@itan-journ@l praha

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『マレフィセント』「真実の愛」を育むには時間が必要

         


友人Iに誘われて観に行ってきました。まあ、決してつまらなくはないけれども・・・そこまで面白い!とは思いませんでした。オリジナルの「眠り姫」からヒネリは効いていましたけども・・・あっ、でもクリステン・スチュワートの「スノーホワイト」と比べれば100倍は面白かったです。



※ネタバレします。



「眠り姫」の意地悪な魔女マレフィセント視点で新たに再構築されたストーリーで、アンジーが八面六臂の大活躍。ときに勇敢な森の女王、ときに悲しみに沈む一人の女、ときに復讐に燃える恐ろしい女、ときにツンデレな女、ときに慈愛に満ちた聖母・・・と様々な顔を見せてくれます。女傑であり聖母というキャラクターはアンジーのパブリックイメージにも重なって、実においしい役なのではないでしょうか。しかし、アンジーもわりと何をしてもアンジェリーナ・ジョリーだなあ〜という気もします。演技上手いと思うんですけどね、それよりも彼女自身のハリウッドスターとしての美貌と存在感の方が強く出てしまっているというか・・・。まあ今回はディズニー映画だからそれもハマっているんですけど。しかしツノと鋭角に尖ったほお骨と腫れたように真っ赤な唇が最高に似合ってましたね。そう考えるとアンジー以外の女優は考えられない、まさにハマり役なんだと思います。

よく考えてみるとこの話の元凶はステファン(シャールト・コプリー。「エリジウム」の悪役だった人らしい)じゃないですか~。この人が幼なじみで恋人だったマレフィセントをこの上なく残酷な方法で裏切ったからこうなったわけで・・・。最初は妖精がアレルギーのある鉄だか銅だかの指輪をマレフィセントのためにポーンと草むらに投げてしまうくらいイケメンな心を持った子だったのに・・・(それでマレフィセントはメロメロに)。薬を盛ってマレフィセントが寝ている間に大事な翼を根元から切っちゃうんですから。そりゃ~怒るでしょう。その褒美として王座につき、先代王の王女(微妙に地味顔な女優を配していたが)と結婚。オーロラ姫が生まれました。オリジナルではただの娘を心配する父だった王様がもう極悪人になってるわけです。

当然のごとく復讐の鬼になったマレフィセントはオーロラ姫の誕生を祝うお城のパーティーに乗り込みます(当然、招かれざる客)。そこで16歳の誕生日に糸を紡ぐとんがった針に指を指して眠りにつくといいう例の呪いをかけるのでした。この呪いかけシーンはたしかオリジナルのアニメにもあったと思いますが、アンジーが邪悪に大熱演していてものすごい迫力です。元カレにかなりヒドいやり方で騙されたり裏切られたりした女が、元カレの結婚式等の目出たいイベントに突入して慶事を台無しにする=「マレフィセントする」という動詞が出来そうだと思うのは私だけでしょうか・・・。カメオで養女のザハラちゃんが一瞬写りましたね(隣にいたのはベトナム系の子だったっけ)。この大迫力シーン、同じく元カレからひどい目に合わされたけれども実際はマレフィセントすることが出来なかった女性で思わず溜飲を下げた方もたくさんいるのではないでしょうか。

真実の愛だけがオーロラ姫(エル・ファニング)を永遠の眠りからさますことが出来る・・・という呪いなんですが、呪いをかけたマレフィセント本人が後に「真実の愛なんて存在しない」と寂しそうに断言しています。「『真実の愛』って、何かね・・・」(北の国から'95の菅原文太風に)って話ですよ!それがこの映画の大根幹なのである。マレフィセント当人を始めとして従僕のディアヴィル(サム・ライリー)も、オーロラを乳飲み子の頃から育てて来た妖精三人組(イメルダ・スタウントン、ジュノー・テンプル、レスリー・マンヴィル)も、どうやらこの段階では「真実の愛=王子様との異性愛」という浅い理解しか持っていないようである。それで森を偶然通りかかり出会ったオーロラのことを「結構可愛い娘だなア〜」くらいにしか思ってなかったボンクラ王子(ブレストン・スウェイツ)を担ぎ出して「ほれほれ、早くキスしろ!」と言ったって、という話である。オリジナルでは王子のキスにより目覚めるという大鉄則があるにしたって、そんなわけねえべ?と呆れてしまうのだ。

映画終了後「やっぱ男じゃダメってこと~?(笑)」と言っているオナゴ二人組がいたが(その日はレディースデーでオナゴのデュオ客が大半を占めていた)、オマエら
ちょっとそこに座れ!
そういう問題じゃなねーんだよ!チラっと会っただけで「可愛いなア」と思ってるの程度の男が「真実の愛」の相手なわけねーだろ?ええっ?!呪いを解くくらいの深い愛情ってのはな、ある程度時間をかけないと生まれねーんだよ!その崇高な愛に男だとか女だとか、血が繋がってるか繋がってないかは関係ねーんだよ!あの映画を見てそれがわかんねーのかよ!ええっ?!と思わず憤ってしまいました(取り乱し、大変失礼致しました)。

オーロラの養育を命じられた三人の妖精が、ちゃんとしてそうでちゃんとしてないので仕方なくマレフィセントとディアヴィルが育児のフォローをするんですよ。お腹をすかせて泣いている赤ちゃんオーロラにお乳が出る花を与えて、足で揺らすカラス。なんと子育てするイクメン・カラスなのである。「おやまあブサイクな子だこと」とベビーベッドを覗き込むツンデレなマレフィセント。チョウチョを追いかけるヨチヨチ歩きのオーロラが崖に落ちそうになっているところを魔法で助けたりして、ちょっとした赤ちゃんハラハラコメディー要素も盛り込まれています。しかしマレフィセントたちのフォローなしだったらオーロラすぐ死んでそうなところが怖いですね。アンジーの実の娘ヴィヴィアンちゃんが幼いオーロラ役でチラッと出演していますが。もの凄く可愛いけど、この子は我が強そうな顔してるわね〜将来が大変そう!と近所のオバチャン感覚で思ったのでした。しかしヴィヴィアンちゃんから1人子役を挟んでエル・ファニングになるんだけど、この挟まれた子役の女の子は可愛くなかったので必要なかったかも。マレフィセントの子役の子はとても利発そうな美少女で可愛かったです。

しかし「真実の愛」がマレフィセントの愛だというところが、展開が読めてしまったけど新しいですね。若い頃に自傷癖など色々とあったけれども、ハードな時代を経て国連大使になり養子を沢山育てているアンジーのプライベートが映画とオーバーラップして上手い感じにまとまっていましたよ。恋愛に基づいた関係はリスペクトとか友愛とかが残らなければ終わってしまうものだと思います。しかし血が繋がっていなくとも親が子を思う気持ちは山よりも高く海よりも深い永遠に続く無条件の愛なのです。そう、それこそが「真実の愛」というディズニーが出したアンサーは古典的であり現代的。なるほどなあ、と思ってしまいました。

アレンジしてツイストを効かせた「ねむり姫」、いかがでしたか?というわけなんですが、エンドクレジットで流れる「いつか夢で」を歌うのはラナ・デル・レイ!彼女の歌声はまるで・・・黄泉の国から聞こえて来るような不気味さです(褒めてる)。スイートでドリーミーなディズニーのラブソング、カバーはまるで呪怨(褒めてる)。全部聴いたら呪い死ぬんじゃないかという禍々しさをたたえていて(褒めてる)、このエンディング曲が一番ツイスト効いてました。さすがラナ・・・。





余談:ラナ・デル・レイの「華麗なるギャツビー」の挿入歌「Young and beautiful」が好きで昨年はよく聴いていたのですが、キム・カーダシアンがカニエとの結婚式でラナご本人を呼んでこの歌をパフォーマンスしてもらったそうで・・・。キムさんもこの曲が大好きなんだそうです。この美しい曲、リリックはアメリカ版「私がオバさんになっても」だと思うんですよね。

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『Keiko』これも5時夢経由で出会いました

        

Keiko [ 若芝順子 ]

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この映画も「5時に夢中!」を観ていなかったら巡り会っていなかった1本です。ゲストで工藤夕貴さんが来たときに「カラカラ」という新作映画の宣伝をしていたんですよ。それでその映画に興味を持って調べたら、同じ監督の「Keiko」という作品を見付けてこちらにも大いに興味をかき立てられたのでした(「カラカラ」は未見です)。

監督はカナダ人のクロード・ガニオンさんで、懐かしの「ケニー」を監督した人と同じ人。ケニーは生まれつき下半身のない少年ですが、ハンデにも負けずに元気に生活している男の子の話で、確かその昔に親に連れられて観に行きました。お話は全部忘れちゃったけど、ケニーの姿はよく覚えています。ガニオンさんの奥さんは日本人の映画プロデューサーで「Keiko」の制作は夫婦二人で行われています。70年代後半の京都で生活する若い独身OLケイコの淡々とした日常がドキュメンタリータッチで撮られているのですが、なんと脚本もガニオン監督によるものだそう。日本に住んでいたとはいえ、このリアルさには本当に驚かされます。


やっとこさ見つけた予告編↓







※ネタバレします。





ヒロインのケイコ(若芝順子)は京都に一人暮らしをしているOLです。DVDジャケットのシルエットからは、もっとオンナオンナした感じで性のにおいがする生活なのかなあ〜?もしかして援助交際とかやってる?と思っていたけれど、実際のケイコはショートボブの素朴な女の子。ファッションもあまり媚びてない感じで好感がもてます。


ストーリーはこうです。ケイコは京都に一人暮らししている独身OL→彼女が高校の時の先生を呼び出して先生相手に処女を捨て→喫茶店でよく会う憧れだった カメラマンの男性(ブルース・リーから凛々しさを取り除いた感じ)と付き合い→でも実は男が妻帯者だったことを後から知り→シングルになって会社の同僚達 とよく遊びに行くようになり→同僚男子から想いを寄せられるものの彼女はその気になれず→同僚女子のカズヨ(きたむらあきこ)とアパートでお泊まり女子会 することになり→なぜかカズヨから迫られ受け入れてしまい→二人で田舎にある和風の家に暮らし始め→趣味の絵を共に楽しむ同棲生活を送り→郷里の親から見 合いを強制させられ嫌々見合いし→そのあとまたカズヨと同棲生活を送り→しかし急に会社を辞めてカズヨの元を去り、見合い相手と結婚してENDです。


ネットにある情報だとこの映画はセリフが即興で、かつ同時録音で撮られたそうな。そのため劇映画という感じはほぼゼロに近い仕上がりになっています。本当に存在したケイコという女性の生活ぶりを余計な編集を加えずにそのまま撮って出しで見ているというという、ある意味ドキュメンタリーよりも生々しいリアルさを感じるんですね。主演の若芝順子さんはプロの女優ではなく京都大学の学生だったというのも納得。あと私は日本映画で、局部をカメラワークで隠さない女性の入浴シーンを初めて見たし(もちろんボカシは入っています)、レズビアンのカップルというのも初めて見たかもしれない。そういう意味でも色々と「へえ〜っ!」と驚いてしまう映画でした。

実は妻子持ちだったカメラマンとアパートでご飯を食べたり一緒に寝たりするシーンは、ワンルームの部屋とその奥の台所が見える左寄りの位置にカメラを固定 して撮られています。しかし、カズヨが泊まりに来た晩に初めてカメラが移動して真逆からのアングルになります。部屋に入った彼女の背中越しに台所から奥の ベランダに抜けるように撮られていて映画の視点が逆転するのです。カズヨと部屋で話すシーンはそのようにして撮られていて、単純ですが、カメラの位置の違 いが異性愛と同性愛の違いを視覚的に表しているのかなあと思いました。

ケイコが勤めているのはテキスタイル関係の会社だし、同性愛にもほとんど抵抗がないようだし、絵を描くのが趣味だしで、なんとなくアート好きな自由で解放された女性という感じがしますね。恋愛にも意外と積極的で、ずっと捨てたいと思っていた処女を後腐れがない適切な相手(妻帯者の高校時代の先生)にサクっと捨てているし、喫茶店でよく見かけるだけだった男性をいつのまにか見事に落として彼氏にしているし(後で騙され不倫発覚なのだが)、普通の女子に見えてなかなかスキルフルに生きている様に見えます。同僚女子といきなりの同性愛に身を任せ彼女と幸せな同棲生活を送っていたのですが・・・置き手紙を残して彼女の元を去り好きでもなかったスクエアな見合い相手と結婚してしまうのが解せませんでしたが。ケイコの年齢が23〜4歳ということを考えると、当時のいわゆる「婚期クリスマスケーキ説」に当てはまったストーリー展開なのでしょうか。彼女自身は結婚を望んでいる描写はまったくありませんし(むしろ見合い話を勧める親をウザがっている)、カズヨとの同棲生活に陰りが見えた訳でもなさそうなんですが、急に上司に退職届け(もちろん寿)を出すシーンになってしまいます。うーむ、これが79年当時の日本の女子が享受出来うるフリーダムの限界価ってこと・・・だとしたら非常に切ないです。

冒頭でひとり映画を観るケイコの横にいかにも怪しげなメガネの男がやってきて、他に空いている席があるのにわざわざケイコの隣に座ります。痴漢?と思ったけど別に被害に合っている描写はない。しかし顔しか写ってなかったので触られていたのかもしれない。この痴漢、なんと後から親がセッティングした見合い相手として現れるのである。ケイコは映画館の男だとまったく気付いていないようである(痴漢も)。そしてラストシーン、結婚式の来賓(しかしなぜ日本の結婚式業界って来賓=ゲスト、お庭=ガーデン、予定されてない余興=サプライズ、最後にもらう小さな引き出物=プチギフトってしてしまうんだろう)を送り出す新郎新婦と両家の両親が映し出される。新郎はもちろん白いタキシードらしきものを着た痴漢で、新婦のケイコはカントリー風のウェディングドレス(白いレースのお帽子にパフスリーブのドレス、ブーケはバスケット風)に身を包んでおり、ケイコは張り付いた様なぎこちない笑顔で来賓を見送ります。

いや〜、しかしケイコは色んなことを自らあきらめて嫁に行くというその「挫折」だけでも切ない話なのに、なんと相手があのときの痴漢男であるというこの意地悪演出が凄いなあ・・・と唸ってしまいました。これがものすごいフックとなって映画の印象を最大限に引き上げていると思います。あとラストの音楽も素晴らしいですね。青春映画っぽい切なさと希望が混ざり合ったメロディーが素晴らしくて、決してハッピーエンドというわけではないですが、様々なことがあったケイコの娘時代を最後に優しく包んでくれているような気がします。痴漢が最後のフックになっているだけに、音楽にはちょっとホッとさせられました。

当時の日本は今と違ってほぼ全員と言っても過言ではないくらい結婚している時代だったと思います。「もう2X歳だから」「女性の幸せはいい旦那さんを見つけて結婚して子供を産むこと」等々の社会圧も今とは比べ物にならないくらい強かったのだろうと推測します。だから不本意にもケイコのような選択をした女性もたくさんいたと思います。ケイコは決してコンサバな女性ではありませんが、そのような女性でさえもお見合い結婚に収まってしまうのか・・・という印象を受けました。そういう意味では外国人の監督がここまで切り込んだ映画を作ったと考えると結構センセーショナルだったのではないのでしょうか(誤解しないで頂きたいのはお見合い結婚が悪いというわけではなく、外圧などで不本意のままに成立してしまう結婚に息苦しさを感じてしまうということです)。

地味〜な映画ですが、見る価値のある作品です。気になった方は是非ご覧になってみて下さい。

『愛のあしあと』チェコ人ではなく、セルビア系フランス人か・・・

        

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プラハが出て来るらしいと何処かで読んだのでレンタルしてみました。カトリーヌ・ドヌーヴとキアラ・マストロヤンニが親子共演するビターなラブストーリーです。リアルでも親子な二人ですが、映画の中でも親子役。大らかで奔放な母と同じく奔放だけど繊細で破滅的な娘、女二代の恋愛が描かれています。原題は「Les Bien-Aimés」で、深く愛された人達という意味です。

ドヌーヴ様がイタリア映画界きっての色男、マルチェロ・マストロヤンニと恋愛して出来た娘がキアラ・マストロヤンニなんですが、どれくらいサラブレッドかというと、うーむ・・・お母さんがアンジェリーナ・ジョリーでお父さんがブラピみたいなものでしょうか。いやもっと凄いか。現在の映画界では例えようもありません。キアラの顔はお父さんのマストロヤンニに生き写しというくらい似ています。でも全体的な雰囲気はドヌーヴ様みたい。彼女の顔の中に名優マストロヤンニと、世界一の美女とうたわれたドヌーヴ様の面影が万華鏡のように映し出されます。ただ俳優としてのキャリアは両親には及ばず、決定的な代表作がないところがとても惜しい女優さんだなという感じがしますね。

予告編↓





※ネタバレします。




お話は60年代のパリ、プラハ、70年代のパリ、90年代のロンドン、00年代のアメリカ(ニューヨークの近く?)と移り行き、ヒロインたちの心情が歌で表現されます。ミュージカルぽくはあるんだけど、いわゆる普通のミュージカル映画みたいにビシっとしたフォーマットがあるわけではなく、浪々と歌い上げる系の歌ではないしダンスもないので、そこは若干ぼやけた印象がします。あと上映時間が2時間20分くらいあるので長い!もう少しコンパクトだったらもっと良くなったかも。特に成長した娘がロンドンのクラブで踊るシーンは長過ぎたな。

ドヌーヴ様の若い頃はリュデヴィーヌ・サニエ嬢。「8人の女たち」で既にドヌーヴ様と親子役で共演しています。サニエ嬢は確か既に二児の母なはずですが、相変わらず可愛いです。歌がヘタなところさえ可愛いです。サニエ嬢演じるヒロインのマドレーヌは高級婦人靴店で働くパリジェンヌ。60年代パリのパートは当時のポップなフランス映画ぽくてカラフルでワクワクします。当時のナンシー・シナトラのヒット曲「にくい貴方」のフランス語バージョンがかかり、ピンヒールの靴がブルジョワマダムにどんどん売れて行くシーンが映し出されます。





