@itan-journ@l praha

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

『ネオン・デーモン』モデル業界ものと思いきや、実は食◯映画!


        


「ドライヴ」や「オンリー・ゴッド」などのスタイリッシュなドラマを手掛けたニコラス・ウィンディング・レフン監督の最新作です。実は新年一発目の映画鑑賞は黒澤明の「七人の侍」だったんですが、これは「マグニフィセント・セブン」(2016)鑑賞時に一緒に語ろうと思います。さて本作ですが・・・評価が真っ二つに割れているとか。私は個人的に好きなタイプの映画なんですが「ドライヴ」には遠く及ばないと言った所でしょうか(そもそも「ドライヴ」の出来が神がかっていた?)。

原題と邦題は同じなんですが、レフン監督の既存作品と共通するネオンでシンセティックな画面、音楽が炸裂していました。そういう世界観が好きな人にはたまらないと思います。ネオンの悪魔・ ・・。私はネオンって聞くとメイクアップのことを思い出すんですよね。今から20年くらい前でしょうか、カネボウの春のキャンペーンコンセプトが「ネオン」で、世界的に有名なメイクアップ・アーティストのリンダ・カンテロという人がかかわったプロダクトが発売されたんですよ。イメガは小雪さんだった気がします。ハッキリ言って楚々とした和顔の小雪さんにネオンカラーのアイシャドーやリップなんかはかなり唐突な印象でした(パリコレに出るアジア系モデルっぽさはありましたが)。そもそも一般人にネオンカラー・メイクの提案をすること事態無理があったと思うんですが、そんな尖ったコンセプトをあえてぶつけてくる姿勢はすごいと思いますね。ちなみにCMソングは大黒摩季で「ネッ!~女、情熱~」( ネオンな情熱とかけている)という歌でしたな。いや懐かしい・・・。



バージョン違いだけどCM動画はこちら





閑話休題。LAを舞台に田舎から出て来たまだ16歳になりたての初々しい少女ジェシー(エル・ファニング)がモデルを目指すというストーリー。若過ぎるのでエージェントからは19歳と逆サバを読むように言われ、有名カメラマン(デズモンド・ハリントン)によるテスト・フォトシュートを受けます。有名デザイナーのロバート(アレッサンドロ・ニヴォラ)のショーのラストを飾るモデルにも選ばれ、キャリアの滑り出しは順調。いつも見守ってくれる優しいボーイフレンドのディーン(カール・グルスマン)やメイクアップ・アーティストのルビー(ジェナ・マローン)も側にいてくれます。ところがポッと出のジェシーにモデルのサラ(アビー・リー)やジジ(ベラ・ヒースコート)から嫉妬され、ジェシーはモデル業界の闇に堕ちて行くのでした・・・。みたいなお話です。

ちょっと昔の少女漫画っぽいですね。主演のエルちゃんですが。彼女がモデル役と聞いて、正直「大丈夫なのかな?」と思いました。オーディションのシーンで下着になるんですが、やっぱりモデルとしては顔と頭の鉢が大きくて手足が短いんですよね。だから全然ステージ映えはしないんです。顔はまだこれから成長して変わる可能性があるけど、素朴な子豚ちゃんみたいだし(決してけなしているのではない)。しかしながら有名カメラマンやデザイナーは彼女のことを一目見て気に入るし、メイクさんのルビーも彼女の美を絶賛。「そ、そうだろうか・・・」と思ってしまうんですよね。だから本物のスパモであるアビー・リーが 「なんで・・・」とプルプル嫉妬するのも当然っちゃ当然。

マレフィセント」でもこの子綺麗だろうか・・・?と疑問に思いましたしね。しかし。業界の人がこれだけ惹き付けられるんだから、きっと何か他の人にはないものを持ってるんだろうなあ~、という気にもさせられないではないんです。彼女が持つ自然の美を賞賛されるシーンがありますが、そういった透明感みたいなのはやっぱり他の人にはないものなんだろうなと納得させられるわけです(少女期の今だけかもしれないけど)。実際、目元をラメで囲った様なギラギラメイクをすると童顔とバランスが撮れてモードっぽくも見えるんですよね。ショーよりはビューティー向きだと思います。ミドルティーンの女の子なので私服がふわっとしたマキシドレスにリュックみたいなのも可愛かったです。

そんな新人に嫉妬するモデル役がリアルでスパモのアビー・リーです。彼女は「マッドマックス 怒りのデス・ロード」にも出てましたね!イモータン・ジョーのワイブスの一人でした。今回は嫉妬しまくる意地悪な役ということで好演していたと思います。前に彼女と宮崎あおいが似ているというネット記事を読みましたが、全然似てないと思います(笑)。オーディションでエルちゃんに敗れたアビーが、パウダールームで鏡を割るシーンがあります。その音を聞いて来たエルちゃんが「あなたはパーフェクトだったわ」って慰めるんですが、逆効果だから!エルちゃん純粋すぎ。エルちゃんが鏡の破片で手を切って血が出るんですが、それを見て思わずアビーがその血を啜るんですよ(伏線ですな)。



※ネタバレします。




モデルとして初めてだらけの体験、そして滞在先のモーテル(こんな安宿にうら若い娘さんが一人でステイして大丈夫なのかい?って思うが)に野生の山猫が入ったりして(これも伏線?)、エルちゃんは大変な目に合うんですよ。モーテルのいい加減なマネージャーがキアヌでびっくりしました。キアヌなんで後々、重要な役になってくるんだろうか?と思いきや本当に本当にチョイ役でした。

ファッション業界の洗礼を受けたり先輩モデルにいびられたりしたエルちゃんでしたが、有名デザイナーのショーのラストを飾ります。ところがそこから彼女の内面が変化し、ウブな少女の面影は消えてモデル然としてくるんですね。ここの演出は邪悪な鏡の国に迷い込んだアリス、みたいな妖しい雰囲気がされていました。もちろんネオンな照明バリバリ。ネオン・デーモンに魅入られ魂を渡してしまった・・・みたいな感じでしょうか。この後のシーンからエルちゃんはふわふわのマキシワンピではなく、胸元がザックリ空いたラメのトップやピタピタのレザーのレギンスなんかを着用するようになります(しかし分かりやすいな)。

その後も妄想に苦しめられるエルちゃん。誰かが部屋に押し入ろうとしたり、隣の部屋から物騒な叫び声や物音が聞こえたり、モーテルのマネージャー、キアヌが部屋に忍び込み彼女の口の中に銃口を突っ込んだりする夢を見たりします。この寝ている時に銃口を口の中に突っ込まれる(オーラル・セックスの暗喩か)というのはちょっと「ワイルド・パーティー」を思い出しましたね。レフン監督はやはり、エルちゃんにこの映画を見ておくようにとアドバイスしたのだそうです。

恐ろしくなったエルちゃんはいつも親切にしてくれるメイクさんのルビーに電話し、彼女が滞在している知人宅にかくまってもらうんですよ。このルビーというメイクさん、ものすごく親切でいい人なんだけど最初からエルちゃんに百合萌えしていて、大丈夫かな~と思っていたらやはり迫られてしまうわけです。しかしエルちゃんに拒否されたルビーは仕事先の死体安置所(ここで遺体に死化粧をする仕事もやっているのだ)で急にムラムラともよおし、死体とレズってしまうのでした。ひえ~。

妖しさが映画の中に充満したころ、エルちゃんもまたおかしくなって自分でネオンとラメのアイメイクを施し、それに不釣り合いなシフォンのパステルカラーのドレスを着て、広大な空っぽのプールに設置された飛び込み台の上で佇み「昔から母親に『危険な子だ』って言われてたわ・・・」などと独白するようになります。このままゴークレイジーになるけどその代償としてモデルとしてはスターダムになるのだろうか、と思うんですがお屋敷にルビー、アビー・リーとジジの先輩モデルコンビがやってきて彼女を襲うんですよ。エルちゃんは逃げ惑い応戦しようとしますが、ルビーから空のプールに突き落とされてアッサリと死んでしまうのでした。綺麗にお化粧してドレスアップして血を流しているというビジュアルがファーストシーンと繋がります。

その後。なんとルビーと先輩モデルコンビはエルちゃんの処女の生き血風呂に入るのです。現代のエリザベート・バートリか?(中世ハンガリーに実在した、処女の生き血のお風呂で美しさとアンチエイジングを求めた貴族)という感じですが・・・。そういえば「ホステル2」でもハンティング・クラブのメンバーの女性が処女の生き血風呂をしていましたな。

その後、先に出て来た有名カメラマンとの撮影シーンになりアビー・リー含む先輩モデル二人組が海の見えるモダンな豪邸のプールサイドでポージングをします。しかし大きなプールを見つめているとジジの気分が悪くなり(エルちゃんの死と生き血を啜ったことなど思い出して)、彼女は部屋の中へ消えます。アビー・リーが見に行くとジジが嘔吐し目玉を吐き出します。え・・・血を搾り取っただけじゃなくて、食べた・・・?と驚く訳です。「あの子を私の中から出したいのよ!」と絶叫してハサミで自身を刺して絶えるジジ。モデル業界ものかと思ったら・・・なんと食人映画だったのです!アビー・リーはジジより胆が座っていたようで、彼女が吐き出した目玉を食べてまた撮影に戻るのでした。

これで終わりです~。天使のように純粋だったエルちゃんがビッチになりつつも頂点を極めるサクセス・ストーリーかと思いきや、文字通り業界の人に食べられちゃう映画でした。ストーリー的には特に共感したりグっと来たりする部分はありません。モデルでもないし美しさに執着してないし(そもそも持ち合わせていない・・・)。とにかく映像が妖しく美しいという映画でしたね。ネオン・デーモンというのはメイクさんのルビーやアビー・リーのことだったのかもしれません。

映画の最後に「リヴに捧ぐ」という献辞が出るんですが、これ誰?と調べたところレフン監督の奥さんの名前でした。うーん・ ・・このような内容の映画を捧げられても・・・とちょっと複雑な感じがしますが(笑)。エンドロールは穏やかな海辺と、ラメラメなメイクを施されたモデルの横顔で、ラメを見ていたら久しぶりにアナ・スイのマニキュアを塗ってみたくなりました。学生時代のころはまっていたんですよね。とにかくラメの量が半端なくて色もギラギラしてて、二度塗りするとラメがかなりの厚さになりギッシリと爪に敷き詰められて存在感がバツグンなんですよ。懐かしくなって公式サイトを見たんですが、今もラメのネイルはあるみたいですね。ちなみに私は109番というネオンブルーとネオンピンクのラメが混ざった色が一番好きでした。

スポンサーサイト

『Nocturnal Animals』優れた芸術作品による間接的な復讐は可能なのである





ファッション界のスター、トム・フォード様の映画第二作目です。友人Y嬢(処女作「シングルマン」のファン)と「Anthropoid」を観に行った時に予告編が流れていて「!!!」と思わず暗闇で見つめ合ったのでした。ダークな色調の映像に映えまくるエイミー・アダムスの真っ赤な唇(やはり使用してるのはトム・フォード ビューティーのプロダクト?)、鮮やかな緑のドレス、乾いた空気の中で銃口を向けるマイケル・シャノンのアップに、切なそうに運転をするジェイク・ギレンホールの表情・・・映像的な魅力もさることながら「一体これはどんな話なんだろうか・・・?」と興味をかき立てられたのです。

