@itan-journ@l praha

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『チェイサー』韓国映画にはイイ顔がいっぱい


        



実際にあった事件をモチーフにした映画が好きです。このまとめページで紹介されていたのでレンタルしてみることにしました。2008年の映画で結構古いんですが、私にはネタバレされてなかったのでセーフ!今更だけど韓国映画って本当に面白い。「シバラマ」と「ケセッキ」という単語はすっかり私の中に取り込まれてしまいました。どちらもイントネーションの付け方で様々なニュアンスが出るところが面白いです。




※ネタバレします。





デリヘルを経営している元刑事のジュンホ(キム・ユンソク)の元からデリヘル嬢が次々と蒸発。色々調べて行くと、ある住所に派遣されたあとに消息を絶っていることに気が付きます。ちょうど時を同じくしてジュンホの店から派遣されたミジン(ソ・ヨンヒ)がその住所に派遣されます。注文したのはヨンミン(ハ・ジョンウ)という男でした。ヨンミンはミジンを拘束して殺害しようとしますが・・・果たしてジュンホはヨンミンを挙げることが出来るのか?という二十数時間の出来事を追ったハードな追跡劇です。

ジュンホと警察は死にものぐるいでヨンミン逮捕に繋がる証拠を掴もうとするんですが、結局最後の被害者を出して事件が幕切れするという後味の悪いエンディングです(実話ベースだからかな?)。ヨンミンは警察に捕まるんですけど、なんか法律で署内勾留はX時間以内まで(ただしその間に証拠が見つかれば本格的に取り調べが出来るっぽい)って決まっているようでその拘束力が絶大みたいなんですね。怪しいんだからガサ入れすれば一発なのにそれが出来ないみたいなんですよ。ここが歯がゆいポイントでしたね。ヨンミン自宅には沢山の死体と瀕死のミジンがいるというのに・・・!

デリヘル嬢の身請け金に執着するジュンホは独自で捜査を始めますが、彼は元刑事なんですね。なんか事情があってクビになった風なんですけど。演じるキム・ユンソクが「ケセッキ」連発で荒っぽい夜の街のヤクザくずれ風なんですけど、ギリギリのところでなんか正義漢に見えるんです。ギリギリのところでな〜んか助けてくれそうなそんな男顔なんですね。キム・ユンソク、やはり顔がデカくて決してイケメンではないのですが、独特の色気があってな〜んか「イイ顔」してます。今まで世の色んなエグイものを見て来て、もまれてサバイブしてきた男のイイ顔なんですよね。オールドボーイ」のチェ・ミンシクなんかも同系列だと思います。

その他大勢の刑事たちの泥で汚れたジャガイモみたいな顔も味があっていいんですよね。映画だからみんな俳優さんだと思うんですが本当にソウルで刑事やってるみたいな、いい意味で洗練されてない感じがいいんですよ(紅一点の女刑事は美人だったけど)。なんか昭和のコテコテの刑事ドラマ見てるみたいな懐かし〜い感じがしました。時代は携帯もある現在なんですが、地道に足で探す!みたいなクラシックな捜査方法が似合う感じで。後から上層部っぽい刑事さんも出て来るんですけど、その刑事さんは顔が市村正規っぽい整った顔立ちをしててきっと韓国の大御所俳優さんなんでしょうか、エキストラのじゃがいもデカたちとは格が違うという感じもよかったです。

一方、犯人役のハ・ジョンウは長身でスラーっとしたアッサリ顔のイケメン(きっと彼も美尻なのでしょう)。彼がやる殺害方法がまたエグい!被害者を拘束して、岩を掘削するノミをこめかみに当ててハンマーで叩くという世にも恐ろしい殺害方法ですよ。あんた、うなぎをさばくんじゃないんだから・・・という。ホラー映画のごとくおどろおどろしく汚れたバスルームには殺害された人が吊るしてあったりして(食肉解体?)、ちょっと笑っちゃうくらいひどかったです。彼はおそらく性的不能で、ノミとハンマーの儀式が彼にとっての性行為の代替っぽい感じもしますね。

ジュンホは限られた時間の中でもうがむしゃらにチェイスするんですけど、すぐ近くまで来ているのに空回ったりして見ている方としては「はあああ・・・」とハラハラしたりガッカリしたり。しかし彼のモチベーションっていったい何なのでしょう。別にミジンのことが好きだった訳でもないので、単に身請け金のダメージ憎しという感じなのでしょうか、それとも現役時代の血が騒いで悪い奴は牢屋にぶっ込む!という感じなのでしょうか。そのこところがちょっとよくわかりませんでした。恐らく型破りな捜査方法なんかが問題になってクビになっちゃった熱血デカで、今は世をひねてデリヘル経営してるのかな・・・と脳内補完してみたり。その読みが正しかったら、彼がチェイスしながらも過去の自分を振り返ったりする描写があってもよかったのかもしれませんね。

後半で瀕死のミジンが命からがら監禁されていた家を出て、近くのタバコ屋に駆け込みます。ミジンよ、まず警察に電話しろ!そして店のオバチャンよ、なぜヨンミンに「こわいからしばらくここにいておくれ」と、言ってしまうのだ!ここでも「だあーッ!!!」ってなるんです。すべてが殺人鬼ヨンミンに都合の良いように運んでしまう・・・。ヨンミンはオバチャンとミジンを殺害。ミジンが殺されそうになるその刹那に店のドアが開いて、尾行していた女刑事が「バキューン!」とヨンミンに発砲する・・・のを期待してしまいましたが、これはハリウッド映画ではないのでした。みんな無惨に殺されちゃうところが後味悪いんですね。

そんな中、ミジンの小学生低学年くらいの娘の存在が一服の清涼剤。なりゆきでジュンホが仕方なく娘を連れて夜の街を捜査するんですけど、深夜営業の店でご飯を食べさせたりファミマの前でラーメン食べさせたりしてるのがこの映画の箸休めです。また娘が年の割には妙にしっかりしてて、大人を食ってる感じがツンデレでいいですね!救いようのない話ですが、ラストも病院で寝ている娘とジュンホのシーンで少し和らぎましたよ。

ネットの情報によると、本作のリメイク権をプリ夫(レオナルド・ディカプリオ)が買ったそうで。もちろん主演&プロデュースしちゃうんじゃないかと思います。だってプリ夫の演技力が遺憾なく発揮されそう!オスカーにまたノミネートされるのも確実でしょう。ちょっと「ディパーテッド」みたいな感じでスコセッシが監督したらいい感じになりそうな企画じゃあないですか。でもまだ映画化されてないみたい。Wikiを見ても制作段階にも入ってないぽいですね・・・。気長に待つとしましょうか。


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『悪人』仕方ないけど、小説の方が100倍は面白い

         



友人のO嬢から「面白いんで読んでみて下さい」と、たまたま貸してもらった原作本。ずーっと借りっ放しで1ページも読んでなかったのですが、ある日ふとページを繰ってみると「お、面白い・・・」と一気に上下巻読破してしまいました。吉田修一の本ってなんて面白いんだろう!と思いました。まず一行目からノックアウトされたのです。福岡の学校がある地区から住宅街に抜ける幹線道路の描写があるんですね。この道は私の高校時代の通学路でした(親の転勤で高校時代の2年間だけ福岡在住だった)。だから、毎日見ていた風景がぶわーっと浮かんで来て、一気に小説の世界に引き込まれたわけです。

原作は佐賀と長崎と福岡あたりが舞台になってます。私は福岡しか知らないけど地方独特の嫌な感じとか閉塞感とかが巧みな文章力で描き込まれていて、あ~なんかこんな感じだったの、わかるなあ・・・と独り言ちたのでした。もともと地元に根ざした人間じゃなかったのもあるけど、とにかく私は福岡が肌に合わなかったんですね。私が福岡で嫌だったのが、東京を妙〜にライバル視していて自意識過剰なところ(福岡は張り合う気マンマンだけど東京は別に福岡のことなどその他の一地方程度にしか思ってない)。あと男がただ男っていうだけで妙〜に威張ってるところ(福岡に限らず九州全体の傾向だけど)嫌だったのはそういった土地が持つ独特の雰囲気だけで、中心部は人が少なくてゴミゴミしてないし、お洒落なお店もいっぱいあって美味しいものもいっぱいあるところは好きでした。劇中で満島ひかりちゃんたちが食べてる鉄鍋餃子はバリうまかとですよ。

映画の脚本は原作者の吉田さんが手掛けているので、かなり力が入ったものになるんだろうなあと思ったんですが、やっぱり上下巻のボリュームを2時間そこらでまとめあげるのは原作者でも限界があるなあ・・・と思いました。個人的にこの話の魅力は登場人物それぞれが抱えているコンプレックスだったり不安だったりフラストレーションだったり悲しみだったりして、そのネガティブな心理描写こそが美味しいところだと思っているので、映像化によってそこが大きく削れてしまっているのが残念至極です。




※ここから小ネタバレします。




でも好きなシーンはいくつかありました。光代(深津絵里)が働いている紳士服店での1コマがよかったです。中年のおっさん(素足が妙〜に汚れている)グレーのやや細身のスーツを試着してるんですが、光代が「最近は細めがトレンドですよ」と言った後に、おっさんの嫁が子供を抱いてやってきて「な〜んか年寄り臭か!別のにしーんしゃい!」みたいに言うシーン(セリフ適当です)。光代は孤独な妙齢の独身女性なんですが、深津絵里が演じてるからやっぱり可憐な可愛らしさがあるんですよ。だから素足が汚いおっさんにさえ配偶者がいるという理不尽感と、そんなおっさんの嫁にセールス提案をリジェクトされた気まずさみたいなものが漂っていて良いシーンでした。

光代には妹(原作では双子設定)がいて、一緒に暮らしているんですが仕事を終えて帰って来ると部屋のドアにカギがかかってて妹が彼氏を家に上げてることがわかるんですよ。妹の彼氏(背も低くてパッとしないサラリーマン風)が「す、すみません」とバタバタしながら妹と部屋を出て行った後に、光代がコタツでケーキを食べていると隣の妹の部屋にあるベッドが目に入ります。掛け布団が寝乱れた感じになっていて思わず光代は襖を締めるのでした。妹はリアみつるなセックスライフを送っとるのに、うちと来たら・・・という欲求不満感がそこはかとなく漂っていてココも良かったです。

あと、祐一(妻夫木聡)が自首しようと思って警察署に行くんですが、やっぱり出来なくて車の中にいる光代のところに戻って来るんですね。そこからもうどうしようもなくなった二人はホテルに行って求め合うんですが、そこが切なくて非常によかったです。深津絵里に色気はほとんど感じないんですが、もう何もない二人の悲しい悲しいベッドシーンでした。あと、祐一のおばあちゃん(樹木希林)が公民館でやってる怪しげな健康食品のセミナーに行くんですが、松尾スズキがいかにも善良です!という顔をして悪徳商法のセールスをしてるんですよ。地元マダムの信頼を得ようと綾小路きみまろ風のつかみを披露してるんですが、この感じもグっときました。

ラストシーン、満島ひかりちゃんが殺害された現場に花をたむけようとタクシーでやってきた光代。そこには被害者のお父さん(柄本明)がいました。それを見てタクシーから出て行けずにいる光代。タクシードライバー(でんでん)が「若い女の子ば、こげん寂しかところで殺すなんて、世の中にはひどいことをする奴がおるもんたい」(セリフ適当)と世を嘆いた口調で言います。でんでん・・・ボディを透明にするエキスパートのあんたに、そげんこと言われたくなか!って思ってしまいました(笑)。完全に映画が混じってますが。

やっぱり映画にするには全然時間が足りないんですよ・・・。満島ひかりちゃんと同僚の仲良く見えて牽制しあってるオナゴのドロドロとか結構読み応えがあって面白かったし、あと映画には出てないけど祐一と馴染みのソープ嬢のエピソードとか、味わい深いのところがバッサリカットされてて。映画よりも連続ドラマにした方が絶対に面白い話だと思うんですよね。ということで、映画が原作の面白さに拮抗することって本当に難しいんだなと思いました。その点「さよなら渓谷」や「ふがいない僕は空をみた」なんかはある部分で原作を凌駕していて凄いですね。

『妖精たちの森』純粋さゆえの恐ろしさ

        



映画評論家、町山智浩さんの「トラウマ映画館」で紹介されていた一本です。やっぱりこういう観た後に「ジャリッ・・・」とくる映画は定期的に観て行きたいですね。トラウマ映画館で紹介されて来た映画は「マドモワゼル」、「尼僧ヨアンナ」、「追想」を観て来ました。これで4本目だからあと21本も残っています。DVDレンタル屋さんにないものも多いからコンプリート出来るでしょうか・・・?

予告編↓







※ネタバレします。




19世紀末くらいのイギリスの田舎にある大邸宅が舞台です。その邸宅には子供の姉弟二人と使用人たちが暮らしています。子供達の両親は不慮の事故で亡くなってしまったんですね。でも彼らの親戚にあたる貴族は子供たちを引き取らずに、そのまま子供たちを使用人にまかせることにします。邸宅には家政婦のグロース夫人(ソーラ・ハード)と家庭教師のジェセル先生(ステファニー・ビーチャム)、下男のクイント(マーロン・ブランド)がいて、子供たちの面倒を見ているのでした。

子供たち、姉のフローラ(ヴァーナ・ハーヴェイ)と弟のマイルズ(クリストファー・エリス)はローティーンくらいの年頃。お姉さんのフローラは13歳くらい、弟のマイルズは9歳か10歳くらいに見えます。子供達は森の中で色々と面白いことを教えてくれる下男のクイントと遊ぶのが大好き。沼でガマカエルを見つけるのですが、クイントが火をつけたタバコをカエルに吸わせるんですね。カエルはクイント曰く「タバコが好きだから」吸って吸って吸い続けて、体全体がパンパンふくれてきます。そして最後は破裂して死んじゃうんですよ。導入部のこのカエル爆破シーンからなんとなく不穏な空気が出ています。「好きなことで死ねるなら幸せなんだ」的なことを言うクイント。この言葉が後で取り返しのつかない事態を招く伏線になっているのです。

粗野で教養のないクイントは、美人な家庭教師のジェセル先生にちょっかいを出しています。クイントを演じるマーロン・ブランドは、ちょっと太ってて馬小屋で馬の尻を叩いているのが似合いそうな下流の男なんですが、な~んか独特のセックスアピールを醸し出してるんですよねえ。粗野で荒々しい肉体労働者な感じと世を斜めに見ている屈折した感じが相まって、すごくエロいんですよ。この作品のあと「ラストタンゴ・イン・パリ」に出演するんですが、この役が布石になっているような印象を受けたりもして。始めはジェセル先生がクイントから一方的に来られて迷惑してるのかなあと思ってたんだけど、この二人はもうすでに男女の関係だったのです。馬小屋の藁の上で強引に・・・?みたいな展開かと思ったら、クイントは夜な夜な先生の床に忍び込み先生はそれを受け入れているのでした。

