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『博士と彼女のセオリー』内助の功の内幕とは

                                    



祝、アカデミー賞主演男優賞(エディ・レッドメイン)!宇宙物理学者ホーキング博士と奥さんのラブストーリー系伝記映画です。ホーキング博士については、なんだかとてつもなく頭のいい車椅子の博士ということぐらいしか知らない筆者ですが、その程度の知識の人でも充分に楽しめる映画になっていました。私はひねくれた人間なので、甘いだけのラブストーリーを観ると「今すぐ別れろ、今すぐ爆発しろ」などとドス黒い感情が渦巻くクチなんですが、このラブストーリーは実話なのでしっかりとした重みがあったし、そしてなにより恋愛や夫婦の上手く行っている部分ばかりを描いている訳ではないのがよかったです(ポスターやDVDの写真は、それはそれはドリーミングなんですが)。

ホーキング博士を演じるのがエディ・レッドメイン。この俳優さんは知らないなあ~と思って調べたら「マリリン、7日間の恋人」に出ていたひょろひょろしたメンズですね。あのときは本当に何とも思わなかったけど、いや〜今回はすごい熱演です。こんなに出来る子だと思ってなかった。エディ・レッドメイン、ナーメテーター!でした。ホーキング博士に顔もソックリだったし。ハンディキャップのある難役はオスカーをもらいやすいって言われるけど、それを差し引いたとしてもかなり良かったんじゃないかと思います(ちなみに「レ・ミゼラブル」は未見)。昨年の主演男優賞は「ダラス・バイヤーズクラブ」のマコで、ガリガリに痩せての受賞でした。エディたんの自身をハンディがある難役に近づける努力というのも評価されたんだと思います。

そしてホーキング博士の奥さんジェーンを演じるのがフェリシティ・ジョーンズ。実は初めましてで彼女の出演作は観たことがないんですが、透明感があってとても可愛らしい感じの女優さんです。彼女は31歳で意外と年いってるなって感じなんですけども、ガーリーなルックスでビー玉のような キラキラとした目が素敵。彼女が中盤で見せる目の演技もよかったです。フェリシティさんは主演女優賞を逃してしまいましたが、まだまだこれからチャンスはあるでしょう。

実は私、鑑賞中に何回か泣かされてしまいましたね・・・。なんで泣いたかって?その理由はノーリーズン!ただ、ただ、涙が目から溢れて来るんですよ・・・。こんな気持ち、本当に久しぶり!私をノーリーズンで泣かせた恋愛映画は「きみに読む物語」以来かも。「ゴーン・ガール」はカップルで観に行くのがちょっとアレな映画ですが、この映画は大丈夫です。むしろカップル(夫婦)に推奨。特に自由奔放な旦那に面倒をかけられている奥さん方におすすめです。


予告編↓



※ネタバレします。


60年代のイギリス。ケンブリッジ大学で宇宙物理学を学ぶスティーヴン・ホーキング(エディ・レッドメイン)は文学を学ぶジェーン(フェリシティ・ジョーンズ)と出会います。すぐに恋に落ちた二人。ところがスティーヴンは筋萎縮性側索硬化症(別名ALS。昨年流行った「アイス・バケツ・チャレンジ」はこの病気の理解を深める為の運動だった)という病気を発症してしまいます。この病気は筋肉を使うすべての行動が次第に出来なくなるという難病でした。そしてスティーヴンは医者からあと二年の命だと宣告されてしまいます。彼はジェーンと別れようとしますが、ジェーンの意志は固く二人は結婚をするのでした。

まず映像がすごく綺麗なんですよね。なんだか空気が澄んでる感じがします。画面の色調が淡めでノスタルジックな感じ。学校のパーティーで出会い、恋に落ちた二人なんですが、二人ともすごく透明感があって可愛らしいんですよ。スティーヴンは成長したハリー・ポッターのようなキュート系眼鏡男子だし、ジェーンの可憐だけど意志の強そうなオナゴっぷりもいい(お洋服も可愛いです)。しかし、理系(それも 宇宙物理学とか常人には理解出来なさそうな分野)と文系ってそもそも話合わないんじゃね・・・?と思いきや、そんなことは全く問題になりません。スティーヴンが自分の研究のことをわかりやすくジェーンに話して、二人はちゃんと世界を共有出来てるんですよ。ジェーンもきっと頭の良い女性だったんのでしょう。「時間(研究のテーマ)を戻すんだ~」と二人で手を取り合いながらグルグル回ったり(このシーンがDVDパッケージになっている)、橋の上で花火を見ながら口づけしたり、まるでディズニー映画のようなロマンチックっぷりです。

しかしALSを発症してしまったスティーヴン。ジェーンの重荷になりたくないので、彼女のことを避けるようになります。二人の交際を懸念するスティーヴンのお父さん(シモン・マクバーニー)に「私は彼を愛してるんです。彼も私を愛してるんです。だから、彼と一緒に病気と闘います」とキッパリ言うジェーン。超~ベタですが筆者の涙ポイントはココです。涙の理由、それはノーリーズン!ただただ感動してしまって落涙。こんなに崇高な愛ってあるんでしょうか・・・。ジェーンの決意を秘めた瞳が素晴らしいです。そして二人はめでたく結婚。息子にも恵まれて幸せな家庭をもうけるのでした。

スティーヴンは「ブラックホールが宇宙の起源ではないか?」という仮説を元にした論文で博士号を取得します。この頃の彼は杖をついて歩いていましたが 、次第に身体の自由が効かなくなって来ることを感じ取っていました。しかし余命二年と宣告されたのにもかからず、リアルのホーキング博士はまだご存命ですからね(現在73歳)。これは本当にすごいことだと思います。その後、二人の間には第二子が産まれますが、気になるのが博士の下半身事情・・・。劇中で友達も「ぶっちゃけあっちの方はどうなの?」と聞いていましたが「あそこ?全然大丈夫!」と博士は言っていました。たまむすびでも町山さんが仰ってましたが、あんな難しい研究をしているのにもかかわらず実際の博士は結構ぶっちゃけた人だったようで、友人たちとストリップクラブによく行ったりしてたそうですね。そういうギャップがチャーミングだと思います。

ハンディキャップのある夫と幼い二人の子供の世話に、家事に、自分の勉強にとジェーンのキャパシティはいっぱいいっぱいになってしまいます。そりゃそうですよね・・・。「うちは普通の家族じゃないの!」とたまにヒスったりするジェーンですが、結婚して家族を持って、それが自分の希望だったはずなのに、上手く行かない時に「こんなはずじゃなかった・・・」と思う人は多いんじゃないかと(身近なサンプル:筆者の母親)。「だって、そうしたかったんでしょ?」と人からは思われるかもしれませんが「そうだったんだけど、まさかこんなに大変だとは・・・」という部分もあるんじゃないでしょうかね。普通の人だってそうなんだから、ジェーンの場合は・・・結婚するときの決心が固かっただけに、なんだか気の毒になってしまいます。

そんなときジェーンはお母さん(エミリー・ワトソン)からアドバイスされて教会へ行き、ジョナサン(チャーリー・コックス。彼も好演でした)と出会います。男やもめのジョナサンは教会で音楽の先生をしている優しい男性。そしてジョナサンはホーキング一家とも家族ぐるみで付き合うようになります。ホーキング家の子供たちに音楽を教えたり、スティーヴンとは友人になってジェーンでは出来ない力のいるお世話をしたり。ジョナサンがホーキング一家と親しくなって行く過程が、微笑ましくかつ丁寧に描かれていたので彼は結構重要な役なんだな~と思ったんですが、今思うとジェーンの目の演技が味わい深かったですね。ジョナサンがホーキング夫妻の家で食事をするシーンがあるんですが、ジェーンがなんか少し怒っているような感じの雰囲気を出していて、ジョナサンに傾きそうになるのを必至で押し留まっていたんだな~という感じでした。このあたりから非ネイティヴの私にはスティーヴンのセリフがかなり聞き取りづらく感じてきました。 スティーヴンは既に車椅子ですが次第に口の筋肉が麻痺して話すことも難しくなってきているのでした。

その後、ジェーンは教会を訪れてジョナサンに妊娠したことを告げます(やっぱりちょっとキレ気味)。えっ、やっぱり・・・うわー・・・と思うのですが、ジョナサンの反応は「えっ・ ・・そうか、それはおめでとう!」というもの。ジェーンのお腹の子はもちろんスティーブンの子なのでした(ここは観客のミスリードを狙ってる演出かも)。ジョナサンが少し驚いていたのは、スティーヴンがまだ子作り出来たんだ・・・という驚きだったんですね。私もビックリしましたよ!ホーキング博士の偉業って、宇宙の真実を解き明かそうとしたことよりも、筋肉が動かなくなってしまう難病なのに(それも余命宣告されてて)三人も子を成したことではないでしょうか・・・。

ジェーンのお母さんも同じことを思ったらしく「末っ子はジョナサンの子なんでしょ?」と疑っていましたが。その会話を偶然聞いてしまったジョナサンは立ち去ろうとしますが、ジェーンに止められます。ここで二人はお互いを想い合っていることが明らかになるのでした。やっぱりなあ、そうなっちゃうだろうなあ・・・という感じですよ。ホーキング一家と距離を置こうとするジョナサンでしたが、スティーヴンは彼を教会に訪ねて(お酒と一緒に)ジェーンは彼を必要としていることを告げるのでした。きっと博士は二人の間にロマンスが芽生えていたことを知っていたのかも・・・と考えると味わい深いシーンです。

