれてしまうのでした。

この部族がイカの所属するイヴァカ族だったのです。同じく真っ白いボディペインティング に墨で書いたメイクアップ。予想した通り彼らはずっと高度な文明を持った部族なのでした。発達した言語を持っているし、家という概念があるし、陶器(これすごい)や武器もあります。そしてなによりもナオを驚かせたのが、火を作る技術を持っていたということでした。乾いた木っ端の上で枯れ枝をろくろのように回して火を作るアレです。ナオがこのシーンを見たときの目の見張り方に、人類創世を見た!という感じでしょうか。「2001年宇宙の旅」でもおなじみ「ツァラトゥストラはかく語りき」が私の心の中で鳴り響きます。



目からウロコが落ちたときのテーマ。



さてイヴァカ族の捕虜になったナオですが、野蛮人ゆえの身体能力を買われてか逆に接待されるようになります。快適な住居に、おいしい食事を与えられ、とどめは夜の接待。豊満で土偶のような体型のイヴァカ族の女たち(この部族では一番の美女たち)を何人もあてがわれるのでした。そんな光景を切なく見つめるのが・・・部族に戻っていたイカです。ちょ、これどんなラブストーリーよ!と原始人たちのラブ・ロマンスに思わず笑ってしまいそうになるんですが、もう映画に心をガッツリとつかまれているので「ああ、可哀相~!」と身をよじらんばかりに応援したくなっちゃうんですよ。イカは夜の接待が終って眠りこけるナオの寝床に忍び込んで彼の隣で眠ろうとしますが(いじらしい!)、豊満な土偶女に追い払われてしまうのでした。

それからしばらくの間をおいて、アムカールとガウがナオを探しにやって来ます。二人はナオがはまったのと同じ底なし沼にはまり、イヴァカ族の集落へ連れて来られるのでした。二人がそこで見たのは、ボディペインティングをしてすっかりイヴァカ族になったナオの姿でした。「お前・・・生きてたんか~!てか、こんなところで何してるんや~!」と驚く二人。その夜、アムカールとガウは脱出しようとしますが、ナオは酒のようなものを飲んで酔っぱらっていました。ナオを殴って気絶させ、彼をかついで村を出る二人。ナオのことを慕っているイカもトリオについて村を出るのでした。

ウラム族の待つ湿地への旅が続きます。ある雨の夜、洞窟の中で夜を過ごす四人(もう火を作る方法 を知っているのでたき火もあります)。ナオはいつもの後背位でイカと交わろうとしますが、イカはナオに正常位を教えます。初めて正常位という体位を体験するナオ。こ・・・こ・・・これは・・・。私はナオが火の作り方を知ったときよりもなんか感激しちゃいましたね。人、初めて正常位を覚えるってんで・・・原始人がまた一歩、人間に近づいたんですよ!!ここでまた心中に「ツァラトゥストラはかく語りき」が鳴り響くのでした。


正常位の発見。



イカは後背位のとき嫌がっていましたが、正常位では嬌声をあげていました。すぐ側にはアムカールとガウが「ったくよお・・・」という顔で寂しそうに虚空を見つめています(笑)。Wikiによるとイヴァカの村での夜の接待シーンで、ナオにあてがわれた女たちは正常位を教えるためだったんだそうで。そういえば彼女たちは「正常位でどうぞ」というように仰向けでゴローンと横になっていました。なるほど、そういうことだったのか・・・。