クイントと先生は典型的なSとMの関係のようです。先生の寝室に来たクイントは先生を縄でものすごく複雑に縛り上げます。そしてスパンキング&言葉責め。昼間は知的でおしとやかな先生はクイントのされるがままになり快感を感じているようです。個人的にはこの先生が脱いだときの裸体が実に美しく、そして実にエロくてビックリしました。弟のマイルズはクイントと先生の営みをそっと影から見ています。翌日、姉のフローラを縄で縛ってベッドの上に寝かせ、鞭の様なもので叩くマイルズを見たグロース夫人は仰天します。「一体何をやってるのです?!」「セックスだよ!」と無邪気に答える姉弟。おやまあ!と当時の女性なら気絶しかねない強烈さです。マイルズ夫人はクイントを毛嫌いしていて屋敷に入ることを禁じていたのでした。彼女はクイントと先生の関係を知りながら、自身はどうすることも出来ないでいます。

子供達はクイントと先生が愛し合っていることを知っていて、クイントに「先生と一緒になればいいのに。先生もそうしたいって思ってるよ」的なことを言ったりしますが、家庭教師と下男では階級が違うためそうなることも難しいようです。子供達は先生にも同じことを言っています。大好きなクイントと先生が結婚してこの家で一緒に暮らせばいい、僕たちの新しいお父さんとお母さんになればいいじゃないか・・・と思っていたのかもしれません。子供達の無邪気な提案にクイントも先生も少し悲しそうに首を振るだけでした。子供達がそう提案する度にクイントが独特の死生観というか恋愛感を呟くんですね。冒頭のカエル爆発のときに言っていたことと似ていますが、本当に誰かを愛したら殺したくなる、死だけが完璧なものであり、死のみによって真の愛は成就する・・・みたいなことだったと思います。このことが子供達に繰り返し話されます。クイントは子供達に伝える目的ではなく自身に言い聞かせるようにこの言葉を噛み締めているように見えます。

子供達への悪影響を懸念したグロース夫人は、親戚の貴族に手紙を書いて状況を知らせようとします(恐らくクイントと先生をクビにする提案込み)。それに気が付いた子供達は大好きなクイントと先生を離ればなれにしたくないということで、一計を案じます。ドールハウスの中に入れていた手作りの人形(クイント、先生、夫人、姉弟と邸宅に住む人をかたどったもの)からクイントと先生の人形を取って燃やす子供達。まさか、まさか・・・!そう、子供達は純粋すぎるゆえにクイントの言葉を真に受けて、クイントと先生の真の愛を成就させるために彼らを殺そうとするのです。フローラは森の中の湖につけられたボートに穴を開け、クイントとの逢い引きということで先生を誘い出し、泳げない先生を溺死させます。湖の岸辺に上がった先生の遺体をクイントが発見した直後、マイルズがクイントから教わった弓矢で彼を殺害します。「クイント、これで先生とずっと一緒だよ!」と言って純粋な表情のまま矢を射るマイルズ・・・。

こうして二人は殺害され、子供達のもとには新しい家庭教師の先生がやってくるのでした。ここからの話が「ねじの回転」というゴシックホラー小説のストーリーで、「妖精たちの森」はその前日譚なんだそうです。純粋なゆえに、凶行を犯してしまった子供達・・・ジャリっと来ますでしょう。原作では子供達の年齢はもっと下らしいですが、映画の内容が内容のため原作よりも年が上の設定にされているそうな。お姉さんのフローラ役の子役は子供に見えるけど当時19歳だったんだそうです。町山さんはこの映画をテレビで、ちょうど弟マイルズくらいの年齢のときに観たそうで。こりゃあトラウマになるでしょうね・・・そもそもSMセックスシーン等があるので、R-15くらいにはなりそうだから子供は見ちゃダメ!映画なんですが。でも心が柔軟な子供時代にこの映画を観られたということは大人になったときに振り返ると芸術的には結構良い体験なのではないでしょうか。もうどうあがいたって子供時代の心には戻れませんからね。ということで1トラウマ、ごちそうさまでした。

余談:マーロン・ブランドのことを色々と調べていて見つけたのが「サヨナラ」という映画。アメリカ軍人と日本女性の悲恋を描いた映画のようです。日本女性を演じたのはナンシー梅木という女優さんで、本作で東洋人初のオスカーを受賞したそうです。チラッと映画を見たんですが、このナンシー梅木さんは森三中の大島美幸さんを細くした様な感じの人です!うーむ、演技は評価されているけど、コレが日本女性の代表(=当時の最高峰美女)だと思われるとちょと正直困るかな・・・みたいな感じなんですが(汗)。岸恵子さんのエッセイで、この役は最初岸さんにオファーされていたということを読んだことがあります。岸さんご自身もマーロン・ブランドの大ファンだったそうで。しかし事情があって出演を断ってしまったそうです。もし岸さんが演じていたら・・・と思わずにはいられませんが、ナンシー梅木さんでオスカー受賞ということはきっと悪くないのでしょう。機会があったら「サヨナラ」を観てみます。

『さんかく』しょっぱくて やがて愛しき ダメ人間

        

さんかく 特別版 [ 高岡蒼甫 ]

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吉田恵輔監督の映画「ばしゃ馬さんとビッグマウス」がすごく好きになったので、吉田監督の旧作をチェックしてみました。この映画については宇多丸さんがキラキラのポッドキャストで以前おすすめされていたので存在は知っていたんですが、やっとチェックすることが出来ました。DVDパッケージや予告編からは、同棲中の彼女と突然やってきたその妹となんか三角関係みたいなことになっちゃって、嬉し恥ずかしちょっと困ったオレ、ちょっとほのぼの日本映画って感じの雰囲気が漂って来ておりますが・・・とんでもなくしょっぱ~い映画でしたね。しょっぺーダメ人間の痛い痛~いお話で、「うわー・・・」とドン引きしながらも多いに楽しみました。

同棲中の倦怠期カップル、百瀬(高岡蒼甫)と佳代(田畑智子)のアパートに夏休み中だけ佳代の妹で中三の桃(小野恵令奈)が居候することになります。いや~メインキャストが全員素晴らしいですね。高岡蒼甫のよく見るとイケメンなんだけどいつまでもマイルドヤンキー加減を引きずったアラサー男もいいし、田畑智子の依存体質で友達がいないダメ女も最高。小野恵令奈のロリータな声と舌ったらずな話し方がエロい!吉田監督による脚本は予めキャストを想定して書いたアテ書きなんでしょうか、三人が三人ともまるで演じているということを全く感じさせないナチュラルな振る舞いに佇まいです。

高岡蒼甫は、釣り具販売店で働いている男なんですが自家用車がヤン車でイタ車。車の後部に夜の街を背負ったホスト風自画像がバーンと描いてあるんですよ。うわーイタい、イタ過ぎる!ってかこんな車が前走ってたらこっちが恥ずかしくなってしまうだろう。性根はまあ、いい奴っぽいんだけどこれはないわ~・・・と思ってしまいます。田畑智子は国内系メーカーのカウンターで美容部員をしているお姉ちゃんで、彼女唯一の友達だと思っている人物(矢沢心。マルチ勧誘員役がハマっている)からはマルチに勧誘されてるのに人が良過ぎて気付かないというこれまた残念なキャラです。中学生の桃に対して大人で社会人の二人が二人とも残念過ぎるんですよ。百瀬は佳代と別れた後で釣具屋の後輩の狭いアパートに転がり込んで中学生女子相手にメールと電話しまくりだし、佳代は「唯一の友達」である矢沢心のマルチにまんまとハマっていっちゃうしで、友達がいないところも残念!もちろん私は百瀬とも違うし佳代とも違うけど「あっちゃー・・・」と思いながら、なんか自分もどこかに持っているしょうもな~い部分を見せられているようで、これが面白いんですよねえ。

妹の桃ちゃんは中三の夏という設定なんですが、顔とか声とか立ち振る舞いは子供なんだけど 身体のラインが妙に色っぽくなってきてて、胸も成長期を過ぎて女になってしまってるんですよ。私はおばさんですが、この年頃の少女がこんなにエロいものだとは知りませんでした。舌ったらずな鼻が詰まったような子供っぽい話し方も「なんだ、誘ってんのか・・・?」と思うくらいなので、オッサンの百瀬が勘違いしちゃうのも無理ないかと。また絶妙のタイミングで桃ちゃんが着ているキャミのストラップがズレたりして、無防備エロ全開。こういうのを無邪気にやられた方はたまりませんよ!桃は好きな先輩がいたから東京に出て来たようなのですが、アッサリふられてしまったので持て余した夏を、手近な姉の彼氏相手に暇つぶしみようという感じもあるんですが。小野恵令奈さんはAKB出身のアイドルなんですね。この前NHKの番組に出ていたときはもう危なげなロリータではなくシュッとしたお姉さんになっていて、なんだかちょっと安心したのでした(笑)。

ということで、女子中学生特有の色香にまいってしまった百瀬。佳代が寝ているときに二人はキスまでしてしまうのです(これもエロいなあ)。百瀬が桃ちゃんに入れあげちゃうのはまあ同情の余地があるけれど、実際手を出したら淫行ですからね。しかも同棲している彼女の妹ですから、アラサーとしては平常心を保たないとアウトでしょう。そして、夏休みが終わり桃ちゃんは実家に帰ってしまいます。その後売り言葉に買い言葉で佳代とケンカして別れることになった百瀬はアパートから出て行くのでした。桃ちゃんには「お姉さんとは別れることになったけど、僕たちは僕たちでさ、これからも連絡取り合おうね」と電話をする百瀬。ウザキモです!百瀬と桃のことを知らない佳代はひょんなことから「もうこんなんじゃ百ちゃんと一緒にやっていけない!」と言ってしまうんですが、これは本心じゃなかったので「やだ、別れたくない!」とすがります。「俺さ、そんなふうにすぐ別れるってカマかける女嫌いだから」って言ってコレ幸いと出て行きます。

これは田畑智子演じる佳代が可哀相ですね~。佳代はこの後ストーカー化して百瀬につきまといます。職場に来たりは序の口で、こっそり新しいアパートに入り込んで掃除したりお皿を洗ったり。可哀相だけど、これもアウトでしょう(笑)。百瀬が仕掛けておいた隠しカメラでバレてしまい警察沙汰になってしまうのですが、隠しカメラ、こじれた女というと「ふがいない僕は空を見た」を思い出してしまいます。田畑智子はまるで赤ちゃんみたいな童顔だけどこういうちょっと壊れかけのレディオ、もとい壊れかけの女の演技が本当に上手だなあと思います。ストーカー女にビビる高岡蒼甫の受け演技もナイス。ストーカーされている間も暇なときに桃ちゃんに電話をかける百瀬。しかしいつも留守電なので「あ、百瀬で~す。えー、と、声が聞きたくって、電話しましたー。またかけまーす」と吹き込む百瀬。これが繰り返し繰り返し出て来るんですよ。その度に「ああ、もうバカ!目を覚ませ!」とこれまた見てる方がいたたまれなくなってくるんです。

佳代のストーカーがエスカレートしてついに百瀬のアパートの下で手首まで切るようになってしまいました。弱っている佳代は美容部員を辞めてマルチの構成員になってるんですが、家でひとり体育座りしてるときに矢沢心から電話がかかって来るんですよ。留守電から「佳代、大丈夫~?心配してるので連絡ください。あと佳代の今月のノルマについてだけど・・・」とメッセージが流れて来ます。そして部屋の隅に積み重ねられた怪しげな名前の健康食品の段ボール・・・このしょっぱさったらありません。ばしゃ馬さんでも思ったけど、吉田監督ってこういう人生のどん底演出(でもちょっとプっと苦笑出来たりする程度のシリアスさ)が本当に巧みで感心してしまいます。

ほとぼりが冷めて実家に帰ることになった佳代。一方、百瀬は恐らく永遠に繋がらないであろう桃ちゃんの携帯に電話をかけ続けます。最初は「あ 、百瀬で~す」というテンションだったのが次第に「ほんといつでもいいんで、電話くださ〜い」→「前の留守電聞いてくれたかなあ・・・?」→「ねえ、そろそろ電話出てくれたっていいんじゃないかなあ?(やや怒)」とテンションが変わって来ます。らちがあかないので、なんと百瀬は自画像が描かれたイタ車で桃ちゃんの実家まで行くことに。怖いな、怖いな~。イタいな、イタいな~。息を弾ませて桃ちゃんの帰りを待つ三十男。これ高岡蒼甫だからまだビジュアル的にキモさは押さえられてますが、普通のアラサーのおっさんならもう正視出来ないですよ。そこへ同級生の彼氏と下校してくる桃ちゃんが!

同級生の彼氏から「おい、お前!もう桃につきまとうのやめろよ!桃が嫌がってるのわかんねーのかよ!」と怒鳴られます。中三男子に怒鳴られるアラサー男・・・。ああ、と目を覆いたくなってしまいます。「なっ、ちが・・・」と弁明をしようとしたら中三男子から柔道の技で投げられる百瀬。立ち上がっても、倒れたときについた枯れ草がいつまでもトレーナーにくっついたままなのがまた泣かせる!桃は伏し目がちに「百ちゃん、ごめんね」と言って彼氏と家の中に入って行くのでした。ここで、やっと自分の置かれた状況に気付いたらしい百瀬。家の外で立っていると買物帰りの佳代と鉢合わせします。「百ちゃん、来てくれたんだ・・・」と嬉しそうな佳代。凹んでいる時に佳代の優しさに触れた百瀬は「やっぱり・・・俺たちやりおさないか」的なことを言おうとするのですが。ムシがいいですねー、でも高岡さんの演技がよくって本当に弱ったダメ男が救いを探している風に見えるんですよね。そこへ家から出て来た中学生男子が「お前、まだいるのかよ!今度桃につきまとったら承知しねーぞ!」と言って、すべてがおじゃんに(笑)。

一方、佳代と桃は夕飯の準備中に取っ組み合いのケンカをします。ちょっと詳細を忘れてしまったんだけど、中学生男子の言葉ですべてを知った佳代が桃に怒りをぶつけるみたいな感じだったでしょうか。しかし佳代と桃もずいぶんと年が離れた姉妹ですね。経験ないですが、肉親と男を取り合うとか私無理です。友達と取り合うのも無理。なんか他の人もそうだと知った途端にスっと冷めてしまいそうな気がしますねえ。翌朝、姉妹が家を出るときにまた百瀬がやって来ます(車の中で夜を明かした?)。対峙する姉妹と百瀬。見つめ合う三人の表情がなんともいえません。百瀬は悪さをした子供が母親の機嫌を伺う様な顔をしています。ふっと柔らかく微笑む佳代。ここで映画が終わります。