その後、スティーヴンは招待先の外国でコンサート鑑賞中に意識不明になってしまいます。同じ頃、ジェーンとジョナサンは子供たちを連れてキャンプに来ていたのでした。楽しそうにテントを張るジェーンとジョナサン(もちろんジョナサンのテントは別)。夜が更けて子供たちが寝た後、ジェーンはジョナサンのテントを訪れます。二人は一線を越えてしまったのかどうか 、それは見せてないんですね。その後、ジェーンの元にスティーヴン意識不明の連絡がいって、彼女は病院に駆けつけます。医者から、肺炎のためスティーヴンの気管を除去するので今後は話すことが出来なくなるを告げられるのでした。スティーヴンはALSだけでなく声も失ってしまったのですが、そんなときもジェーンは嘆き悲しまずに前を見据えているのです。もう本当に凄い奥さんですね。良妻の鏡ですよ。

手術後、声を失ったスティーヴンにジェーンはスペリングのボードを持って、コミュニケーションを取ろうとします。このボードのルールをマスターすれば単語が伝えられるという仕組みですが、瞼を動かして一単語を伝えるだけで、もうそれは気の遠くなる様な大変さでした。ジェーンはヘルパーのエレイン(マクシヌ・ピーク)を雇うことに。スティーヴンとエレインは気が合いたちまち仲良くなりました。その後、ジェーンとエレインはスティーヴンのためにコンピューターを使った合成音声機械を導入します。かろうじて動かせる指先で操作するだけで、単語と声が出力される画期的な機械なんですよ。お陰でスティーヴンは機械の声を通じて話せるようになりました(音声サンプルがアメリカンアクセントしかないのをジェーンが気にしていましたが・・・笑)。その後、この機械でスティーヴンは世界的なベストセラーになった「ホーキング、宇宙を語る」を執筆。この本は確か筆者の実家にもあった気がします。両親は宇宙物理のことなんて全然興味のない普通の人達ですが、そういう人も読める画期的な本だったようですね(筆者は未読)。

スティーヴンはアメリカでの講演に招待されますが「アメリカにはエレインと行くつもりだ。ごめん」とジェーンに告げます。いつしかスティーヴンはヘルパーのエレインと恋仲になっていたのでした。確かにスティーヴンがエレインと仲良さそうにキャッキャしているのをジェーンが訝しげに見ているシーンがありましたよ。それを聞いてジェーンが「あなたを愛したわ。私は精一杯やった」と言います。その言葉は夫の心変わりを責めるものではなく、余命二年と言われたのにもかからず二人で頑張ってここまで来たわね、という今までの夫婦の軌跡を振り返る言葉でした。それを聞いて泣くスティーヴン。筆者も落涙。余命二年と言われたけれども、結婚して子供を持ち、さらには人類を超越した宇宙という存在の謎を解き明かさんとする研究の第一人者となった。ここまでよく頑張ったよな〜と思う訳ですよ。スティーヴンは天才博士だけど、ジェーンの献身的なサポートがなければ、これをなし得ていなかったかもしれない訳で・・・。その後、ジェーンはジョナサンの元を久々に訪ね、二人が抱き合うカットがあります。こうして二人三脚で逆境にもへこたれず頑張って来た夫婦は、それぞれのパートナーを見つけて別れたのだな・・・ということが提示されるのでした。

スティーヴンのアメリカでの講演は大成功。このスピーチは彼の偉業をよく知らない私にも感動的でしたねえ。講演を聞きに来ていた学生のペンが床に落ちて、それをスティーヴンが取るという空想のシーンが切なかったです。でも博士は難病と闘いながら前人未到の研究で成果を上げたのですよ。私なんか、健康でピンピンしてるのに毎日グータラしてて・・・と凹んでしまいました。その後、女王陛下からご招待の手紙が届き、ホーキング一家はバッキンガム宮殿におよばれします。女王陛下に会う前にジェーンが「いつも眼鏡が汚れてるわね」と言ってワンピースの裾でスティーヴンの眼鏡を拭いてあげるんですよ。前半、病気発覚後にジェーンが同じセリフを言ってスティーヴンの眼鏡を拭くシーンと対になっているんですね。謁見後、宮殿の庭に出たスティーヴンはジェーンに「僕たちがつくったものを見てご覧よ」と言います。彼の視線の先には楽しそうに遊ぶ三人の子供達の姿が・・・。

そしてそこから急速に時間が戻り、今までのハイライトシーンがグワーっと巻き戻されます。あんなこともあった・・・こんなこともあった・・・スティーヴンが発病して倒れたシーンも、「時間を戻すんだ!」って二人でグルグルしたシーンも、パーティーでお互い一目惚れしたシーンも・・・もう落涙、落涙でした。この演出は卑怯!これは泣いてしまうでしょう・・・。この映画、出来はわりと普通っちゃ普通なんですよ。ごくスタンダードに夫婦の軌跡を描いているんですが、ホーキング夫妻という題材が素晴らしくいいのと主演俳優&女優の好演とドラマチックなサントラと最後のグワーっという苦労シーン巻き戻し演出で、映画の出来の良さがバコーンと跳ね上がっているような気がしますね。是非ハンカチをお持ちになることをおすすめします(って普通みんな持ってるか・・・ )。

この後でテロップが出て、その後のホーキング夫婦がどうなったのかということがわかるんですが、ジェーンは文学の博士号を取得しジョナサンと結婚。スティーヴンとジェーンは離婚しましたが、今でも良き友人同士なんだそうです。テロップにはなかったけど、調べてみるとスティーヴンはヘルパーのエレインと結婚したみたいですね。いや~しかし、偉人の影には内助の功ということで「ゲゲゲの女房」的な奥さん視点での苦労経由のサクセス話はまだまだ世の中にネタがいっぱいありそうですね。最後に私事ですが、筆者の夫は現在再び大学に通っており私には何が何だかわからないものを一生懸命勉強しているので、将来彼がブレイクするかどうかはともかく(いやそもそもブレイク以前に人並みに働いてもらえるだけでいいのだが)、せめて食事くらいはちゃんと作ってやらにゃいかんのう・・・と思わされるのでした。


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『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』さりげなくアメコミヒーロー映画讃歌

          



バードマンと聞くと、私は「パーマン」に出て来るキャラクターを思い出して懐かしくなってしまいますが・・・。「バベル」などで有名なイニャリトゥ監督の最新作です。またまた町山智宏さんのたまむすびポッドキャストで聞いたんですが、アカデミーの作品賞と主演男優賞と撮影賞(「ゼロ・グラビティ」と同じカメラマン、エマニュエル・ルベツキ)が本命視されている映画だそうで。ということで観たんですが、個人的にはあまりピンと来ない作品でした。

主人公は昔「バードマン」というアクション映画のヒーローとして一世を風靡した存在ではあるのですが、今は歳を取って落ち目になっているという俳優です。再起をかけて自身が主演するブロードウェーの舞台を成功させようとするのですが・・・というあらすじ。あらすじはこんな感じなんですけど、現実と非現実が交錯する何だか不思議な感覚の映画でした。カムバックにかけるオヤジ俳優の話でちょっと業界内幕ものぽいテイストなので、俳優も多いアカデミー会員にはアピールする作品なのは納得です。だからオヤジでもないし業界人でもない私にはあまりピンとこなかったのかもしれませんね。

主演のマイケル・キートン自身にも重なる部分があるキャスティングなんですよね。私が初めて観たバットマンは彼だったし。主演賞というと結構な熱演がでの受賞というイメージがありますが、キートンさんは熱演というよりは「まるで素?」みたいなナチュラル演技だったと思います。助演女優賞のエマ・ストーンは文字通りの熱演で迫力がありました。

日本版予告編↓


オリジナル予告編↓



リーガン(マイケル・キートン)はアクション大作「バードマン」のヒーローでしたが、それ以降のキャリアはパッとせず下降気味。彼には架空のキャラクターであるバードマンの声が聞こえて来るし、空中に浮いたり物を動かしたり出来る力も持っています(すべて彼の幻覚ぽい)。リーガンはなんとか再起をかけてブロードウェーで舞台を成功させようと奮闘しています。舞台をプロデュースするのは親友で弁護士のジェイク(ザック・ガリフィアナキス。「ハングオーバー」シリーズのトラブルメーカーのおデブちゃん)。キャストに自分の恋人である女優のローラ(アンドレア・ライズボロー。「オブリビオン」の熟女)を起用。他にもブロードウェーが初めてのレスリー(ナオミ・ワッツ )、ケガをしてしまった俳優の代役で来たマイク(エドワード・ノートン)らが演じる舞台です。リーガンの娘でドラッグ中毒リハビリ中のサム(エマ・ストーン)は彼のアシスタントとして参加しています。

お話はほぼ劇場とその周辺で起こっていて、それがワンショットで撮られているように見えるという驚きの映画らしいです(後半はカットつなぎあり)。そういえば「ゼロ・グラビティ」も最初の方は驚異の長回し(しかも宇宙空間)でした。しかし、この映画は鑑賞し終わってから「そういやカメラワークが妙~にシームレスだったな~確かにな~」という印象。後からネットなどで調べて、長回しだったんだと気が付いたのでした・・・。私ってひどい観客・・・。でもそれだけカメラワークがさり気 なかったってことなんですよ。「長回しやで~、どや!」っていう感じはまったくなくって、まるで自分がリーガンの守護霊になったかのように彼の後ろからずっとストーリーを見ているような気にさせるカメラワークでした。