お店を閉めるときに、マドレーヌはバックヤードからワイン色のピンヒールをくすねます。ふくらんだスカートの中に隠して店長の目をごまかすのですが、そのときにお店の名前が・・・なんとお店はロジェ・ヴィヴィエだったんですね。ロジェ・ヴィヴィエの靴はドヌーヴ様の「昼顔」でも有名ですね。あの大きなバックルのついた淑女のようなハイヒールです。「ママは ロジェ・ヴィヴィエの靴のせいで娼婦になった」と娘ヴェラのナレーションが被さります。若きマドレーヌがくすねた靴を履いてウキウキで歩いていたら街角で「いくら?」と聞かれるんですよ。それから洋服や靴のためにパートタイムで客を取るようになるマドレーヌ(それを後年、娘に話しているってのがスゲーな)。ある日もお洒落をして街角に立っていると、男が彼女を訪ねてやってきます。

このメンズがものすっごい整った顔のシニカルで不埒なイケメンなんですよ!部屋へ案内する途中で、咳き込んでしまったマドレーヌを男が介抱します。男は医者でした。ヤロミル(ラシャ・ブクヴィック)はチェコスロバキア(当時)からパリへ医学を学びにやって来たチェコ人でした。あっという間に恋仲になりヤロミルはマドレーヌに求婚します。「愛しているけれど、結婚して外国へ行くのはちょっと」というマドレーヌのとまどいの心情が歌われます。画面が切り替わりロジェ・ヴィヴィエのピンヒールを履いたマドレーヌの足のアップに。彼女はヴィヴィエのヒールを脱いでレペット(と思われる)のバレエシューズへ履き替えます。そして彼女の元にはヨチヨチ歩きのあんよが。

画面が切り替わると、そこは小さなキッチンとリビングがありチェコ語を話すお手伝いさんらしき人が料理を作っています。冴えない表情でタバコをふかすマドレーヌ。そこは60年代のプラハでした。小さな娘が「パパはどこー?」とチェコ語で言います。ヤロミルと結婚してプラハに来たマドレーヌでしたが、ヤロミルは外で浮気をしていて留守にしがち。彼を捜して夜のプラハを彷徨うマドレーヌは街中で戦車が走っているのを見ます。それはソ連軍の占領でした。友人はフランス大使館へ行って、家族で国外へ逃げた方が良いとアドバイスします。マドレーヌは愛人の家へ行き、窓の外からヤロミルに事情を説明して一緒に逃げて欲しいと頼みますが、ヤロミルはそれを信じず二人の結婚は終わります。「おお、プラハよ、悲しい思い出を残し私は去ります」←(歌詞うろ覚え)と歌いマドレーヌは窓辺に結婚指輪を置いて去るのでした。

浮気ばかりしているイケメン医師というと「存在の耐えられない軽さ」の主人公みたいですね。しかしチェコ人を演じる俳優さんがイケメンで 、私はホッとしましたよ。いやホッとするどころか心の中でチェコの小さな国旗を振ってさえいましたよ。ブログを読んで下さっている方ならご存知と思いますが、プラハにはイケメンが本っ当にいません(その反面、美女は多い)。だからチェコ人役が美男子で嬉しかったんですよ。しかし・・・このヤロミル役のラシャ・ヴクヴィックさんは調べたところチェコ人ではなくセルビア系フランス人でした。チーン・・・・。ヴクヴィックさんは「シャネル&ストラヴィンスキー」や「ダイハード/ラスト・デイ」にも出演されていたようで(たぶん両方ともロシア人役だったのかな?)。確かに彼はかなり東ヨーロッパっぽい風貌なのでいわゆるチェコという感じとはまた違うかなと思いますね。若いヤロミルはイケメンなんだけど、歳を取ったヤロミルを演じるのが映画監督とし て有名なミロシュ・フォアマンです(この方はチェコ人)。あまりに若い頃と違うので彼が出て来た時一瞬「え?え?これヤロミル?」と混乱してしまいましたよ。

90年代のロンドン、成長した娘のヴェラ(キアラ・マストロヤンニ)は腐れ縁の恋人クレマン(ルイ・ガレル)と仕事でロンドンに来ています。彼女はクラブでドラムを叩く男、ヘンダーソン(ポール・シュナイダー)に一目惚れをしますが彼はゲイでした。それでも不思議なケミストリーを感じた二人は愛し合うようになります。お母さんのマドレーヌが離婚したヤロミルといつまでも腐れ縁を続けているように、ヴェラもクレマンと腐れ縁になってしまっているようです。クレマンを演じるのはルイ・ガレル。なんか腹に一物を抱えていそうな男ですよ!彼の嫉妬に燃える視線が逆にちょっとゲイっぽいんですけど。ゲイのアメリカ人、ヘンダーソンを演じるのはポール・シュナイダーという俳優さんで、私はハッキリいってどうしてヴェラがそこまで彼に執着するのかよくわかりませんでしたねえ。どちらかというと能天気で「いつまでもアムールは現役!」なお母さんのマドレーヌのパートに反して、ヴェラのパートは憂鬱です。ヴェラはゲイとも腐れ縁になって、でも彼はHIVキャリアで、それでもヴェラは彼の子供が欲しくなって、最後は自殺ということになってしまうので私はあまり好きではありません。その為、お母さんのマドレーヌパートの話をしたいと思います。

マドレーヌと成長したヴェラが夜のパリを歩いているシーンはいいですね。ドヌーヴ様とキアラ、本物の親子にしか出せない親密な愛情を感じますよ。ドヌーヴ様がマストロヤンニと自分そっくりに育った娘を見る視線が優しくていいんです。しかしキアラは一体何頭身あるんだ?モデルさんみたい。ロンドンからヴェラがパリにある自分のアパートに帰って来ると、お母さんのマドレーヌと別れたお父さんのヤロミル(ここでミロシュ・フォアマンが登場)が逢い引きしてるんですよ(しかも二人とも裸で事後のムードぷんぷん)。「あら、おかえり〜。いつのまにかそんな雰囲気になっちゃってね」とオカン。「いいから早く服を着て!」視線をそらしながらお父さんにガウンを着せるシーンは笑えます。ドヌーヴ様はコメディセンスも抜群ですな。

ミロシュ・フォアマンはもう80代だそうですが元気です。監督としてはモーツァルトの伝記映画「 アマデウス」で有名なんですね(しっかり観たことないんですが)。チェコ出身ですが、アメリカの市民権を持っています。彼はコリン・ファースを太らせておじいちゃんにした感じの人ですね。ずっと前に「ブロンドの恋」「火事だよ、カワイ子ちゃん」という彼の昔の映画を観たので、一応リンクしておきます。しかし、いくら経年劣化したからってあの不埒なイケメンがこうなっちゃうもんですかね〜。これはちょっと変わり過ぎでしょう。しかし、フォアマンは気ままな好々爺を非常にイキイキと好演しています。マドレーヌは離婚後に再婚して今もその夫と平穏に暮らしているのですが、ヤロミルは家にやってきて今の夫に「彼女と離婚してくれないか。僕は彼女と結婚したいんだ」と言ったりする自由人。しかし、この二人は結婚という枠外での方がうまく行ってるように見えます。

ヨーロッパの映画を観ていて思うのですが、老人と呼ばれる年代になっても皆さんお盛んですよね。「年甲斐もなく、みっともない」という恥じらいはどこ吹く風で、若い頃と同じように惚れた腫れたセックスだとアクティブ。Vratné lahve」というチェコの映画もそんな風に無邪気な少年みたいなおじいさんが出て来る映画でした。

ラストはヤロミルとヴェラを失ったマドレーヌがクレマンと一緒に昔住んでたアパートへ行き、あのときお店から盗んだロジェ・ヴィヴィエの靴をそっと置いて帰るというものでした。「あなたが死んでしまっても私は生きて行けるけど、あなたを愛さずには生きていられないの」←(正しい解釈か分かりませんが)とドヌーヴ様が歌う最後の歌が「ああ、人生・・・」という感じで素晴らしかったです。この歌は若いマドレーヌが前半で歌う歌とメロディーが同じで、1人の女性の人生として振り返って見たときに深みを醸し出していました。


『共喰い』うなぎが食べたい・・・

         

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この文字が東京タワーに被る、シュールさよ。


考えてみれば「5時に夢中!」は私の映画ライフに多大な影響を与えている番組である。ゲストで映画関係者が出るときや中瀬親方のエンタメ番付等のお陰で今までに10本くらいは観ているだろう。この映画の存在を知ったのも番組のお陰だ。この映画がなんと番組の提供に付いていた為、提供画面で東京駅やスカイツリーの映像を背景に「共喰い」の文字が出ている映像はかなりシュールだった。5時夢を見ている人はこの映画も興味があるだろうと思っての広告出稿だと考えると、なかなか味わい深い。この映画の原作は芥川賞を取った小説だそうで、かなりディープで屈折した人間関係の話である。小説は読んでいないので映画との比較は出来ないが、実に文学的な重みのある作品だったと思う。

「だ、である」調って難しいですね。いつもの調子に変えます。暴力、レイプ、殺人が入っているのでドギツイ感じなのかな~と思ったら純文学のような深い味わいがあるんですよ。しかしながら、私個人にはあまり刺さりませんでした。演出、演技、脚本とすべて上質なのはもちろん異論ありませんが、なんでだろう?幸いにして私の周囲に暴力が存在していなかったからだろうか。子供の頃はよく親に叩かれたりしましたが、大人になってからは親からもパートナーからも暴力を受けるということは幸いにしてなかったからかもしれません。




※ネタバレします。




舞台は昭和がそろそろ終わりそうな気配のする山口県下関市。映画の主人公、遠馬(菅田将暉)は父の円(光石研)とその愛人の琴子(篠原友希子)と暮らしている高校生。実の母親の仁子(田中裕子)は父親と昔に別れ、今は近所の鮮魚店で働いている。遠馬にはガールフレンドの千種(木下美咲)がいて、神社の神輿を置いてある倉庫でよくセックスをしている。父はドメスティックバイオレンスの気があり、母と離婚したのもそのせいで、セックスのときに相手を殴る性癖を持っていた。そんな父の性癖を自分も受け継いでいるのではないかと恐れる遠馬。ある日、琴子が父の子供を身ごもったことがわかる。別れを決心した琴子は家から出て行くのだが、その後に修羅場が・・・というザックリあらすじです。

光石研さんがDVをする、性に意地汚いどうしようもない男を演じています。たいした男でもないのに普段から理由もなく偉そう。こういうキャラクターはなんか九州男の悪くて嫌な所を凝縮したような感じがしてしまいます。地理的にも下関市は北九州に隣接していますし(ちなみに私の父方は熊本出身)。光石研さんは「めがね」の穏やかなおじさんというイメージがあったんですが、フィルモグラフィーを見てビックリ。ものすごいキャリアの持ち主で、私はただの一作だけを見て「こんな感じの人なんだな」と勝手に思っていただけでした。そういえば「ヒミズ」でも本作と似た様な役を演じていましたっけ。光石さんは福岡出身ということですが、それを知って少し意外でした。なんかどことなく薄口で上品なんですよね(福岡出身の方ホントすみません)。そのせいか、この役ははそこまで「うわ~」というダーティーな感じがしませんでした。光石さんは決して悪くはないんですが、もっと生々しさを持って演じられる俳優さんの方が個人的にはよかったんじゃないかな?と思いました。しかし光石さんが担当した成長した遠馬くんという設定のナレーションは私小説の味がよく出ていて素晴らしかったです。

お母さん役の田中裕子さんはすごい存在感。空襲のときに片手を失った為に義手で魚を器用にさばいている、ある意味異形のキャラクターなんですよ。クライマックスのお父さん殺害シーンでは尖った義手を凶器にして殺害という、ちょっとロドリゲス映画っぽさもありで。このお母さんが実に淡々と父が自分にした所業を息子に話すんですよ。修羅場をいくつも経験してきた人だけが持つ、諦めにも似た達観した演技が凄いです。愛人の琴子さんを演じるのは「おだやかな日常」にも出ていた篠原友希子さんです。彼女は悪くはないけど普通っちゃ普通だったかな。

主人公の遠馬くんを演じる菅田将暉さん、千種を演じる木下美咲さんは初めましてなんですが、二人ともすごいですね。菅田さんは一見普通に見えてるけど内部に鬱屈とものを抱えているという顔がとてもいいです。なにかしらのボタンの掛け違い的なことがあったら、一気にお父さんと同じようになってしまいそうな危うさを孕んでいますよ。木下さんは、まさに体当たり演技。高校生役ですが撮影時は二十歳くらいでしょうか。こういう本当に若く見える女の子がリアルなセックスシーンを演じるのって「ラマン」以来久々に観た気がします。遠馬くんはお母さんに「あんた千種ちゃんね。もう少し綺麗な子を選ばんね」みたいなことを言われていますが、木下さんは充分綺麗です。

お母さんが働いているのは川辺にある魚屋さんなんですが、ピチピチしたフレッシュなお魚がまったく画面に写らないんですよ。たたきみたいなのを丼にして食べるシーンはあるんですが。そのかわりうなぎがモチーフとして出て来るんですよ。川辺で息子が釣ったうなぎを食べるシーンがあるんですが、そのうなぎは生活排水の流れる川で育ったから臭いがあるということで、お父さんが蒸しただけのうなぎを生姜醤油で食べるんです(「生姜醤油ぞー!」と愛人に命じる)。お父さん以外は誰も手をつけないんですが、なんだかうなぎが禍々しい何かを持った魚という描かれ方をされていました。遠馬が異変に気付いてハッと目覚めるシーンも、その場には存在しないうなぎがにょろにょろとしていたし。うなぎ、怖いな~でも食べたいな~(笑)。

淡々と流れる物語なんですが、時に不協和音みたいな「フォーン・・・!」というサウンドが入って「ああ、禍々しいことが起こるな、起こるな・・・」と観客を怖がらせてくれます。でもサウンドの後に必ず何かが起こるというわけではなかったので、遠馬くんの中の「父親ゆずりの汚れた性癖」みたいなものが目覚めそうになるのを表現していたのかも。しかし千種ちゃんのたくましさが凄いですね。彼氏の父親に犯された後、その男を殺害して刑務所に入った彼氏の母が働いていた魚屋で包丁を握っているのですから。魚屋に来た遠馬くんに、お母さんが作っていたのと遜色ないたたき丼を差し出すんですから。そして昭和が終わり、訪れる女性上位時代・・・みたいなラストシーンには一縷の清々しさを感じます。エンディングではソロのアコースティックギターで「帰れソレントへ」がつま弾かれます。遠いイタリアのフォーク音楽なのに映画とすごく合っていて素晴らしい余韻を残していました。

『四十九日のレシピ』思わずレシピ本も欲しくなる

        



ふがいない僕は空を見た」のタナダユキ監督の映画だったのでレンタルしてみました(浦鉄さん、原作本ありがとう♥)。この映画も原作小説があるようですね。「ふがいない」のように私が好きな現代社会のヤダ味みたいなものを描いた映画ではないのですが、愛する家族を送るということに丁寧に誠実に向き合った良作でした。


※ネタバレします。


百合子(永作博美)は夫(原田泰造)と介護が必要な姑と暮らしています。ある日、夫の不倫相手から「子供が出来たから彼と離婚してあげて」と言われ失意の中、実家へ帰ります。百合子は夫との間に子供を授かるため様々な努力をしていたのでした。実家に帰ると一人暮らしのはずのお父さん(石橋蓮司)の家に若い女の子が。彼女は更生施設から派遣されて来たロリータファッションのイモ(二階堂ふみ)。お母さんの乙美さん(荻野友里/回想シーン)の四十九日を手伝うために百合子の実家にやって来たのでした。乙美さんはお父さんの後妻で百合子にとっては血の繋がっていないお母さんです。料理上手の乙美さんは更生施設でたくさんの若い子たちを助け、慕われていました。彼女が手書きで残したレシピ(料理の作り方だけではなく、生活に役立つ豆知識的なものも)を元に、彼女らしい四十九日を行おうと奮起する百合子たちでしたが・・・というあらすじです。

この映画は「5時に夢中!」月一金曜レギュラーだった淡路恵子さんの遺作なんですよ。最初は前時代的な正論を振りかざす伯母さんという憎まれ役かと思ったら、四十九日のフィナーレでムームーを着てアロハ・オエを踊る粋な伯母さんというキャラクターでした。淡路さん、ありがとう、さようなら・・・と映画と現実が重なって、なんだかしんみりしてしまいましたね。

石橋蓮司さんは私の中で「オーディション」の糸鋸で首切られちゃう人ってイメージがすごくあるんですけども、この映画ではどこにでもいる、ちょっと頑固な普通のニッポンの愛すべきお父さん。娘役の永作博美さんとの息もピッタリだし(顔も似てる気がする)、現在の日本映画界をときめく二階堂ふみさんとの相性も良いです。永作さんと二階堂さんの素晴らしさと演技の安定っぷりは今更特筆することでもありませんので省略。日系ブラジル人のハル役で岡田将生さんという方が出ていました。初めましてなんですが、他のキャストと比べるとちょっとだけ演技が浮いてた様な気も。でもそういうキャラとしてあえてしてあるのかな。彼の日本語がカタコト設定なんですが、普通に日本語出来る人が外国人の演技をしてる感じがして、そこが少し残念でした。

乙美さんとお父さんが結婚する前のエピソードも回想シーンとしてあるんですが、乙美さん役の荻野友里さんがエッセイストの阿川佐和子さんソックリでしたね。動物園で初めて乙美さんを紹介された幼い百合子が、手作りのお弁当をひっくり返すシーンがあるんですが。いきなり「新しくお母さんになる人だよ」って言われたら子供ビックリしちゃいますよね。お父さん、段階、段階!段階を踏まないと!と思ってしまいました(笑)。お父さんの若い頃を演じた中野英樹さんも、柴犬のようなルックスと、そんな細かいこと俺はわからん!みたいな昭和の男感が出ててよかったです。

しかし百合子の夫はひどいんですよ。自分のお母さんを百合子に介護させておいて外で不倫して不倫相手が妊娠。石橋蓮司扮するお父さんがヤマメを東京に残った夫に持って行くシーンがあるんですよ。駅の前でクーラーボックスを置いて地図を見るお父さん。ボックスにつまずいたサラリーマンが舌打ちするんですが、もうこの時点から嫌な予感ぷんぷん(しかし舌打ちって本当に品がないですね)。原田泰造演じる夫の会計事務所前の公園で待つんですが、昼時になって夫が出て来るんですよ。そうすると「おとうさーん」と逆側からお弁当をもった女性と小さな男の子が。女性のお腹はかなり大きくなっています。それを見てハッとして気配を消し、その場からクーラーボックスを持って離れるお父さん。ううう、切ない。

その後、泰造の夫は百合子に電話をして「どうやらお父さんが来ていたみたいだけど、すぐいなくなってしまった」と連絡します。「えっ、お父さんが?」と驚く百合子なんですが、この夫も相当ヘンな人ですよね。自分は早々と愛人と所帯を持っているのに、悪気もなく元妻に元義理の父のことで電話したりして。しかし、原田泰造が演じてると不思議とそこまで嫌なキャラに見えないんですよね。何かこの人天然なのかな〜?みたいな感じの男の人に見えちゃうというか。映画HPのプロダクションノートにも泰造の起用について監督がコメントしていますが、なるほどですよ。

乙美さんの手紙を取りに、百合子とイモは東京の百合子の家へ向かいます。お姑さんと久々に会う百合子。「どうしてこんなことになっちゃったのかしらねえ・・・」と悔やむお姑さん。彼女から家のリフォームの資料請求がたくさん来てるから泰造に届けて欲しいと言われて、二人はしぶしぶ泰造に会いに行くんですが、そこに愛人(内田慈)が現れます。リフォームの資料は愛人が勝手に請求していたのです。「だって、どうせ住むなら私らしい家にしようと思って」とのたまい「早く離婚してくれませんか?」と大きなお腹をさすりながら挑発的に言う愛人。しかし離婚届はもう家を出るときに埋めて渡しておいたのでした。実は泰造がまだ「百合子と離婚はしたくない」と言ってゴネていたのです。

イモは親の修羅場を聞かせたくないという親切心で、愛人の小さな息子を公園に連れ出します。イモ自身も親との関係が上手く行かなかった経験から非行に走って更生施設に入っていたのでした。「子供を産んだ女がみんないい母親になるってわけじゃないの」と言うイモ。百合子はお腹をすかせた愛人の息子にフランクフルトを買い与えます。すると愛人が公園に姿を表し「串付きのものを小さな子供に与えるなんて信じられない!危ないじゃない!」とわめきます。愛人が息子を連れて去ったあと「串付きのものって、子供にあげちゃダメだったのね・・・」と誰に言う訳でもなくつぶやく百合子。なんだか悲しいシーンですよ。

愛人は去ろうとする泰造を「パパ」と言って呼び止めたりしていたので、もうガッチリと周りを固めて行ってる感じもしました。もしかすると泰造は狡猾なシングルマザーの罠にかかったのではないか?子供は本当に泰造の子?(要DNA検査だな)などという考えも頭をチラつきます。ここでファッション的にチェックなのが、その愛人が布製のシュシュをしている点ですよ!「さよなら渓谷」でもシュシュ着用の女性についてチラっと書きましたが、新しいサンプルを発見してやっぱりそういう装飾的記号なの?と勘ぐってしまうではないですか〜。ちなみにこの映画の愛人はサテン地っぽい赤いシュシュを付けてたような。画像検索したけどなかった!残念!