ふ〜、いいですね。全編に渡ってしょっぱくてイタいエピソード炸裂でしたが、最後に少しだけホンワカしたラストが心地よいです。ダメダメな大人二人が、ラストではそれぞれに魅力的に見えるのも不思議ですよ。やっぱり役者さんが魅力的だからかな。吉田監督のダメ人間への優しい視線は「ばしゃ馬さん」でも感じましたが、本当にいいですね。今後もダメ人間の生態を赤裸々に描きつつも、優しく寄り添うような作品を期待します。

余談:劇中で桃が痴漢にあうシーンがありますが、私もその昔に同じ手口で痴漢されたことを思い出してしまいました。自転車で追い越した後にわざわざ方向を変えて向かって来る男はほぼ痴漢だと思って間違いないでしょう・・・


『希望の国』凹むことを想定して、友人達との温泉旅行の前日に鑑賞

       



園子温監督が原発事故をモチーフに描いた映画です。園監督の映画は「愛のむきだし」、「恋の罪」、「冷たい熱帯魚」、「ヒミズ」、「地獄でなぜ悪い」と話題になったものを中心に観て来ましたが、この映画は日本人として観ておかなくてはいけないのではないだろうか・・・と、なんとなく思ったのでレンタルしてみました。「これ、本当に『冷たい熱帯魚』と同じ人が撮った映画なの???」と戸惑ってしまうくらい地味な、地味な、地味~な映画なんですよ。

東日本大震災が既に発生した世界の話らしく、長島県という架空の県で起きた震災とその後の原発事故のお話です。ここでフィクションであるというワンクッションが置かれている為(と言ってもエクスキューズ程度のものだけれど)、気が滅入るような悲惨な仕上がりにはなっておらずホッとしました。しかしその為にリアルさが薄れてしまったのか原発がある村の話にもかかわらず、東京近郊の主婦と震災を描いた「おだやかな日常」ほどには真に迫って来るものがなかったようにも思えます(私自身が「おだやかな日常」に近い生活を送っていたのもあるかもしれません)。原発事故の恐怖や不安よりも有事の下で愛する家族がバラバラになりそれぞれの決断を迫られ、それを全うすることに重きが置かれているように見えました。

小野一家はお父さんの泰彦(夏八木勲)、お母さんの智恵子(大谷直子)、息子の洋一(村上純)、嫁のいずみ(神楽坂恵)の四人家族。酪農をしながら仲良く暮らしていましたが、震災が発生して原発から20キロ圏内にある小野家の敷地は避難区域とそうでない区域のボーダー地点になってしまいました。息子夫婦に避難を促し、老夫婦は家に残ることにします。お母さんの智恵子さんは認知症を患っており、大きな環境の変化を避けたいというお父さんの判断でした。泣く泣く避難した息子夫婦ですが、やがて嫁が妊娠し喜びに包まれます。

息子夫婦が避難した街は避難区域外ですが、嫁は目に見えない放射能の影響に日々怯えるようになります。彼女は家中の隙間を緩衝剤で覆い、宇宙飛行士のような防御服で外出するようになります。滑稽な行動と描かれていますが、私はこの気持ちわかります。だってここにいれば大丈夫、放射線による健康被害はありません、だなんて誰も保証してくれないのですから、自分が納得出来る方法で自衛するしかないんですよね。嫁が過剰反応だと職場の同僚が夫に言ってそこから言い争いになるシーンがありますが、こういった突き詰めれば考え方の違いによるゴタゴタってあるよなあ・・・正解があるものじゃないんだよなあ・・・と見ていて苦い思いがします。

大谷直子さん演じる認知症のお母さんの演技がまた素晴らしすぎて辛くなるんですよ。認知症といっても色々なパターンがあるかと思いますが、彼女の場合は無邪気な童女に戻ったかのような天真爛漫さ。家にいるのに、夫の夏八木勲さんに「家に帰りたいよう。家に帰ろうよう」と何度も言うシーンがあります。その度に夫は「あと5分したら帰ろうな」と言い聞かせます。5分後には家に帰りたいと言ったことを忘れてしまっているからなんですね。ある日お母さんは、盆踊りがあると思い込んで浴衣を着て避難区域に足を踏み入れてしまいます。必死で探すお父さん。避難区域なので人っ子一人いない雪が溶け残った田舎の風景が切ないです。広い空き地で1人、盆踊りを踊るお母さんを見つけて「家に帰ろう」と優しく言うお父さん。お父さんはお母さんをおぶって歩き出します。お父さんの背中の上で弾ける様な笑顔のお母さん。いや〜泣きそう!園監督の映画で老人愛に泣かされそうになるとは思いませんでした。マイ号泣映画「きみに読む物語」をちょっと思い出してしまいましたね。たまに道でも手をつないで歩いているおじいちゃんとおばあちゃんを見ますが、思わず目頭がトゥーンと熱くなってしまったりします。

一方で避難区域に家が入っていた鈴木家。お父さん(でんでん)、お母さん(筒井真理子)、息子のミツル(清水優)は息子の彼女ヨーコ(梶原ひかり)と一緒に小学校へ避難します。ヨーコの家があった辺りは津波の被害を受けて根こそぎ何もない状態・・・。行方不明の家族となんとか連絡を取ろうと必死なヨーコですが、ミツルやその両親は生存が絶望的なのを知っています。それでもヨーコの気が済むまで探すのを付き合うというミツル。ガレキの山となった地域を彷徨う二人ですが、最後はミツルがヨーコにプロポーズします。津波の爪痕が生々しく残る場所を背景に、一歩一歩、微力だけど確実に前に進んで行く若い二人のシルエットがいじらしくてここも胸熱。そういえば「ヒミズ」のラストシーンもこんな感じでした。ガレキの山となった荒れ果てた震災跡地に「すみだー!がんばれー!」と二階堂ふみの声が重なっていましたっけ・・・。「ヒミズ」で描ききれなかった園監督の復興への想いが充分に伝わって来る作品だったと思いました。

『水の中のナイフ』ツタヤの良品発掘は微妙?

        



この映画も「反撥」と同じくツタヤの良品発掘コーナーで出会いました。「まあ洋画だし、今あえて観なくても観る機会はこの先もあるだろうな・・・」と思っていたんですが、これはポーランド語の映画だったのでレンタルしてみたわけです。タイトルがカッコイイんですよね。「水の中のナイフ」って文学的で少し危険な香りがして、なんだかドラマチックです。この映画は登場人物が三人しか出てこないんですが、タイトルの通り劇的なストーリー。しかし巨匠ポランスキー監督の初期の傑作と名高い映画のわりには、容易に結末が想像出来てしまい私にはちと退屈な部分もありました。DVDパッケージの写真、とてもフォトジェニックでかっこいいんですけどネタバレしてませんかね・・・。

田舎道を車で疾走する裕福な一組の夫婦。夫(レオン・ニェム チック)はどことなく高圧的で、妻(ヨランタ・ウメツカ)は倦怠感を纏っています。彼らの車の前にヒッチハイクの若い男(ジクムント・マラノウッツ)が突然現れます。飛び出して来た青年を叱責する夫でしたが、金持ちの気まぐれのようなもので彼を車に同乗させることにします。車がついたのは大きな湖のほとり。夫婦はここに停泊してあったヨットで休日を過ごそうとやってきたのでした。青年は去ろうとしますが、また金持ち夫の気まぐれでヨットに同乗することになります。広い湖面に浮かぶ一隻のヨット。その上には夫婦と青年の三人だけ。何かが、起こる・・・という舞台劇のような心理ドラマです。

脚本はポランスキー監督とイェジー・スコリモフスキ、ヤコブ・ゴールドバーグの共作。イェジー・スコリモフスキは最近アメリカ映画にも俳優として出演していますね。「イースタン・プロミス」でナオミ・ワッツの伯父さん役をやってたり、「アベンジャーズ」でチョイ役(スカヨハ演じるナターシャを詰問するロシア人スパイ役だったらしい)をやってたりします。俳優としてもなかなか味のあるおじいさんですが、もともとは監督や脚本をやっていた人で、あの名作「出発」の監督・脚本もしてるんですよ。「出発」はジャン=ピエール・レオー演じる車好きな男の子のほろ苦い青春話で、リバイバル公開で観たときに自分もちょうど劇中のレオーと同じくらいの年だったんで、色々と感じ入るものがありました。当時は学生でモラトリアム満喫中でゼブラタイムを謳歌していただけど、この無尽蔵にあるかのようにみえたゼブラタイムもいつしか尽きてしまい大人になるときが来るんだろうかのう・・・切ないのう・・・みたいなことを思ったものです。

「出発」は音楽がまた痺れる程カッコ良くて、疾走する車に激しいジャズのメロディーが重なって「おおお・・・」と映画のスピード感に圧倒されたのでした(もちろんサントラゲット)。本作の音楽も「出発」やポランスキー監督の有名作「ローズマリーの赤ちゃん」と同じくクリストフ・コメダが担当しています。「出発」みたいな激しい感じはないけど、渋くて大人のドラマを予想させる感じ。今回コメダのことを調べたら、なんとたったの37歳で夭折しており驚きました。

ヒッチハイク青年役のジクムント・マラノウッツは、顔の上部、特に目の辺りがマイケル・ファスベンダーに似ています。透明感がある目元だけど、なんとなく世の中を斜めに見ているひねくれた感じの目元です。最近、私はおファス不足!X-MENの最新作はまだ観ていないんですけど、彼の次の主演作がなんとほぼお面(頭からスッポリかぶるタイプ)を付けている映画だそうで、ちょ、それ・・・誰得なのよ?!!と世界中からファスベンファンの悲鳴が聞こえて来そうです・・・。ごむたいな。ということで映画の感想は特にないに等しい為、短く切り上げて終わりにします。ツタヤの良品発掘のラインナップって映画通の人向きで、私のツボには微妙に外れているような気がするのでした。

『オールドボーイ』ネタバレ憎し!

         



名作と誉れ高い韓国映画ですが、今まで観ていませんでした。友人Iは私の夫からすすめられて既に観ていたらしい。その場に私もいたらしいけど、そのときは韓国映画にあまり興味がなかったんでスルーしてしまったようです。でも「王様のブランチ」で昔オールドボーイが紹介されてて、私オチを知ってたんですよ。ブランチ憎しのひとことです。外国住みなのでもうブランチを観ることもないだろうけど・・・。まったく余談ですが、ブランチは寺脇康文さんが司会のときが一番好きでしたね。

監督はパク・チャヌクさんで、特に追いかけている監督さんではないのですが「親切なクムジャさん」、「渇き」や「イノセント・ガーデン」を鑑賞していました。さて「オールドボーイ」の感想は・・・ネタバレしてなかったら、もっと面白かったのによおおおおおおおおーーーーーーー!!!!!!! 

まあ10年前の映画なので、それだけにネタバレリスクは大きいんですけども・・・ねぇ、それ言っちゃう?それ言っちゃうかな?もおおおおおおおーーーーーーー!!!!!!!っていう、最低なデリカシーのなさを感じますねブランチには!ということでネタバレしながら感想書きますので、未見の方はお気をつけ下さいよ!





※ガッツリ、ネタバレします。






原作は日本の漫画なんだそうですよ。そういや最近ハリウッド版も公開されましたね。やっぱり面白い話ということなんでしょうな~。主人公のオ・デスを演じるのはチェ・ミンシク。映画を観たことなくてもあのチリチリヘアーでハンマーを掲げたビジュアルは有名ですね。家庭を持つ普通のサラリーマンだったデスは、ある日何者かにさらわれてどこかに15年もの間監禁されます。監禁中はテレビを見たり、身体を鍛えたり、餃子を食べたり(なぜか提供される食事が餃子なのだ)。シャバでは妻殺しの容疑をかけられていたのでした。ある日突然監禁が解かれ、外に出されたデスは監禁の犯人に復讐するべく立ち上がります。チェ・ミンシクは顔がデカイ!そして監禁されればされるほど格好よくなってますね。

一体、誰が、何の為に、15年間もの間、監禁を・・・???ということなのですが・・・。これだけ大掛かりな風呂敷を広げているのだから、強大過ぎる悪の存在、それも組織的なヤバそうなものを感じるじゃないですか。でもフタを開けてみたら「えっ、そんなことでここまでやるの・・・?(って言っては身もふたもないのだが)」と想像したよりも随分とスケールの小さな理由だったので、ちょっとガクっと来てしまいました。

敵役のウジン(ユ・ジテ。しかし韓国の俳優さんって美尻の人多いですね)は、デスと同じ高校に通っていたくらいだから年が離れていても3歳くらいですよね。でも全然同世代に見えないんですよ。演じるユ・ジテは76年生まれ、一方のチェ・ミンシクは62年生まれってことでかなり年が離れてるんです。デスと同窓生だったウジン姉とウジンは近親相姦の関係にあって、それを偶然に見てしまったデスがポロっと「そういや、あの隣のクラスの子さ・・・」って友達にもらしたことで噂に尾ひれがついて広まってしまいウジン姉が自殺してしまったということなんですが。

デスは別に洗いざらい話しているわけではないし、近親相姦をバラそうと悪意があったわけではないから逆恨みされちゃって可哀相なんですよ。その私刑として15年監禁&奥さん殺される&自分も同じような目に合わせられる&セルフ舌切りってもう最悪じゃないですか。しかもウジン姉の自殺はウジンが止めようと思えば止められた状況だったわけで、てゆうかそもそも学校の理科室でイチャイチャしてたウジンたちに落ち度があったわけで・・・。

デスの幼い娘は監禁後に北欧かどこかに養子に出されてるってことでしたが、養子縁組はなにかの伏線かと思ったら回収されてませんでしたね。デスをかくまう女ミド(カン・へジョン)が実は娘でしたってことなんですが、前日に「私の男」を観ていたので「また近親相姦か」と思ったのでした(まあネタバレしてたわけだけど)。

でもデスとミドはウジン一味から催眠術をかけられていたのもあって、血が繋がってるって知らなかったんですよ。「私の男」が両者とも親子だと知ってて関係を続けていたのとは全然罪の重さが違うんです。知らなかったんだからしょうがない!(ラジオ爆笑問題カーボウイの人気コーナー「思っちゃったんだからしょうがない」風に読んで下さい)。お互いに知らず近親相姦っていうと、私はさいとうちほの漫画「花音」を思い出しますねえ。少女漫画で父と娘の近親相姦、えーっ?!とビックリしたものです。でも私なんとなく気付いちゃってたんですよ。だって三神は32歳って設定だったからさ〜。少女漫画ヒロインの相手役で30代って妙〜に変だな〜って思ってたんです。あっ、これもネタバレでしょうか・・・。ごめんなさい。

しかし、ウジンの復讐の方法がまたエグいんだよな〜。だってデスとミドがセックスしてるときの音声を撮ってるんですよ。で、実は娘でしたってバラした後にその音声を大音量で流すんだもん。「すごく痛いけど、私、アジョッシ(おじさん)を喜ばせたい!」ってミドが健気なのがまた辛いんですよ・・・。ミド役のカン・へジョンちゃんは、ちょっとボンヤリテイストな魅力の女子。海鮮屋で働いているときは喜び組みたいなしっかりメイクだったんだけど、家に帰ってすっぴんになるとまだあどけなくって「あれ、同じ人?」って驚いてしまいました。まあ催眠術にかかっていたかもしれないけど、見ず知らずの男を家に連れて帰るってことはやっぱり肉親だから安心感があったってことなんでしょうか。