素晴らしい映画でした。いや~、二作目でこの成熟っぷりか、凄いな・・・と、天は何物をもトム・フォード様にお与えになった様です。私が感じ取ったのは・・・優れた芸術作品による、間接的だが、しかし確実に相手を追い詰めていくという復讐は可能なのである・・・という印象。現実と小説の世界が交互に描写され、見るものを残酷で美しい復讐のシーンへと引きずり込みます。

キャストはヒロインのエイミー・アダムス、 ヒロインの元夫/小説の主人公(二役)のジェイク・ギレンホール、小説の登場人物で警官のマイケル・シャノン、小説の登場人物で犯罪者のアーロン・テイラー・ジョンソン、ヒロインの現夫にアーミー・ハマー、ヒロインの母親にローラ・リニー、その他マイケル・シーン、アンドレア・ライズボロー、アイラ・フィッシャー(ブルーノの嫁ですね)と、ピンだけでも主役を張れる級の演者が集結しており、それぞれが素晴らしいパフォーマンスを見せています。

ヒロインのスーザン(エイミー・アダムス)はギャラリーのオーナーで裕福な生活を送っています。同じく裕福でハンサムな夫のハットン(アーミー・ハマー)がいるのですが、夫婦仲は冷えきっており夫は外で浮気をしています。ある日、スーザンの元夫エドワード(ジェイク・ギレンホール)から小包が届きます(このとき封を開けようとして指を切ってしまうのも象徴的だ)。中には「ノクターナル・アニマルズ」という彼が書いた小説が入っていました。この小説はスーザンに捧げられており、彼女に最初の読者になって欲しいということなのでした。タイトルは「夜行性動物」という意味で、不眠症のヒロインに元夫がつけたニックネームでもあるのでした。スーザンは小説を読み始めますが、彼女とエドワードをモデルにしたと思われるキャラクターが残酷な運命にとらわれて行くのを読書により追体験します。スーザンとエドワードの過去、フィクションである小説が絡み合い・・・というあらすじです。



※ネタバレします。



現実世界とフィクションが交互に出て来るんですが非常にシームレスに繋がっており、観客もスーザンの視線から残酷な小説世界を体験するということを可能にしています。ストーリーテリング力が抜きん出ているってことなんだろうなあと感じました (トム・フォード様は兼脚本)。原作小説があるんですが、未読ですけどこのクオリティーだったらオスカー脚色賞とか余裕なんじゃね・・・?というレベルだと思います。元夫エドワードが書いた小説の内容はサスペンス・スリラーで、行きずりのギャング(アーロン・テイラー・ジョンソン)とその連れに妻と娘を誘拐されて殺された男トニー(ジェイク・ギレンホール 二役)が警官アンデス(マイケル・シャノン)の助けを借りて復讐を遂げるという話です。この話もまたヒリヒリするように悲惨。小説パート、特に事件が起こるまでの一連のシーンは「嫌だな、嫌だな、怖いな、怖いな~」と稲川淳二もビビりまくる不穏なバイブスがびんびん出ていました。

小説の中の男、トニーは愛する妻(アイラ・フィッシャー)とティーンネイジャーの娘(エリー・バンバー)を連れて南部へドライブ旅行に出かけます。深夜、携帯のシグナルもないような道路を走っていると、よからぬ輩が乗っている車に煽られて追い越そうとしますが、逆に彼らに車をぶつけられて停車するハメに。そこで絡まれてタイヤをパンクさせられ妻子を連れさられてしまうんです。この一連のシーンがもう嫌だな、嫌だな~の連続。リーダー格のギャング、レイ(アーロン・テイラー・ジョンソン)は別にそこまでコワオモテじゃないし(なんだったらイケメンです)、他のやつらも田舎の普通のあんちゃん風情なんですよね。銃やナイフとかで脅しても来ないし、なんだったら振り切れそうなくらいな感じなんですよ。でもネチネチと絡んで来るのが、な~んか嫌だな、嫌だな~という。で、取り返しのつかないことになっちゃうんですが、ほんのちょっとしたことがオオゴトになってしまった・・・という流れが、リアルな感じがして本当に恐ろしかったです。

妻子と引き離されたトニーは荒野に捨てられますが、近くの民家に助けを求めて警察に通報。捜査にあたるのがアンデス(マイケル・シャノン) でした。なんかデジャヴまでいかないけど、エイミー・アダムスとマイケル・シャノンってどこかで共演してなかったっけか・・・?と思ったら「マン・オブ・スティール」でしたね。そしてエイミー・アダムスと現夫役のアミハマってどこかでリンクしてない・・・?と思ったら、スーパーマンのカヴィル兄さんが「コードネーム U.N.C.L.E.」でアミハマと共演してました。んだから、エイミーさんは違う映画でソロとイリヤ、アンクル・デュオの相手役をしてるってことなんですね!あ~スッキリした。

マイケル・シャノンは悪役を演じることが多いですが、この映画ではとってもいい役。南部なまりのきつい一見とっつきにくそうだけど素朴ないいおっさんを演じていて悲惨なムードに彩られた映画全体の良心としてバランスを保っていたと思います。もうすっかり貫禄のある実力派オッサン俳優という感じですが、シャノンは74年生まれなんで意外と若いんですね。これにはビックリ。あとフィルモグラフィーを見ると2016年の出演作数がすごいことになってます。働き過ぎ!(笑)

その後、変わり果てた姿の妻子の遺体が遺棄されているのが発見されるのでした。 小説のあまりの描写にスーザンは本を閉じて眠れなくなってしまうのですが、どうしてエドワードがそのような小説を書いたのか彼女には心当たりがあるようです。彼女は自身の過去を回想します。古くからの知り合いだったスーザンとエドワードはニューヨークで再会。昔からお互いに気持ちがあった二人は交際を始めて結婚することになりますが、スーザンの母(ローラ・リニー)から反対を受けます。まず作家志望のエドワードがお金を持っていないこと、あとは彼が精神面に置いて少し弱いということでした。ここら辺はよくわかっていなかったかも知れませんが、ロマンチストすぎて生活力がないみたいな意味だったのかな?と思います。

反対を押し切ってスーザンとエドワードは結婚しますが、やはりエドワードの文学的素養を信じきれず、スーザンは彼との結婚生活に嫌気がさして来ます。二人が道で口論するシーンがありますがスーザンが放った「あなたは弱い」という言葉がエドワードを刺激し、これで二人の仲が修復不可能になるんですね。そしてスーザンはこの頃に出会った同じく上流階級出身のハットン(アーミー・ハマー)と付き合い始めるのでした。

さて小説に戻ります。アンデスの捜査により容疑者が割り出されて主犯格のレイが確保されるのですが、後に証拠不十分で釈放されてしまいます。この挑発的でふてぶてしいリーダー格のレイを演じるのがイケメン俳優のアーロン・テイラー・ジョンソンです。長髪でヒゲを生やしているのでその美貌は隠れ気味なんですが、全裸で便座(なぜか野外にある)に座っているシーンが長尺であり(絶妙なカメラワークが局部を上手に隠していて見えないが)、ここが唯一のゲイぽいといえばゲイぽいシーンなのでした。「シングルマン」が監督自身のセクシャリティーを反映したものでしたが、二作目の本作はまったく別物と言っていいでしょうね。

結局、犯人逮捕に至らず法の下に裁いて償いをさせることが出来なくなってしまいます。しばらくしてアンデスから連絡をもらったトニーは彼が肺がんだと診断されて退職が近いことを知らされます。そこでアンデスが言った言葉が、予告編にも出て来る「お前さんが正義が下されるのを見る覚悟があるかどうかだ」(訳適当)というものでした。アンデスはもう死ぬのでトニーが犯人たちに復讐することに協力するよ、というということなんですね。これがマイケル・シャノンの低音ボイスで発音されるわけです。ゾクゾクしますね!

そしてアンデスは遂にレイと仲間の一人を捕まえて、復讐の機会を与えてくれるんですよ。やっていることは警察や法の道を外れてしまっているけど、人としての道には外れていないんですよ。でもいざとなるとトニーは躊躇してしまい彼らを撃てない。隙を見て逃げる彼らをアンデスが撃ってくれるんですよ。レイは逃げてしまいましたが、仲間はアンデスによって射殺されたのでした。その後、レイの居場所を見つけたトニーは覚悟を決め一人で乗り込みます。そこでもレイはトニーを挑発して神経を逆撫でするようなことを言うんですよね。そして「お前が弱いから妻子が殺されたんだ」というようなことを言うんです。この「弱い」というのがキーワードで、リアル世界でもエドワードがスーザンに言われて一番気にしている言葉なのでした。それに刺激されたトニーはついに引き金を引きます。ところがレイが隠し持っていた凶器で攻撃を受け、彼も目を負傷してしまいます。そして銃の誤射で自分を撃ってしまい倒れるのでした。

リアル世界で小説を読んでいるスーザンは再び回想します。エドワードとの結婚はダメになったのですが、彼女は妊娠していました。新しい恋人のハットンに付き添ってもらい極秘で中絶手術を受けます。ところがそれがエドワードの知るところとなり、最もひどい形で彼を裏切り捨てることになったのでした。その後スーザンはハットンと結婚。エドワードの小説中で娘が暴行されるシーンを読み、不安になったスーザンが娘に連絡するシーンがありますが、この娘は恐らくハットンと再婚してから出来た子なんでしょうね。スーザン自身が「彼とはひどい別れ方をしてしまった」と認めていますが、まさかそんな終り方だったとは。

エドワードの小説「ノクターナル・アニマルズ」は彼自身がトニー、スーザンがトニーの妻をモデルとしており、残酷で暴力的な殺人事件を作中で展開させることによってエドワードがスーザンにどれだけ傷つけられたのかが語られているのでした。読む人が読めばわかるようになっている、という物語なんですね。スーザンは本の残酷描写と過去の出来事を重ねてハッとさせられるわけです。恐らく結婚していたときエドワードはたいした文才ではなかったようですが、皮肉なことにスーザンとのひどい別れを経て人を脅かすようになるまでの作品を生み出すスキルを身に付けたということなのでしょう。

スーザンはエドワードに感想のメールを送り、彼と食事に行くことになります。久しぶりに会うのでスーザンは丁寧に化粧をし、魅惑的に見えるワンピースを選びます。待ち合わせの高級レストランに到着し、食前酒を飲みながらエドワードを待つスーザン。しかし彼が現れることはありませんでした。これでENDです。

これでエドワードによる小説を使った復讐は完了したのでした。うーん、見応えがあった!ジェイク・ギレンホール演じるエドワードは回想と小説の中だけに出て来るのが良かったですね。スーザンの今の結婚生活もうまく行ってないので、もしかしたら才能を開花させたエドワードと再会することで何か期待をしていたのかもしれませんね。彼女はアートギャラリーのオーナーなので、芸術家が優れた作品を作るのにどれだけモチベーションが必要なのか理解していたはず。ここまで負の情熱をたぎらせているなんてストーカーっぽくてキモいという感覚では全然なかったように見えますし。しかし、なんと美しく完璧な復讐なのでしょうか。思わずため息が出てしまいました。

やはり評価は高いようで、様々な賞でノミネートされいくつか受賞をしています。有名なところだとトム・フォード監督がベネチア映画祭の審査員賞を受賞、金獅子賞ノミネート。ゴールデングローブではトム・フォードが監督賞と脚本賞ノミネート、アーロン・テイラー・ジョンソンが助演男優賞ノミネート(こちらは発表前)だそうです。個人的に助演男優ってことではテイラー・ジョンソンよりマイケル・シャノンだろ!と思いますが。他の映画賞では圧倒的にシャノンが助演男優賞ノミネートされている数が多いです。

面白いところでは、Women Film Critics Circleという映画賞で、ローラ・リニー演じるヒロインのお母さんが「Mommie Dearest Worst Screen Mom of the Year Award」という賞を受賞しています。「Mommie Dearest」ってのは前に観た「愛と憎しみの伝説」の原題なので、今年スクリーンで最悪だったお母さん賞ってことですかね(笑)。しかし、ローラ・リニーの出番すごく短かったんですよ。5分もなかったんじゃないかなあ。

しかしトム・フォード様ってすごい。ファッション・デザイナーとしても一流、映画作家としてもこの腕前です。次回作もかなり期待出来るのではないでしょうか。恐らく日本でもそのうち公開されると思いますので、是非ご覧下さい!