最初はX-MENのミュータントのような特殊能力を持ったリーガンと、それに被さるジャスのドラムに「この映画はいったい・・・???」と付いて行けるか不安になってしまいました。なんかジャズドラムが「ね、おしゃれでしょ?」みたいな感じで被さってきて、この映画のジャンルもつかみかねていた私はちょっとイライラしてしまいましたね(笑)。ニューヨークっぽいっちゃニューヨークっぽいのか?(行ったことないですが)あと、オープニング&エンディングのクレジットでアルフ ァベットのIが、いちいち小文字のiになってるところとかちょっとおしゃれ意識しちゃってんのかな~って気がしました。


※以下、ネタバレします。



リーガンが控え室で付けっぱなしにしているテレビから、ロバート・ダウニー・Jr.の特集みたいな番組が流れています。それを見て冴えない顔のリーガン。演技派(兼薬中)から転身して、アメコミヒーローをまるで余技のように軽やかに演じて大ブレイクしたダウニーたんですが、リーガンはその逆なんですね。ヒーローからちょっとアート系に行って新機軸を打ち立てたいという。シュワちゃんとかがアート系したいみたいな感じなのかな。演技派がヒーローに行くダウニーたんパターンだとなんとなく「こっち側に降りて来てくれた。こんな大衆路線の映画もやるなんて、さすが」と思われがちですが、逆は結構風当たりが強そうです(同じ様な理由で、演劇評論家にけなされるシーンもあり)。ここは業界人でなくても「ふふふ」と思うシーンでした。

控え室でプレスからインタビューを受けるシーンがあるんですが、記者から「バードマンがアート系舞台とかマジですか?」みたいなことを言われてしまったりするんですね。しかしマイケル・キートン自体がステレオタイプなムキムキの筋肉バカ俳優には見えないんですよ。むしろ知的で繊細な芝居をしそうなタイプ。だから彼のバッドマンもなんか大人っぽかった印象なんですよね~。ここでは英語がよくわかってない日本人のオッサンがいて「バードマン4を断った」という会話の一部の単語だけを拾って勘違いして「えっ、バードマン4やるんですか!」と喜ぶという一幕もありました(笑)。

メインキャストの男優に吊ってあったライトが直撃してしまい(イライラしたリーガンが超能力で落とした様に見えた)、代役を探しているときに、リーガンが「ジェレミー・レナーとかどうだろう?知らない?『ハート・ロッカー』や『アベンジャーズ』に出てるやつだよ!」と言っていました。うん、確かにジェレミー・レナーは演技も出来るしアメコミ映画にも出ている実力派ですね。ダウニーたんといいジェレミー・レナーといいアメコミ意識してるのかな。そういや他のキャストもマーベルってますね。エドワード・ノートンは前任ハルクだし、エマ・ストーンはスパイダーマンの彼女だし。そういえば、劇中でスパイダーマンのスーツを着た人が出て来ました。

エドワード・ノートン演じるエキセントリックでなんか面倒くさい感じの俳優が来てからは、バックステージもの っぽい感じの話になります。この舞台は短編小説の舞台化らしいんですが、ナオミ・ワッツ演じる妻が浮気していて、エドワード・ノートン演じる浮気相手と一緒にいる現場に押し入った夫(マイケル・キートン)が銃口を自らに向けて自殺して終わるといった話でした。

しかしナオミ・ワッツはナーバスになって、一人でギャーギャー言っているちょいウザな女の役をやらせれば最高ですね。「恋のロンドン狂騒曲」を思い出しました。そういえば友人Iが、チェコ映画の「オテサーネク」をハリウッドリメイクしたらの妄想キャスティングで、不妊で悩む奥さん役にナオミ・ワッツを配してましたが、最高のキャスティングだと思ったのでした。エドワード・ノートンはひ弱なお坊ちゃん系かと思ってましたが、意外とちゃんと体作ってて「おっ」と思いましたね。もう一人のメインキャストでリーガンの恋人はアンドレア・ライズボローでしたが、彼女とナオミ・ワッツが終演後の控え室でキスし始めるのは「マルホランド・ドライブ」のパロディーだったりするんでしょうか。なかなか上手く行かない舞台の準備と、バックステージの色々と、リーガンの色々とが混ざってイイ感じのカオスが出来上がって来ます。ショーマストゴーオン!って感じのこんなドタバタした雰囲気も業界人受けが良さそうですね。

プレビューではエドワード・ノートン演じるマイクが役を逸脱しちゃったり、ナオミ・ワッツ演じるレスリーとのベッドシーンで本番をしようとしちゃったりして大暴れ。途中で幕を下ろさなければならない事態となってしまうのでした・・・破天荒すぎる!マイク役って誰か実在するモデルがいるんでしょうか。しかしそれでもマイクをクビに出来ないのが辛いところです(プレビューではマイクに話題を持ってかれちゃってるし)。プレビューはオープニングの前に行う試験公演みたいなものらしいので、まあいいのだろうか・・・?リーガンは娘のサムがまたハッパを吸っているのを見つけます。問いつめられてキレた娘は父親に「アンタはもう終わってんのよ!」と言い放つのでした。ここはエマ・ストーンがすごく力の入った演技をしていて、見ているこちらも「こえー・・・」と思ってしまいました。彼女はブライス人形みたいな目をしているので、クワッ!!!と目を見開くと本当に怖いんですよね。しかしお父っつあん、これはこたえるね・・・可哀相です。

そしてその娘が破天荒俳優マイクと舞台裏でいちゃついてるのを見ちゃうんですよ。娘のサムとマイクは屋上で話すシーンなどがあってフラグが立ってたんですけど、リーガンはそんなこと知りませんからね。それを見ちゃったリーガンはタバコを吸いたくなって、劇場の外へ出て一服するんですけどドアが閉まっちゃって入れなくなっちゃうんです。着ていたガウンはドアに挟まれてしまったので、パン1でニューヨークの繁華街を歩いて劇場正門から入ることに。初老の男がパンツ一丁で、世界一賑やかな場所を歩かされるという滑稽だけど、なんとな~くもの悲しさも漂うシーンです(「バードマンだ!」ってサインもとめられたりするからまだマシ?)。この騒動がSNSであっという間に広まって注目は集まるのですが・・・。その後、行きつけのバーで有名な演劇評論家(リンゼイ・ダンカン)と出くわしたリーガンは彼女に一杯奢ろうとしますが、彼女はそういう「セレブ」が大嫌いな人だったので「あんたの芝居をメチャメチャにレビューしてやる」と言われてしまうのでした。

ここも業界人受けしそうなところかな〜と思いますね。芸術家である俳優と有名なだけのセレブは違うんだということですが、やっぱりいくら有名でも実力がないと生きて行けない世界なんじゃないかなあと思います。でもリーガンはそこまでのぼせ上がってるセレブには描かれてないんですよ。ただキャリアアップのために頑張ってい る俳優なのに、ちょっとけなされちゃって可哀相。映画じゃなくて舞台だし、私財も投げ打ってるし、地味に頑張ってるんですよね。彼の娘は確かにスポイルされてる有名人の子供かもしれないけど、別に舞台裏で俳優とハメてたわけではないじゃないですか〜。

その後、酔っぱらったリーガンは路上で寝てしまいます(危なくないのか?)。朝になって目覚めるとバードマンの励ます声が聞こえて来ます。「お前は俳優だ」「お前なら出来る!」「やってやろうぜ!」と気持ちのいいことばかり言ってくれるのです。今までは声だけだったんですが、バードマンのコスチュームに身を包んだ男が彼のあとから付いて来ます。おお、ついに出た・・・とクライマックスが近いことが提示されます。このバードマン役はキートン本人でなくてベンジャミン・ケーンズという別の俳優さんが演じているみたいですね。しかしちゃんとクチバシもあって、バードマンの名を忠実に再現したコスチュームでした。テンションが上がって来たリーガンが指を鳴らすと路上の車が爆発し、鳥の怪獣みたいなのが出現したりして、そこだけが「アベンジャーズ」のアクションシーンみたいになります。おそらくリーガンの闘志の表現ということだと思いますが。バードマンの言うことがアクションヒーロー映画讃歌みたいなようになってて結構いいんですよね。知的な会話劇よりもドカーン!とアクション炸裂した爽快な映画が見たいじゃないですか。繊細で複雑な味わいの高級フランス料理もいいけど、単純にデカいビッグマックだって美味しいじゃないですか。そういうことなんですよ!アメコミ映画なめんな!アメコミヒーロー俳優なめんな!ってことでしょうか。勇気づけられたリーガンは空に浮かび上がり、ニューヨークの街を飛んで劇場に向かうのでした。でも劇場についたリーガンをタクシーの運転手が「お客さん、お代!」と追いかけて来るんですね(笑)。