てか日本語版の予告編観たら、前売り券のおまけが「KEEP SECRET」って書いてある口封じテープじゃないですか・・・。これだけでも、どれだけネタバレが致命的になる映画かわかるというものですよ。でもそう考えるとハリウッドリメイクって逆にすごいですね。ネタバレ知ってる人ばかりなんですから(しかも観てなくてもオチを知っている人もいるというのに)、映画化は男気ありすぎでしょ。アメリカ人は韓国映画とか観ないんですかねぇ。あっ、タランティーノ監督は観てるか・・・(笑)。

『私の男』細か過ぎて伝わらない「ん?」のニュアンス

         



二階堂ふみと浅野忠信主演ということで鑑賞。原作は観てから読みました(ブックオフになかったので定価で買ったのだった)。映画の感想は・・・う~ん、病んでる!これは病んでる人の映画だと思いましたねえ・・・。しかし原作の方がもっともっと病んでた・・・「お、かあさーん!」の下りとかゾッとしました。こりゃあ、ちょっとした人間ホラーですよ。キャラクターに共感することはまったく出来ないんですが、いわゆるひとつの病んだ話としては面白かったです。



※ガッツリとネタバレします。



「私の男」といえば、同名のフランス映画があるんですよね。随分昔に観たのですけど(何故かというと、もはや身内のような俳優ジャン=ピエール・レオーが出てるから)、ヒロインのキャリアウーマンが路上生活者の男を拾って肉体関係を結びますが、いつしか立場は逆転して男はヒモにキャリアウーマンは身体を売るようになるというお話でした。レオーはキャリアウーマンが取る客としてちらっと登場します。彼女と寝たレオーは帰りがけ、「こんないい女を抱いたのは久しぶりだ、ありがとう!」というテンションでヒモと固く握手をするシーンがありましたなあ。

往々にして小説の映画化は難しいものだと思いますが、かなり健闘しているんじゃないでしょうか。特に映像表現の特性を活かせる場面に力を注いでいたように思います。流氷のシーンはものすごい緊張感があって実に映画的でした。キャストも二階堂さんはじめとして全員良かったです。しかしながら突っ込みどころもあります。駐在さん(モロ師岡)が花(二階堂ふみ)のメガネ(殺人事件の証拠品)を持って東京のアパートへやって来て、淳悟(浅野忠信)に刺し殺されるんですが普通ひとりで証拠品を持ってノコノコと容疑者の家になんて行かないじゃないですか?で、殺された駐在さんのボディーを透明にする作業があるのかと思ったら、そのままアパートの押し入れかどこかにに据え置かれてるみたいだし(ゴミ屋敷になってたのは異臭をカ モフラージュするため?でも人間の死臭をごまかすのは無理だと思う)。まあもともとの小説が警察捜査や遺体処理のリアリティをなぞっていないからその辺はあまり追求しちゃいけないんでしょうね。

二階堂さんは頑張ってました。女子中学生から結婚前の娘さんまで違和感なし。そして美乳もチラっと見せてくれましたよ(ブラしてたけど)。「地獄でなぜ悪い」でも美乳だなあと思ったけどロリ顔美乳、誠に素晴らしいです。演技力はもちろん折り紙付きだし、名実ともに日本映画界のエースですね。浅野忠信は原作の淳悟そのままだと思いました。切れ長の目、痩せて長身、女にだらしがない、実社会から浮いてる・・・みたいな佇まいが完コピされてました。実生活でもCharaと離婚した後は娘と同じくらいの年のモデルと付き合ったりしてロリコン気味ですし!Charaと浅野忠信ってヴァネッサ・パラディとジョニー・デップみたいだなあと思ってたんですよ。いくつになってもロリータな魅力のある歌手の嫁と個性派イケメン俳優の夫というおしどり夫婦ってところが同じだなと思って。どちらも残念ながら別れてしまいましたけど。

花と淳悟が近親相姦をするシーンは一回だけなんですよ。前半一回(藤竜也に気付かれる箇所)に対して後半にもう一回くらいあった方がよかったなと思うんですけど。そういえば同行した友人Iが「浅野忠信がセックスの前に『ん?』って言うシーンが超キモイ!」と熱弁していました。細か過ぎて伝わらないかもしれないんですが、ふてくされながら朝食を食べる花に淳悟がしかけるシーンがあって、そこで花に手を振りほどかれた淳悟が 「ん?」(どうした?みたいなニュアンス)って言うところがあって友人Iはそれに耐えられないんだそうです(笑)。そのまま近親相姦シーンに突入するんですが、重なり合う二人の上からポタッ、ポタッ・・・と血の雨が降って来るんですよ。私は後から「あの血は藤竜也とモロ師岡の血だったんだな・・・」と思ったけど、友人Iは「血の繋がりがあるということの象徴では・・・」と言っていました。なるほどな〜。他の人の解釈やキモがっているポイントを聞くのはとても面白いです。

原作では花と淳悟がキスしてるのを大塩さん(藤竜也)が見て「こりゃいかん・・・」となるんですが、映画版は近親相姦してるところを窓越しにバッチリ見られてしまうんですよね。これは映画の方がパンチ効いてて良いですよ。その後に花が流氷の上で大塩さんと対決して見殺しにするんですが、オープニングで流氷から上がった花がニヤリ・・・と笑うところに繋がるんですね。ニヤリと笑った花の右側に縦書きで「私の男」とタイトルが出るんですが、縦書きに痺れてしまいました。その流氷対決の前にニュースで「流氷到来ですが、昨年は観光客が流氷の上に乗って流された事例があるからくれぐれも乗らないように」と死亡フラグが流れるんですよ。これは「何かが起こるぞ、起こるぞ・・・」という感じビンビンでした。花は淳悟が本当の父親だって知っていたんですが、じゃあ母親は誰なの??てか花が生まれたときに淳悟はいくつなの??と頭の中がハテナに。原作を読んでわかったんですが、淳悟が16くらいのときに親戚の家に預けられていて、その家の奥さんと作ってしまった娘が花なんだそうです。恐ろしや~!花はその家で生まれ、その家の夫婦の子として育てられたのでした。その後、一家は奥尻島地震で被災して花以外の家族は死んでしまったので淳悟が花を養子にするんです。

花の子役(山田望叶)の子はまるっこい目と鼻が二階堂さんに繋がる感じでよかったです。体育館に置かれた家族(お母さん?)の亡骸に「ドン!」とケリを入れたりしているシーンがあるんですが、家族関係がうまくいってないことがケリひとつでわかるのでエコな演出だなと思いました。このとき花は10歳(原作では9歳)。原作では淳悟に引き取られてからしばらくして近親相姦をしていて超ドン引きしました(しかも花は既に初潮を迎えていたのだ)。そもそも淳悟という男が深く病んでいる人間で、お父さんが亡くなってから実のお母さんと色々確執があったみたいなんですね。で、花と近親相姦するときに「お、かあさーん!」と言ってしがみついたりしてるんで(原作)、あーこりゃ、あー相当こじらせてるわ・・・と彼の底知れぬ深みにゾゾゾ ・・・っとしてしまうわけです。

原作を読んで初めてわかったことはもうひとつあって、小町さん(河井青葉)がラブホで淳悟がシャワー浴びてる時に彼の荷物からアクセサリーを見つけるんですよ。ダイヤっぽいピアスでそれを見た彼女は実に微妙な表情を作るのですが、これって婚約指輪じゃなくてピアスを買って来た=結婚する気はないってことがわかって凹んでいるんだろうかと思ったんですね。そうじゃなくてピアスは花へのプレゼントだったのです。花が飴のようにピアスを舐めているシーンで私にはキャッチしか見えなかったのでわからなかったんですよ。受付嬢として働く花の耳に似た様なピアスが揺れてんな、と思ったんですけど、野暮天ですみません。しかし小町さんと淳悟のベッドシーンは意味もなく長かったですね。うつぶせになった彼女の身体(ちょっと痩せ過ぎ)を上から撮ってぐる~っと回したりする演出も長かったし。この時間を削ってもっと花と淳悟の病んだ関係性を掘り下げて欲しかったと思いました。

社会人になった花は会社で知り合った美郎(高良健吾)と親しくなるのですが、高良さんはまるで女子かと思うくらい華奢で美しいですね。タクシーで花を自宅まで送った彼が淳悟に絡まれるシーンがあるのですが「服を脱げ」という淳悟に「う、上だけですよ!」と答えてしまうシーンでは思わず吹き出してしまいました。原作では美郎と結婚する花ですが、ラストの銀座のレストランにいるのは別の男。この顔見覚えが!と思ったら「桜並木の満開の下に」に出てた三浦貴大さん。彼が、この病んでる父娘の血祭りにあげられてしまう可哀相な婚約者の役でした。原作は親子の会食から挙式当日、新婚旅行に新居入居まで悪意たっぷりに描かれていてかなり読み応えがありました。特にベテランの結婚式場の人が淳悟の方を新郎だと思うシーンが秀逸です。

花は結婚するんだけれども、淳悟との関係は引き続き続いて行くという後味が最高に悪いラストです。テーブルの下で淳悟の脚に自分の脚を這わせて「いい・・・?」と呟く花。私には「いい・・・?」って聞こえたんですが、あとから調べたらどうやら違ってるみたいです。劇中ではドボルザークの「遠き山に日は落ちて」が哀愁たっぷりに使われています。ドボルザークはチェコを代表する有名な作曲家。この曲はキャンプファイヤーや下校の歌として日本人にもおなじみですね。私も林間学校のとき歌いました。日本語の訳詩(かな?たぶん)もすごく綺麗なんですよね。ドボルザークはこれを作曲したときにアメリカにいて、遠き故郷チェコのことを思い浮かべながら作ったんだそうです(とチェコ語の先生が言っていました)。

監督の熊切和嘉さんのフィルモグラフィーを見たら「ノン子36歳(家事手伝い)」の監督をされている方でした。こういう日常の延長線上にある和エロなテイストには定評のある感じなのかな。まだ39歳だそうで、驚きです。同じく熊切監督で満島ひかり主演の「夏の終わり」は予告編何度も観たんですけど、まだ本編は観ていません。今度帰ったら観ようかな。原作は小町さんや美郎の心情も細かく描かれていて面白いです。「〜だわ、淳悟」みたいに花のセリフが芝居かかってるのは少しひっかかるんですが。しかし結婚式のサムシングオールドで大塩さんのカメラ(大塩さんが流される前に見た人物、つまり花が写っている)を持って来る淳悟って本当に最悪ですね(褒めてる)。


『きっと、うまくいく』♪アールイーズウェー♪

         



映画評論家の町山智浩さんのポッドキャストで存在を知ってはいたものの、タイトルになんとなく中学生日記的な説教臭さを感じたので観ていませんでした。既に鑑賞済みの友人Iがプッシュしてきたのでレンタルしてみました。いや~面白かった。3時間くらいある長尺なので途中でインターバルの表示が出たりするんですけど、全然飽きさせないんですよ。よく欧米で映画レビューの褒め言葉として「Never a dull moment -New York Times」みたいなのがありますが、この映画がまさにそう。この映画のためにある言葉と言っても過言ではないと思います。私と同じく思って敬遠している方には騙されたと思って是非観て頂きたいです。


※大きなネタバレはありませんが、まっさらなまま鑑賞したいという方はお気をつけ下さい。


インドのデリーあたり(?)にある有名工科大学に入学した青年たちの友情と恋と苦学を描いた青春映画です。知ってる俳優、もちろん一人もいない。監督も知らない人だし要所要所に挿入される歌も初めて聴くものです。しかし開始してからアッという間に物語に引き込まれ、まるで自分も旧友ランチョー(アーミル・カーン)を探す同窓生の1人になったかのように思えるんですよね。お話は彼らが卒業してから10年経ったところから始まります。ファルハーン(R.マヴァダン)とラージュー(シャルマン ・ジョージー)、ランチョーは大学時代の仲良し三人組。卒業して10年が経過したある日、同窓生のチャトゥル(オーミー・ヴェイドヤー)から大学に呼び出されます。今はアメリカでビジネスマンとして成功しているチャトゥルが、サクセスぶりを見せつけるために当時ライバル視していたファルハーンたちを召還したのでした。ところが一番ライバル視していたランチョーがいません。現在は北インドにいるらしいということで彼らはランチョーを探す為に車で出発するのでした。ファルハーンの視点で学生時代の思い出を回想しながらロードムービーするという構成です。

聞き慣れないインドの名前ばかりなんだけど、みんなキャラが立ってるのですぐに「ああ、この子はこういう子ね」というのが分かりやすいんですよ。ファルハーンは父親からのプレッシャーでエンジニアになるために工科大学 へ入ったんだけど、実は写真が好きで動物写真家になりたいと思っているメガネのオバチャンっぽい風貌の男子。ラージューは病弱なお父さんがいる貧乏な家の出身で信心深くナイーブ。ランチョーは天才肌で自由奔放なわんぱく坊主風。ランチョーは誰かに似てるな、似てるな~と思ってたらエミネム似ということが町山さんのポッドキャストで判明してスッキリしました。敵対するチャトゥルは舌ったらずのイヤミな優等生です。

ランチョーの出自は謎なんですが、彼は地頭がいい子で科学や工学の知識を実生活に応用させるのが上手な学生。立ち小便をする先輩をそこらへんにある道具を使って即席で作った装置で感電させたりするシーンは痛快です。一方のチャトゥルは実家が裕福ですが詰め込み型の 勉強ばかりしているガリ勉タイプ。教授に気に入られようとして必死なんですが、最後にはいつもランチョーに一本取られて悔しがっています。この対比もわかりやすい黄金パターンなんだけど、面白いんですよね。ラストであっと驚く逆転劇になるのが痛快です。

学生たちがウイルスと呼んで恐れている学長(ボーマン・イラーニー)も出ただけで「ああ悪役」ということが一発でわかる顔をしています。ギラっとした目つきがヴィランって感じ。この分かりやすさはディズニー映画のようです。ランチョーと恋に落ちる医学生のピア(カリーナ・カプール)はなんとあの学長の娘だったという展開です。ピアも誰かに似てる・・・と思ったんですが、シンガーのLISAを細くした様な感じの顔じゃないですかね 。

一番好きな歌は、サブタイトルにもした♪アールイーズウェー♪コミカルな中にインドっぽさもありキャッチーで思わず口ずさみたくなるナンバーです。アールイーズウェーは、ランチョーの座右の銘。緊張した時や頑張りたい時に唱えると不思議と力が湧いて来る呪文の様な言葉です。アールイーズウェーは、ランチョーの故郷で夜に見回りのお巡りさんが発していた言葉で、外から響くこの言葉を聞くと皆安心して眠りにつけたというエピソードがあるんですね。「All is well」がヒングリッシュになると「Aal izz well」になるのか・・・。なんか懐かしいな〜。いえね、インドには一度しか行ったことがないのですが、そのときの経験から大好きになってしまってこういうなまりだったりとか細かいインド的なものにグっときてしまいます。はああ、また行きたいな・・・。


