@itan-journ@l praha

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『ロスト・バケーション』ブレイクVS.サメ、時々カモメ



                        

ポスターはサメ目線なのだけど。


ブレイク・ライブリーが出ずっぱりのサメ映画です。ブレイクVS.サメ、時々カモメって映画でしょうか。私にとってブレイク・ライブリーは映画女優というよりゴシップファッション雑誌によく出ているセレブでした。実際動いてるところをあんまり見たことないんですよ。友人I宅滞在時に「ゴシップ・ガール」を見せられて「脚長っげー!」と思ったくらいで、印象に残っていないんです。顔がブスなのか美人なのか微妙な線だし、よく見るとなんか妙にオバチャンぽいときがあるし、アメリカンな大味の女って感じの印象だったんですが(あと「デッドプール」の嫁か)・・・。

今回この映画を観て、ブレイク・ライブリーの好感度が上がりましたね。岩の上で孤軍奮闘する彼女を応援、好きにならずにいられない!という映画なのでした。ヒロインは医学生でサーファー。女友達とメキシコの田舎で波乗りな休日を過ごすはずでしたが、女友達が前夜に引っ掛けたメンズだかと過ごすということでブレイクは1人、人気の少ない美しいビーチにやって来ました。このビーチは同じくサーファーであった亡くなったお母さんとの思い出の場所。しかし地元民は何故だかこのビーチの名前を決して口にしません。言ったら呪われるのか・・・?と不吉な予感が漂います。


※ネタバレします。


サーフィンをするヒロインをダイナミックに映し出すカメラワーク。そのうちサメがやって来るんだろう・・・と思っていたら案の定、不穏なムードに。背びれが見えて、来る、来る 、来る・・・キター!!!と思ったらイルカでガクッ。まあうまく引っかかったわけです(笑)。しかしその先にはクジラの巨大な死骸が浮いていました。そう、サメの仕業です。ヒロインはサメに脚を噛まれ、あわやエサになるところでしたがクジラの死体の上に這い上がります。しかしサメに体当たりされまた海へ落ち、命からがら海抜数十センチ程度の岩の上に逃れるのでした。

ここからロバート・レッドフォードのセリフほぼなし映画「オール・イズ・ロスト ~最後の手紙~」ばりの孤独な戦いが始まるのでした・・・。なんといってもビーチからそんなに離れていない岩の上という設定がいいですね。思い切り叫べばビーチにいる人に声が届くくらいの距離なのに、サメにロックオンされてそこから動くことが出来ないという制約が効いています。あと岩が海抜数十センチだかというギリギリの設定なので、満潮時には足場がなくなって海に沈んでしまうというのも嫌〜なドキドキを運んできますよ。

身につけているものや流れ着くものだけを使ってサバイバル。鋭利なアクセサリーでパックリ開いた傷を応急手当するシーンは本当に痛そう。海水もしみそうだし・・・。ブレイクは岩に登って来るカニを食べますが、美味しくなかったのか吐き出すんですよね。日本人としては「あれ、カニまずい?」って少し残念に思いました。岩の上にいた翼をケガしたカモメと仲良くなります。私はブレイクがこのカモメを取っ捕まえてムシャムシャ食ってしまうのではないかと考えていたんですが・・・(笑)。そこまでリアル路線ではありませんでした。

というか普通に考えて、一緒に旅行に来ていた女友達が心配して探してくれないのか・・・?と思いましたが。夜帰って来ないのを不審に思って警察に連絡するとか、ビーチまで送ってくれたローカルにコンタクト取るとか、色々手はあるだろうに・・・。iPhoneも電波が入るビーチにあったから、どうにかしてデテクト出来ないんですかね。まあ女友達が警察行ったらブレイクVS.サメの映画じゃなくなっちゃうんだけど(笑)。