ラストは結局、泰造が百合子を迎えに来て二人で帰ることになるんです。愛人とは別れて来たと言って土下座して復縁を頼む泰造。「子供はどうするんだ!」とお父さん。「それも含めて、どうしたらいいか一緒に考えて欲しい」と泰造。「甘ったれたこと言うな!」ってもちろんなるわけなんですが、百合子は泰造と帰ることを選びます。それを見て「娘をよろしく頼む!」と180度変わるお父さん。娘の幸せが俺の幸せなのでしょう。実家に残るお父さんが車のバックミラー に小さく映るのも、エンディングテーマの安藤優子さんも、涙腺をいい感じに刺激してくれて号泣まではいかないものの、じんわりと涙がこみ上げて来てしまいました。ベタと言えばベタなんですけどね、正攻法でちゃんと感動させてくれるってのは凄いなと思いますよ。

ラストもいいんですが、乙美さんの人生年表にお世話になった人が色々メッセージ書き込むのもいいんですよ。最初に「お母さんの年表を作って壁に貼ろう!」と思い付き、書き始めるんですが乙美さんは孤児だった為に結婚前の情報があまりなくって、また子供も生んでないので余白が多い年表になってしまったんです。自らも子供に恵まれない百合子が「子供を産んでない人の年表って、あまり書くことないんだな・・・」としんみりしてしまうんですが、乙美さんは少女たちの更生施設でたくさんの人をお世話してきたんですね。その少女たちが四十九日にやってきて「◯◯子に美味しいコ ロッケパンの作り方を教える」などと書き込むんです(コロッケパンを作った子は「ふがいない」のあくつ役の子か?)。それを見ていた親戚の人も「◯◯ 夫の結婚の相談にのり、お陰で◯◯夫と◯◯美がめでたく結婚」と書いたりするんですよ。

百合子という義理の娘はいましたが、実子がいなかった乙美さん。子供を産んでいなくても若い子達の面倒を親身になって見てきたので、死後も大勢の若者たちから慕われているんです。たくさんのメッセージで埋まった乙美さんの年表を見る百合子。それは愛情に溢れた乙美さんの人生そのものでした。映画の中で「女は結婚して子供を産むべき」という淡路さん扮する伯母さんや「私の方に子供が出来たんだから、奥さんは離婚してあげてください」という夫の不倫相手など子供至上主義的な価値観が出てきますが、それに対する知的なアンチテーゼとしてこの年表が機能しているような気がしますね。

乙美さんのレシピ、プロのイラストレーターさん(七字由布)が書いているのでかなり完成度が高いんです。完成度が高いと言っても、モロにプロのお仕事!って感じの出来ではなくって、ほっこりとしたヘタウマタッチの絵で、文字もいい感じに脱力していていいんですよ。チラっと画面に写るだけだから、ガッツリ読みたい!と思っていたらやはり本になって刊行されていました。かなり欲しい〜!

『おだやかな日常』震災後の心の揺れがリアル!



       

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私、気付いちゃったんですよ(稲川淳二風)。最近の邦画ってレベルが高くないですか・・・?帰省中に観てるどの作品も、思わず唸ってしまう満足感の高いものばかり(それとも私のチョイスが立て続けに当たっているのか?)。それに最近の邦画は女優さんがいいですよ。皆さん演技力がすごいです。しかも「熱演してます!どや!」って感じの押し付けがましい演技じゃなく、とても自然で見ていて思わず引き込まれるような演技力を備えていて・・・この映画も問題提起な難テーマ+演技力のある女優(主演だけじゃなくて脇も全員)というコンビネーションで素晴らしかったです。

私は観たい映画をリストにしてスマホの中に入れているのです。「あ、これ観たい」と 思ったらその場で入力。邦画なんかはそのリストを元に帰省時にレンタルするようにしているのですが、本作もリストの中に入っていた映画です。でもどうしてメモしておいたんだっけ・・・と忘れることもしばしばで、監督や出演者を見て「あ、そうそう!」と思い出したりするんです。本作は主演とプロデュースを兼ねた杉野希妃さんのお名前にピンと来てリストにしていたのでした。杉野さんは「マジック&ロス」に出演されていて、それが気に入ったからチェックしたいと思っていたんでした。



※ネタバレします。



2011年に起きた東日本大震災直後の日本(映画の舞台は関東近郊)。震災後の不安な生活に翻弄される二人の女性を軸に、見えない放射能への不安とそれにまつわる人間ドラマを描いた映画です。放射能汚染に怯え何とか対策を取ろうとする人々、それに対して「神経質になりすぎ」と反応する人々。わき上がる不安と周囲の目にどうすることも出来ない人々。どうすれば安全が確認出来るのか?どのアクションが正解なのか?ということは震災直後、誰にもわかりませんでした。その不安がよく描かれています。「随分思いきってるけど、こんな赤裸々な映画にしちゃって大丈夫なのかな~?」と少し心配になってしまう程の出来です。ちょっと盛ってる部分もあるけど、非常にリアル。言い争いなどのネガティブな熱量を発散せずとも、安全に対する考え方の相違で周囲の人と似た様なやり取りをしたような人は多いのではないでしょうか。

ここで少し私の個人的な体験を書きたいと思います。震災当時、私は東京で会社員をしていました。そのとき夫はチェコにいたので「危険だから関西の方に避難することを考えて欲しい」とか「家族や友達を連れてチェコに疎開してはどうか」とか色々心配をして電話をかけてきたものです。外資系の会社はオフィスを関西に移したりしていたし、大使館も在日の自国民を避難させるために飛行機をチャーターしたりして、迅速に避難をしていました。仕事上で付き合いのある先輩(日本人で外資系の会社勤務)は、本国の会社が日本オフィスを台湾に一時的に移動させる処置を取っており「まだ東京で業務してるの?出来ることなら避難した方がいいよ」と言われました。その方は常に冷静沈着な仕事ぶりの人だったので、そんな人からも避難をすすめられた私の心中はザワついていました。 

一方で私の周囲はほぼ通常通りの日常が営まれており、避難を勧める夫や先輩との温度差に戸惑っていました。震災から日の浅いある日、フランス大使館のHPで在日仏人向けの安全情報を見ていた私は思わず息を飲みました(夫は原子力分野が進んでいるフランスの情報を参照するようにと言っていた為、よく見ていたのだ)。その日は風向きの影響で放射能が東京にも拡散される可能性がある為、夜8時までに帰宅し自宅を出来るだけ密閉した状況で家から出ないようにとのお知らせが・・・。ファビョった私は「こういう事情だから、今日はみんな早めに帰りましょう」とチーム内のチャットに書き込みました。でも実際、夜8時までに帰宅出来るように帰ったのは私ひとりで「なんか私、ひとりで ファビョっちゃって微妙な人・・・?」と複雑な心境になったのでした。

海外の人からは避難を勧められるけど、私の周辺ではそんなムードほとんどなく、一体どうしたら・・・?!と悩んだものです。会社は東京にあるから、おそらく疎開≒最悪クビってことだし・・・仕事を失う訳にはいかないので、結局普通に東京で生活することを選んだのでした。映画の中でもフランス人の中年男性が、ものすごいテンションでヒロインに避難をすすめていました。奥さんらしき日本人女性に「いいから黙っといて」って言われていましたが、安全感覚の違い(または避難する場所があるかないかの違い)で板挟みになるのは本当に困ってしまいます(奥さんらしき日本人女性、微妙にブサイクだったのがツボりましたが)。

ヒロインのサエコ(杉野希妃)は夫と小さな娘と一緒に暮らしている専業主婦。震災後、仕事に出ていた夫と故郷の福島にいる両親と連絡が付きません。夫がやっと帰って来たと思ったら「離婚したい。好きな人がいて、震災のときに彼女のそばにいたいと思ったから」と言って彼女と娘を残して出て行きます。これが「震災離婚」ってやつなんでしょうか・・・。てか、ひどすぎる。1人で幼い娘を守らなければと危機感を感じたサエコはインターネットで情報を集め、放射能の知識を得ようとします。ガイガーカウンターを手に入れた彼女は娘の保育園の庭の放射線量を計ったり、汚染されている野菜を危惧して給食ではなくお弁当に切り替えたりします。それが「神経質すぎ。周りを不安にさせないで」はては「宗教みたいで怖いんだけど」と園内の他のお母さん(渡辺真起子、山田真歩)の反感を買ってしまうことに。

一方でサエコは「私はただ子供を守りたいだけです。あなた方は子供が大事じゃないんですか?!」と反論します。もともとママ友でもなく不仲だったっぽいんですが、ものすごい口論を展開させて幼稚園の先生も困ってしまう修羅場に発展。ハア・・・事の大小はあれ、こういうことって当時の東京近辺で起こっていただろうな・・・と重い気分に。私は子供がいないので全部がわかるわけじゃないけども、乳幼児の母親だったらどちらの立場だったとしても敏感になってしまう問題ですよ。リーダー格で物事をハッキリ言うお母さん役の渡辺真起子さんは「ヒミズ」でネグレクト気味の母親を演じていました。映画では旦那さんが東電関連の会社で働いているという設定。その腰巾着的なお母さん役に「ばしゃ馬さん」にも出ていた山田真歩さん。「そうよ、そうよ!」とジャイアンの後ろから攻撃してくるみたいなスネ夫演技が最高です。ママ軍団に加入しつつも本心は揺れているお母さん役に西山真来さん。初めましてなんですが、独特の風貌がオリーブモデルの高橋ななえさんにちょっと似ています。彼女が口論を聞きながら「やっぱり放射能対策した方が・・・」と揺れている表情も良かったですね~。

旦那には逃げられるし周囲から嫌がらせはされるしで、追い詰められたサエコが部屋で慟哭するシーンがあります。杉野希妃さんの演技が素晴らしいんですが、アップになったときにどうしても不自然な鼻筋が気になって残念ながら映画に集中出来ませんでした。女優さんなので美容整形は当然としても演技を邪魔してしまう整形は、ちょっと・・・。整形している方とお話するとどうしてもその箇所が気になってしまい、話が全然頭に入ってこないことがありますが、それと同じなんですね。演技は素晴らしいのに鼻筋が残念でした(もし天然だったとしたらごめんなさい)。

あとサエコへの嫌がらせが陰湿でしたね~。郵便受けにゴミ、罵詈雑言の手紙という中学生みたいな嫌がらせなんですが、これってもしや園のママ達が・・・?という感じなんですが、ここはちょっとやり過ぎかなあ~と。わかりやすい嫌がらせのせいで、現実味が薄くなってしまった気がします。母親たちってそこまで暇ではないのでは?それともあれは中立に見えた幼稚園の先生の仕業?(考え過ぎか)そういえば、幼稚園の女の先生がものすごく普通な感じで良かったですね。サエコの放射能話を引きつつも、でも社会人的なマナーで真剣に聞く顔の演技が何度かあるんですが、素晴らしかったです。木引優子さんという女優さんでした。嫌がらせ描写では、福島ナンバーの車に「放射能がうつるからこっち来るな」とか紙が貼られていて車の持ち主の寺島進が怒り狂ってるシーンがありましたが、現実にあったことだとすると心が痛む話ですよ。

もう1人のヒロインは夫と二人暮らしのユカコ(篠原友希子)です。彼女はフリーのライターみたいなことをしており、夫のタツヤ(山本剛史)は会社員です。ユカコはどうやら過去に流産した経験があるようで(後にセリフで明かされる)、子供はいないのですが放射能に関して人よりもやや過敏になっています。スーパーでマスクを買い込み、ミネラルウォーターで野菜を洗ったりしています。夫に転勤願いを出すように頼みますが、夫の会社ではリストラがあったばかりでヘタなことを言い出せない雰囲気。夫はそのままやり過ごしますが次第に病んで行く妻を見て決心し、上司に異動を申し出ます。ユカコ役の篠原友希子さんも初めましてなんですが、普通の格好をしていてもなんか綺麗な雰囲気がある女優さんですね。押さえた演技もリアルです。夫のタツヤは妻を大切にしていて出来る限り希望に沿おうとしているものの、仕事や現実問題との兼ね合いで板挟みに(当時の自分となんか重なるな)。意を決して上司に言うんですが、この上司の演技も最高でしたね。名付けてビジネスクソ野郎。「え~、こんなときだからこそ~、みんな、一丸となって~」とか超正論を言ってるんだけど人間性の薄っぺらさが前面に出ていて絶対に頼れない上司感プンプンで、うへえ~、こんな人いるいる・・・!って小刻みに頷いてしまいましたよ。

何をしていても放射能のことと、過去にあった辛い出来事がリンクしてしまい頭から離れないユカコは次第に閉じこもって行きます。東京から離れたいユカコは夫に頼みますが、歯切れの良い返事を返さない夫。ついには昔あった出来事を蒸し返して「あのときもそんな感じだった」と夫を責めてしまいます。私は何故か夫の方に自分を重ねて見てしまい辛かったですね。避難するか留まるか、これは全く個人の自由なんですが会社勤めをしているとそう簡単には行かない訳で・・・。でも自分や家族の安全だって大事な訳で・・・。

サエコとユカコの家の間取りが同じだったので、実は同じアパート?と思ったらやはりお隣さんだったんですよ(面識はそこまである風でもなかった)。お互いに避難した日仏カップル(フランス料理店経営?)や園のお母さん方とも繋がっているシーンがあって、お隣同士の女性に起こったこととして描かれています(ユカコ夫の会社でクビになったおじさんがサエコが乗るタクシーの運転手になってたりしてましたな)。サエコが感じる不安が動的な感じだとしたらユカコの不安は静的にじわじわと広がって行く感じ。ユカコはある日「福島原発レベル7」の号外を見て発作的に行動し始めます。大量のマスクを買ってサエコの娘が通う保育園へ行き、保護者に配り始めるのです。「子供さんを守って上げて下さい!」とマスクを差し出すユカコに「ちょっとなんなのアンタ!」とママ軍団。不審者として警察へ連行されるユカコなのでした。実際、不織布のマスクで放射能がどの程度防げるかどうかは不明ですが、しないよりはしたほうがいいんでしょうかね。当時、スーパーやドラッグストアでマスクが山積みにされていたのを思い出しました。


夫に捨てられ放射能騒動で疲れ果てたサエコは悲観して、娘と無理心中を計ります。隣に住んでいるユカコがガス臭いことに気づき、ベランダから隣に入って二人を助け出すのでした。サエコが病院で目を覚ますと夫の両親が娘を連れて行った後でした(幸い、サエコの両親は無事だった)。半狂乱になって取り乱すサエコ。今一番大切なのは娘であって、自分が守らなくてはならないのに一時の気の迷いから心中を計ってしまったという後悔でいっぱいです。そりゃ旦那の両親にしたら心中するような母親には預けておけないのはもちろんですが・・・。震災の「被害」が被災地とは離れた場所に住む人にも広がっていくのが切ないです。あの日以前と以後では何もかもが変わってしまった、という事実。震災前、当たり前に存在していた真の「おだやかな日常」はもう遠い過去のことになってしまいました(そう考えると皮肉なタイトルだ・・・)。

退院したサエコはユカコの家に忍び込み「どうしてあのとき死なせてくれなかったのか」とユカコを責めます。本当に死にたかったのか、それとも娘を奪われた喪失感からくるショックか、ないまぜになった気持ちであろうサエコ。「私はただ子供を守りたかっただけなの!」と言っていますが、きっと彼女もどうしていいかわからないところまで追い詰められたのだと思います。「だったら取り返しに行きましょう」とユカコ。二人でサエコの夫の実家に向かい、サエコは姑に土下座します。今の彼女には娘だけが生きる理由で唯一の希望なのです。公園で遊ぶ娘を久しぶりに抱きしめるサエコ。とりあえずよかった、と安堵することが出来るシーンなのでこれもひとつのハッピーエンドと言えるのではないでしょうか。