思わず参加したくなる、アールイーズウェー♪↓





寮の中、みんなで「アールイーズウェー♪ピッピッピー♪(口笛)」と歌い踊っていたら、学長に提出締め切り延長を断られてしまった苦学生が部屋で首吊ってるのが発見されるんですよ。ええーっ?と、これにはビックリしましたね。その後ラージューも思い詰めて学長室から飛び降り自殺しようとしますし、面白い顔してますけど学長は結構ヒドいんですよね。町山さんの解説によると高等教育が全カーストに開かれたインドでは親や村の期待を一身に背負って苦学する学生も多く、そのため少しでも進級や卒業が立ち行かなくなると自殺に走ってしまう傾向があるんだそうです。学生にかかるプレッシャーも並大抵のものではないのでしょう。にしたって死ななくてもいいのに・・・とレジャーランド化した大学の国の人としては思ってしまいます。

ラージューの家庭は貧乏で病弱なお父さん、お母さん、行き遅れの姉という家族構成。「ラージューの実家はまるで50年代のインド映画のようだ・・・」というモノローグがあり、彼の実家シーンはすべてモノクロに切り替わるんですよ。貧乏だから孫の手も買えないということで、お母さんが料理ツールでお父さんの身体をかいてあげてそのまま料理を続けるというギャグシーンがあります(笑)。しかし貧乏な家の出でも高等教育を受けられるようになったことが、現在発展を続けるインドの原動力になっている部分もあるとか。学歴付けて一発逆転出来るチャンスがあるってこ とは素晴らしいですね(10年後のラージューは結構いいアパートに嫁と住んでいるので本当に良かった)。

インド映画には9つの要素が入っているんだそうです。色気(ラブロマンス)・笑い(コメディー)・哀れ(涙)・勇猛さ(アクション)・恐怖(スリル)・驚き(サスペンス)・憎悪(敵の存在)・怒り(復讐)・平安(ハッピーエンド)引用元はこちらのページ。なるほどこの映画も当てはまる部分が多いかも。ラブロマンスはランチョーとピアのパートで表現されていますし(歌と映像が乙女チックすぎてなんか恥ずかしいんですが)。笑いは全編を通してふんだんに盛り込まれています。チャトゥルが差し替えられたスピーチ原稿を読むところが最高でした(チャトゥル役の人の腰巾着おべっか演技がまた笑いを増幅させてる)。涙といえば、私が一番泣いたところはファルハーンがお父さんに本当は動物写真家になりたいって言って認めてもらえるところですね。昏睡状態のラージューが意識を取り戻した所もよかったですし、ピアのお姉さんが嵐の学内で出産するシーンも素晴らしかった(アールイズウェー♪が赤子の命を救うのだ)。アクションとスリルはランチョーたちが学長室に忍び込んで試験問題を手に入れるところで入ってるし、敵の存在は強大なヴィランである学長が一手に引き受けています。復讐はギラついたものではないけど、最後にスカっとする一幕があってハッピーエンドに繋がります。うーん、納得の全部入り。だからインド映画は長くなっちゃうんだなあ。その他にもランチョーは実は別人だった・・・みたいなミステリー要素もあって、本当に本当に盛りだくさんですよ。

ラストはチベットの方にあるラダックに行くのですが、ここがメチャ綺麗!湖の色が目の覚める様なブルーなんですよ。「俺、ここ、行きたい!」(しつこいですがキムタク風。しかしこれは何にでも応用出来る魔法の言葉だな)ってなったわけです。いや〜、インドいいっ!インドいいよ!北から南まで色んなものが詰まっている実に魅力的な国である。今は妄想しか出来ないが、将来インドに住むことは私の夢なのだ。理想型は「マリーゴールドホテルで会いましょう」のジュディ・デンチ様なのである。

こうしてダルなモーメントがネバーなまま、3時間引き込まれてしまった。観賞後に色々映画のことを調べていたら、ランチョー役のアミール・カーンは撮影当時44歳だという衝撃の事実がWikiに書いてあった。えええええ?!どうしたって20代前半にしか見えない。それにあのTシャツの着こなしやメッセンジャーバッグをたすきがけにした感じはどう見たって現役大学生のそれである。お見事と言うほかない。撮影中は水を4ℓ飲んでいたって書いてあるけど、やっぱり常に水分を循環させるのってアンチエイジングに効くのですねえ。ちなみにファルハーン役の人は当時39歳、ラージュー役の人は30歳だったんだそうです。しかし、ランチョーやピアの顔って欧米人とほとんど変わらないですね。ランチョーはエミネムそっくりだし、ピアは南欧っぽい。インドの大御所俳優アミターブ・バッチャンはイタリア人みたいだと思う。インド人とひとくちに言っても種々多用だと思いますが、インド人のルーツに関しても大いに興味を引かれるところです。あとランチョーはメガネをかけてた方が絶対にイケメンだと思いました。

『GODZILLA ゴジラ』松井選手はきっといい人

                        



友人Iに誘われて観に行って来ました。ワタシ、怪獣映画とかホント興味ないんですけど・・・と例によって及び腰の私。しかし友人Iは「キャプテンアメリカだって、パシフィックリムだって観たら面白かったじゃないか」と主張。キャップやパシリム、観る前は全然興味のない映画だったけど確かにとても面白かったのです。今回も騙されたと思って付き合って来ました。まあ、そこそこ面白かったです。キャップやパシリムのときの興奮には遠く及びませんが・・・。

あらすじを追いながらだと長くなってしまってカッタルイので、印象に残った点を記してみます。

主役のフォードにアーロン・テイラー・ジョンソンくん。彼はキックアスで、ひょろひょろ高校生を演じていましたが実は筋肉もある甘いマスクのイケメンということは周知の事実ですね。「ノーウェアボーイ ひとりぼっちのあいつ」に主演したときに年上の女流監督サム・テイラー・ウッドと知り合って結婚。既に二児の父なんですが、まだ24歳の若さなんですよね・・・。だからかもしれませんが、若いんだけど妙に落ち着いた雰囲気を漂わせていますよ。本作でも5歳くらいの子供がいる役です。

アーロンくんの嫁エルを演じるのがエリザベス・オルセン。あのオルセン双子姉妹の妹です。エリザベスは顔の造形がエレン・ペイジにそっくりだと思うのは私だけでしょうか。ゴジラではアーロンくんと夫婦役なんですが、なんと!アベンジャーズの次回作では双子の姉弟役なんだそうですよ。確かキャップ続編のおまけシーンで双子が出てましたね。実験室みたいなところで超能力を見せていた様な・・・。来年の春公開だそうで、楽しみです。続編といえばゴジラも2018年に続編公開決定だそうです。

日本の怪獣映画ということで、我らがケン・ワタナベが博士の役で出ています。ケンさんファンの方には申し訳ないんですが、渡辺謙って演技がワンパターンすぎやしませんか?わりとどの役でも同じだなっていうか、一本調子な感じが今回すごくしてしまいました。英語のセリフまわしも浮いてるし、欧米系キャストに囲まれているとそれが余計に目立ってしまう。ハリウッド映画にコンスタントに出てる俳優さんなのだから、もうちょっと頑張って欲しい!あと渡辺謙のお父さんがヒロシマ原爆投下で亡くなっているという設定なんですが、おじいさんの間違いでは・・・?いまいったい何歳なんだよ!って思った方も多いことだと思います。「ゴジラ」を「ゴッズィーラ」と言わずに日本語読みしてくれたのは良かったですが。渡辺謙の助手が「ブルージャスミン」で貧乏な妹役をやっていたサリー・ホーキンスでした。彼女は「ブルージャスミン」で助演女優賞にノミネートされた地味な実力派ですが、この映画に出る意味は果たしてあったのか・・・?

さてゴジラなんですけれども、私は恥ずかしながらゴジラ映画を観るのは初めてなんですよ。それを聞いた友人Iは「ゴジラを観たことがない・・・?映画好きの日本人なのに?!」と驚いていました。それを言うなら寅さんも観たことないし、釣りバカも観たことないです(ごめんなさい)。ゴジラよりもゴーヤー(質感がゴジラとそっくりの沖縄県産苦瓜)の方がなじみがあるってくらいで・・・。映画における怪獣の面白さもパシリムでやっと気付いたくらいなので・・・。しかしこの映画、タイトルロールにもなっているゴジラが主役のはずなのに写ってる時間は圧倒的にムートー(ゴジラの敵役の大型コウモリみたいな怪獣)の方が長いんですよ。ムートー=武藤?ってことで私と友人Iは映画の後で「武藤さんが・・・」とまるで日本人の知り合いのように武藤さんのことを語ってしまいました。

フィリピンの山奥で発見された大きなサナギの中に武藤さんが入っているんですが、オスとメスで二体あったようなんですね。オスのサナギは日本(地名は架空のもの。しかし「ジャンジラ市」って・・・)に、メスはラスベガスに運ばれて渡辺謙が働く組織の監視下に置かれていたんですがオスが孵化しちゃうんですよ。オスは東側に飛んで行くんですが、何故かというとメスと繁殖するためということなんですね。べガスで孵化したメス(オスよりかなり大きい)は西側に飛んで二匹はちょうどサンフランシスコの辺りで出会うことになるんですよ。繁殖の為に移動ってことは、大スクリーンに怪獣の交尾シーンが写るのか??と思ったのですが。その後メスは破壊されたサンフランシスコの街に卵を産みつけるんですよ。その中には既に子武藤がいっぱい入ってるんです(気持ち悪いけど、なんだか笑えるシーン)。あれ・・・?武藤さんたちは一体いつ交尾したの?私が交尾シーンを見逃してしまったんでしょうか。武藤夫妻の子作り問題については大いに謎が残る所です。

ゴジラが人類にとって「敵かな?それとも味方かな?」ってハッキリしないところが、なんだか渋いですね。そういえば終演後に「ゴジラは作品によって敵だったり、味方だったりする」と語っているメンズがいました。ゴジラの中の人はモーション・アクターとして有名なアンディ・サーキスさんです。ゴラムやキングコング、「猿の惑星 創世記」のシーザーの中の人もやっていて、中の人界の売れっ子ですね。ぬくもりと着ぐるみ感があるゴジラでした。登場時間が短かったのが残念。「ジャララ、ジャララ、ジャラジャラジャラジャララ・・・」っていうゴジラのテーマも流れなかったのも残念です。

この映画にコメントを寄せている有名人なんですが、宝田明(オリジナルで主演)や、みうらじゅんがコメントするのはわかる。しかし何故にもえちゃんエビちゃんが・・・?ゴジラや怪獣的な業界からは一番遠い人達だと思うんだけど・・・。お二人とも優等生的なコメントをされてますが、赤文字雑誌モデルが怪獣映画にコメントを求められても困るでしょうな。映画会社がオナゴ達にも観に来て欲しかったから依頼されたのだろうか・・・。そんな中、元ヤンキースの松井のコメントにはなんだか癒されてしまいました。松井さんのことはよく知らないけど、きっといい人だと思います。有名人コメントはこちらからどうぞ。

『赤い影』映画史上に残るセックスシーンと聞いて鑑賞

        


※ネタバレなしですが、まっさらなまま鑑賞したい方はご注意下さい。


映画評論家の町山智浩さんのポッドキャストでこの映画のことを知り、レンタルしてみましたジャンルでくくれない色んなテイストを持った映画なんですよ。ホラーでもありラブストーリーでもありサスペンス要素もありで。「・・・で、結局アレは何だったの?」っていう確固とした答えも出ずに終わります。もういい年をした大人なので悪の明確な目的が提示されないまま終わる映画も沢山観て来ていますが、子供の頃に観たらちょっとトラウマになるかもしれませんね・・・。70年代初頭の映画なので、くすんだ感じの画も不気味かつ美しいのですよ。不吉が起こる直前の画面も不気味美しい。主人公夫妻の娘が赤いコートを着て水辺を歩いているのが水面に反射してい るのですが、テカテカと光った赤いビニール素材のコートの鮮やかさがとても印象的です。この演出はラストでドナルド・サザーランド演じるお父さんがアレを追いかけるシーンでも同じように使われていました。

そもそも何故に興味を引かれたかというと、町山さんのポッドキャストで「赤い影」には映画史上に残るセックスシーンがあると紹介されていたからです。それは観ない訳にはいかない!ということでレンタルに至ったわけなんですが。事故で幼い娘を亡くしたジョン(ドナルド・サザーランド)とローラ(ジュリー・クリスティ)の夫婦は夫の仕事(美術品修復)でベネチアに来ています。レストランで偶然出会った老姉妹のうち、霊感がある盲目の妹がローラに「あなたの娘はすぐそばにいて 、あなたたちを見守っているわ」と告げます。それで、ローラは安心するのですがジョンの方はスピリチュアルなものに懐疑的なんですね。それでベネチアで久しぶりに夫婦の営みを行うんですよ。

このセックスシーンがとても長い。ベッドの上で絡み合う二人と部屋やバスルームで出かける前に身支度する二人が交互に映されて、なんだか「一緒に暮らして長い夫婦の実生活に根付いた営み」という感じに描かれているんですよね。結婚生活が長くてカスガイとなる子供が不慮の事故でなくなったりしているけれど、それでも二人が充分に思い合って愛し合ってるのが伝わって来るんですよ。だから「映画史上に残るセックスシーン」と聞いてイメージするような扇情的なものとはちょっと違うんですよね。70年代当時のイギリス映画におけるセックスシーンの濃厚度はよ く知りませんが、その頃にしては二人とも全裸だし尺は長いしセンセーショナルだったのかもしれませんね。ドナルド・サザーランドも普通のおじさんだし、ジュリー・クリスティは美人だけど痩せていて胸もおしりも全然ないしで、二人とも普通なんですが普通の人達の営みだからこそ響くということもありますよね。リアルなセックスシーンなので「これは本番なのか?」という噂も立った様ですが、監督自らがが否定しているそうです。

私が今まで観た映画の中で印象に残るセックスシーンと言えば、やはり「ラマン」でしょうか。「ラマン 本当にやってるの?」というキーワードで訪問される方が結構いらっしゃいます(笑)。本番かどうかは知りませんが、レオス・カラックス監督の「ポーラX」という映画はガチだそうです。今は亡きギョーム・ドパルデュー(ジェラール・ドパルデューの息子)が主演していますが、相手役女優のボディダブルとセックスしてるそうで「初めて会った全く知らない人とセックスするのは大変だった」とインタビューで言っていました。いや~、俳優って大変な仕事ですよ。洋画のセックスシーンって、言い方はヘンですが動物園でオリの中の動物が交尾してるのを見ている感覚なんですよね。でも邦画や韓国映画のそれは、こちらのヘンな言い方ですが自分の家で飼ってるペットが交尾してるのを見ちゃった感覚。なんか距離感が近いというんでしょうかね。妙に照れてしまったりしている自分がいます。