その後の描写から、どうやらお芝居は大成功したようです。別れた妻(エイミー・ライアン)がリーガンの控え室を訪れます。お芝居も大成功するし、妻ともイイ感じで和解し涙を滲ませるリーガン。ここで勢いづいた彼はラストシーンで使うピストルに実弾をこめてステージへ行くのでした。以前に破天荒俳優マイクから、ラストシーンのピストルがリアルなものでないと芝居に迫力が出ないと言われていたんですね。まさか、まさか・・・!そう、本当の銃を持って舞台に立ち、それで自分を撃ったのです。静まり返る客席、そしてスタンディングオベーションの嵐・・・ついに彼は真のアーチストとなれたのです。自分の命を引き換えにして・・・。

しかしリーガンは死んでいませんでした。弾筋がそれて鼻を撃っていたのです。顔にぐるぐる包帯を巻いているリーガンにプロデューサーで弁護士のジェイクが新聞を持って来ます。そこにはバーでリーガンの芝居を潰してやると言った有名演劇評論家のポジティブなレビューが載っていたのでした。新聞の見出しには「無知がもたらす予期せぬ奇跡」と映画のサブタイトルも・・・。これってどういう意味なんでしょう。評論家はリーガンのことをただのセレブだと思っていたけど、思いのほかいい芝居をしたからってことなんでしょうかね。鼻はふっとびましたが命に別状ないし、芝居も褒められたし良かった良かったってことなんですが、逆にここまで身を削らないと賞賛されないんだ・・・と思うとちょっと怖いですね。「メグ・ライアンの鼻をやった医者に頼めば?」とジェイクが言っていました(笑)。

娘のサムがお見舞いにやって来ます。以前は「アンタ終わってるのよ!」みたいなひどいことを言ってしまったサムですが、パパと和解。そしてサムが席を外したときに、リーガンにはまたバードマンの姿が見えるようになります。リーガンは窓から見える鳥の姿を見て魅了され、自分も窓からジャンプします。サムが戻って来ると病室の中にリーガンの姿はありませんでしたが、彼女は窓の外を見て微笑むのでした。これでエンドです。最後の解釈は分かれるところだと思いますが、私はハッピーエンドなんだと思いました。

うーん、最初はピンと来なかったけども、こうして振り返って感想を書いてみると、なかなかグっとくるポイントもありますね。このポイントがオッサンだったり業界人だったりするともっとツボるんでしょうかね。私的にオスカー予想すると、作品賞で取るんじゃないかな〜・・・?と思います。発表は来週の月曜日ですね。楽しみです。

追記:作品賞、監督賞、撮影賞、脚本賞を受賞しました。俳優女優以外の主要な賞を総なめ!ホンと画と演出で評価されて、まとめとしての作品賞なのかな〜という印象がします。おめでとうございます!

『時計じかけのオレンジ』♪アムスィ~ギニザレイン♪

                       



昔観た、忘れてしまっている旧作を観てみようという気分になってDVD鑑賞。この映画のタイトルは映画好きな方じゃなくても一度は聞いたことがあるのではないでしょうか。映画にハマり出した学生時代に、雑誌や本でよく目にしたものです(同じく「2001年宇宙の旅」も)。「ああ、きっと映画ファンならば一度は通らなくてはならない作品なんだろうなあ・・・」と思って観た訳なんです。それから長い年月が経ち、この前夫のDVDコレクションの中から発掘。「あ~これ昔観たなあ」と思いましたが、なんとなく気が向いたのでもう一度観てみることに。これが内容をほとんど忘れていたんでビックリしました。

邪悪な少年たちが悪の限りをつくす映画であるってことは覚えていたんですが、まさかこんなに刺激的な映画だったとは・・・。起きているのにもかかわらず、ハッと目の覚めるような感覚って言うんでしょうか。きっと初めてドラッグをやるときって似た様な感覚があるのではないだろうかと思いましたねえ(もちろん経験ないですが)・・・。もう40年くらい前の映画なんですが、今でもかなり衝撃的な内容なので当時のセンセーショナルっぷりや如何に、ですよ。キューブリック監督って天才なんじゃないか?!って改めて思ったんですよ。


予告編↓



※ネタバレします。


アレックス(マルコム・マクダウェル)は悪友たちとお揃いのユニフォームに身を包み、夜な夜な外で悪さをしています。このユニフォームがまた変なんだけどお洒落なんですよ(確かファッション雑誌でスタイリストさんが「衣装が印象的な映画」として挙げられるケースが多かった様な)。黒いツバ付きの帽子に白いツナギ(局部を保護するカバーが付いたベルト着用)で黒いワークブーツを履いているんですよ。この黒いワークブーツ、どうやらドクターマーチンのようです(こちらのまとめ参照)。私も去年買いました。

この悪童たちが「雨に唄えば」を口ずさみ踊りながら、浮浪者をボコったり金持ちの家に押し入って、奥さんを暴行したりするんです。♪アムスィ~ギニザレイン♪ ボコッ!♪アムスィ~ギニザレイン♪ バキッ!という、一度見たら忘れられない映画史に残る鬼畜シーン。す、すごい・・・狂ってる!と観客としてはテンションが上がってしまうんですよねえ・・・。だからか「暴力を誘発する映画」ということで有害指定を受けたりしたこともあるみたいなんですが、すごく挑発的な映画なことは間違いないですね。Wikiによると「雨に唄えば」は、たまたま主演のマルコム・マクダウェルが歌える歌がこれだったことで採用となったらしいですが、牧歌的なミュージカルソングが「鬼畜の所業なり・・・」なシーンに奇妙にマッチしていて鳥肌が立ちます。そういえば筆者は小学生のころ運動会で「雨に唄えば」の曲でダンスしたことがあります。 レインコートを着て傘も持って踊ったっけ。はたして先生は「時計じかけのオレンジ」のことを知っていたのだろうか。

主演のマルコム・マクダウェルの顔がすごくいいんですよね。この顔がこのわけのわからない邪悪な映画にハマりすぎてて怖いくらいです。最初、彼の邪悪な目(下まつ毛がつけまつ毛)のアップに不穏な音楽から始まるんですけど、このオープニングからしてもうヤバいんですよね。それでアレックスの目のアップからグーっと引いて行くとミルクバーになるんですけど、このコンセプチュアルなバーのインテリアも狂ってるんですよ。 白いウェービーヘアのマネキンがたくさんディスプレイされていて、テーブルも仰向けの四つん這いになったマネキンでお腹の上に飲み物を置くようになってるんです・・・前衛的すぎるし変態すぎる。そして客はマネキンの胸から出たミルクをコップで受けて飲むというクレイジーな店。マネキンの上にセリフみたいなのが浮いてて、そのフォントがポップでまた洒落てるんだ。ちなみにやはりと言うべきか、このバーを模したお店が実在しているようです。

あと印象的だったのがアレックスが女の子二人(男性器の形をしたキャンディーをしゃぶっているw)をナンパするレコード屋。ミルクバーとかレコード屋とかのエッセンスが入ってるお店って90年代の渋谷あたりにいっぱいあったような気がします。 みんな少なからず影響を受けていたんでしょうか。あと思い出したのがヒスです。ヒステリック・グラマーのTシャツ(2万近くする)にミルクバーにあったフォントがプリントされていたような・・・。こうして昔の映画を観てみると点と点が繋がって行くようです。

そして悪童たちが話す符丁、ナッドサット言葉というらしいんですがスラブ語起源のものが多いんですよね。「リュドヴィク・ヴァン(ベートーベン)をスリシェット(聞く)してるときに・・・」みたいなセリフがあってチェコ語と同じだと思ったら、そういうことらしいです。うん、こういう近未来荒廃世界にスラブ語って合う~!だってなんか得体が知れなくて不気味なんだもん(スラブ語関係者の方々すみません。それも魅力ってこと で・・・)。

あれだけ鬼畜の所業をしてきたアレックスが、実は両親と実家住まいってのには当時の私はビックリしたものですが、当時から実家住まいのサイコ犯罪者が増えたので、むしろ実家住まいだろうなという感じがします。おかんが原色のウィッグかぶっててビニールっぽい服を着ててヤバいです。家に帰ったら、お気に入りのベートーベンをかけて下のつけまつ毛を取ってリラックスするアレックス。私が前半で印象的だったシーンは、レコード屋でナンパした女の子二人と自室で3Pするシーンですかね。ウィリアム・テル序曲(ひょうきん族のテーマでもおなじみ)が超ハイパー高速でかけられて、プレイする3人を超早回しで撮ってるんですよ。服着たり脱いだりプレイしたり、着たり脱いだりプレイしたり、チャッチャカ、チャッチャカしてて笑ってしまいました。

アレックスが逮捕されるきっかけになった猫オバチャンの家もヤバかったです。猫が死ぬ程いて、巨大な男性器のオブジェが飾ってある家(そのオブジェでオバチャンは撲殺されるのだ)。仲間に裏切られて一人だけ逮捕されたアレックスは刑務所に入りますが、そこで大人しくしていたので矯正プログラムの被験者となって別の施設に行けることになりました。アレックス、まだ14歳だったのかい・・・と私はドン引き。てっきり18くらいだと思ってた。ちなみに中の人マクダウェルは当時29歳だそうです!