発見があったのは下ネタだけではありません。旅の途中で「面白いことがあると笑う」という概念を共有することも出来たのでした。ガウの頭の上に何かが落ちて、最初はイカだけが笑っていましたが「このシチュエーション、うける!」ということが伝播し、最後には皆大声をあげて笑うのでした。発火方法と正常位を学習し笑いの概念を体得して、トリオはだんだんと人間らしくなっていきます。しかし、前半でトリオが平原を彷徨ってるときにシカの群れを見つけて「ああーうまそうだな あ」とヨダレをたらすというシーンがありましたが、そのときに彼らは「ミャムミャム!」(ヨーロッパ系言葉で、美味しそうなものを見たときに発するフレーズ。英語の「ヤムヤム」にあたる)って言っていたんですよね。あれ、現代語話してるんじゃ・・・と思ってしまいましたが「ミャムミャム」はきっと太古の昔から今に伝わるフレーズなのでしょう(笑)。


※以下、ネタバレ最終段階です。



さらに旅を続ける途中で、四人はウラム族でナオのライバルだった若者が率いる集団に出くわし攻撃を受けます。火種と一緒に洞窟へ逃げたガウとイカでしたが、そこはクマの住処でした。洞窟の中に小熊がいると気が付いたときには、後ろに怒り狂った母熊が迫っていたのです。ガウは熊に襲われて負傷 してしまうのでした。うーん、ライオンみたいな動物が住んでいる暖かそうなところから熊がいる寒 いところまで来たってことなんですよね。こりゃ相当歩いたんだなあ・・・と思ったのでした。そもそもウラム族は、あんな寒い湿地帯で本当に帰って来るのかわからない火を待つよりも温暖な場所に移動した方がよかったんじゃね・・・?と疑問が頭をかすめましたが、まあ一族で大移動しちゃうとお話にならないので仕方ないか(笑)。

熊に襲われたガウは、なんとか穴からはい出して一命を取り留めたのでした。四人はイヴァカの村から持って来た最先端技術のヤリで敵に立ち向かいます。こん棒しか持っていない敵は文明の利器の前にアッサリと破れるのでした。これはちょっと「俺たち未来人」気分を味わえるシーンですね。やっとウラム族が待つ湿地帯へ辿り着きました(ちゃんと辿り着けるのがすごい。原始人は嗅覚が発達していたのかも)。帰って来たトリオを見て狂喜乱舞するウラム族たち。てか、この人たち食べるものとかどうしてたんだろう・・・よく凍死しなかったよな・・・と思ってしまいますが、もう大団円が近いのでそんなことはどうでもよいです(笑)。

火種があるランタン的なものを受け取った男が、喜びのあまり湿地帯の水の中でバランスを失いランタンを水につけてしまいます。じゅっ!という音と共に消える火。それを見てストップモーションになるウラム族一同・・・(笑)。しかし、心配ご無用!イカが棒っきれをこすって火を作ります。最初は「・・・?」となっていたウラム族ですが、棒っきれから細い煙が出てくるのを見て目を輝かせるのでした。

使命を無事に果たした充足感と共に月を見上 げるナオの横へイカがやってきます。イカのお腹は大きく膨らんでいたのでした。幸せそうに寄り添って月を見上げるナオとイカ。これでENDです。

いや~、面白かったですねえ。一見トンデモ映画のようでありながら、原始人が火の起こし方(と正常位)を知る過程が実によく描かれていました。トリオの命をかけた冒険譚であると当時にボーイミーツガールのラブストーリー要素もあって最後はこの上ないハッピーエンディングですよ。しかもその全てを現代語セリフなしという前衛的な手法でやってのけているのに娯楽映画として見事に着地している。すごいですよ。この映画はもっと評価されて鑑賞されるべきです。ちなみに本国フランスでは81年セザール賞の作品賞と最優秀監督賞を受賞してるんだそうです。よかった、フランスでは評価されてるみたいで・・・。

そして私が考えるいい映画の条件 「突っ込みどころがあれど、映画の世界に取り込まれた後ではどうでもよくなる」というのがバッチリ入ってました。尺八みたいな笛によるバックミュージックもヒーリング効果と神秘性があってよかったです。ラストシーンは「ああ、この延長線上に自分が存在しているんだな・・・」と胸熱になり、なにか悠久の時の流れに包まれたような不思議な感動がありました。おすすめです!