セックスシーンはさておき、町山さんによるとこの映画(とその原作小説)は男と女の違いを浮き彫りにしている部分もあるんだそうです。共感力が強くてスピリチュアルなものに抵抗のない女性と、その反対の男性。両者の間には深い川が流れている・・・ということだそうで。確かに女性は占いとか大好きですよね。前から不思議に思っていたのですが、若いオナゴ向け雑誌には必ず後ろの方に星占いが付いてますよね。しかしミセスが読む様な雑誌にはそれがない場合が多いのです。結婚してしまったら、今月の恋愛運をチェックして一喜一憂したりする必要がないからですかねえ・・・。確かに私自身も独身の頃はよく占いチェックしてましたね。それも年間とか半期とかのロングスパンのやつ。月間とかだと、そこまで色々なイベントが起こらないじゃないですか?(笑)

赤いコートが印象的に使われている本作ですが、赤という色は難易度が高くないですか?とくに濁りのない真紅は強烈な色なので美女(美少女)か、着る人の個性がしっかりと確立していないと色に負けて野暮ったくなってしまいそう。そういう意味では、ラストのあの人は赤がしっくり来ていましたね。ということで、気になった方は是非映画をチェックしてみて下さい。

赤いトレンチコートとか、憧れてしまいますが・・・ベージュもイマイチちゃんと着こなせてないのに赤とかハードル高過ぎます、私には・・・。バーバリーとかアクアスキュータムとか超王道のブランドもいいですけど、それよりも買いやすい価格帯で色んなブランドがあるんですねえ。



『エクソシスト』悪魔よりも生身の人間の方がずっと怖い

          



友人IからもらったDVDで鑑賞。超有名ホラー映画なんですけど、恥ずかしながら観たことがありませんでした。73年の製作だから、もう40年も前の映画なんですね。きっと当時はメチャクチャ怖かった映画だと思うんですけど、今見ると普通っちゃ普通です。40年のタイムラグがある上にキリスト教的なものがベースにない国に育った人間には正直言って「よく出来てる映画かもしれないけど、これがそんなに怖いかなあ・・・」という感じ。悪魔より狂った生身の人間の方がおっかないんですよ!「オーディション」しかり「冷たい熱帯魚」しかり。

すでに後ろブリッジで階段を降りるシーンとかもネタバレしちゃってるんですよね。超有名シーンだから色々パロディされつくしてるので、仕方ないですけれども。私が小学生のときに民放の地上波で「エクソシスト」が放映された日のことをボンヤリと覚えてます。学校で、誰が言い出したか知らないけれども「映画に出た女の子はリアルでも悪魔に呪い殺されたらしい・・・(神父役や映画関係者バージョンもあり)」という噂がまことしやかに流れ、子供たちを震え上がらせたのでした。「見ない!エクソシスト絶対に見ない!」と恐怖に引きつる子供たち。ネットで調べてもそんな噂どこにもなかったので、今考えると私の小学校で流行った都市伝説のようなものだったのかもしれません。

そういえば前に「尼僧ヨアンナ」ってポーランド映画を観ましたが、この映画がブリッジの元ネタなんですよね。悪魔はブリッジがお好き?なんとなく「尼僧ヨアンナ」のスーリン神父と「エクソシスト」のカラス神父の俳優さんも似ている気がします。個人的には女優親子が住むお家のインテリアがヨーロピアン調で素敵だなと思いました。玄関に華奢なソファーとか置いてあってなんかいいんですよ(本筋と全然関係ないな)。ということで、特にホラー映画みたいな人を驚かせるネタの鮮度が命!みたいなジャンルはあまり寝かせすぎてもよくないですね。今の子供は「リング」を観たことなくても貞子がテレビから出て来るのを知ってたりするんだろうな・・・やっぱりリアルタイム感って大事ですね。

かっこいいテーマ曲。テレビ等でおなじみですね↓

『太陽はひとりぼっち』「愛の不毛」って、何かね・・・(菅原文太風に)

          



確か「さよなら渓谷」の原作を読んだときに、この映画の話が出て来ていたか・・・と 思いますが、ともかく吉田修一さんの本の中でこの映画について触れられていたのでレンタルしてみました。ミケランジェロ・アントニオーニ監督、モニカ・ ヴィッティとアラン・ドロンが主演した大人の映画です。アントニオーニ作品は今までに「欲望」を観てますね。成熟したヨーロッパの芸術映画なんだけ ど・・・うーん、よくわかんない!(ローラ風)と言ったところでしょうか。「欲望」もそうだけどコレを観たことがあることがカッコイイ、みたいな感じか な~。「アントニオーニの映画でさ・・・」って話してるのもなんかカッコイイですよね。ミケランジェロ・アントニオーニって名前を自らの口蓋から発声する喜び、みたいな・・・(笑)。



※ネタバレします。





最初観たときは「理解不能」って思ったんですけど後からネットで読める解説なんかを見てみると「愛の不毛」を描いた作品らしいです。ああ、そう言われるとそうかもなあって思いますよ(笑)。イタリアのクールビューティー、モニカ・ヴィッティは翻訳をして暮らしている女。彼女が男を冷たくふる場面から始まります。「もう愛してないの」と冷めた目線で言うモニカ。お洋服はノースリーブの無地のワンピースで、髪の毛は乱れた感じのカーリーヘアです。私が二十歳そこそこだったら「うわ〜、カッコイイなあ、大人だなあ」ってワクワクしてそうなシチュエーションですよ。私は 若い頃、ヨーロッパ映画によくある「愛が冷めるシーン(女が男をふる場面限定。そういえば逆はあまり見ない気がしますね)」が大好きでした。なんか大人だな〜と思ってこういうのに憧れていたんですよね。森瑶子先生の小説にも似た感じですよ。しかし、私の実生活では男をふるどころか逆にふられてばかりでした。トホホ・・・。

モニカ様は、男と別れて証券取引所みたいなところへお母さんを探しにやって来ます。お母さんは株にハマっていて毎日通っているのでした。そこでは大勢の株式仲買人(?)の男が働いているんですが、そこにアラン・ドロン演じるピエロという男がいるんですね。アラン・ドロン、全盛期の美貌はため息ものです。うちの父は「アラン・ドロンの魅力は、下層階級に生まれた者だけが持つ上昇志向と相まって一層に輝くのだ」的なことを言っていましたが、やっぱり「太陽がいっぱい」の影響が大きいのでしょうかね。確かにお坊ちゃんではないハングリーさを秘めている感じがします。本作ではホワイトカラーの男なんですが、持ち前の頭の良さで成り上がった的なニュアンスも感じ取れます。そういえばプラハにはアラン・ドロンブランドの紳士服のお店があるん ですよ。お店には彼の若き頃のポートレイトがバーンと飾られていて、ちょっと気後れするんですが・・・。日本でも紳士服のCMに出ていたみたいですね。彼の香水もあるし、セレブのファッションビジネスの先駆けだったのでしょうか。

それで、モニカ様とアラン・ドロンが出会って不毛の愛するのかと思ったら、それまで結構長いんですよ。モニカ様がアフリカから来た女友達の家に行ってマサイ族の扮装をして遊んだりするシーンやお母さんが株で大損し たりするシーンが延々とあったりします。中盤ぐらいになってやっとアラン・ドロンがモニカ様にアプローチをかけるんです。これが、くっつきそうでくっつかない(モニカ様が冷たく拒絶するのだった)。普通の映画を見慣れた 私にとっては「早くキスせんかい、早く、ブチュ〜っと!」と疲れてしまうんですね(笑)。私が個人的に気に入ったシーンは、家でスペイン語の翻訳をしているモニカ様のところへアラン・ドロンが行くシーンです。窓の外から「『上がってもいい?』ってスペイン語でどう言うの?」とアラン・ドロンが言うのが萌えでした。

結局は、ねんごろになる二人。しかし一方でアラン・ドロンの車が盗まれてそのまま泥棒ごと川にドボンしたりと不吉なことが起こったりします。常に気怠さを漂わせたモニカ様はイケメンで若い恋人が出来ても浮かれることはありません。ここもなんかカッコイイですよね〜。「あなたと会ってあげてもいいわ・・・(前髪が顔にパラリ)」って感じなんですよ。この映画で二人がよく出会う街角があるんですが、街角というよりは新興住宅地みたいに空き地にポツポツと建設中のマンションが立っている場所。生活感がまるでない寂しいロケーションで、人影もほとんどありません。この殺風景な舞台がヒロインの心象風景という気もしますね。モニカ様は建設中のマンションの側に置いてある水を張ったドラム缶の中に木っ端をそっと入れます。沈むでもなく、浮くでもなく水の中を漂う木っ端。モニカ様は何回かこの場所に戻って来るし、カメラはドラム缶の中を凝視します。一体コレは何なのか?そしてラストはその人通りのない道路を照らす常夜灯の灯りのアップでFIN・・・。寂しげな終わり方ではなく、不穏に満ち満ちたムード。こうこうと灯った常夜灯がいくつか映し出され、アップになり強烈な光を放っているように見えます。この不穏な光は何なのか?いったい何が言いたいのか?・・・つまりは「愛の不毛」に集約されるのだ、と言われると「なるほど」と腑に落ちたんですよ。

自分でも上手く説明出来ないんですが、愛を見つけても人生は粛々と過ぎ行く無常・・・木っ端や電灯など取るに足らないつまらないものが、ずっとその場に存在し続けるように・・・みたいなことが言いたかったのかなあと(私の解釈です)。邦題はちょっとお茶目な印象さえしますが、原題は「L'Éclipse」。第一の意味は日食や月食ですが、辞書を紐解くと「かげり、低迷」などの意味もあるそうです。ちなみにこの映画は62年のカンヌでパルムドールを受賞していて、アントニオーニの愛の不毛三部作を構成する1本なんだそう(あとは 「情事」と「夜」。モニカ・ヴィッティはすべてに出演)。モニカ・ヴィッティ様はソフィア・ローレンなどに代表されるような太陽みたいなセクシーなイタリア女というタイプではなく、静かで冷たい印象なので「愛の不毛」が似合うのでしょう。ヨーロッパの退廃美を体現する女優さんだったのですね。

『ジョアンナ』私がオリーブ少女だった頃に

        


有名なこのビジュアル、実はヒロインのジョアンナではなくインテリアに使われていた絵だったようです。

今はオリーブ少女の成れの果て(オリーブおばさん)の私ですが、現役オリーブ少女だった頃にこの映画がリバイバル公開されていたんですよ。オリーブにも1ページ使った映画の広告が入ってたんです。私はそのページを切り取ってポスターのように部屋の壁に貼っていたのでした。どの映画館でかかるかは忘れちゃったんだけど、東京のお洒落なミニシアターだったと思います。私は当時東京近郊のダサイことで有名なS県に住む中学生だったので、都心のお洒落なミニシアターなんてパリやロンドンと同じくらい遠い存在でした。そんなわけでリバイバルは観に行くことが出来なかったこの映画、私がオリーブおばさんになってからDVDが発売されていたらしくレンタルすることが出来ました。

ジョアンナ(ジュヌヴィエーヴ・ウェイト)は田舎から出て来た可愛い女の子。ロンドンのおばあちゃんの家に下宿してアートスクールに通っています。友人のキャス(クリスチャン・ドーマー)の友人ベリル(ジョアンナ・フォスタージョーンズ)と出会い、ハイソでファンキーな世界に足を踏み入れます。その後、ベリルの兄ゴードン(カルヴァン・ロックハート)と恋に落ちたジョアンナ。警察に追われる彼をかばいつつ、身重になったジョアンナは遠くに旅立つのでした。

三行であらすじを言うとこんな感じです。でもストーリーはあってないような・・・少なくともストーリーを真剣に追いかけて観る映画ではないような感じ。ただひたすら60年代ロンドンの空気とファッションを楽しむためのあらすじという感じで、スウィンギング・ロンドン(お金持ち版)のプロモーションビデオみたいな映画だと思いました。ジョアンナがアーパー娘(死語)だとかヤリマンだとか、言うだけ野暮というものです。

ジョアンナのお父さんとの確執めいた描写なんかがあるんですが伏線でもなかったようだし、ゴードンが実際は何で警察に追われてたかもよくわかりません。ただ、ベリルの彼氏役で余命幾ばくもない伯爵(若き頃のドナルド・サザーランド)が、モロッコの夕陽を見ながらジョアンナに死生観を語るシーンは結構良かったです。ドナルド・サザーランドはキーファー・サザーランドのおとっつあん。私はおじいさんになってからの活躍しか知りませんが、若い頃はこ んな感じだったんだな~。ずっと「誰だろうこの見覚えのある人は・・・」と思っていたら、キーファーのおとっつあんだったんですよ。

書くこともないのでファッションの画像でも載せようかと色々検索をかけてみたんですが、全然いい画像が見つからず・・・。Youtubeで見ることが出来る関連動画を貼付けたいと思います。


ジョアンナのテーマ↓




ドナルド・サザーランド演じる伯爵がモロッコの夕陽を見ながら死生観を語る名場面↓

『嘆きのピエタ』うなぎが食べたい・・・(その2)

        

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これも確か「5時に夢中!」の中瀬親方エンタメ番付で紹介されていましたね。志麻子さんが「このオカンは私みたい」って言ってたので、興味をそそられました。映画の公式HPには志麻子さんのコメントも寄せられています。「生きていようが死んでいようが、息子を抱く母はいつも泣いている。その母が聖母でなくても、その息子が神の子でなくても」・・・さすが志麻子先生、深いぜ!ものすごい熱量の母性愛が息子に注がれる韓国映画というと「母なる証明」が強烈でしたね。最近観た「マレフィセント」もそういう話でしたが、ディズニー映画の母性愛がプラスチックのおもちゃに見える程、この映画のそれはある種、怪物的な凄みを持っていて圧倒されました。

監督はキム・ギドグさん。名前は聞いたことあるくらいだな~と思ってたらキムさんの「ブレス」という映画を観たことがありました。主演が台湾人俳優のチャン・チェンだったから観たんですよね。「グリーンデスティニー」の盗賊役で「カッコイイ!」と思って、しばらく彼の映画ばかり観ていたときがありました。キム・ギドク監督の経歴ですが、30歳くらいまで映画を観たことがなく留学先のパリで「羊達の沈黙」と「ポンヌフの恋人」を観て衝撃を受けて映画の道に入ったのだそうです。マジで?!そっちの経歴の方が衝撃ですよ・・・。若い頃から映画ばかり観ていたタランティーノ監督なんかとは対極にあるきっかけですね。