とにかく価格設定が高いトム・フォード ビューティー!

『ねじの回転』前日譚「妖精たちの森」を観たので



                                 


本作の前日譚である「妖精たちの森」を観たのでこちらも鑑賞してみました。60年代のイギリス映画です。まず何に驚いたかって、英語がとてもやさしかったこと。いつも英語の映画を観る時は空気で「まあ、こんなようなこと言ってんだろうな・・・」って脳内補完することがあるんですが、今回はセリフが一言一句もれずに聞き取れたのです!舞台はヴィクトリア朝のころなんですが、時代ものの英語の方が簡単なこともあるんですね(登場人物が属する階級とかにもよるかもしれない)。



※本作と「妖精たちの森」のネタバレします。



それはさておき、映画の話ですよ。話の内容的に私は「妖精たちの森」を先に観ておいてよかったと思いました。「妖精たちの森」が時代的には後に作られた映画ですが、私のようにあまり頭が良くない観客は「クイントって誰なん?それにそんなに怖い存在かな?」と本作を観て置いてきぼりにされかねない内容だったので・・・。あとデボラ・カー演じる後任家庭教師よ、下男クイントと前任のジェスル先生を殺ったのはこの子たちなんだよ、早く逃げてー!という視点で ハラハラできました(笑)。

「妖精たちの森」では純粋さのリミットが振り切れてしまったがゆえにクイントとジェスル先生を殺ったというように見えた子供たち。その子たちが再びいかにもイノセントな子供です♪というように登場するのでデボラ・カーのことを心配していたんですが、今回の映画は屋敷の中にいるクイントとジェスル先生の亡霊に取り憑かれて勝手に狂っていってしまった家庭教師の先生というように見えました。そう考えると「妖精たちの森」を観ていなくても別の恐ろしさがゾワゾワとやってきたのかもしれませんね(というか、普通の順番で観ている人がほとんどか)。

不気味だったのがジェスル先生の幽霊の写し方です。池から群生している葦の上にボーっと佇んでいるんですが、もちろん足場はないだろうし、なんかドス黒いし、恨みがましい視線を感じるしで「ほら、あそこに何かいる!えっ、見えないの?そんなわけないわ!見てっ!」と子供たちの頭がもげそうになるくらい揺さぶるデボラ・カーに同調してしまいました。「妖精たちの森」のジェスル先生を演じたステファニー・ビーチャムは美人でちょっとエロくてシズル感が溢れる感じだったんですが、この映画のジェスル先生は遠目からの印象でも痩せぎすの恐ろしい女です。そんな先生が下男クイントに調教され恋の奴隷(奥村チヨ)となっていった・・・と考えるとまたグっとくるものがありますね。そこにはちょっと週刊新潮の「黒い報告書」的なロマンがあるわけです。

子役たちの演技も素晴らしかったですね。町山智宏さんの解説Podcastによると、お兄ちゃんのマイルズも妹のフローラもホラー映画界で有名な子役だった人だそうです。脚本もトルーマン・カポーティーとか、他にも英米文学のすごい人が関わっているとのこと。三十路の独身女家庭教師(未婚の女性なので時代的に男性経験なし)と10歳くらいの男の子の関係がキーになっているんですが、鈍 い私は「あれ~、ちょっとショタコン気味なのかな~」と思ったくらいでしたね。さすがに男の子が先生の唇にキスしたのは「えっ」と思ったけど、私にはそこまでブチューって感じには見えませんでした。しかし現在だとこういう描写は本当に厳しそうですね。

ラストで男の子は死んじゃうんだけど、それは唐突でなんか「えーっ」て感じ。町山さん解説にあった、家庭教師がクイントの首を締めるだか階段から突き落として殺すと、実はそれはクイントではなく男の子だった・・・という絶望的なラストの方が出来が良い様な気がしてしまいました。しかし英国のゴシックホラーってのは本当に大きなお屋敷ありきの話ですね。広い広いお屋敷、天蓋付きのベッド、燭台を持ってネグリジェで夜の廊下を彷徨うヒロイン・・・。「クリムゾン・ピーク 」も少し本作に影響されていたのかな?



『眺めのいい部屋』美青年の水浴びシーンも目に眩しい、王道メロドラマ



        
商品価格に関しましては、リンクが作成された時点と現時点で情報が変更されている場合がございます。お買い物される際には、必ず商品ページの情報を確認いただきますようお願いいたします。また商品ページが削除された場合は、「最新の情報が表示できませんでした」と表示されます。

眺めのいい部屋 HDニューマスター版 [ ヘレナ・ボナム=カーター ]
価格:1000円(税込、送料無料) (2016/7/29時点)



ずっとブログをお休みしてきた間、溜まっていた感想文を今消化しています。なんせ数ヶ月前に観た映画なもので、記憶が・・・。そのため今振り返って印象に残っている部分について書いて行きたいと思います。

私にとって「眺めのいい部屋」というタイトルは先に出来た映画ではなく、ピチカート・ファイブの曲として馴染みがあるものでした。





いつもグラフィックが超おしゃれで趣向を凝らしているピチカートのPVだけど、このPVはちょっとやっつけ仕事感があるような・・・。シングルカットされた曲じゃないから仕方ないのかな。でも曲は本当に美しいんですよ。眺めのいい部屋に越して来た幸せな新婚夫婦の歌なのかな、と思いきやちょっと閉塞感も感じさせるような歌詞で、でもメロディーは開放的な感じで不思議な歌だと思います。イントロが「キャンディ・キャンディ」のオープニングテーマみたいなんですよね。

当時、東京FMでピチカートファイブのラジオ番組があったんですけど、この曲の紹介時に小西さんが「眺めのいい部屋って、ロンドンだとあまりないよね」みたいなことを仰っていて、都市単位でホテルの部屋の眺めについて語れるなんて凄くカッコいいなあ~と思ったのでした。その後数回ロンドンに滞在する機会を得ましたが、どれもやはり眺めのいい部屋ではなかったので「小西さんが言ってた通り」と少し感動したのでした(私の場合、常に安宿という条件があるけれど)。

さて、映画ですが正当派英国メロドラマでしたね。休暇を過ごしていたイタリアで出会ったイギリス上流階級の男女が、紆余曲折を経てめでたく結ばれるまでを描いた映画です。くっつくまでにえらい時間がかかるけど、昔の話なのでそれも古き良きノスタルジーに包まれて良作で育ちの良いノーブルな雰囲気。英国式庭でお紅茶とキュウリのサンドイッチでアフタヌーンティー、「プライドと偏見」で有名なジェーン・オーステ ィンみたいな世界観が好きな人はたまらないと思います。

ヒロインのルーシーを演じるのは若きへレナ・ボナム・カーター。若くて可愛らしくて、まさか数十年後はティム・バートン世界のミューズになるとは思えない感じです。そういえばイラストレーターの石川三千花さんがヘレナについてのイラストを描いていました。

舞台はイタリアのフィレンツェ。旅行にやって来たイギリス人お嬢様のルーシー(へレナ・ボナム・カーター)は、従姉妹のシャーロット(マギー・スミス)といつも一緒です。というのもシャーロットは若いルーシーのお目付役として来ていたのでした。二人が「ホテルの部屋からの眺めが良くない」ということを食堂で話していたら、それを聞いたイギリス人親子が「僕たちの部屋とお取り替えしましょう」と申し出てくれました。その息子ジョージ(ジュリアン・サンズ)とルーシーが恋に落ちる話です。このジョージ役のジュリアン・サンズは初めましてなんですが、私の好みではないけれどイケメンです。もう今は60歳くらいでキャリアの長い俳優さんなんだけど、私が彼の出演作を全然観てなかったんですね。

ホテルには他にも様々な人達が 逗留していて、その中に女流作家のエリナーという人がいるのですが、演じているのが私の憧れオババNo.1のジュディ・デンチ様(ちなみにNo.2はシャーロット・ランプリング様です)。80年代の映画なので当時50代くらいでしょうか。でもマギー・スミス様とともに、おばあさんとして既に完成されているような気がします。デンチ様とスミス様が共におしゃべりしながら、イタリアの古い街並を歩く・・・。あれ、なんか既視感!と思ったら「マリーゴールド・ホテルで会いましょう」でした。

イタリアでロマンスが芽生えたルーシーとジョージですが(しかし女の子が気絶するってリアクションが古過ぎて新しく見える。気絶からの救出アコガレが芽生えてしまうではないか)、イタリアから帰り時間が経過した後 、ルーシーは別の男シシル(ダニエル・デイ・リュイス)とアッサリ婚約してしまうのでした。あれって感じですが、まあこのシシルが当て馬的な役割を果たすんですね。演じるのはダニエル・デイ・リュイス、若い!しかし私は彼のキャラクターがイタリア人のゲイにしか見えませんでした・・・。

そしてルーシーの弟フレディが美少年!でもどこかで見た顔だな・・・と思ったら、「SHERLOCK」のレストレード警部(ルパート・グレイブス)ではないですか!ひえーっ、こんなに可愛かったのか!とたまげました。若いし、輝いてるね!そしてこの映画の白眉は、この弟フレディとルーシーに想いを寄せるジョージが森の中の小さな湖で水浴びをするシーンなのである。ルーシー一家が住むお屋敷の近くに引っ越して来 たジョージは、一家と親しいビーブ牧師(サイモン・カロウ)の紹介によって弟フレディと知り合い、森を散歩するんですよ。森の中には弟とルーシーのお気に入りの湖があって、ここで皆全裸になって水浴びをするんですが。

水浴びというより水遊びシーンですね。子供みたいにはしゃいで水をかけあったりするんですけど、もちろん私は海外の無修正版で見ているから「えっ?!」と少し驚いてしまいました。若い美声年が、惜しげもなく全裸になって(オッサンの牧師も脱いでたけど)、こんなに躍動しているなんて!局部が見えるものの、すごく動いているからブレまくっている。精子、もとい静止してはくれないものか・・・などと思ってしまったのでした(本当、くだらなくてすみません)。Wikiによるとこのシーンはやはり公開当時の日本 ではカット&修正が入った様です。再公開されたときは無修正だったそうですが。まあ始終走ったり動いたりしてるので、ぶっちゃけボカシはそこまでいらないかな、って感じですよ。