抱き合う親子を見て、微笑むユカコ。家に帰ってサエコが割った窓ガラスの掃除をしていると夫から電話がかかってきます。夫は避難することを決心しました(おそらく会社を辞めた?)。「今まで不安にさせてごめん。引っ越そう。そして子供を作ろう」と告げる夫。「うん、うん」と静かに電話を聞きながら涙を流すサエコ。感涙にむせぶ大袈裟な演技ではなく、勝手に涙が溢れて来るといった感じの篠原友希子さんの演技、素晴らしいです。ユカコ夫婦が引っ越しの準備をしているシーンでEND・・・。これもハッピーエンドですね。映画の冒頭から重苦しいシーンばかりだったから、最後にほんの少し風が通った感じがしてホッとしました。

やや劇的な演出もあったけど、これがほぼほぼ東京近郊で震災後に起きていたことだと言っても過言ではないと思います。全編を通じてカメラのピントが登場人物の顔や彼らが見ているモノに合わせられていて、周囲がぼやけて見える撮り方をされていたのも良かったですね。何かショックなことが起きて普通のテンションではいられないときって、周りの見え方がそんな風になりませんか?この撮り方は嫌な緊張感と緊迫感を視覚的にも押し付けて来る感じで、そこも素晴らしかったと思います。

園のママ軍団も、ただサエコをいじめるヒール役として存在していただけではないのがいいんですよ。ジャイアン的なママの渡辺真起子さんに旦那さんから電話がかかってきます。会話の内容はわからないけれども、どうやら社命で被災地へ行かなければならなくなったと伝える電話だったようです。「え?なんで?」と動揺する渡辺さん。電話を切った後でスネ夫的ママの山田真歩さんに「どうしたの?」と言われ、咄嗟に「旦那、海外へ出張だって」と嘘をつきます。「えー、かっこいい」と言われて(この海外へ行く=すごい、かっこいい、みたいな図式も微妙っちゃ微妙ですが)、「大変よ」と上から目線で言う渡辺さん。短いシーンでしたが、アンチ神経質派だったジャイアン的ママも状況によって揺れてしまうことが描かれていて、映画に奥行きが出ていました。

監督と脚本は内田伸輝さんという方で、まだ作品数は多くないのですが今後要チェックですね。も〜本当にチェックしなければならない監督さんが増えて困る!時間がいくらあっても足りません。邦画だけじゃない、韓国映画だって、インド映画だって観たいのいっぱいあるんですよ!それに私の場合、映画を観て感想文を書く習慣がついてしまっているので余計に大変ですよ!(まあそれが趣味なんだけど・・・)ということで、嬉しい悲鳴で終わりたいと思います。

余談:私が最近観た良い邦画は皆エンディングのソロピアノや弦楽器が印象的なものが多い気がします。クラシック素敵。

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プラハでも上映されてたのですが、見逃していたので帰省時にレンタルしました。ロマン・デュリスとオドレイ・トトゥ主演のファンタジックな恋愛映画です。原作の小説があって、作者はボリス・ヴィアンという人。小説も書くし音楽もやるマルチアーチストだったけど39歳で亡くなってしまった人なんだそうです。ゲンズブールのそっくりさん伝記映画「ゲンズブールと女たち」で若きセルジュがボリス・ヴィアンと意気投合するシーンがありましたね、そういえば。

原作がとてもファンタジックな小説らしいので、「恋愛睡眠のすすめ」のミシェル・ゴンドリー監督が映画化というのはベストマッチなんじゃないかと思います。 そんなファンタジック世界に生きている不思議くんと不思議ちゃんがロマン・デュリスとオドレイというのも、これ以上ないキャスティング。しかしオドレイは老けたな~。私は年に一回くらい「アメリ」を観たりするんですが、その頃と比べてしまうとお肌のハリがなくなってシワも増えてますよ。オドレイの持つ独特の可愛らしさは健在なのですが、やっぱり不思議ちゃんと加齢はあまり相性が良くない!

オドレイとロマン・デュリスは「スパニッシュ・アパートメント」と「ロシアン・ドールズ」で共演していますね。スパニッシュ・アパートメントでは恋人同士、ロシアン・ドールズでは元恋人で今は友人という関係。本作も含め、どれもなんだかフランスのちょいボンクラ なカップルって感じで好感が持てるんですよね。本作の友人役で「最強のふたり」のオマール・シー、「プライスレス 素敵な恋の見つけ方」のガッド・エルマレ(オドレイの相手役でした)、「イヴサンローラン」のシャルロット・ルボンが出ています。脇役では「天使が見た夢」(懐かしい!)のナターシャ・レニエが薬剤師役で出ていました。

ストーリーはいたってシンプルです。恋に落ちた二人が結婚。その後妻となった彼女が病気でこの世を去るまでの話で、ボーイミーツガール+難病もののコンボですよ。不治の病に侵された愛妻と献身的な夫という図式は「風立ちぬ」を思い出してしまいました。

出会った当初はファンタジック演出満点でカラフルな画面なんですが、妻の病の進行とともに色が消えてグレーっぽくなり最後はモノクロームになっていきます。まるで瑞々しくで芳香を放っていた花が時間が経ち枯れて行くようです。唯一無二の最愛の人を亡くす深い悲しみはしっかりと描かれていますが、それだけと言ったらそれだけの映画ですね。今の私の気分なんですが、可愛い画面や特殊効果よりもリアルな描写の方にグっと来てしまう感じなので、あまり心には響きませんでした。しかし安心して観ていられるし、とてもセンスの良い悲恋ストーリーなので、付き合って日の浅いカップルが観る映画としてはもってこいでしょう。

『ばしゃ馬さんとビッグマウス』夢に見切りをつける潔さもまた美なり


         

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帰省中なので邦画続きで、しかもかなり褒めている作品が続いていますが・・・この映画も最高でした。好きです、この映画が好きだッ。これにもやっぱり泣かされちゃって、エンドロールの儚いピアノもすごくよくてツツツーっと熱い涙をこぼしてしまいました。予告編やDVDパッケージは一見青春ラブコメ風でポップなんだけど、若い頃から追っていた夢をスッパリ諦めるという過程を描いた実に実に残酷な話なんですよ。それでも決してネガティブな味だけじゃない。これも大人の階段を上る成長の一段階として、実に優しく爽やかに描かれているんです。夢は信じていれば絶対かなうよ、自分を信じて!って歌ってるJ-POPとかあるじゃないですか。でももうこの映画のヒロインにはそんなに時間が残されていない。夢見る心を忘れないでってモチーフの作品は世の中に佃煮にする程溢れていますが、こういう挫折を爽やかに描いた作品こそもっと作られてもいいんじゃないかと思います。



※ネタバレします。




馬淵さん(麻生久美子)は34歳のシナリオライター志望の女性。若い頃からシナリオライターになることを目指して、貧乏しながら目標に邁進しています。しかしコンクールに応募しては一次も通りもしないという挫折の連続。ライティングの基本はわかっているのですが、同じくシナリオライターを目指す友人キヨコ(松本真歩)と改めてシナリオスクールに通うことにします。そこで馬淵さんは調子のいい天童(安田章大)という青年と出会います。天童は自分の才能を過大評価しているビッグマウスですが、一度もまともに脚本を書いたことがないのでした。

麻生久美子さんがすっぴん風で、おばあちゃんみたいな大きいベッコウのメガネをかけて、着古したカジュアルルックで、いつまでたっても芽の出ない馬淵さんをサラリと熱演されています。「あんた綺麗なんだから、もっとメイクとか服とか気を使えばいいのに」と友人からは言われますが「そんな暇あったら少しでも書きたいの」とストイックにガリガリとシナリオを書いているんですよ。みんなと居酒屋に行って、気が付いたら馬淵さんがいない・・・と思ったら表に出てラップトップで執筆しているんですね。馬淵さんの自室の机の横に本棚があるんですが業界雑誌や辞書の類が綺麗に並べられていて、彼女の生真面目さが見てとれます。

一方、ビッグマウスの天童は「そないにに馬車馬みたいに書いてて、どないするん?」と、どこまでの軽いノリの関西男。髪は微妙な具合の金髪だし、服や持ち物なんかは妙にカラフルな不協和音だし、それにウザったいんですよ。彼が登場したときは軽くイライラするくらいだったんですが、ストーリーが進むにつれて次第に「そんな悪い奴ちゃうやん・・・」と彼のことを憎からず、いや可愛らしいとさえ思うように。ソープの受付で働くおかん(秋野暢子)とのシーンなんかすごくいいお芝居してましたよ。この人は誰?と思ったら、ジャニーズのアイドルさんだったんですね。全然知りませんでした。天童というキャラクターは安田さんにアテ書きされたそうで、なるほどですよ。

シナリオスクールで出会った正反対の二人が、反発しつつも最後はいい感じになるのかいのう・・・と思ったら、全然そんな話ではないんですよ。天童の方は馬淵さんにアピールしていましたが。そういえば、この好きな人へのアピールの仕方が二人ともまったく同じなのが面白いですね。「シナリオを書く上で聞きたいんだけど、もしも・・・好きって言ったらどうする?」みたいな。シナリオを盾に姑息に自己保身した質問なんですよ。それで二人ともふられちゃうんですけどね。とにかく天童はアホで「俺が筆を持ったら世界変わるで」レベルの発言をしょっちゅうしてるんですよ。若さゆえの傲慢か(つーても28だが)、しかしどんなにビッグマウスを叩いても嫌な奴に見えないところが演じている安田さんの人柄なんでしょうか。

シナリオスクールにプロの監督とプロデューサーが講師としてやってきました。業界への足がかりを掴むチャンスとばかりに馬淵さんは監督とお近づきになろうとします。「介護の現場を舞台にした社会派な作品を考えているんです」と馬淵さんが言うと「いいね、それ!書けたら是非見せてよ」と監督。やる気になった馬淵さんは取材のために老人ホームでボランティアをすることにします。ホームで働く元カレの松尾くん(岡田義徳)に頼んで、介護の現場に飛び込むのですが。この松尾くんというキャラ、話し方や佇まいが私の義理の弟にソックリで、俳優さんは一体誰なんだろう?と思ったら岡田義徳さんだったんですね。メガネかけるとまた別人ですな。取材のおかげでシナリオも進みそうだし、久しぶりに会った松尾くんともなんかいい感じで、もしかしたら元サヤに戻れるかも・・・という雰囲気もあって嬉しそうな馬淵さんです。

ホームで始めたボランティア経験をもとに脚本を書いた馬淵さんですが、件の映画監督に「なんかこれ恋愛ものに見えるよね。なんか僕には馬淵さんのシナリオ合わないなー」って言われてしまうんですよ。それでもプロがちゃんと事務所で会ってくれるだけいい方だと思いますけど。「クソッ、クソッ、クソッ・・・(以下無限大)」と何度も呟いてエレベーターのボタンを押す馬淵さん。実は私、若い頃にイラストレーターになりたくてスクールに通っていた経験があるんです。スクールの特別講師として来たプロの編集者さんやイラストレーターさんに作品を見てもらったりしたこともあるんですよ。もうメッチャ緊張して心臓が口から飛び出しそうになるんですよねえ。しかしプロの方もお仕事とはいえ私のクソみたいな絵をよく見て下さったものです・・・。スクールの中には私のように習いごと感覚で来てる学生もいましたが、実際に雑誌なんかでお仕事をしているセミプロの学生さんもいました。もう彼らと私とでは絵のレベルが全然違うんですよね。上手いヘタというよりもイラストとしての完成度が違う。私はそのせいか「あー無理だな」とサックリ諦めることが出来ました。

馬淵さんは事務所のエレベーターホールで昔スクールで一緒だった人と偶然会うんですが、プロとして大活躍中のその男性は彼女のことをまったく覚えていませんでした。彼に取ってはスクール時代なんてもう遠い遠い過去なのです。そして自分より後発でシナリオを始めた友人のキヨコの作品が映画作品に採用されることに。自分はいつまでもアマチュアとして同じ所で足踏みしている惨めさと悔しさに立つ瀬がなくなりそうな馬淵さんなのですが、そう思うのもやはり「この道でないと」という踏ん張りがあるからでしょう。その点私は教科書やノートの隅に落書きして友達に見せるくらいで満足出来ていたのでよかったのかもしれません。キヨコ役の山田真歩さんは普通っぽい女優さんですが、なんか独特のエロさがありますね。「映画はすっごく大変けど、形にしていく充実感はあるかな(ドヤ顔)」とか言って、性悪な感じもいいですよ。

なかなかいいことがない馬淵さん。根を詰めてシナリオを書いたのでボランティアのときについ居眠りしてしまいました。すると面倒を見ていたおばあちゃんが自分のオムツを外して、食べてしまうというアクシデントが。松尾くんが助けてくれたのですが、排泄物だらけの現場を見てショックを受けてしまう馬淵さん。慌てて手伝おうとしますが「いいから邪魔しないで!」と言われてしまいます。落ち込みながら汚れてしまった自分の手や顔を洗って、松尾くんに謝ります。しかし「わかったでしょ。これが現実だよ」と松尾くん。「脚本読んだけどさ、なんか軽いって言うか・・・上辺だけしか見てないよね」とも言われてしまいます。これはキツイですよ。ダブルでショック。馬淵さんはただ謝ることしか出来ませんでした。

松尾くんは役者志望だったのですが、芽が出なくて諦めた過去があるということがセリフで語られます。そういう意味では「才能ないかもしれない」と何処かで思いながらまだ必死にもがいている馬淵さんよりも、ずっと早く大人になっているんですよ。「俺だってキツいし、この仕事いつも辞めたいって思ってるよ」とは言っているものの、社会に貢献する仕事もして自立しているし。夢に見切りをつけて現実の世界を生きているの松尾くんは、ある意味で馬淵さんよりもずっと切ない人なんですよね。しかし、なろうと思ってなれるわけではない芸術系の職業ってのは本当に厳しい世界だなあ~と思います。このテストで何点取ればなれるという明確な基準みたいなものがないわけですから、それはそれはタフな茨の道でしょうとお察し致します。

結局、介護をテーマにした脚本を諦めることにした馬淵さん。松尾君に改めて謝りますが、その流れで号泣してしまい彼の家に行き飲むことに。「夢ってどうやったら諦められるの?ウワ〜ン!!!」と号泣する馬淵さん。これ馬淵さんも辛いかもしれないけど、聞いてる松尾くんの方がもっと辛いですよ。その後のシーンで、彼はやっぱり役者の夢に未練があることを告白するんです。号泣を慰める流れで松尾くんと一線を越えそうになるんですが、馬淵さんがあまりに可哀相なので「もういい、やってスッキリするならやってまえ馬淵」って思っちゃうんですよね(笑)。すると絶妙のタイミングで「いいの?私、松尾くんのことまた好きになっちゃうよ・・・?」と言う馬淵さん。思わず動きが止まってしまう松尾くん。その後、お互いにムックリと起き上がって乱れた衣服を直すこと気まずさよ・・・!松尾くん、馬淵さんとやり直すつもりは全然ないんだな・・・ってここもまた切ないです。ワシも松尾くんのことをちょっと好きになってしまっていたので余計にな!(あ、義理の弟にはそういう感情は持ってませんよ、念のため!)

馬淵さんはその後用事があって実家に帰ります。実家は温泉旅館を経営してるようです。なんだ、シナリオがダメだったら実家戻って手伝えばいいじゃんって思ってしまったんですが。お母さん(松金よね子)も同じ意見のようです。しかし松金さんと麻生さん似てますね。お父さんは井上順でした。天然ボケのお父さんは、いつも点滴みたいなバッグを側に置いているのでちょっと心配です。馬淵さんはなんで帰って来たのかというと、友人の結婚式に出席するためでした。旧友とオズの魔法使いのコスプレで余興をするんですが、これが結構ガチな衣装とメイクでした。馬淵さんは顔を銀色に塗りたくってブリキ男役を心ここにあらずという風情で演じています。こんなガチメイクするなら実家で丁寧にチーク入れてたのはなんだったのか・・・。その後メイクを落として友人席で語り合うシーンがあるんですが、アゴのあたりに落とし切れていないブリキメイクがあるのがまたいい味です。

これで全員結婚したね〜・・・あ!←(馬淵さんの存在に気が付いた)」とか、「シナリオが映画やテレビになるときは教えてよね」とか、傷口に塩を塗りたくる旧友たち。馬淵さんに限らず、久しぶりに会う人々が集う結婚式ってこうやって人知れず傷ついてる人結構いると思うんですよ。で、馬淵さんは「今度、低予算の映画なんだけどシナリオやることになってさ」と友人キヨコのトピックを自分のこととして話し始めます。もういい、この場をやり過ごす為になら嘘もおけ!と思ってしまいます。「へ〜、どんな?」「BLっぽい話なんだけど・・・」「すご〜い、絶対みるね!」・・・この場はやり過ごせたけどやっぱり落ち込む、みたいな。「もっとゆっくりしてけばいいのに」というお母さんでしたが、すぐに東京へ帰る馬淵さん。「これ持って来なさい」とお弁当をくれるんですが、それをローカル線車内で食べるシーンがいいです。そういや東京ガスの就活CMで「リアルすぎる」と放送とりやめになったのがありますが、私はあれ見て号泣しましたよ。オカンの愛情、海よりも深し!