その矯正方法が、またすごくて暴力的な映像をひたすら観させられるというものなんですが、目を閉じられないように特別な道具で目を強制的に開けさせるんですね。アレックスの顔はただでさえ怖いのにその目がパカーと開きっぱなしになるという(目薬を常時さしてもらう仕様)・・・。ギョエーとなっているアレックスの顔と珍妙な機械の取り合わせで悪夢的なビジュアルになるのでした。この辺もまるっと忘れていましたね。覚えているのはコスプレして悪事を働いている場面だけで。しかしそれもむべなるかな。アレックスが逮捕されてから物語は一気に勢いが落ちて行くのです。このまま 終わらずに、矯正されたように見えてまた悪事を働いちゃうんでしょ?と私は思ったんですが。映画評論家の町山智宏さんの本作に対する一考察(個人の方がポッドキャストを文字おこしされたもの)が、しっくり来たのです。

刑務所で模範囚になって、矯正プログラムに参加して、ようやっとシャバに出る訳ですが・・・。実家に帰ると自室には全然知らない男が下宿してて両親ともうまくやってるんですよ。しょぼくれて外に出て行くと、浮浪者にお金くれって言われて振り返ると昔ボコボコにしたおじいさんで、逆にボコボコにされ、昔の不良仲間は警官という権力側の職に就いていて彼らからもボコられるというトホホな展開に。ボロボロになったアレックスが助けを求めた家 が 、かつて押し入った作家の家だったんですね。犯された奥さんは自殺して老作家がムキムキのゲイ(介護職)と一緒に住んでいるんですよ。作家は「お前は、あのときの・・・!」って気が付くんですが、後で仕返しをするために食事を与えたりして保護するんですね。

お風呂を貸してもらったアレックスが、バスタブに浸かって歌うのが、また「雨に唄えば」(笑)。またこの歌声をリバイバルでスリシェットすることが出来て観客もハラショーな気分になるというものです(笑)。でもって部屋に閉じ込められちゃって矯正プログラムのときのベートーベンを大音量でかけられます。アレックスはパニックになって窓から飛び降りるのでした。でも死ねなかったんですね。矯正プログラム適用を推進した大臣が自らの政治生命のために、入院中のアレックスに謝りに来ます。「別にいいですよ」とアッサリ大臣を許すアレックス。ここで大臣にご飯を食べさせてもらうシーンがあるんですが「あーん」と口を開けてご飯を待ち受けるアレックスの顔が最高なんですよね。マルコム・マクダウェル=アレックスとして長年語られ続けられるわけ ですよ。今マクダウェルさんはおじいさんになってますが、老けのせいでマイルドないい感じのお顔になってて安心しました。

最後は・・・やっぱり矯正なんかされてないよ、ってことなんでしょうかね。そしてオリジナルの「雨に唄えば」が流れてエンディングです。映画の最初となんら変わりのない悪人に戻った訳ですけど、やっぱりウルトラヴァイオレンスだったときにもう一度返り咲いたアレックスの姿を見てみたい・・・と思ってしまいましたね。町山さんが仰ってたとおり「あのときのお前、輝いてたよ!もっと見たいよ!」というフィーリングなんだと思います。映画というフィクションの中では、やっぱりそういうものを見たいじゃないですか。間だもの(みつを)。ということで、旧作名画鑑賞でした。ドクターマーチンに足を入れる度に私はアレックスのことを思い出すでしょう。そして「雨に唄えば」をハミングするでしょう。映画の影響とは凄いものです。


           

『イミテーション・ゲーム エニグマと天才数学者の秘密』ベネ様ファンへのプレゼント


       



ベネ様がアカデミー主演男優賞にノミネートされた映画、さっそく観てみました。いや~、観応えがあって面白かったですね。ベネ様ファンでもそうでない人も楽しめると思うし、第二次大戦下の秘話としても興味深い内容になっていました。主演のベネ様ですがプライベートでご結婚&お相手の方のご懐妊ということで、ファンとしては複雑な心境の方も多いと思います・・・。しかし、しかし!この映画はそんな意気消沈したカンバービッチーズへのプレゼント!と言わんばかりに私達が見たかった、私達が好きなベネ様が盛りだくさん!この映画のベネ様は変人天才数学者役ということもあって、なんだかとってもSHERLOCKっぽいんですよ。

まずベネ様登場シーンから変人節が炸裂。ベネ様演じるアラン・チューリングの家に泥棒に入ったので警察がやって来るんですが、ベネ様は全然有事に動じずに「危険な薬品が浮遊してるから息を深く吸わないほうがいい」と冷静に言う萌え~。解読不可能といわれているドイツ軍暗号解読プロジェクトの面接に来たベネ様は軍の偉い人に「それ、私が解読してみましょう」と自己PR萌え~。ベネ様は突出した天才すぎて他のプロジェクトメンバーと全然うまくいかないんですが、このままじゃイカンと各メンバーにリンゴをプレゼント萌え~。そして慣れないパーティージョークを披露萌え~。キーラ・ナイトレイ扮する紅一点のプロジェクトメンバーの家に行くシーンで二階の窓に小石をぶつけ、軒を伝って忍び込む萌え~(これは私が少女の頃から憧れているシチュエーションなだけにダブル萌え~)。キーラ扮する紅一点がプロジェクト半ばにして実家に帰らなきゃならなくなり、彼女を留まらせる為にいきなりプロポーズ萌え~。しかもポケットに入ってた針金みたいので即席リングを作る萌え~(オールタイムベストの「夜霧の恋人たち」を思い出しダブル萌え~)。初恋の人の名前を自作の暗号解読機に付けるセンチメンタル萌え~。

どうですか、このベネ様萌え~の豪華なアソートメントは!そして、彼は実は・・・という当時は重大だった秘密を抱えたベネ様萌え~で、まるで私達へのプレゼントのような映画ではありませんか・・・。ベネ様が素晴らしいのはもちろんのこと、ネイビーの三つ揃いに身を包んだプロジェクトメンバーでチェスの王者、マシュー・グード(「イノセント・ガーデン」の変な叔父さん)もいいし、ペンストライプ のスーツに身を包んだMI-6高官、マーク・ストロング(悪役商会英国支部メンバーの一人)もいいし、英国軍の制服をビシっと着た貫禄アゴヒゲのチャールズ・ダンス(乙女おばあちゃん映画「ラヴェンダーの咲く庭で」の監督らしい!)もいい。若手からエクゼクティヴおやじ、軍人ジイさんまでヴァリエーションに富んだかっこいい英国男子がいっぱい出て来るのである。英国男子好きも大満足ですよ。

そして史実に基づいたストーリーも満足感タップリ。ドイツ軍の暗号システム、エニグマの暗号を解くんだ!と国内から集められた精鋭たちの青春モノっぽい面もあるし、暗号を解読するときの緊張感のあるシーンもいいし(ここもSHERLOCKぽいっちゃぽいです)、暗号解読後にものすごい重責というか十字架を背負わされたメンバーたちが苦悩するのも観応えがあります。ということで、気になっている方は是非劇場へ。

日本版予告編↓


オリジナル予告編↓




※ここからネタバレします。




50年代のイギリス。数学者アラン・チューリング(ベネディクト・カンバーバッチ)の家に泥棒が押し入り、警察の調査が入ります。刑事のノック(ローリー・キニア)はアランから調書を取ることになり、アランは自分のことについて語り始めるのでした。50年代のアランが暗号解読時代と少年時代について語るという回想形式で語られる映画です。

ドイツ軍が作った暗号「エニグマ」が解読不可能なくらいもうメ~ッチャクッチャに難しくって、解読しないと英国軍が負けそう!人もいっぱい死んでるしどうしよう!という局面の中でMI6と英軍が秘密裏に暗号解読プロジェクトを立ち上げます。デニンソン海軍司令官(チャールズ・ダンス)とMI6の高官ミンガス(マーク・ストロング)のもとに理数系に強い人達が全英中から集められるんですが、アランもその一人だったんですね。天才数学者のアランを始め、チェスのチャンピオンのヒュー(マシュー・グード)、ジョン(アレン・リーチ)、ピーター(マシュー・ベアード)などなど(みんな20代~30代くらいの青年)。MI6がドイツ側から盗んだエニグマの機械(タイプライターみたいな形)があるんですが、このブツだけあってもどうしようもないんですね。エニグマの組み合わせは毎日変えられるらしいんですよ。しかも組み合わせはざっと159,000,000,000,000,000,000通り!本当に途方もないプロジェクトなんですが、 みんな必死で取り組みます。しかしアランだけは「機械を打ち負かすのは機械だ」という信念のもとエニグマに対抗する暗号解読機を作り始めるのでした。

すごいですね、パターンだけで天文学的数字です。計算だと解読に2000万年くらいかかってしまう・・・というモノローグもあります。しかしな~、これを解読するよりもドイツ側の暗号知ってる人間とっつかまえて拷問すればいいんじゃね?って思ってしまう私は本当に数字に弱い人間であるばかりか、野蛮な人間なんだと思います(笑)。しかし暗号をひとつひとつ(しかも解読出来たとしても、明日にはリセットされて全く意味をなさなくなるもの)解読しようと試みるよりも、機械には機械を!という発想がさすが天才という感じがしますよ。でも人力で無理なら機械にやらせればいいじゃん?というアイディアなら現代に生きる私達にもすんなり理解できますね。

ところがすぐにプロジェクトの資金が足りなくなってしまいます。デニンソン指揮官はアランの機械のために資金補充することを断ります。じゃあデニンソンの上に言って訴えようということでアランはチャーチル首相(!)に手紙を書いて直談判し、資金補充と自分をプロジェクトリーダーにしてもらうことに成功するのでした。上司がダメなら上司の上司にというのは現代でも使えるテクニックですね・・・。こうして見事に権利を獲得したアランはプロジェクトメンバーの中の使えない二人をクビにするのでした。空きが出来た為、追加人員を募集することに。アランが作ったクロスワ ードパズルを新聞に載せて「このパズルを10分以内に解くことが出来た貴方に資格アリ!」的な求人広告を出したのです。そこへやってきたのがジョアン・クラーク(キーラ・ナイトレイ)でした。