湖にはルーシーの婚約者のシシルもいたんですが「野蛮だな」みたいな感じで彼は仲間に加わらなかったんですよね。後になって考えるとこういうところが婚約破棄フラグなのかなって思いました。その湖はルーシーと弟の思い出の場所であって、その水を浴びたジョージはルーシーと結ばれることができる・・・みたいな。まあ、シシルとルーシーが本当に愛し合っているように見えないのも大きかったけど。

ということで、その後も色々あってルーシーとジョージは結ばれて、フィレンツェの思い出の部屋を訪れ、眺めのいい窓を見ながら愛し合いENDとなるわけです(DVDパッケージがラストシーンなので、もうネタバレしてますね)。すごく長尺に感じたんですけど、お話としてはすごく単純なボーイミーツガールのラブストーリー。でも退屈はしないという不思議な映画でした。


『ノック・ノック』これこそがリアル・ゲスの極み乙女。






グリーン・インフェルノ」の監督&主演女優コンビ+キアヌのエロホラー映画です。「グリーン・インフェルノ」はまあ良かったんだけども、「食人族」と比べてしまうとどうもエグみが足りなくてちょっと残念だったんですよね・・・。やはりリアルにカメやサルを殺して食べている映画にはかないませんかね・・・。だからその分、本作に期待していたんですが見事にやってくれました。本作も「メイクアップ」という映画のリメイクなので、オリジナルと比較してしまうともの足りないのかもしれませんが、現時点では非常に面白かったと言えます。まさか「ジョン・ウィック」に続けてキアヌの映画をこんなに短期間で観るとは思いませんでした(笑)。

いつも通りなるべく事前情報を入れずにいたつもりなんですが、留守宅のキアヌの家にエロいギャルが二人やってきて大変なことになる・・・というザックリとした情報はどっかからインプットされてしまっていましたね。まあイッツオーライ。



※ネタバレ第一段階(予告編程度)



モダンな豪邸ばかりが立ち並ぶ、カリフォルニアの高級住宅地。カメラはゆっくりと一軒の家に入り、誰もいない家の廊下を進みます。廊下の突き当たりにはイケメンなパパ(キアヌ・リーブズ)と綺麗なママ(イグナシア・アラマンド)、そして可愛い子供たちが幸せそうに微笑むポートレイトが飾られています。家族で全員集合している写真、各人のアップになった写真、そして子供たちが描いた絵や工作も、工夫を凝らしてデコレーションされています。ああ、きっとこの非の打ち所のないパーフェクト・ファミリーが、彼らのホーム・スイート・ホームがこの後グチャグチャに蹂躙されてしまうんだな・・・と思わず身震いがします。

アメリカ映画に出て来る家に家族の写真がたくさん飾られているのはよく見ますが、この家はかなり凝っている方で絵画みたいなサイズに大きく引き延ばしてあるものばかり 。ここ、個人的にはちょっと違和感が。クリスマスの野外電飾に妙に気合いの入っている家って、実は家庭不和を抱えていたりする・・・という話を聞いたからでしょうか、家族ラブを表現すればする程「ちょっと大丈夫なのかな?」って思ったりしちゃう筆者はヒネクレモノなのです。まあこの映画はアメリカの話なので、そんな裏読みは無用。

広くて美しい家に住む、絵に描いた様な幸せな家族。パパとママは今でもラブラブで、子供たちは父の日のプレゼントとして文字盤に彼らの写真をいっぱい貼付けた目覚まし時計をプレゼントするのでした。家の中にはカラフルなオブジェがたくさん。どうやらママは現代アートの作家のようです。これからママと子供たちは週末旅行に出かけるのですが、パパはお仕事があるのでお家でひとりお留守番。パパは名残惜しそうにママと子供たちを見送るのでした。さ~て!(もみ手)妻子が消えて、これから何が始まるのだろうか・・・とゲスな期待が膨らみます。

外は雨。パパはパソコンに向かってお仕事。彼は建築家なんですね。建築家に芸術家のカップルってのがまたコレ・・・って感じですな。すると、誰かがドアをコンコンとノックする音が聞こえます。「こんな雨の夜更けに誰だろう?」とパパがドアを開けると、ずぶ濡れTシャツ選手権の決勝戦のように、Tシャツが肌にピッタリと張り付きブラが透けているギャル二人組が震えながら立っていたのでした(笑)。キター!もうここで心の中ではガッツポーズです。

彼女達は界隈の家で行われるパーティーに招かれていたのですが、道に迷ってしまったということ。 周囲の家は週末旅行でみんな留守で(ここ伏線か)、インターホンを押し続けてここまで来てしまったのでした。タクシーもつかまらないし携帯は電池切れだし、外は土砂降りでギャルはくしゃみをしています。親切なパパはギャルたちを家に上げてインターネットを使わせてあげることに。「本当に助かります~う」という彼女たち。タクシーが来るまでに45分かかるので、その間に服を乾かしてあげるパパ。黒髪ロングの方のギャルがジェネシス(ロレンツァ・イッツォ)で、金髪ボブの方がベラ(アナ・デ・アルマス)。バスローブ姿になったノリのよくて若い彼女たちに、パパはちょっとドギマギ。

最初は普通の会話をしていたのですが、だんだんとエロいテンションになっていく彼女たち。話題がセックスに なったりして緊張感が走ります(キアヌと筆者に)。バスローブもゆるい感じで着ていて、なんだったら見えるんじゃないかとハラハラします。家の中にあったDJ機材を見て「すごーい」と喜ぶギャルたち。パパは昔DJをしていたのです。DJから建築家っていうドラマチックすぎるキャリアチェンジ(しかもどちらの職業も女にモテそう)をしたパパ、またコレが・・・って感じですね。リア充であればあるほど、それがどのように破壊されていくのかという期待にブルブルと震える筆者(笑)。彼女たちがシャワーを浴びたいというので、バスルームを使わせてあげるんですが、もうここまで来るとちょっとアウトな感じですね・・・。そもそもギャルとはいえストレンジャーを家に上げちゃダメなんですよ!危機管理能力が低過ぎる(まあドアをノックノックされて開けないと話が始まらないのだが)。

頼んでいたタクシーがやっと到着しました。パパはタオルを持ってバスルームに行きます。 「おーい、君たち、タクシー着てるよ!服も乾いているから早く出なさい」とパパ。しかし、バスルームからはギャルたちがキャッキャとじゃれ合う声ばかりが聞こえます。「ちょっと、聞こえてるの?入るよ。見ないようにするから、タオルを取りなさい」とバスルームに入るパパ(これもアウトだろう)。すると「ふふふ、三人でいいことしない?」とニンフォマニアックのようなネットリした視線で迫って来るギャル二人。「ちょっと君たち!何をするんだ、やめなさい、やめるんだ!やめ・・・」と、パパはファスナーを下ろされ、ギャル二人にいいようにされてしまうのでした。

ネタ元だとこの場面はかなりエロチックなんだそうなんですが、本作は控えめなのかも。でも半透明になったシャワーブースに身体が押し付けられたりするのを外側から見たショットは、かなりのエロホラーテイストでした。クレジットには役者さんのボディダブルの名前があったので、本物じゃないみたいですね。妻子が留守中、誘惑に打ち勝てずギャル二人とメナージュ・ア・トワをしてしまったパパ・・・。あ~あ。本当、あ~あですよ。やっぱ男ってのはこうも誘惑に弱い生き物なんでしょうかね。冒頭では、パーフェクト・ファミリーが蹂躙されるのが楽しみで震えていたくせに、そうなったらなったでちょっとガッカリしたりして勝手なもんです(笑)。



※ネタバレ第二段階(ラストまで行きます)




翌朝、パパが目覚めるとギャル二人組はキッチンでパンケーキを焼いていました。しかし、キッチンがグチャグチャです。しかも ちょっと病的な感じの乱れ具合。食べ物を投げて遊ぶギャル二人(このシーンはちょっとだけ「ひなぎく」みたい)。パパは急に正気に返り「今すぐ服を着て出て行ってくれ」と言うのでした。ここから事態はどんどん深刻になり、パパはドアを開けてしまったことを禿げ上がる程後悔するハメになります。

その後ギャルたちはギャラリーへ搬出する予定だった妻のアート作品にもいたずら書きをしたりして、パパをキレさせます。キレたパパは警察に電話しようとしますが、「電話すれば?未成年淫行になっちゃうけど」と言う放つギャルたち。なんと、彼女たちはまだミドルティーンだったのでした・・・!OMFG・・・!ギャルを演じるロレンツァ・イッツォもかなり若くみえるし、金髪の方のアナ・デ・アルマスは超ロリ顔なんですよね。ちょっとキャベツ人形(80年代に流行ったおもちゃ) ぽい顔で、でもエロいという最強ロリエロ顔なんですよ。深いクソの中にはまったパパは、とにかく彼女たちを車に乗せて家の近くまで送り届けるのでした。

その夜、やりかけのお仕事をしていたパパは物音を聞き、リビングへ。後ろから殴られて気絶。それは黒髪ギャルのジェネシスでした。ちなみにジェネシスってのは「創世記」という意味があるそう。そういえば「猿の惑星 創世記」もジェネシスって読ませていましたね。アメリカ的キラキラネームなんでしょうか。パパが目を覚ますとベッドに縛り付けられていました。寝室のドレッサーでは鼻歌を歌いながら目に隈取りメイクアップをほどこしているジェネシスが。そこへ娘の学校の制服を着てブリトニーの「Baby One More Time」のPVようになったベラがやって来ます。「ね~パパ、お願い」と言ってパパの上にまたがるベラ。パパの口の中には娘のパンツがねじ込まれます。怖いな、怖いな~。もちろん拒否するパパですが、「じゃあ奥さんに今すぐFaceTimeして昨日のことを話して」と言われると、彼女達に応じるしかありません(ここの足下の見られ感が情けないといえば情けない)。ふたりの行為をスマホで撮影するジェネシス。どうやらギャルたち(特に金髪のベラ)は幼い頃に性的虐待を受けたかなんかしたせいで、こんな風になってしまったのかな・・・?という感じもします。

その後、パパは椅子に縛られ彼女たちの即席クイズショーごっこのゲスト回答者にさせられます。不正解だったら、DJ機材とヘッドフォンを使っての聴覚拷問です(やりすぎると耳が聴こえなくなるらしい)。ここでは司会者に扮したジェネシスの仕切りがよかったですね。てかジョン・ウィックが形無しですよ・・・。しかし、キアヌだと不思議と違和感がない。な〜んか押しに弱そうだし、縛られて口の中に娘のパンツをねじこまれている姿もわりとスンナリと受け入れることが出来ます。この映画に出演したのもなかなかいいチョイスではないでしょうか。スーパーヒーローとこの役を違和感なく演じられるスターってあまりいないのでは?キアヌ・リーブスの演技の幅、意外と広し!とも思います。