夜にビーチで酔っぱらっていたローカルのオッサンや、翌日やってきたサーファーに助けを求めるもみ〜んなサメに喰われてしまうんですよ。サーファーが使っていたヘルメットに付いていたカメラに助けを求めるメッセージを録画して流したり、近くに浮かんでいた浮標まで泳いでそれに付いていたファイヤーガンを打つも方向を間違えて海の中に沈んじゃったり、通りかかった船に気付いてもらえなかったり、ここらへんの精一杯頑張ってもまったく功を奏さない感じが「オール・イズ・ロスト」な感じでした。

少し残念だったのが、サメ映画なんだけどヴィランとしてのサメのキャラクターがあんまり立ってないところ。海中でサメの顔をとらえたカメラワークが数える程しかなかったし、サメならではのでっかい口や牙をもう少し見せて欲しかったところです。あとサメの全身がファイヤーガンの火に包まれるシーンがあったりするので、悶絶するサメのアップとかも見たかったかも〜。まあ孤立したヒロイン視点を貫くということで意識的にそうせずにしたのかもしれませんが。サメ撃退でGJを果たしたチェーンの仕組みがよくわかってなかったので「?」と思いましたが、まあ賢い人はいつも見ているところが違うんでしょう。

最後はブレイクもカモメも助かってよかったし、こんな目にあっても海を愛して果敢にサーフィンを続けるポジティブなヒロインということでいい話フィニッシュ。めでたし、めでたしなのでした。ちょっと物足りない部分もあったけど、懸命に頑張るブレイクは実に感じが良くて思わず彼女のことが好きになったのでした。この時点で第一子を生んでいたので、経産婦ながら見事なスタイルも堪能致しましたよ。何かのときに役に立つかもしれないから普段から色々アクセサリーを付けるのって実は大事かも・・・?と思ったりも。色々な映画でも有事に女性のアクセサリーが思わぬ役に立つシーンがありますよね。「スネーク・フライト」でも確かピアスがいい仕事してました。


           

確かこんな感じのネックレスでセルフ緊急オペしてました。

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『龍三と七人の子分たち』とにかくセクシーな藤竜也

       



久々の邦画ですよ!どれくらい久しぶりなんだろうと調べてみたら「戦場のメリークリスマス」以来でした。その直後にデビット・ボウイは天国に召されてしまうしで、拙ブログがまさかのデスブログになったらどうしようかと思いましたが・・・。

「戦メリ」から意図せず、たけし繋がりということなのですが、筆者居住国で開催されていた国際映画祭で本作が上映されたんですよ。その他の日本映画は河瀬直美監督の「あん」、黒沢清監督の「岸辺の旅」、細田守監督の「バケモノの子」などなど(毎冬開催される日本映画祭よりは、ずっと面白そうな作品です)。全部観たかったけど、もちろん時間が許さず・・・。結局一本も観に行けなかったんですが、知人がこのDVD を貸してくれたのでありつけることが出来た訳です。

オレオレ詐欺をしたり浄水器を押し売りしているグループに対抗し、ジジイになったヤクザがもう一度組を作って勝負を挑むというコメディ。面白くないわけじゃないんだけど、ギャグのキレが・・・ちょ~っとゆるいかな。まあドタバタなギャグ自体が子供からお年寄りにまでわかりやすいし、理解するのに文化的背景を一切問わないユニバーサルな作りになっています。

龍三(藤竜也)は老境の元ヤクザ。息子(勝村政信)夫婦と同居していますが、息子と嫁からかなり煙たがられている存在です。孫はおじいちゃんのことが好きな様子。龍三は見事な入れ墨をしょっているジジイなんですが・・・藤竜也がもうカッコイイ。ギラギラした感じがかなり抜けかけているんですが、それでもまたギラギラが残照のごとくギリギリのこっていて男として枯れてない。それが実にセクシーなんですよねえ。現在の日本でカッコイイお爺さんナンバーワンなんじゃないかと思う訳です。話し方も親分肌な感じだし、渋いんだけどキュートで情けないキャラ設定もいいんですよ。そりゃ萬田久子演じるキャバクラのママもメロメロになるわけです。