一方、話は前後しますが相変わらずビッグマウスをたたいている天童は古ぼけた旅館にカンズメをして書き上げようとしますが、結局風呂に入ってAVを見て寝ただけでした。しかし馬淵さんから「書け、見せろ、それから言え!!!」と怒鳴られた天童は心を入れ替えて頑張ります。そんな天童に馬淵さんも刺激を受けて次のコンクールへの作品を書き始めます。シナリオに集中し大変だけど充実した日々がまた始まりました。しかし馬淵さんはこのコンクールで落選したら夢をあきらめて実家に帰るというリミットを自らに課していたのです。なんとか初めて書き終えたシナリオをコンクールに送った天童。しかし発表の雑誌に彼の名前はありませんでした。編集部に電話をかけて「あの〜僕のシナリオちゃんと届いてましたか?」と言うんですが、やはり現実は厳しいのです。どんなに自分で自分の才能を信じても決めるのは世間なんですよね。

馬淵さんは改めて松尾くんと会って、今までの感謝の気持ちとこれからの展望を伝えます。ここで松尾くんがまだ役者の夢に未練があることが語られ、すっかり松尾くんに肩入れしていた私は「ああ・・・松尾くん・・・!」と切なくなるのでした。馬淵さんは背伸びしたテーマではなく自分のことを題材にシナリオを書いて、持てる力をすべて出し切ってコンクールに挑みます。たしかに自分の知ってることを書くのが一番いいですよね。このお話があまりにもリアル感に溢れているのですが、やはり監督の吉田恵輔さんと共同脚本の仁志原了さんの経験をもとに作られているんだそうです。こうして作品を世に出せているので成功したお二人ということなんですが、さすがは経験者。夢に挫折しそうな若者を見つめる眼差しがそりゃもうとてつもなく優しいんです。ダメな我が子を包み込むような親的優しさを感じますよ。

飲み会の席で、天童がどうして脚本家を目指すようになったかを聞き泣き崩れる馬淵さん。もうこの時点で彼女は夢が叶わないことをなんとなく悟った風なのも悲しいです。居酒屋の後、みんなでカラオケに行って天童作のバースデーソングを聞く馬淵さん(プレゼントは天童の家にあった散髪練習用の人形の頭からチューリップが出ている奇妙なオブジェ。天童は昔、美容師志望だったのか?)明け方のアーケード街でみんなと別れるシーンもなんだか宴の後の寂しさが滲んでいていいですね。

持てる力のすべてを出し切った馬淵さん。爽やかな朝日に包まれる道をチャリで郵便局まで行き、作品を送って後は結果を待つだけです。いや〜、ここで成功しちゃったらツマラナイ映画に成り下がってしまいそう。でもあれだけ頑張ったんだからちょっとくらい報われても・・・でもそうすると映画として・・・と観ているコチラも気持ちが揺れます。授賞式会場に笑顔で現れた馬淵さん。どうなの?受賞したの?と思うと、彼女がいるのは会場席でスポットライトを浴びて賞をもらっているのは友人のキヨコでした。そっか、ダメだったか・・・でも拍手をする馬淵さんは、キヨコに一歩リードされたときの馬淵さんとは違い清々しい表情をしています。

天童はオカンに会いにソープへやってきました。前に「オカンはソープやってて、今は年取ったからソープの受付やってん」と馬淵さんをドン引きさせたことがありましたけど、「嘘、本当は看護士」と更に嘘をついてたんですね。「なに、遊んで行くん?」と女の子のファイルを息子に見せるオカン(笑)。秋野暢子さんが好演してます。馬淵さんといるときは年下の男の子っぽくて、はしゃいだ感じのある天童でしたがオカンといる時は肉親に見せる面倒くさそうな全然構わない感じになるのがまたいいんです。「あんたタバコやめーや」というオカンの小言も懐かしい、みたいな感じでしょうか。彼はまだ夢を諦めてはいません。というか、初めての脚本を書き上げたばかりだからスタートラインに立ったばかりなんです。

馬淵さんが実家に帰る日がやってきました。ここの河原でのシーンが馬淵さんが最後に書いていた脚本とオーバーラップしてます。オープニングのところも脚本を書くパソコンの画面が大写しになってましたが、主演二人のクレジットもパソコンの画面で、下にカッコ付きで年齢が出るんですよね。馬淵さん(34)、天童(28)って。この年齢がさりげなくわかるところも良かったですね。「私ももう34だし」とかいう説明セリフがいらないですし。

夢に区切りをつけた馬淵さんは、どことなく肩の荷が降りた感じでスッキリして見えます。一方、天童は好きだった馬淵さんが遠くへ行ってしまうので寂しそう。「あきらめんかったら、夢かなうかもしれんやん」とこの期に及んで言う天童ですが、「もういいの」とサッパリと言う馬淵さん。挫折はしたけど、とても眩しく見えます。「次のシナリオ、男が大作家になって、好きな女を迎えに行くってストーリーは?」と天童が言うと「さぶ!」とバッサリ言う馬淵さん。河原をまっすぐ歩いて行く彼女の後ろ姿。これでエンドクレジットです。ここでインストのピアノが流れるのが余韻があってとてもいいんですよ。邦画の終わりは当たり障りのないJ-POPとかかかりがちだけど、ピアノで大正解。敗れ去った夢の余韻を微かなピアノの調べがなぞっていくんですな・・・。ここで暖かい涙が両目からツツツー!と流れて頬をつたいました。

夢は叶わなかったかもしれない。でも、馬淵さんはばしゃ馬のように努力することの崇高さを知りました。と同時に自身の限界を知ってスッパリ諦めるという成長を成し遂げることが出来たんですよ。「自分は納得するまでやり切った。だからもういいんだ」という境地に達することが出来たんですね。だから、最後は美しい散り際を見せることが出来たと思うんです。この姿がひたすらいじらしくて美しかったんですよ。吉田恵輔監督のトリュフォーばりにダメな分身キャラクターを見守る優しい目線に、すごく愛を感じました。またチェックしなければならない映画監督が増えてしまいましたよ。困った困った!

『人生、いろどり』シニア女子の頑張りに涙

        



映画版「すーちゃん」がなかなかに面白かったので、同じく御法川修監督の旧作を借りてみました。たしかミエさんが「5時に夢中!」でこの映画の宣伝してたよなあ~とボンヤリ覚えていたんですが。この映画には元ネタがあって、過疎の村に住むおばあさんたちが「つまもの」ビジネスで一発逆転を計るという本当にあったストーリーをベースにしているそうです。

「つまもの」とは日本料理の飾りとして付いて来る季節を先取りした葉っぱのこと。目を楽しませる演出に使われるだけですが、つまものがあるのとないのとでは大違いです。この映画を観た翌日にある温泉旅館に泊まったのですが、そこでも「つまもの」が大活躍。お造りの横や炊き合わせの上に緑があるだけで、お料理が締まってとても美味しそうに見えます。ふと入った温泉宿の甘味処でも和菓子の下に葉っぱが。「は〜、こうやって活躍してるんだな〜」と、なんだか心が和んでしまいましたよ。




※ネタバレします。




四国の過疎の村に暮らす薫(吉行和子)は夫の輝雄(藤竜也)と細々と農業を営んでいます。しかし冷害で作物が取れず厳しい状態に。農協の江田(平岡祐太)も頑張って市場に売り込みをかけてくれますが、なかなかうまくいきません。ある日、江田は居酒屋で「つまもの」の美しさに感激しハンカチに包んで持って帰る若い女性の姿を目にします。「つまもの」は起死回生のビジネスになるのではないかと考えた江田は村民に提案します。しかし「葉っぱが金に化けるとか、キツネか!」と言われて村人は相手にしてくれません。しかし薫と幼なじみの花恵(富司純子)は思い切って葉っぱビジネスに参加することに。都会から帰って来た幼なじみの路子(中尾ミエ)も仲間に入り、女性たちの葉っぱビジネス、どうなる?!というお話です。

奇しくもタイプの違う三人の女友達という点で「すーちゃん」と同じです。私は「すーちゃん」世代なので、この映画はそこまで真に迫って身につまされるという感じはないんですよ。でも、老女たちがひたむきに困難を越えて行くストーリーはやっぱり感動してしまうんですね。年を取っていても勇気を出して新しいことにチャレンジすれば世界は広がっていくんだよ、というテーマはベタ。でもやっぱりいいんですよ。「マリーゴールドホテルで会いましょう」とかに通じるイキイキ・シニア女子(おばあちゃん=シニア女子なのだ)映画としてかなり良い出来になってると思います。

既にいろどり株式会社という存在があるのでサクセスストーリーというのはわかっているんですが、三人のシニア女子それぞれに人生があってそちらも味わい深いんです。ヒロインの薫さんは長年連れ添った夫と、息子夫婦と一緒にくらしています。夫の藤竜也がいわゆる昔気質な男で、自分の農業がうまく行かないから葉っぱビジネスをするという薫さんに反対しています。花恵さんは夫に先立たれた未亡人で息子夫婦は都会に出ているので、しがない商店をひとりで切り盛りしています。いつも孫たちに会いたがっているのですが、息子夫婦はなかなか帰って来てくれません。葉っぱをハガキにコラージュして絵を作り、孫達に送るのがなによりの楽しみ。路子さんは村の外で教師をしていたモダンガール。夫と別れて、年老いた母(佐々木すみ江)の世話をするために帰ってきました。現実主義でピシャっとした物言いのキャラクターはミエさんにぴったりです。路子さんは教師をしていたということですが、実は学校の用務員さんだったんです。ここは切なかったですね。

一方ヤング担当として農協の平岡祐太がいるんですが、昔はすごいカッコ良かったのに今はわりと普通のイケメンになった気がします。でもこの映画の雰囲気にはすごく馴染んでる!卸売市場で働く強気な仲買人に村川絵梨。朝ドラ「風のハルカ」の人だったよなあ・・・と懐かしいです。村川さんはキリっとした感じとふわっとした感じが絶妙に混じった美人だと思うんですが、顔が長いのが玉にキズだなあと見てて思ってしまいました。この二人が最初は何かと反発し合ったけど最後は夫婦となり、この地に根付く・・・ということになるのですが、付き合ってもないのにいきなり結婚するっていう展開ビックリしませんか?ここもなんか朝ドラっぽい。「てっぱん」でもそうだったけど、付き合ってもいないし、ましてや告ってもいないのに、社長さんが瀧本美織にプロポーズしようかどうしようかとドキドキしているシーンとか、駅伝が瀧本美織と暮らす新居の住宅情報を見てるシーンとかマジで仰天しましたけど(分かる人にだけ分かればいいんです)。閑話休題。でも本作のペアはそれでも爽やかでいい感じなんですよ。嫁入り行列のシーンで薫さんたちが一足早いハウス栽培の桜の枝を持ってお祝いするんですが、ここは素敵に撮られていましたね。なんか安心して観ていられる安定のNHKのドラマみたいな感じ(褒めてます)。

つまものをお勉強するため、町の割烹料理屋にシニア女子と平岡祐太が視察しに行くシーンがあるんですが、ちょっと女将(キムラ緑子)が優し過ぎましたね。いきなり「お願いします!」って言われても、料理屋さんも仕入れ先とのお付き合いとか色々あるじゃないですか。あと素人を調理場に入れるってのもなんか微妙だな〜と思ってしまいました。村川絵梨は怒ってたけどね。しかし「つまもの」は季節を先取りした葉っぱであるというのは知りませんでしたよ。旬の45日くらい前の葉っぱを使うのが粋とされるのだそうです。私、いままでずっと単に茶色っぽいお料理の色補正の為だけの葉っぱなんだと思ってた・・・日本料理、奥深いです。

最初は全然売れない葉っぱなんですが、それでも努力を重ねるうちに1パック、また1パックと売れて行くんですよ。売上は1万円かそこらだけど、平岡祐太の報告を聞いて歓喜するシニア女子たち。旬を先取りするためにハウス栽培のビニールハウスを作って、そこで本格的に葉っぱを育てます。確かに葉っぱの規格(大きさ、色の濃さ etc)をそろえてパッキングすればそれは立派な商品になるんですね。シニア女子にとってはなんといっても軽い商品なのが魅力です(収穫作業なんかが楽だから)。目の付けどころが素晴らしかったのではないでしょうか。

しかし中盤にさしかかったあたりで困難が降り掛かってきます。輝雄さんが借金して始めた鰻の養殖は稚魚が全滅。養殖を始めるのにこさえた借金だけが残ってしまいます。一方、葉っぱのビニールハウスが火事になってしまい骨組みを残して全焼。ビニールハウスがあった輝雄さん所有の山を売って借金を返そうとします。意気消沈した薫さんを花恵さんが励まそうとしますがケンカに。そしてその後すぐに花恵さんは帰らぬ人になってしまいました。シニア女子の話なので、もう友の死が普通にエピソードとして出て来るのが凹みますよ・・・!売られてしまう山の見晴らしの良い場所には、薫さんが家族のために埋めた樹が育っていました。夫婦の樹、息子誕生のときに植えた樹、嫁が来たときに植えた樹・・・。そこに花恵さんの樹も植えようとします。すると一緒に来ていた路子さんが「あきらめんかったら、なんだってできるよ」と言うのですよ(本当はもっともっと心に響くセリフです)。ここでミエさんに泣かされちゃいましたね〜。人がゼロからひたむきに何かを頑張る姿って、どうしてこう涙を誘うのでしょうか。

その後はお約束ですが、なんとか頑張ってV字回復。山も売らずに済みました。藤竜也も葉っぱビジネスをサポートしてくれるようになり、平岡祐太たちも結婚し、経済的な理由から子供を躊躇していた薫さんの嫁(粟田麗)も妊娠し、みな幸せになりました。エンドロールは端末を使いこなし葉っぱの注文を受けるリアルなシニア女子たちの姿が。みなさんイキイキとしていていい笑顔です。やっぱり人はどんなにささやかなものでもいいから、目標や仕事(≒自分で自由に使えるお金)がないと、こんなにイキイキ出来ないもんなんじゃないかな〜って思いましたよ。そういう人生のいろどりになるようなことを見つけられると良いですよね。しかしエキストラの一般の農婦さんと比べると、やっぱりシニア三女優はお綺麗です。特にミエさんはモダンな雰囲気が本当に素敵でした。可愛いBA〜BAではなく、ハンサムなBA〜BAですね。

余談:吉行和子さんと藤竜也さんは大島渚監督の「愛の亡霊」で共演されているそうで。「愛のコリーダ」みたいな男女の性愛を扱った官能作品なんだそうです。そんな二人が、こんなほのぼの系映画で夫婦役ってのがまた凄いですね。大島渚はいつかプラハの名画座で回顧上映されないかなあ。

『さよなら渓谷』心が始終ざわつき、最後にグワっと掴まれる

          



本作は昨年の帰省時に劇場公開されていて「良作そうだけど、どうしよっかな~、う~むDVDまで待つか・・・」と特に理由もなく保留にさせてもらっていました。確か友人の浦鉄さんが観に行って「良かったよ~(モティロン、真木よう子の濡れ場も)」って言ってた様な。しかし、コレは劇場で観ても後悔しない映画でしたね。見送ってしまってすみませんでした。

邦画のDVDを借りるとだいたい「コレ観たかった」って映画の予告編が二、三本入ってるんですよ。この映画の予告編も何回も見ました。だからレイプ事件の加害者と被害者が夫婦として暮らしている・・・でも何故?という映画だということは知っていたんですね。被害者と加害者の件が一部でネタバレだとか言われていたそうですが、そもそもそういう映画じゃないという意見に賛成です。そこをネタバレしたからって価値が下がる映画じゃない、むしろ「その二人がなんで一緒に暮らしてるの?」って謎にディープに切り込んで行く人間ドラマなんですからね。



原作小説は読んでないので映画に関して感想を書いてみたいと思います。
※ネタバレします。




いや~しかし・・・映画を観ている間は始終心がざわつき、ささくれ立ち、辛いな、辛いな~とザワザワ、ザワザワしていました。そしてラスト、渓谷の川縁でひとり佇む俊介(大西信満)に記者の渡辺(大森南朋)が問いかけます。「もし・・・かなこさんと出会うあの事件の前に戻れるとしたら、あなたどうしますか?」←(大事なセリフなのに、うろ覚えです・・・)みたいなこと を問うのですよ。え~っ、一体俊介はなんと答えるのだろう・・・と思ったら、彼がハッとしたような思い詰めた様な表情でこちらを見てEND・・・という。うわ~っ、あえて答えを提示しなくて、でも複雑な思いはストレートに伝わって来て、す、すごい・・・としばらく動けなかったです。俊介のその表情に今までのザワつきが一気にかき消されてしまい、グワっと心を掴まれてしまいました。すごい着地です。

東京の奥の方の田舎、粗末な住宅で世間から隠れるようにひっそりと暮らす一組の夫婦。お互いを思い合い、時に激しく貪り合うように愛し合う、一見どこにでもいるような夫婦です。隣の住宅で母親による幼児殺害事件が起き、静かな田舎に報道陣が殺到。夫の俊介が重要参考人として連行されてしまいます。警察は隣人である俊介が犯人の母親と男女の関係になり、彼が邪魔な息子を殺害するようにそそのかしたと見ているんですね。ここまでが導入部です。

いや~、しかし真木よう子は偉いよ。「ベロニカは死ぬことにした」のときも感心したけど、今の日本映画界にこれだけ綺麗でこれだけ脱げてこれだけ演技が安定している女優さんいますか?脱がないで女優面している面々には、真木よう子の爪のあかでも煎じて飲ませたい。細いのに巨乳(斜め後からのショットでも乳の存在感たるや!)、でも服を着ると普通っていうね。扇風機だけが回る部屋でする情事シーンは二人の関係性が明らかになっていないときから、なんだか訳ありで不穏な空気が漂っててヒリヒリとする感じ。これも良かったです。俊介を演じる大西さんは初めましてなんですが、こんな俳優さんいるんですね。役者さんっぽいんだけど、よく見ると普通、でもなんだか存在感がある・・・というな~んか気になる顔をしていますよ。彼が田舎道をタオル首に巻いてチャリこいでるだけで、彼の周囲にボンヤリと漂う不吉な予感。太陽にさらされて黒くなった顔も、への字になった口も良いですね。

幼児殺害事件を追う記者の大森南朋なんですが、元ラグビー部で挫折したっぽい経験があり、妻(鶴田真由)とはヒエヒエに冷えきった夫婦仲(ちなみにお腹まわりもタプタプ)。彼は俊介が優秀な選手だったにもかかわらず大学の野球部を退部していることを突き止めます。野球部まわりを嗅ぎ回っていると、過去の忌まわしい集団レイプ事件のことが浮かび上がってきます。俊介の名前をググる(もちろん劇中は架空の検索エンジン)シーンがあるのに、過去の事件のことが取材しないとわからないってちょっとヘンじゃないですか~?!それを言うなら、かなこ(真木よう子)の素性が判明するのもだいぶ後になってからだし(しかも警察がそれに気付いてる描写はなかったし)、ちょっとくらい調べればすぐにわかるだろうに!とツッコミを入れてしまいました。私が欧米のクライムサスペンスに慣れてるせいかしら?だってFBIとかCIAとかDBをたたけばすぐにパーッと色んな個人情報が見られるんですもの。まあ気になったのはそれくらい・・・いやもう一個あった。大森南朋が「かなこ=夏美(被害者の実名)」だとハッとひらめくシーンがあるんですが、一体何をもってひらめいてしまったのか謎です。立川のデパートで連れの男と楽しそうにしていた夏美の目撃談を聞いて気が付いたみたいなんですが、私がボンクラだったらすみません。