※ネタバレします。



ダークで見応えのある映画でした。ラストは「え〜?う~む・・・」となってしまいましたが・・・。私はそこまで入り込めなかったんですが、ヴェネチアで金獅子賞を受賞しているのでクオリティーは保証されている映画です。たぶん自身がオカンだったり息子だったりするとまた感じ方が違う様な気がしますね。闇金の取り立て屋ガンド(イ・ジョンジン)は債務者(町工場で働く貧しい人々)の手や足を工場の機械に入れて障害者にする仕事をやってるんですよ。そうすると障害者になったことで保険金が降りるんですね。この映画には何回も痛そ~な神経逆撫で描写が入っています(直接的なシーンはそんなにありませんが)。そんな血も涙もない男ガンドの前にオカンだと名乗る中年の女(チョ・ミンス)が現れます。

最初は「何だこのババア」と無視するんですが 、オカンがストーカーみたいに家に上がり込んで皿を洗い始めたり、ウナギ(ウナギの首にはオカンの名前と電話番号を記したタグがつけてある)を持って来たりするんですよ。ウナギは「共喰い」に続いてまた出て来ました。韓国では普通に家庭でさばくんでしょうか。オカンにぶつ切りにされたウナギが蒸されてオカズになってましたが、お願い蒲焼きにして~!と日本人なら思ってしまいますよね(笑)。この映画では生きてる動物を家に持って帰るシーンが何回か出て来るんですよ。ニワトリだったりウナギだったり。ニワトリも家庭でさばくの?!あっ、もしかして一匹まるごとサムゲタン?と思ってしまいました(結局、ガンドが茹でた鶏肉をつまんでるだけだった)。うさぎも家に持って帰るんですよ。うさぎのソテー・・・フランス料理か?と思ったらうさぎは食べられなくてホッとしました。でも車にはねられちゃうんだけどね・・・うさちゃん・・・。とにかくこの映画では生けるものがほぼ死ぬ、という絶望的な展開を見せます。

オカン役のチョ・ミンスさんは美魔女というか・・・とにかく素敵な熟女。赤い口紅が似合う!いわゆる韓国のオバチャンっぽさはなくって、赤いスカートを下に履いたレイヤードスタイルは、まるでコムデギャルソンです。ガンドとミョンドンに遊びに行くシーンで全身が写るんですが、二人ともまるでモデル!二人が安いメガネを買ってお揃いでかけたりするんですがファッソナブルなので周りから浮いていました(やはり、お二人ともファッションモデル出身らしいです)。イケメンの息子を生んで一緒に買物に行ってベタベタしたいア↑コガレが芽生えてしまいましたよ。

このガンドという男は、イケメンなんですが何故か目の下に常時アイラインが入っています。ビジュアル系?でもないみたいだけど。サディスティックなんですが、どうやらオカンに捨てられたことなんかが原因で普通のセックスが出来ないみたいなんですね(そもそも、それ以前に普通に人と付き合えない)。オカンの股の中に帰りたがったりしていて胎内回帰願望もあったりして、ちょっとこじらせ系です(オカンはオナ・・・ニー!の介添えもしていたなそういえば)。最初はオカンのことを拒絶していたんですが、だんだんオカンに心を開いて行くんですよ。

このオカンはガンドのためにセーターを編んでいます。しかしそのセーターはガンドには少し小さめ。編めたセーターを持ってオカンは謎の廃屋に向かいます。倒れた冷蔵庫の中でセーターを持ち号泣するオカン。実はオカンはガンドのオカンではなくガンドに追い詰められて自殺した債務者のオカンだったのでした。復讐のためにガンドのオカンだと言い張って彼に近づいたのです。あんなにガンドのことを思っていたのはフェイクだったんですよ。でもオカンはガンドにも母性愛を持ってしまっていたのでした。これはダークな「マレフィセント」ですね〜。結局オカンは自殺しちゃうんですね。二人で埋めた松の木の根元にオカンを埋めようとしたら、オカンが編んだセーターを来た債務者(オカンの実の息子)が出て来ました。ガンドはこれで事情を全部知る訳だけども、最愛のオカンを失ったので彼も自殺してしまうんです。田舎で貧乏暮らしをしている債務者のトラックに自らを繋いで引きずりの刑になるんだけど、債務者は容疑者になっちゃうだろうし迷惑っちゃ迷惑ですね。

というバッドエンドの映画でした。評価に価する映画だとは思うんですけど、やっぱり息子を持ってる母親だったり、母親の顔を知らないで育った息子だったりしないとガッツリ共感出来ない部分もあるのかな〜と思います。「母なる証明」はそれでも、生きる!生きて行くんじゃ〜!という圧倒的なパワーを持つ映画だったけど、本作は破滅主義すぎて私はその点あまり共感出来ませんでした。

『コンタクトキラー』J.P.レオー主演だけど、私には良さがよくわからなかった

         



ジャン=ピエール・レオーが出ている映画は殆ど観ていますが、これはまだでした。フィンランドの有名な監督アキ・カウリスマキが、ロンドンを舞台に英語で撮った作品です。ぶっちゃけての感想はですね・・・あんまり、面白くない!ってかレオーかカウリスマキ監督の熱心なファンでなければ、正直退屈な映画と言ってもいいでしょう。

私とレオーについては語ると長くなるのですが、フランス語の授業で「二十歳の恋」を観たのがきっかけでトリュフォーの作品を観るようになりました。そこからゴダール、スコリモフスキ、ユスターシュと才能ある監督のキラ星の様な作品の中の彼を追うようになりました。レオーが演じるキャラクターはみんな、彼が20年近くかけて演じたアントワーヌ・ドワネルに集約されるような男ばかり。子供がそのまま大きくなった様な男で(少年の心を持った男と、少年の心のままの男では雲泥の差があるのである)ワガママで夢見がちでナイーブ。でも何故好きなのかというと、なんだか他人の様な気がしないからです。私が男だったらこんな感じの仕上がりになっちゃっていたのではないか・・・と思わず共感してしまう部分があるんですよ。日本人俳優で言うと西島秀俊なんですが(定職についてない男を演じているとき限定で)、西島さんと比べるとレオーはそこまでイケメンとは言えず、そこもまたチャーミングなところなんですよね。

ということで、初老にさしかかったレオーが主人公のこの映画なのですが。ロンドンの 水道局で事務の仕事に従事しているアンリ(レオー)は長年勤めたのにクビになってしまいます。「夜霧の恋人たち」では英語が全然話せなかったのにロンドンで働いているなんて、成長したのねえ・・・と思ってしまいました(もっともセリフが少ないこの映画の中では単純な文章しか話さないんだけど)。レオー=アントワーヌという図式がどうしても離れないのはしょうがないですね。でも職場の仲間とは打ち解けられてないし、家族もいないし、友達もいない孤独なフランス男なんですよ。会社から退職金がわりに金時計を贈られるんですが、売ったらたったの5ポンドでした。

仕事もないし、お金もないし、愛する人もいないし、もう死んでしまおうと思い、金物屋でフックとロープを買いますが首つり自殺失敗。自分では上手い具合に死ねないと思った彼は、噂で聞いた殺し屋を雇おうとします。その殺し屋に自分をターゲットとして依頼するんですね。後は殺し屋が殺してくれるのを待つばかり。しかし、ふと入ったバーで花を売る女性マーガレット(マルギ・クラーク)と恋に落ち生きる希望が湧いて来ます。マーガレットに事情を話すと「契約を解除なさい」と言われ、殺し屋のアジトへ向かうのですが既にそのバーは取り壊されていてありませんでした。

面白そうなストーリーなんですけどね、なんか終始乾いているというか(それが味なのかもしれませんが)、どのキャラクターも感情を殆どあらわにすることなく物語がノペーっと進んで行くので「え~、一体何考えてるんだろうな~」って感じなんですよ。ドタバタなスラップスティックにする 必要はないと思うけど、なんかノペーっとした印象続きで退屈になっていってしまうというか。私が野暮天だからでしょうか、「なんかセンスなくてすみませんねえ・・・」って謝ったりしたくなっちゃう感じ。カウリスマキ監督はフィンランド出身。私はフィンランド系の会社に勤めていたことがあってフィンランドに出張に行ったりフィンランド人と働いたりした経験があります。フィンランド人って何考えてるかよくわからないんですよ。パッと見、もの静か。仕事ぷりは他のヨーロッパ人と比べたらコツコツ取り組んでて真面目な印象。地味で堅実。つかみどころがない。もちろん人にもよるんですが全体的にはそんな印象を持っていて、なんかこの映画にもそんな私が感じる「フィンランド気質」と相通じるものがあると感じてしまいました。

しかしレオーを始めとして俳優陣の顔がいいんですね。余命幾ばくもない殺し屋(ケネス・コリー)や彼のボス(マイケル・オハガン)、宝石店強盗をする二人組なんて面構えが最高でした。ヒロインのマーガレットは決して若くはないのだけどキリッとした美しさがあるし、アンリの大家さんの女性も地味~なところがいいです(後で話に絡んで来ると思ったけどチラっと出ただけだった)。レオーの、自分は普通なつもりなんだけど外からみるとなんか浮いているという独特な存在感も活かされていますよ。でも逆に言ってしまえば主演がレオーでなければ、特に引っかかりもない普通の普通の映画になっていたんじゃないかと・・・。人生に絶望して殺し屋を雇うのと、失恋して軍隊に志願するのと(from「夜霧の恋人たち」)では殆ど同じではないですか。やっぱりレオーファンだとそういう風に考えてしまうので、彼を起用したからにはアントワーヌ・ドワネル演技でアンリという男を観てみたかったなあ・・・と思ってしまいました。

この映画は80分なんですが、退屈だったので普通の映画と同じくらいの尺に感じてしまいましたね。同じDVDにもう1本「白い花びら」という中編が入っていたのですが、興味が湧かなかったので観ずに返却してしまいました(しかもこれはサイレント映画だったので「こりゃ寝てまうだろう」と思ったのだった)。allcinemaによると「九十分以下の上映時間と、少ないセリフ、無表情な登場人物の演技が特徴で、どこか人を喰ったような作風がカルトな支持を集めている」とのこと。私はこのテイスト、残念ながらちょっと合わなかったみたいです。

余談:結局、勤めていたフィンランド系の会社はレイオフでクビになってしまった。その後フィンランドに行くことはないが、お店でマリメッコのテキスタイルやアラビアの食器やイッタラのガラス製品を見ると当時のことを懐かしく思い出すのだった。

『はさみ』先生は号泣しちゃうかも

        



以前にイタリア映画「自転車泥棒」の感想を書いたとき「でもやっぱり邦画のほうが(Notシャレ)より感情移入出来る。おすすめの邦画を教えて下さい」と書いたら親切な方が本作をオススメしてくれました(a**ca様、その節は本当にありがとうございました)。「ふがいない僕は空を見た」での演技が素晴らしかった窪田正孝くんが出ている青春映画です。観る前は、理容学校を舞台にした涙あり笑いありの青春ドラマなんだろうな~と思っていたのですが、結構シリアスなパートもあって、生徒の青春物語というよりは悩みながらもひたむきに仕事と向き合っている池脇千鶴演じる先生がメインのお話でした。



※ネタバレします。



美容・理容学校で働く久沙枝(池脇千鶴)は、技術を教えるだけではなく生徒の生活指導やメンタルもサポートする先生。受け持ちには、元ひきこもりの洋平(窪田正孝)、スランプ中の弥生(徳永えり)、優秀だけど家庭の事情で卒業が危ぶまれるいちこ( なんしぃ)がいて、それぞれの問題解決に親身になって取り組みますが・・・というストーリー。

池脇千鶴も生徒なのかと思ったら先生役でした。童顔だけどもう32歳なんですね。池脇千鶴は外見的にものすごく美人でもないしスタイルがいいわけでもないし、いたって普通の女性。だけど彼女のような等身大な女優さんこそが、こういう市井の人々を描いた映画に説得力を持たせるんだと思います。池脇さんが画面に出て来るだけで、なんかホッとする。今時珍しい、すごく生徒思いの先生役がまったく浮かないんですよ。休みの日に授業に出てこない生徒の家に行ったりして自らの精神的技術論を生徒に語る場面があるんですが、たぶんヘタクソな人がやったら鼻について見ていられないと思う。観ていて思わず先生のことを応援したくなる魅力があります。「凶悪」では姑の介護に疲れ切った人妻を演じていましたが、安定していて上手い女優さんだなと思います。

生徒役の窪田正孝くんは、最初チャラ男かと思いきや実は元ひきこもりで父親(正露丸の石丸謙二郎)との確執等があって普通に人付き合いが出来ないというキャラクターです。人の目をあまり見ない、ボソボソと話す(でも不思議とセリフは聞き取りやすし)、という子で「この子大丈夫かな~」と心配になってしまうんですが、本当はすごくいい子なんだというのが伝わってきます。本人はちゃんと挨拶してるつもりなんだけど、まわりから怒られたりして社会のしょっぱさを舐めるシーンもありました。お店の先輩がいい人でしたね。ダメな ところはちゃんと叱ってあげて、その後はしこりを一切残さずフレンドリーに接していて。窪田くんの押さえた芝居、相変わらず素晴らしいです。

同じく生徒でスランプ中の弥生はグラフィックデザイナーらしきことをしている彼氏(綾野剛)がいます。その彼が才能があるにもかかわらず色々と悩んでいるのを目の当たりにして「こんなすごい人でもこんなに悩んでるなんて、凡人の自分には学校無理なんじゃないか・・・」と思っている様です。「指を動かすの。指を動かせば、いつかはさみとひとつになれる。技術ってそういうものなの」と池脇千鶴先生がスランプ中の弥生に説得するシーンがあります。同じセリフが何度か繰り返されるので、先生にとってこれがとても大事な信念なんだということが伝わって来ます。そんなとき、弥生はひたむきに頑張るクラスメートのいちこと意気投合。情熱を持って理容の道を目指す彼女から刺激を受けます。いちこ役のなんしぃさんは女芸人ということですが、そのルックスと存在感が強烈です。

脚本には惜しいところが何カ所かあって、それがあの悪しき「説明セリフ」。いちこがカットテストの主席になった結果が壁に張り出されるのですが、それを見た彼女はポーカーフェイスなんですよ。で、トイレに行って一人きりになったところで「やった!」と小さくガッツポーズするんですが、これは「やった!」のセリフいらないですね。笑顔とポーズだけで充分つたわります。あとお昼を買いに商店街に出たいちこが、弥生に合わせて「私もお昼いらない」と言うシーンでやっぱり気が変わってマックに行くんですが「やっぱりマック行きます」ってセリフもいりません。ただマックの方角を物欲しそうに見るだけでオケ!何故かいちこのシーンばかりですが、ちょっと気になったもので。なんしぃの表情をもっと活かして欲しかったかな。