パパが縛られているときに、ママのアート作品を引き取りにルイス(アーロン・バーンズ)がやってきます。「しめた!」と目に光が戻るパパ。ギャル二人が留守宅を預かっているふりをして応対します。ところがギャルたちによってズタズタになったママのアート作品を見てルイスはビックリ。ママはバルセロナ育ちでガウディに影響されているアーティストなんですね。でボコボコした大きくてカラフルなオブジェを制作してるんですが、それに卑猥な落書きがいっぱいされてるんです。アートのことはわかりませんが今って何でもありみたいだし、この方が逆に現代アートっぽいのでは?と思ったりしました(笑)。ルイスは喘息の呼吸器をギャルたちに奪われ、取り返そうとしたときに横転して頭を打ち死亡。「マジ受ける~」というテンションのギャルたちは彼の死体に新聞紙を貼り、ママが作っているオブジェのように仕立てあげるのでした(「MoMAに持ってこうか」って現代アート不謹慎ギャグもあり。ママのアート作品の造形もわりと適当な感じだったりして、なんとなく全体的に現代アートをおちょくっている感もします)。ルイスとパパがママを巡って争っていたというアリバイをメッセンジャーででっちあげるのも忘れないギャルたちなのでした。

椅子に縛り付けられたパパは「どうしてこんなことをするんだ!俺はまっとうに生きて来た、いい夫でいい父親なんだ!妻を、子供たちをなによりも愛してるんだ!」とシャウトします。「じゃあなんで、昨日うちらと3Pしたのよ?」とギャルたち 。グウの音も出ません・・・。あれだけ目を覆う様な悪事を働いて来たギャルたちが吐く、目を開けられないほど眩しくてまっとうすぎる正論!!!一夜の過ちが、こんな大きな代償で帰って来るとは・・・・。まさに「チ◯コ一秒、後悔一生」ですな・・・。ギャルたちはパパを私刑にかけます。ペナルティーは死!夜明けに処刑ということで、ギャルたちはパパの側に時計を置きます。それは、子供たちが父の日にプレゼントしてくれた写真がたくさんついた目覚まし時計・・・(ブラック!)。

ギャルたちは庭にパパを埋めるための穴を掘り、家中をさらにメチャクチャにします。ママのアート作品をズタズタにし、子供部屋をめちゃくちゃにし、元DJだったパパのレア なレコードをお煎餅みたいにバリバリに割りまくります。文字通り、家庭クラッシャー!その途中でギャルたちはインテリアの中に隠されていたピストルを見つけます。パパを縛り付けていた縄をほどいて、かくれんぼをしようと提案するジェネシス。家の中のどこかに夜明けまで隠れていられたなら助けてあげるという条件を出して来ました。パパが家の外に出たら打つというルールです。ゲスいな~!でも最高だ!結局、縄を解かれて家から逃げようとしたパパはまた捕まってしまうのでした。

日が登り、パパは縄付きのまま転がされて庭の穴に入れて顔だけ出して埋められます。パパがどんなに泣き叫んでも、誰も助けに来ません。だってご近所さんはみんな週末旅行に出かけて留守なんだから!(伏線回収)。そういえば、ギ ャルたちが来た翌朝にママのアートファンでもあるオバチャンが家に「何か手伝うことある~?」ってやって来たけど、ジェネシスが追い返していたのでした。あのオバチャンが今来ていれば・・・!「なんでもやるから命だけは助けてくれ!」と言うパパ必死の懇願に、ギャルたちは家族に電話してすべてを打ち明けろと言います。今までそれは断固拒否してきたパパですが、もう本当にヤバいので「やるやる!」という感じになってます。自らの命と引き換えにしたら、何だって出来る。命があれば、何でも出来る!オマージュ・ア・イノキですよ。

パパはママの留守電に「コール911!」とシャウトしますが、すぐにギャルたちに切られてしまうのでした。ジェネシスは鈍器(ママが作った家族四人を象ったレリーフ)で地面から出たパパの頭をカチ割ろうとします。「ノー!!!」と泣き叫ぶパパ。ところが、鈍器が落ちたのはパパの頭の隣。脅しだったのです。笑い転げるギャル。実はこの二人、パパのことを事前に色々と調べ上げて、エロいギャルからの誘惑に打ち勝てる男を探すゲームのターゲットとしていたのでした。彼女たちによると、今のところ誰も打ち勝った人はいないとか。「いい夫、いい父親って言っててもみんな中身は同じよ」と冷めた目で言い放つジェネシス。そしてミドルティーンだと思われていた彼女たちはサバを読んでいたことを告げるのでした(既に二人とも成人済み)。これこそ真にリアル・ゲスの極み乙女。

一度は去りかけたギャルたちでしたがパパのスマホを返しつつ「SNS にログインしっぱなしは危険よ」と言って、制服姿のベラとパパがファックしている動画をポストしパパの目の前に置いて姿を消すのでした。その後、動画には沢山のアンフレンドリーなコメントが・・・。パパはなんとか手を土の中から出して削除ボタンを押そうとしますが、手元が狂って「イイネ!」ボタンを押してしまい「ノォー!!!」となるのでした(笑)。オープニングと同じカメラワークでメチャクチャに荒らされて落書きされた家の中が映されます。これで終わりか・・・と思ったら、ママと子供たちが帰って来るシーンでラストでした。カギを開けて明らかな異変に気付くママ。荒らされた部屋を見て「パパ、パーティーしたんだね」と言う子供。これでEND。

いやー面白かった!最高じゃないですか?タイプの違うギャル二人組でエロいというのも説得力がありましたし、ブラックな笑いが随所に散りばめられ、「家族を愛している」と公言しつつもセックスに負けてしまう男のダブルスタンダードっぷりや、「じゃあ奥さんに今すぐ電話して!」→「いやそれだけは勘弁!」という浮気をネタに足下を見られてゆすられる情けなさみたいなものも存分に描き切っていたと思います。マトリックスのネオでジョン・ウィックなキアヌがもう可哀相なくらいボロボロになって醜態を晒しまくっていましたが、逆に好感度アップですよ。ただ、どうしたって爽やかでクリーンなイメージがあるスターさんなので、もっとダブスタで欺瞞的な感じのある役者さんが演じた方が最後に溜飲が下がったかもしれませんね。う〜ん、最近離婚したベン・アフレックとか?

リアル・ゲスの極み乙女。で家庭クラッシャーなギャルたちですが、なんだか一本通った筋を感じますね。彼女たちの危険なゲームには「結婚(含む夫婦愛や家族愛)は性欲や誘惑に打ち勝つことが出来るのか?」という究極のテーマが内包されているんですよ。それを実証するために、良き夫良き父であると評判のターゲットを洗い出して調べ上げ、自らを実験台にして身体を張ってフィールドワークしている。きっと「今回のターゲットこそは、私達の誘惑にノーと言う・・・」という希望もどこかにあるんじゃないかなあ、と深読みしてしまうわけです。だから逆に彼女たちは「汝、不貞を働くなかれ」という結婚やモノガミーを信じたいのではないかなと思うんです。ゆえに、ターゲットに家族写真を見せて「本当に家族のこと愛してるの?」とか「罪悪感感じない?」と言ったりするし、去り際の彼女たちはフッと真顔になったりするんですよ。

彼女たちのそういう気持ち、筆者もちょっとわかります。まだ高校生だった頃に若い女性と浮気した親戚のおじさんの話を母親(彼女にとっては義理の兄の浮気話)から聞いたとき「ああコレで終わりだ。おじさんとおばさんは離婚するんだな」と思ったんですよ。一度誓ったものの汚された婚姻というものは、もうその時点で価値はなく終了になるものだと思っていたんですね。ところが母親は「そんなんでいちいち離婚してたら身が持たないわよ」とクールに言い放ったのです。「ええ?じゃあ、結婚の誓いを破った人とこれからも一緒に暮らすの?」と心底驚いたのでした。本当に、結婚というものは踏み荒らされていない真っ白な雪のようなコンディションを保つのがディフォルトだと信じて疑っていなかったので。今現在は劇中のキアヌの年齢の方に近づき、世の中のことを少しはわかったつもりではいるのですが。

しかし一皮剥いでみると欺瞞に満ちた家庭の内情(というかパパのダブスタ)を暴いて、矛盾に鋭く突っ込んで行くゲスの極み乙女。な二人組の所業は痛快そのもの。まあ罪のない人が一人、事故とはいえ死んでしまっているのですが。「何よりも家族を愛してる」と言うオノレの言葉にガチで責任持たんかい!という反面教師的な映画でもあるのでした。でもまあ、濡れ透けTを着たギャルが「クチュン!」と可愛いくしゃみをしてブルブル震えていたら、たいていの男は親切にしちゃいますよね(笑)。

追記(2016.6.11):ブログサブタイトルにつけた「これこぞがリアル・ゲスの極み乙女。」だが、アップ時にはホットだった話題もその後によりゲスな有名人の不倫スキャンダルが続出したために、すっかり気が抜けた炭酸飲料のようになってしまった。人の世の流れの早さを感じ無常感に浸るのであった。


『のんき大将脱線の巻』邦題が可愛い、動く絵本のような作品

        




プラハ先輩からプレゼントしてもらったDVDで鑑賞しました(もう一本は以前感想を書いた「ゲンスブールと女たち」)。ジャック・タチの映画、実は観るのが初めてです。でも、のんき大将のことは知っていましたよ。オリーブにリバイバル上映の広告が出ていたからです(確かシネ・ヴィヴァン六本木だったと記憶)。ジャック・タチと言えば、お洒落な映画ポスターの定番。「ぼくの伯父さん」の青を基調にしたポスターは、その当時お洒落な人の自室によく飾られていたものでした(そのもう一枚が赤を基調にした「欲望」のポスターですね)。

秦 早穂子さんが書いた「影の部分」という本にジャック・タチと出会ったときのことが書かれていましたが「いかにもスラブ系といった風貌」といったような記述があったと思います。私は「へえ、タチってスラブ系だったんだ」と驚きました。フランスにはタチというスーパーがあるし、てっきりフランスの血だと思っていたので。調べたところ、オランダとロシアのハーフなんだそうで、本名はタチシェフと言うんだそうです(ちなみにチェコ語で「タチ」は「お父さん」)。

本作はタチが監督、主演、脚本を兼ねた作品でなんと1949年の映画です。舞台はフランスのド田舎。小さな村(一応カフェと郵便局がある)は年に一度のお祭りでソワソワしたムードが漂っています。そこへ郵便配達人のフランソワ( ジャック・タチ)がやってきて、ドタバタ騒動を繰り広げる ・・・という実に牧歌的なストーリー。村には民族衣装的なものを着たババアがいて、いつもヤギを連れながら何かを観客に説明します(全然聞き取れなかった)。

フランソワは自転車で郵便配達をしている途中、村の広場にお祭りのポールを立てるのを手伝ったりしますが、全然うまく行きません。勢い余って自転車ごとカフェに突っ込んで二階の窓から出て来たり、手紙をヤギに食べられたり・・・。アクションで笑わせる感じの映画なのが語学力のない私にはこれ幸い。チャップリンとかバスター・キートンとかそういうスラップスティックコメディ系統の笑いなんですね。ちょっとドリフに通ずる部分もあるかな。子供からお年寄りまで楽しめて、とにかく懐かしい感じです(ドリフだったらSEで「アーッハ ッハッ!」という笑い屋のオバチャンの声が入っていそう)。私が観たバージョンはカラーだったんですが、もともとモノクロ映画で後からカラーの加工がされたんだそうな。だからか鉛筆画に水彩絵の具をチョチョっとのせた様な淡い色彩でなんだか動く絵本のような味わいがあります。