藤竜也といえば大島渚監督の「愛のコリーダ」ですが、「愛のコリーダ 卵」という検索ワードでよく拙ブログを訪問してくれる方がいらっしゃいます。コリーダの劇中で卵を使ったプレイが行われるのですが、自身で検索してみたところ拙ブログが二番目に出てました・・・(笑)。とにかくコリーダのときの藤竜也より今の藤竜也さんがカッコイイと思います。

7人の子分たちと新しい組の一龍会を結成というわけで、この映画には大挙しておじいさん俳優が出演。若頭のマサ(近藤正臣)、はばかりのモキチ(中尾彬)、早撃ちのマック(品川徹)、ステッキのイチゾウ(樋浦勉)、五寸釘のヒデ(伊藤幸純)、カミソリのタカ(吉澤健)、神風のヤス(小野寺昭)と、昔ならした必殺技を持った個性豊かなジジイ人材が豊富。シルバー人材派遣が出来そうなくらい。



※ネタバレします。




しかし、やっぱりギャグがゆる〜い!
酒のツマミがないので家で孫が飼っている文鳥を焼き鳥にして食べたり、昔の仲間集めの場になぜか90オーバーのヨボヨボの元担任がヘルパーさんに付き添われて来ちゃったり、着るものがないので女装しておねえちゃん(たけしイズム)のアパートから抜け出したり、ヤクザで指詰めてるからハンドサインがうまくいかず競馬の大穴を逃したり、息子の車にガムテープで貼ったデモのあおり文句そのままにしてきちゃったり、途中で死んだモキチを盾にして敵事務所を襲撃し、モキチ遺体が撃たれたり刺されたりしてるし。龍三は動いた時になぜかおならをよくするし。脱力系のギャグがこれでもかというくらい盛り込まれているのです。

だから設定は現代なんだけど、昔っぽい感じがすごくするんですね。舞台は現代の東京なんだけど、なんかみんなスマホを持っているとは思えないようなレトロ感。動いた時におなら(勢いのいいブッ! っておならではなく、プス~みたいな情けないおなら)が出てしまうってのはチャウ・シンチーの「少林サッカー」を思い出しました。

兼監督脚本の北野武は刑事役。人情派の刑事さんで龍三とも顔なじみという役です。要所要所で出て来るんですが、さすがはたけしの役者力というか、場がいい具合に締まるんですよね。息子役の勝村政信はヤクザの息子なのにまっとうな道を行く真面目なサラリーマン。その上司役が徳井優で、思わず「♪勉強しまっせ、引っ越しのサカイ♪」と頭の中でサカイのコマーシャルが再生されるのでした。CMといえば勝村政信はラッパのマークの正露丸の人。しかし勝村政信はなんというか、自己保身ばかり考えている保守的なサラリーマン役が本当に似合いますよね。

ラストはカーアクション も入れて地元の市場をひっくり返すような大騒ぎになるのですが、たけしの刑事が来て全員逮捕。近藤正臣が「親分、また出て来たらやりましょうよ!」と言うんですが「ばかやろう、もう死んでるよ!」チーンとなって終ります。それからエンディングロールになるんですが、そのときの音楽がなんかしんみりした静かな曲で、なんか切なくなってしまいました。もっとキャッチーなテーマソングで盛り上げる方法もあったと思うんだけど、それをあえてしなかったんですかね。

しかし藤竜也74歳で、あの色気はすごい・・・。もしかして真の男の旬というものはオーバー古希(70歳)からなのか・・・?とさえ思います。もちろん中身もダンディーな大人の男。杉作J太郎さんが藤さんにインタビューしたこちらの記事をどうぞ。藤竜也「色恋ってのは墓場まで持っていくこと」