候補者はみな男性だったので、女性のジョアンは「秘書の募集ならここじゃなくて別の階だから」とか「本当に自分でパズル解いたの?」と係の人に言われてしまいます。しかしジョアンは数多ある候補者の中で一番早く(しかもアランが8分かかったところを6分足らずで)課題のパズルを解くことが出来る人物だったのでした。この試験でジョアンとジャック(ジェームズ・ノースコート)がプロジェクトに加わることになりました。が、時代が時代なので未婚の女性が男性に混じって働くということに懸念を 示したジョアン(とその両親)をアランは説得しなければなりませんでした。ジョアンは本当はプロジェクトで働きたかったのですが、両親の手前もあって男性に混じって働くことを言えなかったんですね。アランは自分と互角の才能を持つジョアンをプロジェクトに入れる為に「女性多い真面目な職場です」彼女の両親を安心させてあげるのでした。

ここで少しアランの少年時代にも触れておかねばなりません。小学生のころのアラン(アレックス・ロウサー)は典型的ないじめられっこで、学校でかなりハードないじめにあっていました。そんなアランを助けてくれたのが親切なクリストファー(ジャック・バンソン)です。クリストファーはアランに「これ面白いよ。やってみたら?」と暗号の本を差し 出すのでした。ここからアランのパズル好きが始まったように描写されています。小学生時代の話はちょいちょい挿入されるのですが、アランはクリストファーのことをだんだん好きになっていくんですよね。だから彼が同性愛者だということも観客にはほのめかされて行くのです。

そして50年代現在こともちょいちょい挿入されます。ノック刑事はアランの過去の記録を調べるんですが、全部情報が消されてたり極秘扱いになってるんですよ。もしかしてソ連のスパイなんじゃないか?と思った刑事は捜査を進めて行くのでした。50年代のアランと若い頃のアランを隔てる「何か」があったのだなと、こちらも観客にほのめかされて行きます。

エニグマ解読プロジェクトは続きますが、だんだんとメンバー内に苛立ちがつのって来ます。一日のハードワークが日付が変わるとリセットされてまた翌日ゼロからやり直し・・・これは確かに神経がやられますよね。そんな中黙々とマシーンを作るアラン。「こんな機械に何が出来るってんだよ!」とメンバーから言われてしまいますが、「僕のマシーンは、動くんだもん!」と信念を曲げないアラン。資料を持って夜にジョアンの家を訪れます(ここで小石で窓コツコツ侵入萌え)。一番使える彼女に暗号を見てもらいたかったんですね。このシーンを見てると「アランとジョアンにフラグ立ってね?」と思ってしまいますが、違います!アランはゲイですから!「もしかして、あなた暗号解読機を内蔵した複合マシーンみたいなもの作ろうと思ってない?」 と言うジョアン。コンピューターのコンセプト、出たー!ですよ。アラン・チューリングはコンピューターの父とも言われている人なのでそこを意識したシーンだと思います。

そんな中、プロジェクトメンバーの中にソ連のスパイがいるらしいということでガサ入れが。真っ先に疑われるのはアランです。なぜなら友達がいなくて孤立してるから(笑)。ジョアンに「みんなに嫌われたままだと仕事やりにくいわよ」と言われて、イメージチェンジをはかるアラン。前述したリンゴプレゼント&慣れないパーティージョーク披露シーンとなるわけです。このジョーク、私には面白さが全然わかりませんでしたが・・・(笑)。メンバーの協力を得て暗号解読機「クリストファー」(初恋の人の名前)を組み立てるアラン 。この機械は大きな棚にビッシリ収納されたローラーがぐるぐる回るという構造で、私には何が何やらさっぱりわかりません。このクリストファー・マシンのことを知った司令官が「くだらん機械など作りおって、けしからん!」と壊しに来るんです。まあ凡人には理解不能ですよね・・・。ところがメンバーが「アランをクビにするなら僕も辞めます」と言って守ってくれるのでした。ここはちょっと「オマエら・・・」と胸熱なシーン。一番仲が悪いと思われていたヒュー(マシュー・グード)が真っ先に庇ってくれるんですが、そこもよかったですね。

ジョアンは両親に言われて実家に帰ることに。今、ジョアンに去られたら困る・・・!ということで「じゃあ結婚しよう」とアランはプロポーズするの でした。前述した即席リング萌え~ のシーンですよ。ベネ様が、膝まずいて、即席リングを手に、プロポーズ!(ジョアンのミドルネーム間違えてたけどw)萌え~!戦時下の暗号解読プロジェクトの中で産まれた恋・・・とうっとりですが・・・。違います!アランはゲイですから!しかし人生の中で勢いっていうのはあるんだなあ~と思ってしまいますね。プロポーズしたはいいけど、夫婦生活どうすんの?とこっちは心配してしまいますよ。

二人の結婚を祝うパーティーで(しかし司令官からすれば「職場恋愛してないで暗号解けやボケ!」って感じだろうなあ・・・)、アランは同僚のジョンに「もし、ジョアンのこと異性として好きじゃなかったとしたらら、君はどう思う・・・?」と聞きます。アランは今になってノンケの振り(ただ同性愛者だと告げてないだけなんだけれども)をして求婚したことに責任を感じ始めている様です。隣にいるジョンがSHERLOCKのジョンに見えたりして(笑)。「知ってたよ。 ホモなんだろ」と同僚のジョン。「でもそれは違法だから(当時)、誰にも言っちゃダメだ」と忠告するジョンなのでした。

相変わらず暗号解読のブレイクスルーはありませんでしたが、飲みに行ったアランとメンバーはここで大きなヒントを得るのです。ジョアンの女友達(軍の関連施設で働いていて、ドイツ側の電波を傍受している)が「電波を通じているだけで会ったこともないドイツ男性のことが気になるけど、どうやら彼女持ちみたい」と言ったのです。どうして彼女がいると思うのか?とアランが彼女に問うと「いつも同じ単語からメッセージが始まってるから、そんな気がする」とのこと・・・これだ!!!と閃いたアラン。雷に撃たれたように走り出し、メンバーもどうした?と後を追います 。ポッドキャストの中で町山さんも仰っていましたが、暗号というのは必ず中で使われている頻出単語を糸口にして解けるそうなんですね(英語だと頻出単語は「the」)。ドイツ軍が使っている頻出単語とは・・・「ハイル、ヒトラー」。これか!って感じなんですが、伏線として出ていましたよね。「『晴れ、気温X度、南西の風。ハイル、ヒトラー』こんな情報あってもしょうがない」というセリフがありました。この暗号解読の糸口、なぜこれだけ頭の良い人達が集まっても見いだせなかったのか・・・少し考えたら解りそうじゃないですか?と思ってしまいましたけれど。でもこのシーンはすごくスピード感があってグイグイ引き込まれてしまいましたね。

この糸口を応用すれば毎日の規則性リセットに も対応出来ると言うことで「やったー!エニグマを解読したぞ!」と歓喜に沸くアランとメンバーでしたが、その喜びは大きな葛藤を彼らにもたらすのでした。暗号解読に成功してドイツ軍の動きを把握出来るようになりましたが、事前に攻撃をかわすことも可能になったのです。しかし英国船がUボートの攻撃を避けたらドイツ側にエニグマ解読がバレてしまい、より深刻な事態を招くことになってしまうだろう・・・ということで、ドイツ軍を泳がせるしかないのでした。メンバーであるピーターのお兄さんが乗っている船がUボートの攻撃目標となっていることを知りますが、それでも大勢の国民を救うために少数の国民を犠牲にするしかなく・・・。これは重い、これは重いですよ・・・。

そんなとき、アランはジョンがソ連のスパイだということに気が付きます。偶然に机の上に置かれた聖書の中の1ペ ージを見て気が付くのですが、いったいどうしてなのか私には全然わかりませんでした(汗)。当時のソ連は英国と同じ連合国側だったみたいなんですが、やはり外国のエージェントが機密プロジェクトにいるのはマズかったみたいですね。ジョンはソ連も英国も目指す方向は一緒だからいいじゃんみたいなこと言っていましたが。しかしジョンがソ連のスパイだということを他言したらアランが同性愛者だということもバラす!と警告されてしまうのでした。今では考えられませんが、同性愛者だと社会的に抹殺されるくらいの重罪だったようなんですね。

MI6の高官ミンガスはジョアンがソ連のスパイだと疑っていましたが、アランは彼に真実を告げます。しかしミンガスはカマをかけていたのでした。彼は最初からアランはジョンがソ連のスパイだと知っていたのです。プロジェクト初日にタイプライターのようなエニグマの機械を見た時にジョンが「ここにエニグマがあるならすぐに解けるでしょう」と言ってたんですね(そのときは私も彼に「そうだそうだ」と同調した)。何故初めて見たのにこれがエニグマだとわかるのか?ということですよ。これは見逃していました。しかしミンガスはそれを知っていてジョンを泳がせていたのです(ソ連に情報をリークすることは英国側にも利益になる為)。MI6、すげーなという感じですが。この頃はまだ007は在籍していませんね(笑)。