温泉宿のパートなどをしているかなこ。しかし彼女が時折見せる表情が、とっても訳ありです。俊介に肩を揉まれているときも、バスに乗っているときも、ひとり家でヒザをかかえているときも、一体何を考えているのだろうか・・・と思っていたら、警察に「夫と容疑者に男女関係があった」って通報するんですよ。え~一体どうして?という後で大森南朋がひらめくんですが。まだ観客には「かなこ=夏美」が提示されない状態で、留置所にかなこが面会に行くシーンがあるんですよ。プラスチック板を隔てた俊介に平常心で冷蔵庫にある賞味期限切れが近い豆腐の話をします。俊介も「早く食べた方がいいね」などと普通の受け答え。この二人なんかヘン・・・特にかなこの目がなんかいっちゃってる!という奇妙な雰囲気は良かったですね。二人のなんとなく訳あり演技は素晴らしく、心がザワつきました。

レイプ事件の回想みたいなシーンがあるんですが、最初に夏美と一緒に座っていたのが俊介なんでしょうか。彼は仲間が夏美に手出ししたときに、そいつを殴っているんですが結局は場の流れみたいなものに逆らえず加担してしまったみたいな感じなんでしょうかねえ・・・。大森南朋の後輩記者、鈴木杏が「運動部のやつらって、爽やかかと思えば集団レイプするし両極端なのが意味不明」って言ってましたけど、集団になると罪の意識などが希薄になったり、絶対服従の縦社会で先輩に逆らえなかったりするんでしょうかねえ・・・。大森南朋と鈴木杏のコンビは「へルタースケルター」を思い出してしまいました。

被害者の夏美にはこの事件の後も散々な不幸が襲いかかってきます。大人になって就職した先で恋人が出来て結婚まで行くのですが、相手の親が探偵をやとったかで事件のことが明るみに出て破談。その後にまた恋人が出来て結婚しますが、DV夫のため離婚。流産したり手首を切ったりで、もう不幸のフルコースです。DV夫を演じていたのが、これまた最近私の見る映画によく出て来る井浦新でした。こういうショボクレタ草食系な感じの人が逆にDVってのが、いかにもありそうで恐ろしかったです。夏美のお母さんが木野花さんでちょっと「すーちゃんまいちゃんさわ子さん」を思い出しました。

心身ともに病んでガリガリになった夏美は入院。そこで俊介と偶然会うんですよ。「大丈夫・・・ですか?」と思わず声をかける俊介。かつて集団レイプをした被害者に「大丈夫ですか?」って・・・と狂ったように笑い出す夏美。真木さんのガリガリ具合が本当に痛々しくて凄かったです。それ以来、俊介は夏美のことが気にかかって仕方がありません。俊介は事件で大学を中退したものの先輩のコネで証券会社に入って、サラリーマンとして普通の生活を送っていたんですね。婚約者らしき女性もいたみたいなんですよ。一緒にマンションを内見したりしてたし。ここで本筋とは離れるんですが、その婚約者らしき女性(シュシュで髪を束ねている)が一緒にマンションを見て「ここ、いいんじゃないですか~?」みたいに言うんですよ。私、事の当事者にもかかわらず故意に他人事みたいにして話す人が苦手で、重ねて言えば布製のシュシュをつけてる女性も苦手で、俊介がなにもかも捨てて夏美の元へかけつけるのを見てちょっと溜飲が下がってしまいました(本っ当に本筋と関係なくてすみません)。

夏美のコールを受けて駆けつける俊介。罪の償いの為ならなんでもするという俊介に「じゃあ、あたしより不幸になってよ!」と夏美が叫びます。そこから二人の放浪生活が始まるんですよ。お金も身の回りのものも持っていないのに歩き出す夏美。彼女の後を付いて行く俊介。「ついてこないでよ!」と言われても忠実な飼い犬のように付いて来る俊介。都会を抜けて、郊外線に乗り終点まで・・・そこからまた電車に乗り海辺の街に流れ着き、彷徨い、彷徨い、彷徨い・・・。寒がる夏美にジャケットをかけようとする俊介、拒む夏美。「あたしが死ぬことで、あんたが楽になるなら、あたしは絶対に死なない!」とシャウトする夏美。償いにかける俊介の誠意を試す夏美なんですが、これねー・・・この気持ち、私よくわかります。まるで子供が悪さをして親の注意を引くことで愛情を確認するがごとくなんですよ。だから無茶なことをしたりして相手が自分に付いて来れるのか否か、そうやって愛情を計るんです。夏美の場合は極限状態まで追い詰められているので、その行為が拠り所となってなんとか均衡を保っているという感じなのかなあと思います。彷徨った末に二人は田舎の宿にチェックインします。宿帳に書かれた俊介の名前の下に「かなこ」と書く夏美。かなことは事件の夜、逃げて被害を受けなかった方の女の子の名前でした。「私はかなこ。何も辛いことなどなかった」という身を切る様な切ない思いが込められているんです。

放浪生活の末に流れ着いた先は渓谷のボロ屋。ここで二人はなし崩し的に夫婦として生活していくことになります。放浪生活の間に微かな情みたいなものが芽生えていたようなので、なし崩し的ではなかったのかもしれませんが・・・そして隣で事件が起きて「←今ここ」ということになるんですね。なぜ内縁の夫に不利になる通報をしたのか(しかも真実ではないのに)、それはこういう経緯があっての行動だったんです。俊介は警察で取り調べを受け「隣人とは愛人関係で、息子を殺すようにそそのかしました」という証言に同意してしまいます。自分が不幸になっていくことがせめてもの償いだと信じる俊介のささやかな奉仕なんでしょうか。これって一体何・・・?これってもしかして究極の献身愛なの・・・?と心がザワザワザワつくんですよ。

大森南朋はかなこに「そんな同居生活を送っていて、あなたは幸せなんですか?」と問います。「私達は幸せになるために一緒にいるんじゃありません」とかなこ。かなこにとっての同居は静かに時間をかけた復讐であり、俊介にとってはその復讐を受け入れる償いである。こんなペアが世の中に存在しているなんて・・・!と驚きますが、重い事件を経た後の人でないと達せない境地みたいなものがきっとあるんでしょうね。20年くらい前に常磐貴子と織田裕二主演で「真昼の月」というテレビドラマがありました。常磐貴子がレイプ被害者で織田裕二はその恋人。彼は彼女を被害から守ることが出来なかったという後悔とともに生きています。私と友人は「あんなに優しくて親身になってくれる織田裕二っていいよねえ〜」と彼のファンになってしまいそうでした。この映画の俊介も「真昼の月」の織田裕二と同じくらい献身的。でも彼は彼女を守ろうと必死になった男じゃなくて、加害者だったんですよ。この「えええー・・・←(ドン引きの末の理解不能を表している)」というインパクトが凄いです。そして改めてその難しいキャラクターを見事に具現化させた大西さんの演技と存在感が素晴らしいですね。

そしてラストの問いに戻ります。ふうーっ、映画観たわ〜っという気持ちになりましたよ。真木よう子が歌うエンディングテーマの「幸先坂」は微かなハッピーエンディングを示唆しているようで、少しホッとしました。監督の大森立嗣さんは大森南朋さんのお兄さんなんだそうです。この映画がすごく良かったので、他の作品もチェックしてみなくては。あと吉田修一さんの原作本も読んでみたいです。ブックオフへ行かなければ。


『マダム・イン・ニューヨーク』初心者クラスが1ヶ月400ドル?(by友人I)

         



友人Iがセレクトした映画の中で一番面白そうだったので観に行くことにしました。久しぶりのインド映画だったので、楽しみにしていました。土曜日のシネスイッチ銀座は、ほぼ満席。さっそくワテらの定番映画お菓子、ポテロングをドリンクホルダーにセットです。

さていきなり結論ですが・・・爽やかな感動が吹き抜ける良作だったと思います。家族に無償の愛を注いでいるけれども、夫や娘からはややぞんざいに扱われているインドの主婦が、外国で自らのコンプレックス(英語が話せない)を山あり谷ありで克服。それと共に家族の大切さに改めて気付くという成長譚です。しかし、主婦の為の少女漫画といった感じの甘さもあって、やや現実離れした夢見がちな仕上がり。もう少しシビアな部分も強調したりして、全体的に甘さ控えめな方がより良かったかなあ~という部分もありました。



※ネタバレします。



シャシ(シュリデヴィ)はビジネスマンの夫(アディル・フセイン)、中学生くらいの生意気盛りな長女、幼稚園くらいの長男、姑と一緒にインドで暮らしている専業主婦。お菓子作りの名人で近所の人に卸すほどの腕前ですが、外資系の会社に勤める夫とインターナショナルスクールに通う長女には英語が話せないのをバカにされています。アメリカに移住した姉の娘が結婚することになり、家族でニューヨークに行くことになります。ところが夫からはシャシだけ1ヶ月先にNY入りし、結婚式の準備を手伝うように言われてしまいます。英語が話せないシャシ、どうする?!という導入部。

シャシは英語が話せないということですが、長女の学校の三者面談では先生の英語を理解することは出来ているよう。問題は会話のようなのですが、ブロークンながらに意志の疎通は可能と言えるレベルとお見受けします。しかしシャシを演じるシュリデヴィという女優さんは華があって本当に綺麗な方です。アラフォーくらいなのかなあ、と思ったら既にアラフィフなんですね。いや~、ビックリしました。ストーリーは少女漫画的で甘いと前述しましたが、ヒロイン像はいい意味で少女漫画的。素直で思いやりがあるけど、コンプレックスがあって少し引っ込み思案なヒロインは観客が思わず応援したくなってしまう魅力的なキャラクターです。シュリデヴィさんは生で見るとビックリするくらい超絶美人だと思うのですが、等身大な主婦像として普通のオバチャンも感情移入させてしまうのがすごいです。

シャシのおうちはインドでは中流の上のほうと言ったところでしょうか。いや家族でニューヨークに行けるくらいだからかなりお金持ちなのかな。夫や長女からは「英語が話せない残念な妻/ママ」として見られているんですね。シャシの「ジャズ (Jazz)」の発音が変だと長女からしきりに笑われていますが・・・私、どこがヘンなんだかサパーリわからないよ!!!映画の中でシャシが夫とベッドの中で話すシーンがあるんですが、寝る時もサリーを着ているのに驚きました!

たった1人、不安げにニューヨークへ向かうシャシの隣には、謎のインド人紳士(英語ペラペラ)が座っています。この人、どこかで見たことあるような・・・と思ったらインド映画界の大スター、アミターブ・バッチャンさんでした。私が最近観た映画だと「華麗なるギャツビー」の富豪役で出ていました。独特のヒンディーなまりが全然ないし、西洋人風な顔立ちなのでインド人にあまり見えないですね。個人的にはインドとイタリアのハーフな布施明顔だと思います。「スラムドッグ$ミリオネア」では出演こそしていないものの、主人公のジャマール少年が彼のサイン欲しさにボットン便所にドボンするというエピソードでもおなじみですよ。アミターブさんの息子さんも俳優で彼の奥さんがインド美人女優のアリシュワイヤー・ラーイーなんだそうです。セレブ一家なんですね。アメリカの入国審査でアミターブさんが「あんたの国に外貨を落としてやるために新興国のインドから来たんだよ」みたいなことを言うんですが、ここは思わず笑ってしまいました。

無事にニューヨークの姉の家に到着したシャシ。姉や姪っ子たちと久々の再会を喜びます。下の姪っ子であるラーダ(プリヤ・アーナンド)に連れられてニューヨーク観光をしたりします。姪っ子たちはヒンディー語と英語のバイリンガルですが、ヒンディー語は家でしか使ってないようなので少し苦手な様子。もうすっかりアメリカンガールって感じなんですね。ラーダが大学で授業を受けている間、シャシは近くのコーヒー屋で時間を潰すことにします。そこでアクシデントが!コーヒーとサンドイッチを買おうとしただけのシャシなんですが、怖い店員オバハンの英語がよくわからずに注文に手間取ってしまいます。こういうチェーンじゃないコーヒーショップって注文方法がよくわからないから私も苦手です。コーヒーの種類から始まりサイズとかローファット/普通のミルクor豆乳とかがあって、やっと飲み物完了かと思うとサンドイッチはトーストするか否か、具は何にするかマヨは入れないでね etc....ローカルみたいにサクっとスマートにオーダー出来ない自分のことを妙にミジメに感じたりするんですよねえ。

シャシの後ろには長蛇の列が出来ていて、店員のオバハンもキレ気味。ああ怖いな、怖いな~。やっとのことで注文を終えた・・・と思ったら、テンパっていた為に別の人とぶつかってしまい、その人のコーヒー(しかもトゥーゴーじゃなくて店内で飲むマグに入ったやつ)とサンドをグワッシャーン!!!と床にぶちまけてしまいます。文句を言われるし、店中の視線が痛いしで、シャシはその場にいることが出来ず謝りながら外へ出るのでした。ひゃー、すべてが最悪の結果になっちゃって、これは可哀相!すこし離れた外のベンチで思わず涙を流してしまうシャシ。すると後ろからブロークンな英語の男性が「これ、あなたの」とコーヒーを持って来てくれました。「あの、カフェ、よくない」と男性。おおお世の中には優しい人もいるもんじゃのう~と思いましたよ。涙を拭い、お礼を言ってコーヒーを受け取るシャシなのでした。

散々な思いをしたシャシ、何気なく前を通り過ぎる路線バスの車体を見ると「4週間で英語が話せるようになる」という広告が目に飛び込んできました。電話番号を記憶し(さすが数字に強いインド人)学校に電話をかけるシャシ。費用を聞くと4週間で400ドルとのこと(!)。単純に授業料だけのお値段ですけど、これって安過ぎませんか?友人Iもこの値段が引っかかったらしく、観賞後に「1ヶ月で400ドル・・・?」と何回も呟いていました。あまりに引っかかっているようなので、サブタイトルにしたくらいです。シャシはお菓子作りのスモールビジネスで貯めていたお金をかきあつめて授業料に充てるのでした。学校のことは家族や親戚には内緒です。

初心者クラスに入ったシャシ。様々な国籍、年齢、理由で英語を学び始めた生徒たち。南米から来たベビーシッターのオバチャン、同じくインドから来たエンジニア、アフリカから来た無口なメンズ、中国から来た理容師のオナゴの、パキスタンから来たタクシードライバー etc....すると、クラスの中にあの日のコーヒーショップで追いかけてコーヒーを手渡してくれた親切なメンズがいました!そのメンズはフランス人のコックさん、ローラン(メーディ・ネブー)。初心者クラスを担当する先生は優しいおゲイのデビッド先生です。人種ごった煮クラスが、みんなたどたどしい目標言語でコミュニケーションを取りながら次第にチームとして団結していくんですよ。文法なし、単語の羅列だけだけど同レベル同士だとなんか通じてしまうんですね。自身の外国語学校時代のときと重なって思わず優しい目線になる私。

常々思っていたのですが、新しい語学をゼロから学ぶってことは子供時代をもう一度体験するようなものだと思います。「やだ」「これ好き」「わたし◯◯(名前)」とかカタコトおしゃべりをようになる頃の幼児時代にもう一度戻って、目標言語を使って世界とコネクトすると今まで普通に見て来たものが急に妙な新鮮味を伴って感じられるからです。再度自身の話で恐縮ですが、チェコ語を習い始めたばかりのころトラムに乗って外を眺めながら「あ、これパン屋さん」「これは肉屋さん」「こっちはお菓子屋さん」とお店の看板を読んでは一人で得意げになっていたことを思い出しました。漢字が読めるようになったばかりのリアル子供時代も、看板を読み上げては同伴の母親にドヤ顔をしていたものです。映画の中ではボリウッド風のアップテンポの音楽にのせて軽快に時の流れを見せる演出があるのですが、基本英単語を羅列した歌詞があったりして「そうそう、どの言葉も学び始めの頃は楽しかったよなあ・・・」と思わず遠い目でした。

どうやらフランス人コックのローランはシャシのことが好きなようで放課後に何度もコーヒーに誘ってきます。通常、語学学校だと自己紹介とかしつこいくらいさせられるから結婚してるかとか家族構成とか趣味とかわかるはずなんだけど、ローランはシャシが既婚者なのを知らないのか?と不思議でした。しかし、ヨーロッパに限らず外国の人って以外と結婚してるからダメとか思ったより気にしないらしいんですよね。「私には夫/妻がいるから」という理由では納得せず「彼/彼女以外は愛せないから」と断らないといけないとか。いや大変ですねえ。

こうして普通の主婦だったシャシのニューヨークライフは輝き始めます。姪っ子の挙式の準備、大変だけど楽しい英語の勉強、先生やクラスメートたちとの触れ合い・・・すごいリア充ぷりなんですよ。あたしなんて・・・あたしなんて・・・寒いせいもあったけど、来て1ヶ月は引きこもっていたさ!やっぱり引きこもっていないで外に出て行かないとダメなんでしょうね、うんうん。リア充を満喫していたある日、インドの長女から電話があって「あたしのスクラップブックどこに置いたのよ、ママのバカ!」と罵倒されます。親の自分をまったくリスペクトしない長女の態度に怒るシャシ。怒ると思わずヒンディー語が出てきます。心配するローランにもヒンディー語で文句を言うシャシ。するとローランもフランス語で受けるという(どちらも字幕付きで内容がわかるのですが、不思議と通じていたりするのだ)。プリプリしながら入ったカフェでシャシはキレながら完璧な英語で飲み物と食べ物を注文します。あれ・・・出来た、出来たじゃん!とローランと喜び合うシャシ。

「そんなに上手く行くわけねーだろ!」というところでもあるんですが、まあ時間もないですしこの辺で成長したヒロインを見せておくのに良いタイミングだと思います。でも確かに何か別の案件が頭にある時って、不思議とうまく話せたりするときもあるんですよね。ローランから授業中に告白されたシャシですが、予定より早くサプライズで夫と子供たちがやってきます。ここで一端テンションがダウンするのもお約束といったタイミング。「そうだ、私は何より妻であり子供たちの母親なんだわ・・・」という現実に戻されるわけです。シャシはNY行きを決めた時「あなたお願い、どうか心変わりしないで」みたいな歌詞の曲がバックにかかっていましたが、どっちかっつーと、シャシの方がしばしの別居生活をエンジョイしていますよ。