お祭りではテントの中で映画が上映されています。アメリカのドキュメンタリー映画なんですが、郵便配達人がスタントマンも真っ青なアクロバティックな技を次々と見せるというもの。それを見た村人が「アメリカの郵便配達すげえ!!!それに比べて俺らのは・・・」というテンションになってしまうんですね。村人たちにそんな風に言われてしょげてしまうフランソワ。今までが絵本の中のように平和だっただけに、ここは結構辛いんですよ。

思い立ったフランソワはアメリカ式に業務効率化(といっても自転車を高速でこぐ程度なんだけど)します。必要以上にチャカチャカと動いて迅速に郵便を届けまくるフランソワ。しかし、ヤギを連れたババアから「そんなに無理するこたないんだよ。ここにはここのテンポっつーもんがあるんだからさ」←(解釈適当)と言われて、思い直すという展開です。そしてお祭りは終わり、移動式遊園地の回転木馬を乗せたトラックがゆっくりと去って日常が戻って来るのでした・・・というホッコリしたお話です。

筆者個人はフランス(他のヨーロッパ諸国もだけど)ってのは、どんなにアメリカが「U.S.A.アズ ナンバーワン!」と声高に叫んでも「ああ、そう」と華麗にスルーする感じかと思ってたので、これはちょっとだけ意外でしたね。なんだったらアメリカのことを文化のない新興国として下に見ているような感じもしていたし。昔の田舎の人はまだ純粋で単純に憧れちゃったりするのかな。まあそこが素朴で可愛らしいですけどね。

秦 早穂子さんの本によると、この映画は日本で全然当たらず、そのために「ぼくの伯父さん」を買い付けるのが大変だったそうです。あと原題「祭りの日」というタイトルが弱いので配給会社の偉い人が「のんき大将脱線の巻」と名付けたとか。私はこの邦題大好きですよ。のんき大将ってネーミングが本当にピッタリで可愛いです。日本で当たらなかったというのはちょっと意外な気もしますが。ただ90分ずっ~と同じ調子でドタバタギャグなので、60分くらいに編集すれば愛すべき佳作として、より知られる作品になったんじゃないかなあと思いました。



「勝手にしやがれ」や「女は女である」を買い付けた秦さんの自伝的小説。60年代のフランス映画ファンなら必読です。

          

影の部分 [ 秦早穂子 ]

影の部分 [ 秦早穂子 ]
価格:1,728円(税込、送料込)


『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』ロメロだよ、それくらい見とけ!

        




桐島、部活やめるってよ」の中で、神木龍之介くんが映研の部員に「ロメロだよ、それくらい見とけ!」って言ってたので、ロメロ監督の代表作ともいえる本作を鑑賞しました。カラーかと思ったらモノクロ!68年の映画なんですね・・・。この時代の映画っていうとヌーヴェル・ヴァーグとかになりますが、ヌーヴェル・ヴァーグは今見ても色あせない新鮮さがあるものの、本作は「さすがに68年のホラー、やっぱ古いな〜(苦笑)」という感じ。ホラー映画といっても「あ〜」とか「う〜」とか言いながらスローでゆっくりゆっくりと向かって来る敵なので、なんか牧歌的な感じも漂っています。しかしゾンビ映画の元祖といわれる作品であるオリジネーター感はやはり感じられますよ。


※ネタバレします


しかもゾンビ映画でありながら、ゾンビたちによるカニバリズムもある!モノクロだからそこまで刺激的な画にはなっていませんが、カニバリズムかよ〜!と最近「食人族」関連でフィーバーしていた筆者は不思議な巡り合わせを感じましたねえ。ゾンビとかカニバリズムって今現在でもヒット映画のモチーフになってますし、そのダブルアタックで来るというのは68年当時かなり刺激的だったのではないかと思います。

あと前から言われていたことですが、改めてペグ兄の「ショーン・オブ・ザ・デッド」はかなりこの映画の影響を受けていることがわかりました。この映画の中でペグ兄たちが「あ〜」とか「う〜」とか言ってゾンビの真似をしながら逃げるというシーンがありますが、やっぱりそう思いますよね。篭城した家から逃れるためには、フェイクゾンビになって行けばいいんじゃないかなあ〜とずっと映画を観ている間中考えていました。

家に篭城したメンバーのうち、トレンチコートの女の子バーバラと落ち着き払ってその場でベストの対策を次々と実行に移すアフリカ系青年はきっと助かるんだろうな〜と思っていましたが、まさかの全滅なのが意外。アフリカ系青年は最後まで助かったのにもかかわらず、救助に来た警察にゾンビだと勘違いされてど頭を打ち抜かれる・・・という実に可哀相な結末でした。ゾンビ達の緩慢な動きの通り、まったりとした映画なので特別おすすめはしませんが、ゾンビ映画の歴史をきちんと学びたい人にはマストだと思いました。





本作のヒロイン、バーバラちゃん。髪型とトレンチコートが「シェルブールの雨傘」のカトリーヌ・ドヌーヴみたいで素敵でした。こういうルックは米仏問わず当時のア・ラ・モードだったんだなという感じ。





篭城メンバーであるクーパー夫妻の娘のカレンちゃん。ずっと寝ていて、作中で映るのはちょっとだけだったけど、こんなに愛らしいお人形として発売されていました。



『ナイトクローラー』もっとルサンチマンを!

         



中瀬親方からおすすめされたので鑑賞。久々にサスペンス映画っぽい感じの映画でゾクゾクしながら鑑賞しました。なんとなく、なんとな~くですけどゴスさんの「ドライヴ」みたいな感じを期待してしまって・・・。夜のL.A.を若手実力派俳優が車で疾走する・・・みたいなフォーマットだからでしょうか。本作ですが、面白かったけど、ちょっとだけ物足りない。何かが足りない・・・といった感じがしました。






※ネタバレします。



まずはなんといっても主演のジェイク・ギレンホールの怪演が凄かった。減少したせいか、元々のでっかい目がさらに爛々としている・・・というビジュアル。無職で窃盗をしては盗んだモノを売りに行くという生活をしている青年ルイス・ブルーム(ジェイク・ギレンホール)。仕事の口を探してはいるのですが、不景気でどこも雇ってくれません。彼が必死で自己PRするんですよ。「I'm a quick learner」(「仕事の飲み込みが早いです」、「何でもすぐ覚えます」)というセリフが何回か出て来ますが、この自己PRは筆者も昔よく使ってましたね~。だけど自己PRシーンで非常によく使われるテンプレートなので、結局応募者はみんな飲み込みが早い人材だらけって言うパラドックスが起きるわけです(笑)。

ある夜、偶然に交通事故現場に出くわしたルイスは現場を撮影するカメラマンを目の当たりにし「これだ!」と閃きます。現場にいたクルーに雇ってくれるように頼みましたが断られてしまったので、自力で業界に参入するんです。カメラは盗んだ高級自転車を売ったお金で買いました。初めて撮った映像は地元テレビ局のニュース番組のディレクター・ニナ(レネ・ルッソ)に売ることに成功。持ち前の飲み込みの早さでスクープを次々と手にして行きます。助手として同じく無職だった若者リッ ク(リズ・アーメッド)をインターンとして雇い、二人で事故現場を求めて夜のL.A.を疾走・・・しかし、より過激で凄惨な映像を求めてルイスの行動はエスカレートして行きます。

より過激で凄惨な映像を!ということなので、グロテスクなものエグいものがたくさん見られるかと思いワクワクしたのですが、ぶっちゃけ登場する事故シーンやクライムシーンは「そこまで・・・」といったところ。血のりが付いているくらいで非常にアッサリしています。しかし驚いたのがアメリカのテレビ番組の規制のユルさ。モーニングショーで血痕がある事故現場なんかが放送されちゃうんですね。ディレクターがサブで「そこ、そこもっと大写しで!」と悲惨なシーンを映すように演出します。これがヒドいかと言わ れるとそうじゃなくって、みんな仕事なんで普通にやってるだけなんですね。

ルイスのキャラ造形が貧乏な一人暮らしで彼女ナシ、痩せて目だけがギラついてるって感じだったので、仕事という枠を外れて凄惨現場マニアのサイコになっていき、 しまいには自分で事故や事件を作ってしまうんじゃねーか・・・と恐れていたんですが、そんなイージーな話ではなかった。ここはいい意味で裏切られてよかったかも。そういえば競合他社のカメラマンは、いたって普通の技術さんって感じのおじさんでした。この仕事をやってるからといって、皆が狂ってるわけではないんですね。あくまでお仕事なんです。しかしルイスはラストで一線を超えてしまうわけですが。

しかし・・・ルイスが「『タクシードライバー』のトラヴィス再来」というのは、ちょっと煽り過ぎじゃあないか?という気がします。予告編ではルイスのモットー「リスクを取れ」というセリフが繰り返し使われており、トラヴィスの「俺に言ってんのか?」みたいに定着させたかったのか もしれないけど、筆者はあまりこのセリフが入って来ませんでした。トラヴィスになるには全然ルサンチマンが足りないんですよ。貧乏で彼女ナシで、どんなにあがいても職にありつけないという皆が共感しうるルサンチマンがあるキャラクターなんだから、それをもっともっと観客に提示しないと!(これは負け犬描写にグっとくる筆者の完全な個人的嗜好ですが・・・)。天職を見つけて水を得た魚のようになりお仕事で積年のルサンチマンを昇華していくみたいな感じでもないし、そんなに狂ったサイコ野郎でもない・・・というのがちょっと中途半端な印象でした。

でもディレクターのレネ・ルッソ(監督兼脚本のダン・ギルロイの嫁)にルイスが言い寄るシーンは怖かったな~。レネ・ルッソが「あたしはアンタより二回りも年上なのよ」って言ってたりしましたが、レネ・ルッソはアラ還ですよ。ジェイク ・ギレンホールは息子くらいか。さすがに昔から活躍している女優さんなので結構いってるんだろうなとは想像つきますが、まさかアラ還とは・・・。化粧濃かったけど、充分綺麗でした。陽気な音楽がかかっているメキシコ料理店でのなんとも言えない微・妙~な空気感とジットリとしたジェイク・ギレンホールのテンションがよかったですね。

しかし驚いたのが後半に起きた事件(ルイスが起こさせた事件)。悪い奴に警察、み~んな彼のゲームのコマになって、彼が一番望む様な行動を取ってくれる・・・こんなにうまくいく?と思いながらも「うわ~」と震撼しました。そしてルイスのことを始終「マジかよ・・・」という引きテンションながらもサポートしていた忠実なアシスタントのリックをアッサリと見殺しに。ひでえ~!直接手を下しはしないけど 、上手に手ぐすねを引いてスクープ頂き☆という人の道に外れたことをしてしまうのでした。そして最高なのがラスト。撮影用バンも二台手に入れ、インターンの学生も雇い、現場に行く前にショートミーティングです。新人を前に爽やかなドヤ顔でモットーを語り「じゃっ、みんな、頑張っていこう!!」とバンに乗り込む・・・。この後味よ!このラストのキレの良いシーンで映画全体がグっと締まったような気がします。