ミンガスのことを信用出来ないと悟ったアランはジョアンにプロジェクトから去るように告げます。そして自身が同性愛者であるということも。しかしジョアンは「だからなんなの?私達は理解し合って支え合っているじゃない」と言うんですよ。そう、確かにそうです。男とか女とか関係なく協力して生きて行くことは出来ると思うんですよ。しかしアランは「エニグマ解読のために協力してほしかっただけだ」と冷たく突き放すのでした。しかしジョアンは「このやりがいのある仕事は絶対に手放さない」と宣言します。ジョアンという女性も当時としてはかなりの女傑ですよね。Wikiによるとアラン・チューリングとは親しい友人同士だったそうで、アランはジョアンと一緒のシフトに入れるようにしたりしていたらしいです。仲良しなのが伝わって来るエピソードですね。またキーラ・ナイトレイもいいです。ベネ様との画面上の相性もいいし、本当に頭が良さそうに見えるのがいいですね。

そして英国含む連合国側の勝利で終戦を迎えました。アランたちのプロジェクトも終了。ミンガスは解散前に全ての資料を焼き払うように命令します。戦争は終わりましたが、エニグマ解読の事実はトップシークレットとしてその後50年ほど伏せられたままでした。やっぱり戦後すぐに「実はエニグマ解読してたんだよね」と口外することは差し支えがあったんでしょうね。全てを焼き払い、メンバーとも二度と会わず、エニグマのことを口外しないようにとの命令でした。アランたちが飲みながら資料を焼き払うシーンが切ない・・・。ものすごいことをやり遂げたんだけど、誰にも知られずひっそりと幕を閉じるんですよ。解読した彼らもすごいですけど、エニグマを作ったドイツ側にも隠されたドラマがありそうで、こちらも気になります。

50年代のアランはノック警部に全てを話し「私は戦争の英雄か、それとも犯罪者か」と問います。そして時間が飛びアランの子供時代へ。想いを寄せていた親友クリストファーは休暇から戻って来ませんでした。彼は病気で死んでいたのです。それを先生から告げられるアラン。涙をこらえて平静を装おうとする演技が切ない!子役の子、顔はベネ様要素ほぼなかったけど演技はグッジョブでした。

50年代のアランは同性愛の罪で、刑務所に入るか同性愛の薬物治療を受けるかということになり、薬物治療を選びます。しかし凄い時代ですね・・・。たった50~60年前ですよ。今のイギリスはゲイフレンドリーな国であるというのに・・・。その後のアランをジョアンが訪ねて来て励ますのでした。薬物のせいか情緒 不安定になったベネ様の演技が素晴らしいです。しかし実力派なだけに熱演というよりはソツなくこなせちゃうんだろうな、きっと・・・という気もしないでもない。ノミネートされているけど受賞はしないんじゃないかなあという気がしてしまいました。

そして戦後のエニグマ解読資料焼き払いシーンで終わります。テロップがかぶり、アラン・チューリングがその後40歳そこそこの若さで自殺してしまったこと、エニグマ解読によって終戦が2年も早まった(その結果多くの命が救われた)という歴史研究家の試算などが表示されます。そしてアランが心血を注いだ機械は、今日の私達がコンピューターと呼ぶものである・・・と出て胸熱マックスに!おおお・・・。やっぱり実話ベースの話は重みが違います。

アカデミー賞は主要部門でノミネートされてます。作品賞、監督賞(モルテン・ティルダム)、主演男優賞(ベネディクト・カンバーバッチ)、助演女優賞(キーラ・ナイトレイ)ですね。ベネ様が得意とする天才変人役ですが、なんとなくですけど、こういう役はしばらく敬遠するような気もしてしまいますね・・・。これから40代という役者として脂が乗った時期を迎える訳で、演技の幅を広げる為にいつまでもSHERLOCKぽさがある役はどうなのかな?と思ってしまわないのかなと。SHERLOCKでファンになった私のような人にはそういうキャラクターは嬉しいんですけど、かつてロマコメ仕事ばかりしていたマシュー・マコノヒーみたいになってしまわないか心配だったりして・・・などと思ったりする訳です。監督のティルダムさんはこの映画で初めましてなんですが、ノルウェーの方なんですね。今までの作品はそこまで有名じゃないみたいです。しかしスタンダードな映画な上に脚本がわかりやすく、出来が良いですし、 俳優陣も皆好演なので誰が監督しても一定のクオリティーには達していたんじゃないかな〜とも思いますね。キーラの助演ノミネートは納得ですが、ちょっと地味っちゃ地味かも。ということで私は取れても作品賞だけのような気がするのですが、さてどうなるでしょう?

追記:残念ながら主演男優賞と助演女優賞は逃がしてしまいました。そのかわり脚色賞で受賞。原作は未読なのですが、オーソドックスかつわかりやすく作られている印象がしました。しかしベネ様とベネ様の嫁って顔が同系統だなあ。

『羅生門』♪人間なんて、ららーらーららららーらー♪

      

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MIFUNEの格好良さは異常。

黒澤明監督の「羅生門」を観に行って来ました。「蜘蛛巣城」や「砂の女」を観に行った時と同じメンバー(チェコ女子二名とその彼氏+元クラスメート日本女子)+プラハ先輩という顔ぶれです。通常はソロ鑑賞ですが、大勢で賑やかに行くのもまたいいものです。しかしこちらで日本の往年の名作映画が観られるとは本当に嬉しい限り。クロサワ、ミフネ、といった単語は「あーニッポンの有名な映画人だってのは充分わかってるけど、ぶっちゃけあんまり知らないんだよね。海外で人気なんでしょ?」という認識でしたが、外国で作品を観て語れる日が来るとは。映画の前に一杯やって、さきいか(日本からの物資) をミフネファンのチェコ女子に食べさせながら上映を待ちました 。

マルチナちゃん(仮名)は「ミフネ・・・かっこいい・・・(日本語)」と言っているファンですが 、私はぶっちゃけ三船さんの良さがイマイチわからなかったですよ。いや、確かにすごい俳優さんだというのはわかるんだけど、そんなにキャーキャー言う様な対象ではないんじゃないかな~と思っていたんですね。しかしそれは三船さんが比較的年を取ってから出演している映画やドラマを観ていたせいなのだと今回わかりました。

羅生門の三船さんは若い!(当時三十歳くらい)そしてもう「!!!」と目をしばたいてしまうほどに格好良かったのです。格好いいと言っても、男前だとかイケメンなどという枠には収まりきらないトータルな格好の良さなんですよね・・・。最後の侍とは良く言ったものだと思います。まずお顔ですが、パーツがどれも大きくて男らしいんですよね。特に目元の力強さたるや。そして虎のような野生美と色気を漂わせていますよ。高濃度で高純度、高品質の男性フェロモンがブシューっと放たれているというか。顔の造作が濃いので日本人離れしていると言えばそうなんだけど、決してバタくさい方には転がらず日本的な力強さの方に比重があるんですよね。そして豪快かつストイックな雰囲気があって、登場しただけで圧倒的な存在感がある。今、こんなタイプの俳優さんいますか・・・?私にはちょっと思いつきません。なるほど海外でも(むしろ海外人気の方が高いか)レジェンドとなっているお方なんだなあ・・・と思った次第です。まさに俺たちが世界に自慢したい日本人、それが三船敏郎なんだなあ・・・。

さてこの映画ですが、世界でも 凄く評価が高い名作です。有名な賞だとヴェネツィア映画祭で金獅子賞です、そしてアカデミー賞の外国語映画賞の前身となる賞を受賞しています。画も俳優の演技もクオリティーが高いというのは私でもわかりますが、さすがに半世紀以上前の映画なので正直ちょっと地味っちゃあ地味かも・・・という気もします。強奪、暴行、裏切り、殺し合い、絶望とドラマチックな要素てんこもりなんですが、あまり毒々しく描かれていないんですね。当時のポスターには「むせかえる真夏の草いきれの中で繰り広げられる盗賊と美女とその夫の、息詰まるような愛欲絵巻!」と書かれていますが、もっとエグく、もっとエロいものを観たいという21世紀の観客(エログロ好き)にはアッサリしすぎているのかもしれないなあと思いました。

芥川龍之介の王朝ものと言われる平安時代を舞台にした短編小説「薮の中」と「羅生門」をミックスしたあらすじです。羅生門はたしか、現国の教科書にも載っていた様な・・・羅生門で雨宿りをしている下人がほっぺたに出来たニキビを気にしているという描写があって、私も当時ニキビに悩まされていたのでそこだけ妙に印象に残っていたのです(笑)。映画の最初と最後が「羅生門」でメインが「薮の中」という構成です。青空文庫で久しぶりに読みましたが、どちらも本当に短い小説なんですよね。



予告編↓




※ネタバレします。


時は平安時代。ボロボロに荒れ果てた羅生門という門の下で杣(そま)売り(志村喬)と旅の坊主(千秋実)と下人(上田吉二郎)らが雨宿りをしています。「こんな話があるんだけど、さっぱりわからん」という出だしで、彼らが話すのが「薮の中」のストーリーです。武士の金沢(森雅之)とその妻、真砂(京マチ子)が山中を旅していると、盗賊の多襄丸(三船敏郎)に目をつけられて事件に巻き込まれます。その後、杣(そま)売りは金沢の死体を山の中で発見。そして多襄丸は金沢の馬と武器を持っていたところを見つかって捕らえられます。一方妻の真砂は寺に駆け込んでいました。当時で言う裁判が行われ、多襄丸、真砂、金沢(イタコの口寄せ)各人から事情聴取が行われますが、それぞれに違ったことを証言するのでした。ちょっと映画を観ているだけでは飲み込めなかった部分があるので、自分なりにシコシコとまとめてみたいと思います。なお、解釈は私個人によるものなのでその点ご了承下さい。