下の姪っ子には英語学校通いを打ち明けたシャシですが、家族にはまだ内緒です。家族をNY観光に連れ出したある日、彼らがエンパイヤステートビルに登っている間にこっそりと英語学校のため抜け出すのですが、戻って来ると息子が足にケガをしているのでした。「一体どこで何をしていたんだ!」と怒る夫。「あたしって最低・・・」と落ち込むシャシ。クラスはそろそろ終了で最後にスピーチのテストがあるのですが、その日が姪っ子の結婚式と重なってしまいました。「もう学校は辞めるわ」とあきらめるシャシですが、ローランが電話で授業を中継してくれます。姉の家で結婚式の準備をしながら英語を勉強するシャシ。テストは午前中なので午後からの結婚式にも間に合いそうです。得意のお菓子、ラドゥーの準備も着々と進んでいます。クラスの各人も仕事の合間に英語の勉強をしているカットが入ります。ゲイのアフリカ系メンズと先生はめでたく付き合い始めた様子。彼氏と別れたばかりの先生が授業に来るシーンがあったんですが、「ゲイなんてくっついたりはなれたりしてるから平気だよ」というクラスメートに「傷つく気持ちは誰だって同じよ」ってシャシが言うシーンは良かったですね(ってかこんな深イイ会話がもう出来てたんだな)。

しかし結婚式当日、アクシデントで大量に作ったラドゥーを床にこぼしてしまいます。「近くのインド料理店に頼めば」という家族でしたが、再度ラドゥーを作り始めるシャシ。ラドゥー作りは彼女のプライドです。インドにいた頃、彼女をただの専業主婦でなくしてくれたのはラドゥー作りでした。これも英語と同じくらい大事なことなのです。姪っ子が先生とクラスのみんなを結婚式に招待してくれました。夫に英語学校の面々を紹介するシャシ。ここで夫は初めて彼女が学校に行っていたことを知ります。結婚式も佳境にさしかかり、シャシにスピーチの順番が回ってきました。すると隣の夫が「妻の英語は上手ではないので・・・」と言いかけるのですが、シャシはそれを制して英語で話し始めます。「結婚は山あり谷あり。時々パートナーの気持ちがわからないこともあります。でも、自分で自分のことを愛することを忘れなければ困難も乗り切れるはずです。自分のことを幸せに出来るのは自分だけなのですから」←(内容うろ覚えですがこんな感じ)と万感の思いを込めてスピーチするんです。白状するとここで私、少し泣きそうになりました。周囲からも「スン、スン・・・」と泣いている音や鼻をすする音が聞こえてきます。

シャシのスピーチを聞いて、夫や長女は「お母さん今まで英語出来ないってバカにしてゴメン・・・」とうなだれています。語学力だけじゃなくってスピーチの内容にもグっときているのがわかるのが良かったですね。デビッド先生が立ち上がり「良く出来ました、合格よ!」と拍手します。見事にコンプレックスを克服したシャシ。ローランのこともキチンとふってあげます。夫に「俺のことまだ愛してる?」と言われ「愛してなかったら、ラドゥーを2個もあげないわよ」というのが洒落てました。結婚式で歌い踊りフィナーレ。この最後は華やかな結婚式で今まであった色んなことを水に流してハッピーエンディングというのは「モンスーン・ウェディング」のソリューションですね。夫も努力をしたシャシのことを見て惚れ直したようです。

すべてが怒濤の結婚式マジックでハッピーエンドになってしまう力技はまあヨシとして、たった1ヶ月で感動スピーチをするほど英語が出来るようになるのか?1ヶ月でたった400ドルって本当か?というリアリティーラインの設定がちょっと引っかかるんですよねえ。このあたりにもうちょっと説得力を持たせて綺麗に処理してくれると、より良かったと思いますねえ。しかしもうオバチャンだからとか子供がいるからとか、自分で自分に言い訳して可能性を封じ込めないで、思い切って新しいことにチャレンジするって本当に素晴らしいことですよ。異国で外国人男性からも惚れられたりするし(イケメンではなかったのだが)、これは色々とお疲れさまな主婦層にアピールする映画だと思いました。

『反撥』処女もこじらせると大変

  

              

ツタヤの良品発掘コーナーで発見したのでレンタルしてみました。ドヌーヴ様主演なのでフランス映画かと思ったらロンドンを舞台にしたイギリス映画で、もちろん言語は英語。ロマン・ポランスキー監督の映画でした。映画の名前は知っていたのですが・・・これ「女は若い処女じゃなければ中古」という男性が観たらトラウマになりそうな怖い映画でしたよ。


※ネタバレします。


ロンドンのフラットに暮らす美しい姉妹がいて、妹のキャロルを演じるのが若き日のドヌーヴ様。いつもの通りお美しさなのですが、精神を病んだ乙女として「うかつに手を出したら危なそうな物件」オーラを発しているのはさすがです。キャロルはエステサロンで働いていて、一応彼氏らしき人もいるんですよ。しかし彼氏のコリン(ジョン・フレイザー)は積極的なんですが、キャロルはどうもハッキリしない態度で彼を拒絶し続けています。恋人なんだけどもまだ寝てないという感じなんですね。一方、キャロルの姉ヘレン(イヴォンヌ・フルノー)は女盛りで、妻子ある男性マイケル(イアン・ヘンドリー)と不倫をしています。

物理的にも性的にも潔癖性のキャロルは、マイケルの持ち物が洗面所にあるのもイヤだし、夜な夜な姉の喘ぎ越えが聞こえて来るのも我慢出来ません。ああ可哀相だなあ、と思う訳なんですが、にしたってキャロルもそうとうな潔癖症な上に他人に心を開かないので可愛げがないといったら、ないんです。キャロルは潔癖なのですが、一方で自室に見知らぬ男が押し入り、彼に犯される夢を見たりしています。セックスに興味があるけど、そんな自分のことが許せないから逆にこんな夢を見ているのだろうか(セックスを体験してみたいけど、積極的に処女を喪失したくない心理の現れ?)などと思って観ていました。キャロルは恋人のコリンにキスされた後、逃げ帰ってものすごい勢いで歯を磨き始めたり、吐いたりしています。これが女子中学生ならまだわからないではないけど、彼女はもう大人なのでやっぱりちょっと異常かも・・・。

ある日、姉と不倫相手は休暇に出かけてしまいます。フラットにひとりきりになったキャロルの妄想は加速し、また見知らぬ男に犯される夢を見ました(今度は寝室のドアの前に戸棚などを置いて防御しているのに、それでも押し入られるというパターン)。それだけではなく、部屋の壁に大きなヒビが入ったりする幻覚も見るように。仕事中でも上の空で、ネイルをしているときに爪切りでお客様の指をちょん切りそうになってしまいます。家のキッチンにはお姉さんが休暇に行く前に調理しかけたウサギの肉と、じゃがいもがそのまま放置されています。この放置された食材が時間の経過とキャロルの病みの進行を表現しているんですね。皮を剥がされたグロテスクなウサギの肉は腐ってハエがたかり、じゃがいもはシワシワになって芽が出ていくのですよ。キャロルが住むフラットの窓からは近所にある修道院の庭の一部が見えるのですが、若い修道女たちがバレーボールしたりしているのが時折画面に映り込みます。これは抑圧された性欲の表現ってことなんでしょうかねえ。

家に引きこもったキャロルを心配して、恋人のコリンが何度も電話をかけてきます。らちがあかないので直接フラットにやってきたコリンですが、キャロルがドアを開けないのでドアを蹴破って中に入ります。コリンは真剣にキャロルのことを心配して、考えに考えてこの行動に出ているのですが、後ろを向いた瞬間にキャロルから鈍器で殴られて死亡。コリンが後ろを向いたときにキャロルがサッと無情な顔に変わるのが怖い・・・。コリンを何度も鈍器で殴り、水を張ったバスタブに沈めるキャロル。あ〜人が死んでもうた。こりゃ〜いかん、思ったよりもこじらせている・・・と鑑賞する側もギアチェンジ。その後も壁が崩れたり、グニャグニャになって中から無数の手が出て来たりという妄想シーンがあります。こうなる前にカウンセリングとか病院とかへ行けば良かったのに・・・とも思いますが、急にラインを越えてしまったのでそれも出来ませんね。

キャロルのお姉さんはずっと家賃を払うのを忘れていて、大家から鬼の様な催促が来ていたのですが、封筒に入ったお金をキャロルに託して休暇にいってしまったのでした。キャロルはそのまま大家のところへ行くのを忘れていたので、怒った大家(パトリック・ワイマーク)が部屋へ取り立てにやってきました。荒れ果てた部屋の中にボーっと佇むキャロルを見て「壊れたものは敷金から引くからな!」と怒っていた大家でしたが、キャロルが家賃を渡すと態度が一変。急に親しげになり、部屋にあった家族写真を見て「これ君?」などと話しかけてきます。その写真は故郷のベルギーにいたころに撮られたもので、両親や親戚、姉と幼いキャロルとが映っている写真でした。大家は次第にキャロルのことを好色な目で見つめるようになり、強引にキスを迫ります。すると、キャロルが隠し持っていたカミソリ(姉の不倫相手のもの)で大家の首をスパーっと切り第二の殺人が行われます。恋人のコリンは無実なので可哀相だったけど、大家は自業自得。しかし何度も何度も執拗にカミソリで大家を切るシーンは思わず目を背けたくなりました。

休暇を終えて帰って来た姉と不倫相手。姉が部屋の異変に気が付きバスルームにあったコリンの遺体を発見。集まった近所のおじいさんが、大家の遺体を発見。キャロルは寝室でベッドの下敷きになっていました。死んだと思われていましたが、まだかろうじて息があったキャロル。カメラはベルギーで撮られた家族写真に寄っていき、幼いキャロルの顔をアップにして終わります。このキャロルの顔がよく見てみると実に・・・怖い!もうなんか「あっち側」にいっちゃった顔なんですね。よく欧米の殺人鬼のマグショットとかで見る様な、底知れぬ心の闇を抱えて歪んだような顔をしてるんですよ。で、キャロルの心の闇の根源には何があったかなど一切フォローされずに映画は終わります。は〜病んでた。病んでるといえば同じくドヌーヴ様の「昼顔」もかなり病んでいましたね。

この映画は「ブラック・スワン」にも影響を与えているそうです。デリケートな美しい乙女が、病んで行くというプロセスでは同じですね。修道女たちがフラットの窓から見えるシーンを観て思い出しましたが、前に町山さんのトラウマ映画館でおすすめされていた「尼僧ヨアンナ」って映画を観たんですよ。これは世俗から隔離されて規律に縛られた女性が集団ヒステリーを起こすという不気味な話でした。中世ヨーロッパの話なので、尼さん=全員処女ってことで欲求不満のせいでおかしくなっちゃったみたいな感じなのかなあ。トホホ感と可愛げのある「童貞」という存在に比べて「処女」は冷たくて美しいイメージだけど、こじらせると怖いのはやっぱり女の方ってことなんでしょうか。

『地獄でなぜ悪い』いいえ、悪くないです!

         



まず題名がカッコイイですね。「地獄でなぜ悪い」この開き直ったタイトルにグっときます。グっときたまま、観られずに約1年が過ぎてしまったわけなんですが・・・まあ住んでいるところで上映されないのでしょうがありません。私的に中盤ちょっとダレてしまったところもあったけど、面白かったです。

日本刀血みどろアクションという点で「キル・ビル」、映画製作に奔走する人々という点で「アメリカの夜」ヤクザの二大勢力抗争という点で・・・・すみません、ヤクザ映画まったくみないので例が出てきません。映画ツウぶるんじゃなかった。すごくハチャメチャなブラックコメディーなんですね。とにかく弾けてる。気持ちよいくらい弾けてます。大作で登場人物が多いため、箇条書きで書かせて頂きます。解説はいつもの通り町山さんのポッドキャストがとっても面白いので、まだの方は是非聴いてみて下さい。


※ネタバレします。


・自主映画製作集団、ファックボンバーズですが10年経って完成したのは予告編だけ。情熱は有り余ってるのに、映画撮る撮ると言っててこの体たらくというのは、大学時代にほんの一瞬だけ映画サークルに参加していた自分としては、なんか妙に恥ずかしいというかバツが悪いというか・・・。高校時代と大人になった時とで俳優が変わっているのも妙に丁寧だなあと思ったわけですが、この映画全体で一番狂ってる・・・と思ったのが平田役の長谷川博己さんですね。恥ずかしながら私はお名前しか知らなかったのですよ。マレーシアを舞台にした映画「セカンドバージン」に出てる人という情報しかなくて、顔と名前すら一致しなかったんですね。だから「この狂ったヤング・佐々木蔵之介みたいな人は、一体誰???」ってずっと思っていたのでした。始終、瞳がキラキラしててハキハキしたハイテンションなのが常人離れしていて怖かったですね〜。平田は20代の役なんですが、長谷川さんは77年生まれなので、撮影当時は34、5歳くらい。全然見えないのも凄いなって思いました。

・私的にこの映画で「イケメン!」って思ったのはファックボンバーズのアクション担当、佐々木(坂口拓)。高校時代はサエなかったのに、大人になった佐々木はワイルドでかつ繊細さも感じさせてメチャかっこよくないですか?死亡遊戯のオールインワンも似合ってて、アクションにもキレがあるし、ブルース・リーも真っ青だと思いました。Wikiによると、坂口さんは残念ながら俳優業は引退されるそうで大変にもったいない話だと思いますねえ・・・(アラフォーと知ってビックリ。彼も全然見えない!)。ちなみに、彼がバイトしている中華屋のご主人がカメオ出演のでんでんさんでした。

・観賞後、しばらく「♪ギリギリ歯ぎしり、レッツゴー♪」が頭から離れなかったんですが、ミツコ役の二階堂ふみさんは「ヒミズ」に続いての園映画登板です。相変わらずキュートだなあ・・・。前に宮崎あおいに似てると書きましたが、女優としての資質は全然違いますね。個人的には、演じられる役の幅が広いふみさんの圧勝だと思います。戦闘シーンでは「マチェーテ」みたいに囲んだ敵の首をワンストロークの刀で一気に切り落としていました(カメラも上からなのが一緒)。ただ、ミツコがどこから星野源さん演じる橋本のことを憎からず思っていたのかはよくわかりませんでした。ツンデレ幼女な子供時代のミツコを演じた原菜乃華ちゃんも良かったです。

・騒動に巻き込まれる可哀相な普通の男、橋本を演じるのは星野源さん。彼はね〜、キモイ!キモイんですよ!(褒めてる)あの微妙〜な位置にある微妙〜な濃さのホクロもキモいし、目も目つきもキモい(褒めてる)。星野さんを見ていると、ケロっ子デメタンって漫画を思い出します。トラブルに偶然巻き込まれる優男みたいな役は超合ってますね。俳優さんとしても素晴らしいですが、シンガーソングライターや作家としても活躍されている多才な方なんだそうで、本作の主題歌も彼が担当しています。星野さんは「ウィークエンドシャッフル」のリスナーでもあって、彼が有名リスナーの「スーパー・スケベ・タイム」さんだと知った時は私も「エエーッ!」とビックリしました。aikoさんと付き合ってる噂を聞いたことがあるけど、破局しちゃったのかな。ご病気もされているみたいなので、ご健康をお祈りします。

・脇役でしたが極道の妻役の友近さんがよかったですねえ〜。血がべっとり付いた割烹着を着て包丁片手にヤクザを追いかけてるところなんて最高でした。友近さん、顔は大きいけど結構綺麗ですよね。和服が似合うしっとり系美女ではないですか。お店を持たせてもらってる愛人役で我らが岩井志麻子さんがカメオ出演していて、おおっ!と思いました。その岩井さんをお払い箱にした「スケベそうな顔をしている」新しい愛人が園監督のミューズで奥さんの神楽坂恵さん。調べたところ神楽坂さんはあの岡山県出身ということで、待ち時間は志麻子さんと岡山の話(ヤギ、通貨は動物の骨や貝殻 etc...)で盛り上がったのかな〜などと想像してしまいました。

・主人公であるヤクザの親分、武藤を演じるのは硬軟どちらもイケるベテラン俳優の國村準さん。國村さんは確か「キル・ビル」にも首を切られるヤクザ役でチラッと出演されていましたよね。お顔がお顔なので、ヤクザの役はぴったりです。私は國村さんが脇役で出ている映画をここ最近観ていたのですが、なにぶん存在感がありすぎる大物俳優さんなので「チラっと出たこの後で、もちろんストーリー主軸にからんでくるんでしょ?」と思わされるところが多いんですよ(でも本当に脇役)。今回は堂々の主役ですが、脇も濃い〜役者さんがいっぱいなので國村さん単体ではそこまで目立たなかったかな〜とも思います。國村さんはいかついけど、目の奥底に隠せない人間的な優しさがあるのが素敵だと思います。

・敵対するヤクザの親分、池上に堤真一。ちょっとキレた男の役なんですが、カッコイイですね〜。な〜んか日本人離れしたセクシーさがあるって言うか・・・。そんな堤さんが「おい和服だ、和服!」と急に和に目覚め、子分一同に和服を着るように命じるんですが、そうなんですよ!日本人には和服なんです!いなせに和服を着崩した堤さんは超カッコよかったです(キャラクターは壊れた役だったけど)。なんか堤さんはだんだん舘ひろしみたいな感じになってきていますけど、日本を背負うダンディーとして頑張って頂きたいですね。

・他にも脇役でおなじみのメンツが集合していました。ヤクザの抗争を追う木村刑事には渡辺哲。この方はちょっとでんでんさんとキャラが被るんですが、彼もよかったと思います。フィルモグラフィーを調べたら朝ドラ「私の青空」でボクシングのコーチをしてた暑苦しいオッサンが渡辺さんだったんですね〜。ミツコが出るはずだった映画のプロデューサーに正露丸のCMでおなじみの石丸謙二郎、奥で現場監督的なことをしていた赤毛の男が「冷たい熱帯魚」の脚本も手掛けた高橋ヨシキさん。看板やさんに板尾さん、映写技師のおじさんにミッキー・カーチス、もぎりのおばさんに江波杏子さん、などなど。調べたら水道橋博士も警官の役で出てたみたいだけど、見逃していました。

・しかし、血しぶきがブシャー!首スパーン、という笑いに近い残酷表現はもうタランティーノ映画や三池映画で見慣れてしまってお腹いっぱい感があります。手首が切断されても動いているとかは、よかったんですが殺戮シーンはもう少しひねって欲しかったかな。やっぱり園監督なんだし、観客としては期待してしまうではないですか。日本刀が頭部を貫通してもまだまだ死なない星野さんは、え〜、こいつまだ生きてるのかよ、しつこいな〜って思いましたけど(笑)。