チェコっとみつけた、こんなモノ:第37回 イヴロシェのリニューアルしたリップクリーム

イヴロシェリップ

チェリー、イチゴ、バニラ。


「チェコっとみつけた、こんなモノ」は、私がチェコで見つけたチェコっと可愛い、ユニーク、便利 etc・・・なものを雑談しながら紹介するというコーナーです。日本では見かけないもの、お土産にすると良さそうなものを中心にピックアップしています。 ただしチェコで見つけたモノが対象なので、チェコ製ではないものも含まれます。その点は何卒ご了承下さい。

去年の12月に三つ編みチーズを買った話をしましたが、それ以降は特にネタにするものもなく今まで来てしまいました・・・。最近は映画の感想ばかりになってしまい、すっかり映画ブログの雰囲気になってしまっていますがこんなコーナーもやっていたんですよ。久々なのにまたイヴロシェなんですが、最近のお気に入りなので書いてみようと思います。この国に来たばかりの頃はとにかくイヴロシェの存在が新鮮で「こんなものがある!」と喜んでアップしていましたが、スキンケアは別のものに変えてしまったし、しばらくご無沙汰でした。

私はメンバーズカードを作っているので月に一回、イヴロシェからハガキが届きます。そこにあるお知らせは「今月のプレ ゼント」と割引クーポン。今月のプレゼントとして、いつも二種類のプレゼントが用意されているのです。ひとつは買い物した人全員がもらえる粗品系プレゼント。もうひとつは高額購入の人(たとえば500コルナ以上とか)がもらえるちょっと豪華なプレゼント(どちらもハガキを持参して引き換えるシステム)。粗品系はハンドミラーだったりポーチだったり不織布のバッグだったりとちゃちいノベルティー系のときと、現品系のときがあって、現品系のときはそれ欲しさについつい何か買ってしまいます。現品は通常サイズのハンドクリームだったりシャワージェルだったりと、こっちの方が断然豪華。

二月の高額購入者のプレゼントが旅行カバンのようなトロンプルイユの収納ケースで(しかも大中小と揃ってて可愛い)、これがどうしても欲しかった私は シャンプーとコンディショナーをまとめ買いしたのでした(帰り道、荷物が重かった)。そのときに目に付いたのがこのリップクリーム。どうやらリニューアルされた製品らしくお店の目立つところに置いてありました。そういえばイヴロシェのリップはまだ買ったことないかも・・・と値段合わせの為になんとなくイチゴのリップを購入。

これがその衣装ケース↓
イヴロシェ景品



そのときに買ったイチゴのリップがすごく気に入ったんですね。色付きリップ、素晴らしい!口紅だとすぐに乾燥してしまうけど、リップクリームだからうるおいが続くし、発色もパッキリし過ぎない感じがナチュラルかつセクシーだと思います。重ね塗りするとちゃんと発色するのもいい。そして人工的過ぎないほのかな果物の匂いがノスタルジック・・・子供の頃、いい匂いのリップクリームを塗ったときのドキドキ感を思い出したりして(そして惜しいからあまり使用しないのであった)。お値段はプロモーションで49コルナ(@250円 )でした。安い・・・安過ぎる!日本のワンコインで2つ買えますよ。イチゴが気に入ったので後日チェリーとバニラも購入。どちらも良いです。特にバニラはいい匂いなので、ついつい塗りたくなってしまいます。

色の付くタイプがイチゴ(オレンジ系レッド)、チェリー(ローズ系レッド)、ラズベリー(ピンク系)の3色。色のないタイプがバニラ、ココナッツ、マカダミアナッツです。フランスのブランドだけど、日本未上陸なので女子へのばらまき土産にオススメする次第です。

イヴ・ロシェのHPはこちら(国を選択して下さい)



ネット通販だと高いですが品質とのバランスを考えると、これくらいになるかな〜と思います。

               

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