盗賊 多襄丸の証言:山中で旅の夫婦を見つけて、妻の真砂に一目惚れをし強奪しようと計画。夫の金沢に「この先に埋めてある隠し財宝を安く譲ろう」と嘘を持ちかけ、薮の中に誘い込み隙を見て金沢を縛り上げた。それを見た真砂は短刀で多襄丸を刺そうとするが、彼女を手込めにした。その後、自分の妻になって欲しいと真砂に頼むが「女の恥を二人の男に見られては生きて行けない。夫(金沢)を殺して下さい」と真砂が発言した。しかし多襄丸は金沢の縄をとき、決闘を促す。死闘の末に多襄丸が勝利するが、真砂は逃げてしまう。

武士の妻 真砂の証言:多襄丸に手込めにされた後、彼はどこかへ消えてしまった。縛られている夫の金沢に許しを請うたが、夫は軽蔑した目つきで自分を見るだけだった。いっそのこと自分を殺して欲しいと夫に頼むが、夫はより一層冷たい目で自分を見るだけだった。夫を殺して自害しようと、まず夫を短刀で刺した。だが自害することが出来ずに自分だけ生き残ってしまった。

武士 金沢の証言:多襄丸は真砂を手込めにした後、自分の妻になって欲しいと真砂に頼んだ。多襄丸に情を移した真砂はそれを承諾し、罪の意識から逃れる為に金沢を殺害して欲しいと多襄丸に頼んだ。その頼みに驚いた多襄丸は金沢に真砂を自分と行かせるか、それとも殺すかの二択を与えた(この行為は、金沢に多襄丸を許してもいいという気にさせた)。それを聞いた真砂は逃げて、多襄丸は真砂を追いかけた。一人になった金沢は絶望して短刀で自殺した。

さらに映画では、ことの一部始終を見ていたという杣(そま)売りの証言が付け加えられます。

杣(そま)売りの証言:多襄丸は真砂を手込めにした後、真砂に妻になって欲しいと地面に手を付いて懇願した。真砂は金沢の縄を解いて、二人の男に自分を巡っての決闘を促した。ところが金沢は真砂に対する気持ちが冷めた為、彼女のために決闘する気はないと告げた。それでも真砂は「真の男なら決闘で決着をつけるもの」と二人をたきつけ、その流れで二人の男は決闘をすることになった。二人は互角な死闘というほどでもない、そこそこの決闘を繰り広げた。多襄丸が金沢に勝利するが、怖じ気づいた多襄丸は真砂に許しを請う。しかし真砂は逃亡してしまう。

つまり、多襄丸、真砂、金沢の証言はみんな嘘だったということなんですね(杣売りの証言が完全に正しいものであれば、という前提ですが・・・)。杣売りの証言によると、なんともトホホな顛末ではありませんか。そして三者は異様に自分のプライドや体裁を気にして嘘の証言をしていることがわかります。殺人罪についてはむしろ自分がやったと被りに行ってるので、罪のなすりつけ合いではないところが実に興味深いです。

多襄丸の証言:手込め後、縛られた金沢を殺すのではなく、男らしく決闘を申し込んで死闘の末に勝利した=金沢を殺したのは多襄丸。
杣売りの証言:真砂を連れて逃げたかったが、彼女から「男だったら決闘しろ!」とけしかけられて、なりゆきで勝ってしまった。その後平謝り。
実は・・・男らしい盗賊などではなく、流れで決闘して勝ったものの、意外とヘナチョコだった。

真砂の証言:手込めにされたせいで夫の金沢から軽蔑されてしまい、彼を殺して自分も死のうと思った=金沢を殺したのは真砂。
杣売りの証言:金沢は真砂のことを見限ったが彼女から「男だったら決闘しろ!」とけしかけられて、なりゆきで負けてしまった。
実は・・・夫の金沢から(深い愛ゆえに?)軽蔑されたのではなく、単に命を賭けてまでしてキープしておきたい女だと思われていなかった。

金沢の証言:手込め後、妻の真砂から多襄丸に鞍替えされて逃げられ、絶望して自殺した=金沢を殺したのは金沢自身。
杣売りの証言:金沢は真砂のことを見限ったが彼女から「男だったら決闘しろ!」とけしかけられて、たまたま多襄丸の刀が当たって死んでしまった。
実は・・・妻の真砂のことを命を賭けてまでキープしておきたい女だと思えず、流れで決闘したものの、なりゆきで負けてしまった。

女に決闘をけしかけられて流れでやってしまうというのは、なんかちょっと男二人がだらしないような気がしますね・・・。夫婦二人の嘘は多襄丸が殺していないとすることで共通している部分がありますが、やはり盗賊風情によるひと突きで死んだというのは隠したい不名誉なことなのかもしれません。

自分を巡っての決闘をけしかけた真砂はビッチ認定・・・?でもその前に手込めにされてるんだから気の毒ですよね。ってか、ええとこの奥さんが、縛られた夫の目の前で盗賊風情に犯されるんですよ。この部分がこの話で一番エグい部分だと思ってるんですが、残念ながらセリフで語られるだけで直接の描写はありません(接吻シーンはあった)。手込め手込めって言ってるけど、後のシーンで衣装の乱れもまったくありません。なんだったらここだけ園子温監督で再現してもらいたいと思ってしまいました(笑)。

当時の女性は男の従属物ではありましたが、その分ずっとしたたかな生存戦略があったと考えると、真砂は夫とはまるで違うタイプの多襄丸に手込めにされている最中「あれっ、結構この男いいかも!」と思ったのかもしれません(笑)。接吻された後で、短刀をポトリと落としていますし(その後、彼女の手から落ちた短刀が地面にブスっと突き刺さるのだ。メタファーか)。なので夫と対決させても勝つだろうと見越して、計算して決闘をけしかけたのかもしれませんね(多襄丸は真砂に不自由させないだけの蓄えがある、とアピールしてましたし)。多襄丸の証言の中で真砂が「夫を殺して下さい」というシーンがありますが(DVD写真にもなってる)そのときの彼女のスっと情が消えた表情が凄くいいんですよね。冷たい眼差しにゾクゾクしました。

金沢の証言を聞くためにイタコ(本間文子)が呼ばれるんですけど、このイタコも、ものすごい熱演でした。口寄せしてるときに風がバーっと正面から吹いて、衣が舞い上がるんですが、それも計算し尽くされてる様な妖しさでした。証言シーンでは地面に敷かれたゴザの上に各人が座らされているんですが、後ろの方に杣売りと旅の坊主が座っているのが常時ボンヤリと見えているんですね。迫真の演技で一生懸命証言する人と後ろでボンヤリ見ている人の距離感がなかなかよかったですね。

杣売りが「違う、本当はこうだったんだ!」と自分が見た一部始終を旅の坊主と下人に話すと「えー、それマジで・・・」となんだかダウナーな雰囲気に。「自己の体面ばかりを気にして保身に走る人間とは、なんと浅はかなものであろうか・・・」的ことを言うなお坊さん。平安時代の殺人事件ですが、今日の日常生活だってこのようなことはよくありますよね。千年以上経っても人間のエゴは変わっていない。たはは・・・という感じですが、映画のテーマ的には♪人間なんて、ららーらーららららーらー♪ってことなんでしょうか。

そのとき赤ん坊の鳴き声がしました。三人が見てみると捨てられたばかりの赤ん坊が門のところに寝かされています。下人が赤ん坊に着せられていた着物を盗んで逃げます。下人は、杣売りが現場から真砂の短刀(高価なもの)を盗んだことを言って逃げて行くのでした(そういえば短刀の行方については伏線が張られていた様な気がします。杣売りが持っていたのか)。薮の中事件に加えて、赤ん坊を捨てる親に短刀を盗んだ杣売りに着物を盗んだ下人。マジで世も末じゃ・・・と赤ん坊を抱いて絶望するお坊さん。

杣売りは赤ん坊は自分が育てようと言うのでした。既に6人の子を育てているので7人になったところで大した違いはないと言って赤ん坊を抱きかかえます。この杣売りの行いがお坊さんに「やっぱり人間、捨てたもんじゃない!」という気にさせるのでした。激しい雨は止んで太陽が出ています。杣売りが赤ん坊を抱いて陽光の中を歩いて行くシーンで映画は終わります。最後に救いがあるエンディングでした。原作は救いようのないラストで終わるんですが、♪人間なんて、ららーらーららららーらー♪の後に、やっぱり人間を救うのは人間であるという人間讃歌になっているんですよ。これぞザ・世の中というものではないでしょうか。

最初の方では「なんか地味な映画だ・・・」と思っていたけど、原作読んだり感想文を書く為にネットの解説を読んだり短縮バージョンの動画を見たりしているうちに、だんだんと羅生門の世界に引き込まれてしまいました。ストーリーもちょっと複雑だし、これはリピートしてこそ面白くなる映画なのかもしれません。次の邦画鑑賞会も楽しみです。

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