しかしもったいないっちゃもったいない。ジェイク・ギレンホールは言えば何でもやってくれる俳優だと思うし、演技もうまいし外見もかなり作ってきているのにルイスのキャラクターが意外と平凡。鏡に向かって「リスクを取れ!」と復唱したりとか(トラヴィスのように)、自宅でアイロンをかけまくるとか、 パソコンに貯まって行く事件映像ばかり日がな一日見てるとか、なんか普通の人と違うんだというフックがあったりすると良かったのにと思ってしまいました。なんだろう、この感じは。やはりラストでああいうことをするのは普通の人ではないと思って安心したいんでしょうかね。筆者はなんだかもったいないと思う映画でしたが、来年のアカデミー賞では脚本賞にノミネートされています。

『紀子の食卓』知恵熱が出そう

        


「自殺サークル」の続編的作品ということなので観てみました。うーん、私には難しかった・・・。前作的な「自殺サークル」はすごく面白かったけど、私は本作の面白さが全然わかりませんでした。なんか文学的過ぎるというか、私の足りない頭では消化しきれないし、上映時間も冗長に感じられてやや苦痛でした。

予告編は面白そうなんですが・・・。↓




自殺サークル」の続編的な側面もあるということで観てみたわけなんですが、構造的に自殺サークルの世界をこれが一次元上から包む感じになっているんですかね・・・。本作のモチーフはレンタル家族ということなんですけど、あの新宿駅ホームでの女子高生集団自殺のメンバーもレンタル家族の仕掛人側だったみたいな描写がありました。本作のヒロイン紀子(吹石一恵)とその妹ユカ(吉高由里子)も制服姿で現場に居合わせて、血しぶきを浴びていたという・・・。

「自殺サークル」で繰り返された「あなたはあなたの関係者ですか?」というフレーズが、この映画でもリフレインされます。そして「みんな役割を演じて生きているんだよ。それって怖くない?」といった メッセージも送られているように感じました。タイトルである「紀子の食卓」とは、恐らく後半部のすきやきのシーンを指していると思うのですが、確かにそこでは皆がそれぞれに割り振られる「役割」を演じて偽の家族団らんを作り上げていました。しっかり者の長女、やんちゃな次女、優しいお母さんにお父さん・・・。「幸せな家族とはこうあるべき」というステレオタイプに自らハマりに行くというこということが、少し恐ろしいと言われれば恐ろしいのです。

しかし多かれ少なかれ、期待されている/自身がそうありたいキャラクターを演じることって私達の生活ではごくありふれた事柄です。しかも現代人はシーンごとにそれを使い分けているではないですか。職場での自分(上司、同僚、部下とさらに細分化)、家庭での自分、友達といるときの自分、恋愛しているときの自分・・・と意識/無意識的にキャラを微調整して社会生活を送っている人も多いと思います。それがダメなことなんでしょうか。それとも役割から完全に自由になったオリジナルの個として生きて行くことが難しいこの社会が息苦しいということなんでしょうか・・・考えすぎたら知恵熱が出て来そうです。

園監督は好きな監督の一人と思っていたんですが、ハマるハマらないがこれほど作品によって分かれるとは思いませんでした。「愛のむきだし」は傑作と推す方も多い作品ですが、私はいまいちわからなかったですし・・・。でも「自殺サークル」はゾクゾクするほど面白かったし・・・。不思議な監督さんです。帰省のときに新作の「TOKYO TRIBE」と「新宿スワン」(二作も!)を観るのを楽しみにしています。

余談:ちなみに園監督の古い映画はyoutubeで鑑賞することが可能。監督自身もそれに関しては全然オッケーなんだそうです(出典)。太っ腹ですね。海外に住んでいる身としては本当にありがたいです。

『ニンフォマニアック vol.2』やはり暫定今年のベスト・・・

       



怒濤のごとく終わったvol.1に続いてvol.2です。vol.1で語り部に回っていたシャルロットがvol.2では大活躍します。
vol.1の感想はこちら


※引き続きガッツリネタバレします。


第六章:東方教会と西方教会


ジョーの性的冒険の聞き手セリグマン(ステラン・スカルスガルド)は初老の紳士ですが、童貞だということがわかります。しかし、だからこそジョーの話のベストな聞き手になりうるとセリグマン。性に対する余計な知識や偏見などがないからということなんですが、その理屈はわからないでもないです。子供が大人の恋愛なんかに意外と真理を付いた解答を出して来たりすることってあるじゃないですか。まあセリグマンはその分膨大な知識をジョーの話に当てはめる頭でっかち童貞なんですけれども。

さて、vol.1の終わりで不感症になってしまったジョー(ステイシー・マーティン)ですが、その後ジェローム(シャイア・ラブーフ)との間に男の子を授かります。産んだら不感症が治るかも!とほのかに期待するジョーですが、それは出産後も変わりませんでした。不感症を克服するべくジョーはジェロームとのセックスに励みますが、一向に満たされる気配はありませんでした。

そもそも、ジョーが初めてオーガズムを感じたのは遠足で野原の上に寝ている時でした。身体が高く浮き上がって、どこからともなく西方教会のシンボルと東方教会のシンボルが現れたと言うジョー(教会のシンボルだと指摘したのはセリグマン)。あーキリスト教入ってきちゃいましたよ。私は全然宗教的なことがわからないので、匙を投げてしまいました。匙と言えば・・・食事に出かけたジョーとジェロームがパフェなんかを食べる時に使う長いスプーンでイタズラをするエピソードがありました。ジェロームと賭けをして匙を自分の中へ入れるジョー(一本入るごとに5ポンドもらえるのだ)。これだけでもうわっ!って感じですが、そのあと何本も何本も入れて行くんですよ。で、帰る時に立ち上がったらスカートの中からチャリチャリチャリーン!とたくさんの匙がこぼれ落ちて来るという・・・給仕のおじさん(友情出演のウド・キアー)がビックリしてて、周りの客も「えっ」ってなってて、もうアホか!っていうシーンなんですけど(笑)。

ジョーは不感症を治療するため他の男たちと関係するようになります。何故かベートーベンの楽譜を持ったピアノの先生のコスプレをして男をあさりに行くジョー(インテリエロってやつ?)。外でやってくればというのはむしろジェロームが勧めたことなのですが、当然彼はこれに耐えることが出来ずに家庭はおかしくなっていくのでした。もう彼女にとっては家庭がどうこうという問題ではなさそうです。そのまま3年が経過し、ジョーがステイシー・マーティンからシャルロット・ゲンズブールにバトンタッチ。違和感があるけど、もうそういうことだから仕方ないですね。

ジョーはストリートにたむろするアフリカ系移民の男達に目をつけます。言葉の通じない男とやってみたら快感が得られるのではと考えた訳です。そっち行っちゃう?!って感じですが、微かな希望、いや藁にもすがる思いで通訳者を雇い「私とセックスしませんか?」という約束を取り付けるのでした。安いホテルでジョーが待っていると目をつけていた男性の友達らしき男もやってきて、ジョーを挟んでなにやら懸命に話しこみだしました。その間、言葉の理解出来ないジョーは裸でポツーンと二人の間に立たされてるのですが。これ、笑っていいところなんだよね・・・?とトリアー監督のギャグセンスに戸惑ってしまう人も多いのではないかと・・・。結局男達は「どっちがどっちの器官に挿入するか」を揉めていた様です。ジョーは彼らと「メナージュ」(3Pのこと)しますが、途中でまた男達はジョーそっちのけで揉め出してしまい、この試みは失敗に終わるのでした。無修正版なのでここもボカシ一切なし。なんかものすごいものを見てしまいました・・・。

しかしシャルロット・・・すごい女優になったもんである。私感ですが、シャルロットはセルジュ・ゲンズブールとジェ ーン ・バーキンの娘という彼女の出自に重きを置いて語られる女優だと思っていたんですよね。少女時代にセザール賞を取ったりしていて演技派の片鱗はのぞかせていましたが、その後は身内が撮るおしゃれだけど薄めな映画に出ていた雰囲気女優・・・という感じだったじゃないですか(そのぶん「アンチクライスト」で元オリーブ少女含む世界が驚愕したと思いますが)。別になんとなくおしゃれな雰囲気を漂わせた二世女優でも業界内の地位みたいなものは安泰だったはずなのに、こんな他の女優がドン引くような役をやるなんて!まさにシャルロット・ゲンズブール、ナーメテーター!なんですよ。

フランス女優の脱ぎっぷりが世界最高水準であることに反論する人は少ないかと思いますが、ただ脱いでるだけじゃなくて行為もシッカリしてるってのが凄いですよね。これ・・・本番なの?!ってぶりっ子ポーズ(80年代)しつつ驚愕ですよ。最近のスゴ仏映画だと「アデル、ブルーは熱い色」がありましたがレア・セドゥも、もの凄いシーンを演じていました。彼女は映画会社パテのご令嬢。なんだったら働かなくても生きて行けるんじゃ?くらいだと思われますが、凄い濡れ場を熱演してカンヌで賞もらって(連名)偉いですよね。シャルロットもレアさんも逆に二世であることとか七光りの印象を一掃するために頑張ってるのかもしれませんね。

その後、満たされないジョーはK(ジェイミー・ベル)の元へ通うことになります。彼はMの女性たちに奉仕するSのプロフェッショナル。ジェイミー・ベルのどことなく冷淡で神経質で全体的に情の薄〜い印象を与えるルックスが存分に活かされたキャスティングだと思います。服はライトグレーのセーターを着ていて、普通っちゃ普通なんだけど、なんだかとても魅力的に見えるSの王子様なんですよ。待合室の植物が枯れたままにされてるのもいいし、妙に広く寒々としたオフィスに古い家具もいい。なにこの完璧な舞台装置と役者は!という感じです。彼がデスクの引き出しから革製の鞭なんかを取り出したりするアクションや、ジョーを縄で縛ったりする手元の動きなんかもエロさを感じさせます。しかしKは挿入などは一切しない(恋愛なんてもってのほか)、プレイだけを請け負う真のプロなんです。

ジョーを皮のソファーへ拘束具で縛り付け、電話帳で腰の位置を調整するK。「じっとして」「大丈夫」などと言いながらこれらの作業を極めて事務的に黙々と行うKに、ちょっと萌えてしまう私はMっ気があるのでしょうか・・・。Kの元へ来たものの、鞭打たれる恐怖におののくジョー。Kはジョーの女性器の中へ指を入れて(まるで老婦人が鉢植えの土に指を入れて水分量を見るように)体液の状態を観察し「来週もう一度来て」と言うのでした(なんじゃそら)。再びKの元を訪れたジョー。状態を観察し良くなっていることを確認したKはジョーのお尻に鞭を打つのでした。

KのSM診察室に頻繁に通うようになったジョーは子育てを顧みないようになります(「アンチクライスト」的な展開になりそうな場面のチラリ!)。クリスマスの晩にジェロームと息子を残して家を出たジョーはKの元へ行きセックスを乞うのですが、もちろんそれは叶えられず、代わりに新しい鞭で打ってもらうことに。そのプレイの最中にジョーは長年失っていたオーガズムを取り戻すのでした(なんじゃそら)。パートナーと幼い息子との今生の別れの代償として再びオーガズムを手に入れたジョー。これもなんか意味深っちゃ意味深ですね。