・警察と機動隊が入って全滅させられたヤクザとボンバーズですが、なぜか撃たれたはずの平田だけが生きてて現場からフィルムと音声を持って逃げるんですよ。すげーの撮れた、ヒャッハ〜!と夜道を疾走するんです(あの潰れた映画館での満員御礼拍手喝采プレミアの妄想をしながら)。これ・・・このパターン、急に横道からブワーってトラック出て来て平田轢かれるんじゃないの・・・脇には凹んだフィルム缶みたいな・・・と思ったんですが、そんなオチではありませんでした(きっと前の日に「凶悪」を観たせい)。平田はハイテンションで走り続けるのですが、盛り上げの音楽が終わったらだんだん疲れて来て、最後は演技してるのかしてないのかわからなくなって・・・「はい、カット!」という声が入り画面からはける平田。う〜む、メタ表現でエンドか・・・やや唐突でしたが、ここからスっとエンドロールに持って行ける感じだったのでこれで良かったのではないかと思います。

園監督は待機作もいっぱい(ちなみに過去作も観てないのいっぱい)。チェックは遅れると思いますがこれからも観続けたいですね。

チェコっとみつけた、こんなモノ:第30回 木のベビー用おもちゃ

木のおもちゃ

チェコのおみやげ、木のおもちゃ。
ガラガラは170コルナ(@850円)くらい。ねずみは70コルナ(@350円)でした。



「チェコっとみつけた、こんなモノ」は、私がチェコで見つけたチェコっと可愛い、ユニーク、便利 etc・・・なものを雑談しながら紹介するというコーナーです。日本では見かけないもの、お土産にすると良さそうなものを中心にピックアップしています。 ただしチェコで見つけたモノが対象なので、チェコ製ではないものも含まれます。その点は何卒ご了承下さい。

自分で驚いたのですが、前回 の「チェコっとみつけた」から半年以上経っていました・・・。色々と忙しかったのね・・・お疲れ、アタシ!と思わず自分を労う私。もうプラハでの暮らしに慣れて来て新鮮な目線でモノを買うということがなくなってしまったからかもしれませんが・・・。いつでもアンテナは張っておきたいものです。さて、今回は木で出来たおもちゃです。おなじみチェコ発のバスグッズブランド、マニファクトゥーラで買い求めました。日本に住む出産が近い友達へのお土産です。

マニファクトゥーラの民芸品や雑貨については以前にも書いたことがありますが、ほっこりナチュラルテイストのものが多くて、ちょっとしたお土産にちょうどいい品揃えです。チェコの木のおもちゃというと、バネがついたお人形なんかが有名ですよね。私の記憶では10年ほど前にアフタヌーンティーでよく売られていたのを覚えています。チェコ住んでいたた日本人の友人もアフタヌーンティーのバネ人形を見て「あ、チェコのだ!」と思ったらしい。チェコは豊かな森に囲まれているせいでしょうか、木工のおもちゃやお人形を土産物として売り出しているみたいで、プラハのお土産屋さんではペインティングをほどこした手頃なマリオネットなんかもたくさん売っています。

今回私が選んだ木のおもちゃは赤ちゃん用。ニスなどを塗っていない無垢のままの木で作ってあるので、赤ちゃんがなめても安心なのがいいと思います。木のガラガラは中に入ったボールも木なのでカランカランとオーガニックで優しい音が。木のおもちゃでもタンバリンの小さいシンバルがついたものや鈴がついた合成的な音がするものよりは、耳にも優しそうだし、周りの大人もストレスにならなそうだよなあ〜と思った次第です。ガラガラはチェスキー・ナードロニー・ポドニークという会社の製品で、調べてみたらこの会社がマニファクトゥーラブランドを作っているみたいです。

ねずみのおもちゃはMiva Vacovという会社のものだそうで、HPを見てみると可愛いおもちゃがいっぱ〜い!思わず大人も欲しくなってしまう可愛らしさです。マニファクトゥーラで見たことのあるおもちゃもたくさんありました。やっぱりペイントされたものよりも無垢の木で作ってあるものの方が私好みです。でもきっと子供はカラフルな方が好きでしょうね。私も子供の頃はそうでしたから。私の母が同じくナチュラルな木のおもちゃを好んで与えていましたが「なんか地味でつまらないな〜。それよりプラスチックの色がついたおもちゃの方がいい!」と思っていたものです(笑)。


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チェコっとみつけた、こんなモノ:第14回 マヌファクトゥーラのお天気予報機能つき温度計

『凶悪』本業ではないのに凄いなあ

         

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現在、日本に寄生中もとい帰省中なので観たかった邦画をレンタルで一気にチェックしちゃいます。まずは「凶悪」から!何を隠そう私は邦画の実録犯罪もの映画が大好きです。厳密に言うと本作は実際の事件をモチーフにしたフィクションということらしいですが。ピエールさんが劇中で何度も言う「ぶっ込む」というセリフも観る前から知っていました(笑)。

実際の殺人事件をモチーフにした邦画ということで、勝手に「冷たい熱帯魚」みたいな強烈な作品を想像していましたが、エログロ刺激度ではやはりかないませんね。メインキャストに女性がいないので地味です。しかしその埋め合わせと言ってはなんですが、ブラックホールのように強大で不穏な深〜い穴を覗き込むような後味の悪さを残す作品でした(友人のAゆみん夫婦は日曜日に鑑賞して凹んでしまったらしい。そりゃチョイスが・・・)。こういうタッチの映画は世界中で数多ありますが、これが洋画じゃダメなんですよ。日本(今回は茨城あたり)を舞台にした映画でないと、せっかくの重い後味が薄まっちゃう。日本の風景で日本人俳優が演じてこそ身につまされて考えさせられるというものではありませんか?ということで堪能させて頂きました。



※モロなネタバレはありませんが、ラストに言及していますのでお気をつけ下さい。




いや~、しかし俳優さんが皆素晴らしいです。ピエール×リリー×山田、メインを張るこの三大俳優の名前だけで映画が観たくなるというものですよ。山田孝之さんは相変わらずものすご~い目力。世界的大スターだった故・三船敏郎も目力凄かったけど、世界のミフネと同格の眼力の持ち主と言っても良いのではないでしょうか。未解決事件の取材に心血を注ぐジャーナリストですが、次第に仕事というレベルを越えて事件にのめり込んで行く演技が素晴らしかったです。山田さんは本業が俳優さんですけども・・・ピエール瀧とリリー・フランキーは本業がミュージシャンとマルチアーチストですからね。もともとは俳優畑ではなかった人がこれだけ凄いオーラを放って演技をするのか~ともう脱帽です。二人とも全体的な佇まいとクセのある顔がまたいいんですよね~。存在感と演技力は俳優一筋の人達から嫉妬されるのではないかな?ってくらい持っていますよ。

私はよく家事をしながらTBSラジオのポッドキャストを聞いているのですが、このヤクザの須藤は「ピエール瀧のハガキで悩み相談の人と一緒の人なんだよね・・・とドキドキしてしまいました。ヌボーっとした感じと凶暴さが同居するあの顔、佇まいが、怖い・・・。でも内縁の妻である静江さん(松岡依都美。なんか妙〜に崩れたエロスを発散させている女優さんだった)が「あの人、何人も人殺してるけど本当はナイーヴなとこあんのよ」みたいに言ってたじゃないですか。それもピエールさんだからこそ、妙~に納得出来る感じ。キャラに深みも出てるんですよねえ。あと人殺しヤクザ時代はフェイスラインがシャープで若々しいんだけど、ムショの中にいるときは中年ぽく崩れた感じのオッサンフェイスラインになってるところも妙に良かったです。

「先生」役のリリーさんも良かったですね~。なんか低音ボイスがダンディーなんですけど、実はこの人「ぶっ込む」を連発するピエールさんよりも怖いんでしょ?というフリーザみたいな感じの役でした。「親から継いだ土地の上であぐらかいてて、借金まみれになってるどうしようもない老人を駆除してるだけ」みたいなことを言っていましたが、彼が発言すると「なるほどそうかもな」みたいに納得してしまう不思議なカリスマ性があるというか。さすが「先生」。ゆる〜く、ゆる〜く結んだボウタイも独特の雰囲気!対してピエールさん演じる須藤は金のネックレスにミッソーニ風ニットと実にスタンダードなヤクザファッションでしたな。

脇役の俳優さんもよかったですね。電気屋さんの牛場一家もリアルな底辺っぷりが良かったし、ピエールさんに殺されるチンピラたちも良かったし、介護生活に疲れた嫁の池脇千鶴も良かったです。山田孝之さんの女性上司(村岡希美)の役はリアルだと「5時に夢中!」木曜日でおなじみの中瀬ゆかりさんなんですよね。これリアルでは中瀬親方なんだ・・・と思うとちょっと胸アツでした。

最初から割と疲れてボロボロだった山田孝之さんが、事件にのめり込むにつれて目の落ちくぼみがだんだんと深くなっていくのも良かったです。痴呆症のお母さんがいて、嫁の池脇千鶴が家で介護してて「もうホームに預けないと私限界」と言ってるんですが、「母さんには俺から言っておくから」と言って家庭のことを全然顧みないんですよ。事件を追い込めば追い込む程、家庭も壊れて行くこのヒリヒリとした感じもサイドとしていい仕上がりになっていたと思います。

ラスト近くのリリーさんの裁判のシーンで証人としてピエールさんが呼ばれるじゃないですか。このシーンは「おおお、先生と実行犯が逮捕されてから初めての対面!」とアガるように作られていましたね。無言でにらみ合うピエール&リリー、顔面力って言うんでしょうか、セリフを語らない表情だけの芝居も上手い!このにらみ合いはゾクっとしました。特にリリーさんの目つきはもう完全に別次元のモンスター。ラストでの山田さんとの対面もレクターっぽさを漂わせていて怖い!役者やのう〜と唸ってしまいましたよ。この人が「そして父になる」の優しいおとっつあんと同じ人とは・・・リリーさんは「そして父になる」と「凶悪」の演技で国内のメジャーな映画賞の助演男優賞をいくつか受賞しています。もう名実共に日本映画界にとって欠かせない俳優さんなのではないでしょうか。

ということで、1本目のチョイスは上々。いっぱいレンタルしてきたので、これからのDVDライフが楽しみです。

『グランド・ブタペスト・ホテル』短くてすみません・・・

         


やっぱりチェコインスパイアだった。現実離れしてっけど、ラブホじゃないぜ!


帰省の飛行機の中で鑑賞。面白そうだと思ったんですが、私にはセンスが ない為かマッタク面白いと思えませんでした・・・。まあたしかに美術はすごい凝ってるわね、お洒落ねって感じでしたが・・・本当にクスリとも笑えず。誰か無粋な私にこの映画の面白さを解説してくれーい!

恥ずかしながら、ウェス・アンダーソン監督の映画は「ダージリン急行」しか観たことがないのですが、この方はなんかアメリカの三谷幸喜みたいな感じなんでしょうか?お気に入りの俳優を繰り返し使ってるところとか、常連キャストたちにファミリー感があるところとか、往年のハリウッド映画オマージュっぽい感じとか、なんかそんな印象を受けました。三谷幸喜も全然ピンとこないので、だったら仕方ないか〜という感じです。

舞台は中欧ヨーロッパってことだし、砂糖菓子建築のホテルとか、前時代的なヨーロピアン内装とか、なんかチェコっぽいかもな〜と思って観ていたのですが、こちらのブログによるとカルロヴィ・ヴァリにあるホテルがグランド・ブタペスト・ホテルのモデルになってたりするみたいです。映画では彩度がすごく強調されていてドリーミーな仕上がりになってますね。また映画に関する詳しい解説は、いつもながら町山さんのポッドキャストがシッカリとカバーしてくれております。

短くてすみませんが本当に感想がないので、これで終わります。

『そして父になる』福山が父親になるプロセスを見守る映画

         


無印良品の衣料品カタログっぽい。


帰省の飛行機の中で観ました。いや~、観たかった邦画を飛行機の中で!最高です。邦画はあと「ニシノユキヒコの恋と冒険」があって、こちらも途中まで観たんですがあまりにスローテンポで眠くなってしまったので最後まで観られませんでした。飛行機の中のスクリーンってずっと観てると目がチカチカしますよね。元気なときはヨーロッパフライトで3~4本観ることができたんですが、今では2本くらいが限界になってしまいました。
カンヌで審査員賞をもらったこの映画ですが、是枝監督は本当にカンヌ映画祭と相性のよい人ですね。リアリズム描写なんだけども静謐で抑制の利いたタッチがヨーロッパ映画っぽいからかなあ~と思ったりします。今回は日本最後の独身イケメンスーパースター、福山雅治を主演に迎えています(福山が結婚したら西島さんが襲名しそうなタイトルだな)。私の妹が昔から福山のファンで小学校の時分からコンサートツアーなんかに行ってましたね。姉はまだ二次元のキャラクターなんかに憧れていたというのに、なんて早熟なんだろうと思ったものです。妹はそれからも福山ファンを続け「福山みたいな一般人とかけ離れたイケメンに熱を上げていたのでは、結婚どころか彼氏も出来ないのではないか・・・」と周囲を心配させたものの、無事に嫁に行きました。

福山が演じるのは大手不動産開発会社に勤めるエリートサラリーマンの野々宮です。彼は都心のタワーマンションに妻のみどり(尾野真千子)と息子の慶多(二宮慶多)と暮らし、息子を自身が卒業した有名市立幼稚園に入れようとしています。 ところが、妻が出産した病院から連絡があり、息子が取り違えられた他人の子だということを知らされます。二人の本当の息子は地方で電気店を営む斉木(リリー・フランキー)とその妻ゆかり(真木よう子)の元で暮らしているのでした。

6歳まで手塩にかけて育てて来た息子が自分の子ではない・・・という、この世がひっくり返った様な仰天話ですが、二組の家族はそこまでカオス状態にならずに病院側と事務的に話を付けようとしているのが凄いですね。ここでカオスな濃いめの演出ってのは是枝監督の映画なので、ないかな~とは思うんですが、奥さんのみどりさんやお姑さんの樹木希林が取り乱したり、号泣したりするシーンが控えめでもあったりしてもいいんじゃないかな~と思ってしまいました。だって母親にしてみたら天変地異レベルのあり得ない話ですよね。自分の子じゃなかったというショックと、自分の子として育てて来たこの子を今更他の家族の元に帰せない・・・という思いで身が引き裂かれそうになってしまうかなと思うのですが、みどりさんもゆかりさんもそこまで取り乱さないんですよ。

野宮家と比較すると少し貧乏そうな家庭の斉木家ですが、もう子供が下に二人もいるんですね。しかし斉木家の奥さんが真木よう子ってところが・・・なんか綺麗過ぎる気が!真木よう子さんの子沢山ぶっきらぼうだけど愛情溢れるお母さん演技、素晴らしいのですが、ああいうお家で子供三人って言ったら、もっとボディーラインが崩れてたりして生活感があるだろうなあ・・・と思ってしまうんですよ(タバコも吸ってたし)。真木さんはちょっと美人でスタイルが良過ぎだったなあ~。しかしリリーさんと真木よう子さんの夫婦ってなんかエロくないですか?

週末だけ子供たちを交換して、だんだん慣れさせていくようにするんですが、血が繋がった子とはいえやっぱり最初はぎこちないんですよ。野宮家の慶多くんは大家族の斉木家に馴染んでいきますが、斉木家の琉晴くん(黄升炫)はオモチャは豊富にあるものの、子供ひとりっきりの野宮家で少しテンションが下がっています。福山は必死に父親の役割を果たそうとするのですが、空回り。もともと、仕事人間で家庭を顧みなかったというイケメンエリートリーマンなので、仕方がないと言えば仕方がないか。自然な感じで撮られているこの映画ですが、唯一「なんかテレビドラマみたいだな」と思ったのがオフィスで上司の上山(國村準)と福山が話す場面。仕事が出来る男同士のヨイショ会話って言うんですかね?「出来る部下を持つとそれはそれで大変だぞ」みたいなのは説明セリフぽかったし、鼻につくんですよね〜。まあ別にいいんですが。

福山は有名私立の学校をエスカレーターで出て弁護士の友達(田中哲司)もいるという設定ですが、なんだか実のお父さん(夏八木勲)とわだかまりがある感じ。このお父さんと後妻さん(風吹ジュン)は祖末な住宅に暮らしていて、色々あって今は落ちぶれちゃったのかなという訳ありな感じでした。福山は恐らくお父さんとうまくいってなくって、それでも父親像として自分のお父さんみたいなのが理想ってのが確固としてあって、意識してるかしていないかはわからないんだけど、そんな父親にはなれなくて・・・みたいな感じなのかな。アッサリ描かれていたので想像ですが。

子供取り違えの裁判で、当時担当していた看護士(中村ゆり)が衝撃の告白をするんですよ。彼女はエリートリーマン一家である野々村家に嫉妬して、斉木家の赤ちゃんとわざと取り替えたということが発覚します。当時、看護士の女性は再婚をしたばかりで夫の連れ子と上手く行くか不安だったということですが。看護士の夫役でピエール瀧がカメオ出演しています。しかし中村ゆりも若くて可愛いから、嫉妬にかられた犯行ってのもイマイチ説得力がない。尾野真千子よりもピチピチしてて可愛いので嫉妬・・・?となってしまうんですね。福山みたいなイケメン夫で更にエリートリーマンで羨ましい、キー!みたいなバイブスも特に感じなかったしな。そこのところ、ドロドロ人間模様好きとしてはちょっと残念です。

結局、私は男でもないし親でもないしエリートリーマンでもない為、主役である福山に感情移入が出来ずに終わってしまいイマイチな感じでした。プライベートでは最後のイケメン独身スターである福山雅治が初の父親役で、とまどいながらも真の父性に目覚めて行くというプロセスを見守る映画なのかな?という気がします。イケメンで仕事も出来て・・・という福山のパブリックイメージと野々宮の役柄も上手い具合に重なるし。最後は結局子供たちがどうなっていくのか、二家族がどんな決断をするのか描かれないまま終わりますが、それは別に良いと思うんです。こんな重大でかつデリケートなこと、そんな簡単に白黒つけれることだとは思いませんからね。福山には感情移入出来なかったものの、子供たちの超ナチュラルな演技はいつもの是枝作品と同様素晴らしかったですし、親子を決めるのは「血」なのかそれとも「絆」なのかというズシンとくる問題はなかなか考えさせられました。

追記:是枝作品の室内の感じは、なんだか無印良品のカタログの写真と似ている気がします。ミニマルで静かで、時間がゆっくりと流れていて、アッサ〜リしているところがMUJIっぽい。DVDのパッケージもMUJIの春物衣料カタログのワンショットのよう。


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