窪田くんのパートに戻りますが、この洋平という子はまさに今、社会復帰出来るか出来ないかの分岐点に立たされているキャラクターだと思うんですよ。周りの大人が上手に誘導してあげれば理容師として独り立ち出来るだろうし、そうでなかったら永遠に自分の殻の中にこもっちゃうという感じ。彼の心の問題はそこまで念入りに描かれている訳ではないのですが、窪田君のほの暗い演技からそんな印象を受けました。あぶなっかしいけど本当はいい子。だから池脇千鶴みたいな先生に出会えて本当によかったと思うんです。先輩の築木先生(竹下景子)が池脇千鶴の髪を切りながら「上が動く刃。下は動かずに受け止める刃。今はあなたが動くしかないわね」と言うシーンがあります。固定の刃は生徒で動く刃は池脇千鶴ということなんですが、なるほどですね。タイトルはそういう意味もあったんですよ。人と話すのが怖い窪田くんでしたが、先生や美容院を経営する伯母さんのおかげで少しずつ、少しずつ社会にソフトランディングできそ うです。しかし、そんなある日バイク事故でケガをしてしまい腕を負傷。資格試験を受けるのが来年になってしまいました。ちょっぴりビターな着地が切ないんです。

弥生は彼氏の部屋を訪ねますが不在。そのままソファで寝込んでしまいます。すると彼のお姉さんがやってきました。部屋の荷物を詰め込むお姉さんによると、彼氏は電車で女性に抱き、迷惑防止条例違反で逮捕されたとのこと。ショックを受ける弥生。彼氏は精神的にかなり追い詰められていたようで、泣きながら女性にしがみつき引きはがすのに数人がかりだったそうです。これ、悪くないプチエピソードですが相手が男性だった方がより味わい深いですよね(彼氏役の綾野剛がフェミニンなのと、弥生と彼の間に肉体関係がなかったように見えたので)。惜しい!その後、道半ばにして実家に帰るいちことの別れを経験した弥生は心を入れ替えて勉強に専念するようになるのでした。

池脇千鶴と竹下景子の頑張りで、窪田くんと弥生は学校に復帰して遅れを取り戻すことが出来そうなんですが、フォロー出来ない生徒の存在も描かれているところがいいですね。経済的な理由があるいちこに、周りの諸先生方がネットワークを駆使して住み込みで働ける理容店とかを探すんですが、結局見つからなかったようで実家に帰ることになるんですよ。もう一人、女子で「つまんないからやめる」という子がいて池脇千鶴が「せめて資格取得までは・・・」と説得するんですが、親も子の言いなりで辞めさせてしまうんですね。その子は「アパレルはみんな楽しそうだから、そっち方面に行きます」ということ。「販売だってきっと目に見えない辛さがあるわよ」と先生が言うんですが「そんなのないもん」と女子。まあ自分の意志(と呼べる様なものかは不明だが)で進路を決めるのは自由です。でも、いちこみたいに才能とやる気があるのに事情で頓挫してしまう子のことを考えると切ないです。

すべての生徒をフォローすることは出来ない・・・と、夜の職員室でため息をつく池脇千鶴。竹下景子先生から「飲みにでも行っちゃう?」と誘われますが、断って家路につきます。すると元教え子に偶然出くわし、今は美容師として働いている彼から「俺、先生がいつも言ってた『指を動かし続けてハサミと一体化させる』ってこと最近わかってきた気がするよ!」と言われます。思わず道端で泣いてしまう先生。最初は静かに泣いていたんだけど、次第に「うわーん!」と号泣に。これは嬉しいですね~。教育系の仕事をしている人ならここは号泣必至なのではないでしょうか。元気を取り戻した池脇千鶴が学校に戻り、竹下景子に「やっぱり行きましょう!私、飲みたい!」と言います。「いいわよ。そのかわり今日はとことんよ」と竹下先生。二人はこれからの学校について熱く意見を戦わせながら居酒屋へ向かうのでした。

これで終わりです。実にサッパリしていていい終わり方じゃないですか?確かに専門学校は技術を教える場所で、生徒の心のケアや生活指導までフォローするのは行き過ぎかもしれません。それにこんないい先生、実際にいるのかな〜?とは思いますが、池脇千鶴の演技と存在感が説得力を持たせています。「先生、結婚しないの?」と窪田君に言われていましたが、確かにこんなに忙しいと結婚どころか彼氏作る暇もないかも。先生って実に大変なお仕事ですね。現場で頑張ってらっしゃる先生方にリスペクトを捧げます。

『アデル、ブルーは熱い色』こんなふうになっているのか・・・

        

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昨年の11月にプラハで行われていたフランス映画祭。本作も中心的な作品として特集されていて気になっていました。観に行った友人からは「とにかく、すごい(ラブシーンが)」という噂を聞いていたので楽しみにしていたのですが、映画祭期間中は行けず。その後も劇場でロードショーがありましたが学校等で行けず。DVD待ちか・・・と思ったら帰省中に下高井戸シネマで観ることが出来ました。余談ですが、下高井戸シネマでは今後あの名作「冒険者たち」がかかる予定なんだそうです。わたしもスクリーンでまた観たい!!!



※ネタバレします。




アデル(アデル・エクザルクロプス)は真面目なリセエンヌ。同じ高校の男子トマ(ジェレミー・ラユルト)と付き合うようになり彼と初めてのセックスを経験しますが、「なんか・・・思ってたのと違う!」という違和感を拭いきれません(同映画祭で上映された「17歳」もそんな感じでしたな)。彼と別れることにしたアデル。ある日偶然入ったレズビアンバーで青い髪をした女子大生エマ(レア・セドゥ)と出会います。実はエマとは一度街中ですれ違っておりアデルは彼女のことが忘れられなかったのでした。一緒に遊ぶようになったアデルとエマは肉体関係を持つようになります。エマとのめくるめくようなセックスと知的な会話に「これが私の探していた人」とばかりに夢中になるアデル。時が経ち、アデルは幼稚園の先生に、エマは新進気鋭のアーティストになり同棲生活を送るようになります。アートに没頭するエマに寂しさを感じたアデルは同僚の男と浮気。それがエマの知るところとなり彼女から「出て行け!」と言われてフラレてしまうのでした。ボロボロになったアデルは復縁を打診しますが、エマには既に画家の恋人(もちろん女性)がおり、アデルは改めて失ったものの大きさに気が付くのでした。

というあらすじですよ!映画の上映時間が3時間と長丁場な割に短くまとまってしまうようなストーリーです。でも、登場人物の心情を丁寧に丁寧に、いやこれでもか!というくらい緻密に描いている映画なのでもう中身がパンパンにつまっているんですよね。町山さんの解説をポッドキャストで聞きましたが、女優たちにとってかなり精神的にハードな撮影だったんだそうです。でもパルムドール賞を主演女優たちも連名で受賞されていてよかったです。

アデルを演じるエクザルクロプスは、まだあどけない顔つきの女の子です。彼女が「くかー 」と口を開けて正体なく眠っている顔は、動物みたいで本当に可愛い。私が何より羨ましかったのはヘアゴムで適当に作ったお団子ヘアがさりげなく決まっているところ!適当に結わえてるから顔にパラっと後れ毛が落ちて来るんですが、それさえも計算されつくした無造作という風に見えてしまうんですよね。黒髪剛毛の私がやると合戦で負けた落ち武者みたいになるんですが、私が柔らかい髪質になるにはもう西洋人に生まれ変わらないと無理ですね(笑)。

エマを演じるのは最近フレンチ産小悪魔女優として順調にキャリアを積んでいるレア・セドゥです。今まではどちらかと言うとフェミニンなキャラクターだと思っていましたが(プラダの香水「CANDY」のCMのイメージ)この映画では登場した瞬間から、もうレズのタチ役にしか見えないのが凄いですね。何気ない表情もボーイッシュ。でも女性的な色気もあって、アデルでなくてもちょっとドキドキしてしまいます。

プラダの香水、CANDYのCM。監督はソフィア・コッポラのお兄さんで、ヌーヴェルバーグっぽい三角関係がモチーフになってますよ!↓




そんな二人がレズバーで出会います。周りのレズビアンに狙われたアデルをさり気なくエマが助けるんですよ。その後アデルが通っている高校にエマが現れます。公園でサルトルの実存主義とか難しい哲学の話をする二人。キラキラと輝く午後の光に透けるエマのブルーの髪と目が美しい。もうアデルが彼女にメロメロになっているのがわかります。この映画は何故かほとんどがキャラクターの顔のドアップ。画面いっぱいに女優の顔が映し出されるので微妙な瞳の演技とかもよく見えて、何を考えているのか手に取るようにわかる仕掛けになっています。数回の公園デートを経て、ついにベッドインした二人。西洋人の女の子は服着てるとわりと普通に見えるんだけど、脱ぐと凄いですね。西洋絵画に出て来る女神様のように豊満。特にエマの薄いピンクの乳首はメッチャ綺麗だったな・・・。

で、18禁指定されているセックスシーンなんですが・・・わたしゃ、レズビアンのセックスシーンを微に入り細に入りガッツリと見たのは初めてだったので「こんなふうになっているのか・・・」と、まるで社会科見学のような視点を持ってしまいました。ピストン運動に重きを置いた異性愛やホモセクシュアルのセックスよりも演じるのが大変なのは見ていて明らかで、例えばオーラルセックスとか「こ、これ本当にやってるの・・・?!」とビックリしてしまいました。そして尺が長い!!!全然観客を解放してくれないのです。しかも同様のシーンが3回くらいあって(お互いの実家でご飯食べた後とか)、どれも超リア充な性生活をこれでもか!どや!どや!どや! と惜しげもなくとことん見せてくれます。アデルとエマ、身体の相性がこれ以上ないくらいにバッチリということがよくわかるわけですよ。しかしフランス映画って、フランス女優って、本当に凄いですね・・・。

時間が経過し、リセエンヌだったアデルは幼稚園教諭に。一方エマは売り出し中の画家になりました。堅実派でレズビアンということを家族等には隠しているアデルと、芸術家肌でオープンなエマ。お互いの実家で夕食を食べるシーンがあるんですがエマの家では生牡蠣が出て、アデルの家ではスパゲッティボロネーゼが出ます。お呼ばれされて生牡蠣と白ワインが出て来たらかなり嬉しいですね〜(アデルは牡蠣が苦手という設定なのだが、フランス人でもそういう人いるんだな)。一方アデルの家はいつもスパゲッティーばかり食べています。町山さんのポッドキャストでは夕飯のメニューに家庭環境の違いが出ているという指摘がありました。でもアデルが実に美味しそうにスパゲッティーを食べるんですよ(もちろんアップで)。「わんわん物語」のレディとトランプに匹敵するくらいミートソースが美味しそうです。これは映画観た後で、食べたくなっちゃいますよね。アデルの得意料理はもちろんスパゲッティで大勢を呼んでのホームパーリーでも大皿に大量のミートソースを作って皆から絶賛されているシーンもあります。

エマの髪色はブルーから金髪にチェンジし、二人の関係にも変化が訪れます。仕事に没頭するエマをアデルは支えていますが、何故か元気がないアデル。パーティー会場でエマと古い友人のリーズ(モナ・ヴァルラヴェン)が話に夢中になっているのを遠くから見て不安になっています。パーティーが終わり、寝る前にイチャイチャタイムをしようとしたらエマに「今日生理だから無理」と断られたり。しかしレズビアンカップルって生理周期×2の日数を禁欲しなければならないと考えると結構大変ですね。パーティーのシーンから二人の恋愛は一気に減速してしまうのでした。寂しいアデルは手近な男性と浮気(ただ寂しさを埋めるだけの関係)。ところがある夜エマの知るところとなり大げんかになります。裏切られたエマの怒りもわかるけど「お願い、そんなこと言わないで!あんたを愛してるのよ!」と泣いて必死で許しを請うアデルも可哀相。だったら浮気なんか最初からしなきゃいいじゃん?ってことなんですが、映画はアデル目線で進行しているのでどうしても彼女に肩入れしてしまうんですよ。

エマから拒絶されてひとりぼっちになったアデル。もうこの世の終わりみたいな気の落ちようです。子供たちの前で仕事も頑張ってるけど、なんとか普通を保とうとしているのがわかるんですよね。そういえば幼い頃、幼稚園の先生がたまにいつもと違って機嫌悪い日とか元気のない日とかあったな。先生だって20代前半から中盤のお年頃だったはずで、そりゃあ色々プライベートあったでしょうと思うのでした。エマがいない生活はアデルにとって生きていないのとほぼ同義。なんであんなことしたんだろう・・・なんであんなことになっちゃったんだろう・・・と後悔の念に苛まれながら、1人部屋で嗚咽したりしてて本当に可哀相です。

ほとぼりが冷めた頃にアデルはエマとカフェで待ち合わせします。エマはリーズと同棲していました。色々と話をして「リーズとのセックスライフはどうなの?」とアデルは聞きます。正直、あまり満足していないと言うエマ。スイッチが入ってしまったアデルはペッティングを仕掛けます(ここ、カフェなんだけども)。「ハモン・ハモン」とかもそうですが、ヨーロッパのカップルって公共の場所でいきなり始めたりすることがあるんだなあとビックリします(実際に目撃したことはないんですが)。しかも女性の鼻息とかがフガフガ言っててすごいイメージ。でもエマはやっぱりヨリを戻す気になれずカフェを去るのでした。残されたカフェで号泣するアデル。アデル・・・もうダメ、ダメなんだよ!辛いのはわかるけど諦めな!!!と見てる方も辛いです。

その後成功したエマの展覧会に呼ばれてやって来たアデル。エマの好きな色だと思われるブルーのワンピースを着ています。エマと短い挨拶を交わすアデル。エマはリーズや関係者に囲まれて忙しそうです。なんとなくその場に居辛くなったアデルは1人ギャラリーを後にします。寂しそうに遠ざかる彼女の後ろ姿に、アデルと始めて出会った時に流れていたエスニック音楽のパーカッションが被ってEND・・・。もうそれが物悲しくて寂しくて、なんだか私もエマに失恋した気分!!!あんなに夢中になれる人に、この先アデルは出会えるのでしょうか・・・。

いや〜、遅れてしまったけど字幕で観られてよかったです。哲学の話とかチンプンカンプンですからね。アデル・エクザルクロプスとレア・セドゥはmiu miuの2013春夏キャンペーンにモデルとして起用されていたそうで。広告でレアはセミロングで金髪ですが、この二人のカップリングはやっぱりしっくり来ますね。劇中ではちょいダサなリセエンヌだったアデルは結構美人に撮れていますよ。二人のインタビュー映像をいくつかyoutubeで見ましたが、アデルが先にガーっと話してリードし、後からレアが静かに話すというパターンが多くて、素だと映画と違って逆なのがなんだか面白かったです。

miu miuの撮影シーン↓




気になったのが原題なんですけど、「La vie d'Adèle – Chapitres 1 et 2」(Chapitresは章)ってことは続編で3章と4章もあるの?って思っちゃうじゃないですか〜。思わせぶりな原題ですよ。そうとうハードな撮影だっただろうからアデルが出るかどうかは、なさそうな気もしますが・・・。

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