第七章:鏡


オーガズムが戻ったジョーのニンフォマニアックぶりは職場でも噂になり上司からセラピーに行けと命令されるまでになりました(一応働いてたのね)。そんなときジョーは再び妊娠してしまいます(父親が誰かはもちろん誰か不明)。中絶を望むジョーでしたが、病院側の手続き(心理学者との面談など)にキレたジョーはなんと自分で中絶処置をすることに!!!ジョーはvol.1で途中まで医学生だったのでそのときに中絶の方法を学んでいたのです。自宅のキッチンで手術道具(編み物針や針金ハンガーなどを自分で加工したもの!)を整え、お湯でそれらを煮沸し、薬を飲んで寝転がり自分で自分の膣に道具を入れて胎児を掻き出すんですよ(書いてて気持ち悪くなって来た・・・)。私的にはこのお家でセルフ中絶シーンが、この映画の中で 一番「えええええ・・・」と思ったシーンでした。映像の衝撃度でいえば「オーディション」の大杉蓮を越えたかもしれません・・・。デリケートな方はくれぐれも心して鑑賞するようにして下さい・・・。

しかしこんな衝撃シーンにもかかわらず「もしかして、笑わせようとしてる・・・?」って思うところがあって、ジョーが悶絶しながら処置をしてると、中から小さな胎児がプルンって出て来るんですよ。パンダの胎児そっくりの人間のなりかけが・・・。私は医学のこと何も知らないんですけど「こ、こんなもんなのか・・・?!」と衝撃を受けたのと同時にちょっとおかしかったんですよね。「はい、出ました。終わり!」みたいな感じがあって。果てしなくブラックな笑いなんですけれども(汗)。一体この映画を観た皆さんはどんな感想を書いているのか知りたくて「ニンフォマニアック 中絶シーン」で検索にかけてみたんですが、全然コレといった個人のサイトがヒットしません。あれだけインパクトがあったシーンなのに妙〜に変だな・・・・?と思ったんですが、おそらく日本ではカットされたものが公開されていたのかも・・・?とにかく全身が縮み上がる凄いシーンでした。Wikiによるとプレミアで三人の失神者を出したとか・・・。トリアー監督、悪趣味すぎだし挑発的すぎます(褒めてる)。

その後、ジョーはセックス中毒の女性達とグループセラピーに参加して性に関するあらゆるものを生活の中から取り除くことにします。何から何まで・・・まずは棒状のものから始まり、寝室に飾られていた春画(江戸時代の日本のものっぽかった!ちょっと嬉しいぞ)、そしてドアノブ(笑)や蛇口(笑)机の角っこ(笑)まで丁寧にタオルで包み上からガムテープでグルグルに縛り付けます。こんなことしたって無駄じゃ・・・?と思ってしまいますが。案の定、性を絶つのは無理でした。逆に「ニンフォマニアックで何が悪い!ええっ?」というありのままの自分大肯定して生きて行くということになります。例えは妙〜に変ですが、排便するようにセックスをしてきた人が突然「それは反社会的行為。問題です。もうしちゃダメです」って言われたのと同じくらいあり得ないことなんじゃないかと推測する次第です。


第八章:ピストル

さあ長きに渡って一方的にお届けしていた感想も、ついに最終章です。もう普通の社会生活を営めないと思ったジョーは裏稼業の仕事をすることになります。そのボスがL(ウィレム・デフォー。相変わらず顔が怖い)。Lは借金取りをしていて、その現場にジョーを行かせて、彼女のニンフォマニアック的スキルで債務者の隠された性的コンプレックスを探り当てさせ、辱めるという仕事を与えるのでした。まさに適材適所!いやマジでこんな才能を活かせる仕事に就けるなんて羨ましいですよ。二人のゴロツキをあてがわれたジョーは金持ちの債務者の家に行き、見事彼がホモのペドフィリアだということを見抜いて、借金を回収することに成功するのでした。いやマジでこんな才能を活かせる仕事に就けるなんて羨ましいですよ(二度目)。ニンフォマニアックとペドフィリア、性癖は違えどジョーは債務者と同じ苦しみを抱えているんだと指摘します。それは特殊なセクシャリティーを持った者の宿命、満たされない孤独だったのでした。

ジョーはLに言われて自らの後継者となる弟子探しを始めます。狙いをつけたのは親がいない孤独なP(ミア・ゴス)という少女。このP役の子が素晴らしかったですね。しかも映画初出演だそうで、びっくりしました。大きな瞳に孤独と愛情への渇望と、なにかやらかしそうな気配を秘めた少女なんですよね。ミア・ゴスちゃんの情報が全然ないので詳細はわかりませんが、よくこんな子見つけて来たもんだなあ〜と感心します(ラストへ向かうのに必要な役だしネ)。ジョーはPとの間につながりを感じ、彼女を家に住まわせ本当に彼女の親代わりになろうとします。Pはもちろん愛情を注いでくれるジョーに心を開き、彼女のことを全力で慕うようになるのでした。この頃、長年のニンフォマ二アック生活がたたったせいか(?)ジョーは身体の不調を訴えるようになります。献身的にジョーをケアするPでしたが、ある日二人はレズビアンの関係に。その後、ジョーはPに裏稼業のスキルを教え込むようになります。

そろそろPも仕事に慣れて来たところで行った取り立て先が、なんとジェロームの家だったのです。ジョーは行くことが出来ないのでPとゴロツキだけを行かせることに。Pはジェロームからの数回の取り立てに成功し、何もかもがそのまま上手く行くと思えた矢先、ジョーは取り立てから帰ってこないPを心配してジェロームの家に行ってみることにしました。そこで彼女が見たものは、全裸のPと彼女を愛撫するジェローム(ミカエル・パ)だったのです。ショックを受けたジョーはかつての森に行き、どこかへ逃亡することを考えます。何かに呼ばれたように大きな岩に登ったジョーは、岩の上に生えている大きく曲がった樹を見つけるのでした。

荒涼とした岩肌にへばりつくように生えている曲がった樹・・・繰り返し挿入されたジョーのお父さんと樹のシーンがここで回収されるような気がしますね。「これ・・・私の樹だ・・・」とその場に立って樹を見つめるジョー。吹きすさぶ強い風によって曲がってしまっているように見えるんですが、それにもめげずにド根性で立ってる樹は、ニンフォマニアックであることに翻弄されながらも「あたしゃニンフォマニアックだ!それの何が悪い!」とブレないジョーの生き方を象徴する樹なのかもしれません。

その後、ジェロームをピストルで殺そうとしたジョーですが、ピストルが上手く動かずに不発に終わってしまいました。逆にジェロームから暴行を加えられ、さらに目の前でジェロームとPが交わっている姿を見せられる事態になってしまいます。そしてジェロームはあてつけのようにPのヴァギナを3回、アナルを5回こするのでした。出た、フィボナッチ数!(ちゃんと画面上に数字も出ます)なんでトリアー監督はこんなにもフィボナッチ数にこだわるのでしょうか・・・。その後Pは倒れているジョーの上に放尿し、二人は去って行くのでした・・・。結局ジョーはピストルの使い方を間違えていたようなんですね。Pに裏切られてこの章は終わります。

そうして裏道で倒れていたジョーをセリグマンが見つけたということで、一周回って来たのでした。長い話が終わり夜が明けて朝になりました。さて、まとめですよ。もしジョーが男だったら・・・同じ半生を送っていたとしてもそんなに反社会的で不道徳的なものではなかっただろう、とセリグマン。うーん確かに。セックス中毒で数多ある女と関係し、家庭を破戒し、子供を捨て、裏稼業に落ちた・・・。男性なら「ああそう」「そ んな人もいるだろう」で程度で終わるけど、女性だったら「ええっ、なんてこった・・・」とドン引きしかねないのは「女性としてこうあるべきという社会的な制約がガッツリあるからなんでしょうね。

そして生きている以上、自己のセクシャリティーからは逃れられないわけで・・・それが少数派だった場合、ジョーが見つけた曲がった樹のように世間の逆風に耐えながらド根性でへばりついて生きて行くしかないのでしょう。実際、自分が少数派セクシャリティーの持ち主だったらきっと樹のシーンは号泣かもしれません。「セリグマン、あなたは私の初めての友達よ。聞いてくれてどうもありがとう」と言ってジョーは眠りにつきます。ところが!後からセリグマンはジョーが寝ている部屋に忍び入り、自身の性器を出して彼女に迫るのでした。「 数えきれないくらいの男とやったんだからいいじゃないか」とセリグマンは言いますが、拒否したジョーにピストルで撃たれます。ジョーはそのまま家を出て行くのでした。

私、この場面はちょっとネタバレされてたんで残念だったんですが、本当に上手くオチがついたなーという感じですね。今まで偏見なく話を聞いてくれていたのに・・・結局それかよ、セリグマン!安全パイだと思ってた油の抜けきったオッサンが、サシ飲みした最後に「じゃホテル行こっか」って手を握って来るのと同じじゃんか!という感じなんですが(そんな経験ないですが)。オチとしてはこれ以上最高のものは考えられないでしょう。実に綺麗にオチてます。ちょっとセリグマン気の毒ですけどね・・・。「ピストルはこうやって動かすんだよ」って教えてあげたのが伏線となって射殺されちゃうし。ジョーが去るときに猫専用入口の扉がカタカタするのも、ああそういえばセリグマンが昔飼ってた猫の話してたなって思って、小技が効いてる!そしてシャルロットがウィスパーヴォイスで歌う「ヘイ、ジョー」が流れてEND・・・。

四十路を超えても少女の様な声をしたシャルロット。セリフ回しもとても綺麗なんですが(小声やつぶやきなのにクリアーに聞こえる)、やっぱり歌うとものすごくいいんですよね。筆者はシャルロットのファンでアルバムはほぼ持っていますが、一番好きなのはやっぱりファーストアルバムの「シャルロット・フォーエヴァー」です(たしか日本では「魅少女 シャルロット」ってタイトルだった)。お父さんのセルジュ・ゲンズブールによるプロデュースで、二人のデュエットもあり。親子役で出演した同名の映画もありました。きっとセルジュも今のシャルロットの活躍を天国から見ていて目を細めていることでしょう。父親はスキャンダラスな作品を沢山残しましたが、娘もどっこい負けていません。素晴らしい!

エンドクレジットを観ていたら、スタントとセックスのボディダブルもクレジットされていたので、いわゆる本番じゃなかったんですね。なんか舞台裏がわかってちょっとホッとした感じもします・・・よかった・・・みたいな。にしても面白かった。vol.1&2合わせて4時間くらいの尺ですがあっという間に観ることが出来ました。セリグマンが難しい話してるときはちょっと飽きるかな〜と思ったけど、それが全然。脚本も書いたトリアー監督のストーリーテリング力が素晴らしいからではないでしょうか。でもこの映画が好きなんて言ったら、さすがにちょっと引かれちゃうかな・・・。でも痛快で素晴らしかったと思います。機会があれば是非カットなしの無修正版をご覧になって頂きたいですよ。しかし、しかし、なんと本作には5時間半のバージョンが存在するそうで・・・。毒を食らわば皿まで!ではないですが、こうなったらもう完全版もガッチリ観てやろうじゃないか!と奮い立つ筆者なのでした。♪ニンフォー、マーニアック!♪

最近のお気に入りは、youtubeのニンフォマニアック・プレイリストです。



上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。