『ロブスター』私はオランウータン希望




奇妙な味わいを残す映画、ロブスター。45日以内にパートナーを見つけないと動物に変えられてしまうという世界で、さあどうする・・・?というお話です。もう本当に鬼の様な設定ですが・・・。設定もさることながら、出演者が非常に魅力的。主演にコリン・ファレル(昔は狂犬ぽいイメージあったけど、すっかりお腹の出たオッサンに)、彼と恋に落ちる女にレイチェル・ワイズ、独身者を組織しているゲリラのリーダーにレア・セドゥ、なんとか相手を見つけようとする男にベン・ウィショーたん。レイチェル・ワイズにレア・セドゥにベン・ウィショー、みんなダニエル・クレイグの関係者/共演者じゃないですか。

コリン・ファレルは嫁と別れて、シングルの収容所みたいなところに入所させられます。収容所といってもホテルのような個室があって、一応普通の生活が出来る場所(しかしマスターベーション禁止!ホテルのメイドによるオーガズムに至らない程度の性的刺激受容はなんと強制!)。ここで45日以内に相手を見つけないと動物に変えられてしまうのです。でも施設からの脱走者を捕まえることができれば、それに応じて日数が加算されるそうです。いいところは、変えられる動物は本人のリクエストを受け付けてくれるところ。そこでコリン・ファレルはロブスターを選択するのでした。自分だったらどうする・・・?一日中寝てても怒られない猫か、自由に空を飛び回れる鳥か、それとも人間から比較的スムーズに移行出来そうなオランウータンか・・・?・・・あれ、結構夢が広がる!(笑)




※以下ネタバレします。





ということで、コリン・ファレルは多数の男女が収容されたホテルで集団お見合いをさせられます。男性はシャツとズボン、女性は花柄ワンピースという同じ服を着せられています。服装の自由がない!と思うか、制服があってむしろ楽と思うかは見る人次第でしょう。独身者たちは時折、セミナールームのようなところに集められて「パートナーがいないとどうなるか」という寸劇みたいなものを見せられます。一人だと、食事中喉に何かつまらせても助けてくれる人がいない。女性が一人だと犯罪に巻き込まれたりする。でもパートナーさえいればこんな事態にはなりません。というのがホテル従業員のシュールな棒演技でプレゼンされます。

ベン・ウィショーたんは、鼻血をよく出す若いオナゴ(ジェシカ・バーデン)に目を付け、自らも作為的に鼻血を出し彼女の共感をゲット、カップル成立の運びとなるのでした。カップルが成立すると夜のダンスパーティーでお祝いされ出所することになります(一応、仮出所的な感じで本当にうまく行くか観察するモニタリング期間がある)。鼻血を出すオナゴといつも一緒にいた彼女の友達が、このことでケンカ別れするシーンがいいですね。カップル成立した者と、そうでない者。鼻血の子が友達に「あなたにも早くパートナーが見つかりますように」みたいなカードをあげるんですが、それを読んだ友達が鼻血の子を殴るんですよ(気持ちはわかるぞ)。結局パートナーが見つからなかった友達はヤギだか羊だかに変えられてしまうんです。

半強制的な集団お見合い、パートナー不在による不都合を説く世間、自らを偽ってのパートナー獲得戦略、結果が出た者とそうでない者との決裂、そしてその中に入れずにただ 見ているコリン・ファレル・・・。こういう現象って、どこでも起こりえるんだなあ・・・と思ったのでした。45日以内に、というのはシングルたちに対する世間の外圧がルール化されたものにも見えなくもないです。そもそも恋愛というものは意識的にしようと思ってするものではないと思っているので、こんなセットアップされた環境で「さあ相手を探して下さい」と言われるのは非常にシンドイことだなあ・・・と息苦しさを感じ、心の中に寒風がびゅうびゅうと吹きすさぶのです。恋愛と相手探しが=でない人もいるかとは思うのですが。

さてコリン・ファレルも積極的ではないものの、一人の変わった冷たい女性(アンゲリキ・パプリア)とカップル成立するのですが、トラブルになり彼女に愛犬(元々はコリン・ファレルお兄さんだったが、パートナーが見つからず犬に変えられてしまったのだった)を殺されてしまいます。そしてコリン・ファレルはホテルメイド(アリアーヌ・ラベド)に助けられ、森の中に逃げ込むのでした。その森では元は人間だった動物と、施設から逃げ出したシングルによって構成されたゲリラ部隊が暮らしていました。ここでやっとナレーターをしていたレイチェル・ワイズが登場。レイチェル・ワイズ、最近では奇跡の46歳と言われたりしてますが、本当に知的美人ですね。彼女のイギリス英語もキレが良くってわかりやすい。こんな風に話してみたいというお手本です。

このゲリラを仕切っているのがレア・セドゥ。彼女なんかボンドガールなので、こんなところにいる人ではないんじゃないかと思うんですけども・・・普通に素敵なパートナーいるでしょ?とも思うんですが、厳しく張りつめた感じもあって納得の感じに仕上がっています。非常に統制の取れたゲリラ集団で、恋愛は禁止。しかし、コリン・ファレルはメンバーのレイチェル・ワイズと恋に落ちてしまうのでした。うーん、禁止されたところでは相手が見つかっちゃうってのも・・・これは人生じゃないかと思いますよ。だから恋愛ってのは強制されるものではないんですよ。誰か名のある人が言ってるじゃないですか。「恋とはするものではなく、落ちるものである」と。

恋に落ちた二人は恐ろしいレア・セドゥや周囲にバレないように二人だけのジェスチャーを作り上げ連絡をします。社内恋愛で秘密のサインを決めておいて「今夜会える?」というのを連絡しあうサラリーマンとOLみたい・・・(笑)。 でもこういう禁止されてる中でってのがイイんだろうなあ、いや絶対イイに違いない、もうびんびんでしょ、びんびん!びんびん!と社内恋愛の経験がない私は大変に羨ましいのでした。

ゲリラはずっと森にいる訳ではなく、ビジネススーツを着て街へ行くというミッションもあります。レア・セドゥ隊長率いる出張風の一団は街で用を足したり、レア隊長の両親の家にお呼ばれしたりします。そこでフェイクの恋人同士という設定を与えられたコリン・ファレルとレイチェル・ワイズ。もう好きなだけイチャイチャするのですが、あまりにイチャイチャが過ぎるためにレア隊長から「オマエら、いい加減にしろや!」と文字通りベリっと引き離されてしまうのでした(笑)。これは現実の話ですが「007 スペクター」のプレミアでの写真を思い出してしまいましたね。夫ダニエル・クレイグを後ろからハグして、ピッタリと張り付いている笑顔のレイチェル・ワイズを撮った写真があるのですが、奥に仏頂面したレア・セドゥが写っているんですよ。レアの表情が非常に白けていてニコニコのレイチェル・ワイズとのコントラストがなんか面白かったです。写真はコチラ。

ゲリラなんですが、コリン・ファレルを助けてくれたメイドさんが実はレア隊長と繋がっていたんですね。ある夜レア隊長率いるゲリラはシングル収容所となっているホテルを襲撃します。ホテル支配人(オリヴィア・コールマン)とその夫の寝込みを襲います。銃で脅し、夫に「妻を殺せばお前だけは助けてやる」とピストルを渡すのでした。究極の選択。そしてなんと夫は妻に向かって引き金を引くんですよ。でも空砲だったんですね。呆然とする支配人夫婦。勝ち誇ったように笑うレア隊長。これはある意味死ぬよりも恐ろしいですね〜。世間で素晴らしいものと喧伝されている結婚とモノガミーの欺瞞を暴く!って感じでなんかグっと来てしまいました。

そしてゲリラに参加したコリン・ファレルは、小さな娘を与えられて家族化しながらベン・ウィショーたんと過ごしている鼻血の女の子に「こいつの鼻血、フェイクだから」と告げるのでした。あーあ、これもやっちゃった(笑)。鼻血の女の子は「えっ!」と心底驚いていた様子なので、たぶんこれから修羅場展開という感じでした。この映画の中ではあまり明確に「結婚」という定義は出て来ないのですが、もうかなり無理が来ているこの制度の存続やそれを妄信している人たちのことを風刺しながら、自然恋愛上げしているのかなという感じもするんですね。

コリン・ファレルとレイチェル・ワイズが愛し合っており、二人してゲリラから逃げようしていることを突き止めたレア隊長は、レイチェルを治療の為と騙して街の眼科医に連れて行きます。しかし、恐ろしいことにそれは全盲になる手術だったのです。視力を失ったレイチェルを助ける為に、コリン・ファレルはレア隊長をやっつけて、二人は森から逃げ出します。まったく見えなくなった彼女を助けながら、森を抜けて道路を歩き、街までやって来ました。ダイナーのようなところで、向かい合って座る二人。コリン・ファレルはおもむろに洗面所に行き、自らの目をつぶすのでした。

愛した人が全盲なので自分も同じようにするという・・・谷崎潤一郎の「春琴抄」みたいですね。こういう終り方なのか・・・と少しゾっとしました。今まで抑えた感じのコメディーっぽかったに、最後はマジかよ・・・と言う。型にはまった欺瞞多き結婚やカップリングを見せられて「こんなのやだな〜」と思わされる。やっぱり真実の愛というものに生きてみたい。でもね、真実の愛ってものは純度が高過ぎる故にこんな狂気に走ってしまうものなんですよ・・・あなたにその覚悟がありますか?と言われた様な感じがします。そのどちらにも振り切ることが出来ない私の様な人間は、その間で右往左往するしかないのでした。

監督兼脚本はギリシャ人のヨルゴス・アンティモスさん。これは過去作チェックやで・・・と思いフィルモグラフィーをチェックしましたが、実はこの作品が初の英語劇なんですね。帰省したときにチェックするボックス入りですな。ということで、私は強制されてパートナーを見つけることはできないし、かといって硬派にゲリラ活動をするガッツもないので、確実に動物行きだと思います・・・。動物はやっぱりオランウータンになることにします。オランウータンに変えられた後は、出来ればボルネオの森に放ってやって下さい。あたたかい熱帯雨林の中で、バナナやマンゴーを食べながらのんびり暮らしたいです。



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そうなったらなったで、マレーシア移住も出来るし結構幸せかも・・・? にしても高いぬいぐるみ。

『リリーのすべて』エディ・レッドメイン 北島マヤ説



                                

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これまでに何本か今年のアカデミー賞関連の映画を観ていますが、主演男優部門では今のところ本作が一番好きです。筆者の居住国では既に公開されており鑑賞済みだったのですが、先に日本公開される映画の感想を優先していたらアップが少し遅れてしまいました。邦題の「リリーのすべて」は恐らく岩井俊二監督の「リリィ・シュシュのすべて」をイメージしてつけられているのかな?

いや~しかし映画の1/3を過ぎた頃から、とめどなく涙が溢れて仕方がありませんでした。一気に感情が爆発するという号泣ではなく、主人公たちの切ない心情に触れて気が付いたら涙が流れているといった感じ。主演男優賞と助演女優賞にノミネートされていますが、とにかく二人の演技が素晴らしいです。昨年「博士と彼女のセオリー」で主演男優賞に輝いたエディ・レッドメインですが、今回も実在の人物に名演で命を吹き込んでいます。そしてギャビーこと助演のアリシア・ヴィキャンデルが本当にいい演技をしていたと思います。私も妻なので「夫がこうなったら、ここまで寄り添うことが出来るだのろうか・・・」と考えさせられました。この映画の素晴らしさを伝えることが出来るかどうかはわかりませんが、感想を書いてみます。







※ネタバレ第一段階(予告編程度)




舞台は20年代のデンマーク、コペンハーゲン。画家同士の夫婦、アイナー(エディ・レッドメイン)とゲルダ(アリシア・ヴィキャンデル)は仲睦まじく暮らしていました。夫アイナーは既に知名度のある画家で、樹をモチーフにした作品を発表したりしています。妻のゲルダは美人画を描いていますが、アイナー程成功してはいません。あるとき夫婦の友人でゲルダのモデルをしていたバレリーナのウラ(アンバー・ハード)が来られず、ゲルダはアイナーに女装をさせてモデルとして使います。アイナーには女装が初めての経験でしたが、なぜかずっと探し求めていた本当の自分を発見したような気分になったのでした。遅れてやって来たウラは女装をしたアイナーに「凄く綺麗よ!アナタの名前はリリーね」と言ってユリの花束を渡すのでした。

その後、女装したアイナーを描いたゲルダの絵が評判を呼び、ゲルダは積極的にアイナーへ女装をすすめるようになります。女装したアイナーが実に美しいんですね。確かにエディ・レッドメインは線が細くて女性的なので20年代のドレスや真紅の口紅がとても似合います。ビジュアルだけじゃなくて、楚々としたたたずまいや、物腰がとってもフェミニン。普通の女よりも綺麗で女らしいのです。女装したアイナー(リリーと名乗りアイナーの従姉妹という設定)と連れ立ってパーティーへ行くゲルダ。数多の女性の中でもリリーの美しさは際立っています。そんなリリーを見初めたのがヘンリク(ベン・ウィショー)です。彼はリリーに恋をしてしまったのでした。

英国男子のエディ・レッドメインとベン・ウィショーが並んで座っているだけで、なんかテンションあがる!007シリーズでは乙女系ギーク男子 Qなベン・ウィショーですが、今回はちょっと男っぽい感じで奥手なリリーにグイグイと迫って来る役です。こういうのもええのう・・・と渋茶を啜りながら目を細める筆者。すっかり女になりきっているエディ・レッドメインも凄いけど、乙女系から普通の男子と印象がガラっと違うベン・ウィショーもなかなかのものです。しかしゲルダがヘンリクにキスされているリリーを見てしまってから、事態は次第にただの女装ごっこで留まらなくなっていくのでした。

実は、初めて女装をしたときからアイナーは違和感に気付いていたのです。それは「あれ、自分はそもそもこっちの方だったのでは・・・」という違和感。彼がドレスやストッキングにそっと手を触れたときの心のトキメキがとても良く伝わって来るんですね。筆者が小さい女の子だった頃、レースとかフリルとかリボンとかフェミニンな服のディティールに憧れていたときの視線と重なるんですよ。同時に男と女の間で揺れ動くアイナーのとまどいも伝わって来ます。アイナーは鏡の前に裸で立ち、男性器を股の間に挟んでみたりするのでした(これで「女」という宴会芸がありますが・・・)。しかし女装を重ねるごとに自身の中にある女性が覚醒し、自主的に女装をするようになっていくわけです。ひらひらと蝶々のような手の動きも本当に美しくて、前述したようにホーキング博士のときと並ぶに劣らない名演技です。

姿と心がすっかり女性のリリーになってしまった夫、アイナー。次第にゲルダの様子も変わって来ます。アリシア・ヴィキャンデルはギャビー(「コードネーム U.N.C.L.E.」)で初めましてだったんですが、ただの可愛らしい若手女優じゃなくて、すごく演技派なんだということが今回よくわかりました。チャキチャキしてて男前な女性なんですが、そんな彼女が目だけで内包された悲しみや痛みを表現しているのが素晴らしいのです。



※ネタバレ第二段階(ラストまで)



愛した男の存在が次第に消えて行くのを目の当たりにして彼女も呆然としているんですよ。そりゃそうですよね。夫が姿だけではなく心もリリーという名の別人になっていくのですから。体調不良を訴えたアイナーは医者に行き、放射線治療を受けます。でも身体には悪いところが見つからず、主治医からは性倒錯者と診断され専門の病院での治療を半ば強制されてしまうのでした。時を同じくしてリリーを描いた絵が評価され、ゲルダはパリの画壇から招待を受けます。ゲルダはアイナーを連れてパリへ引っ越すのでした。ゲルダは否定的な病院の治療に疑問を持ち、アイナーのことを守ろうとしていたんですね。性別が男から女になったというだけで愛せなくなるというのは、その人間の根本を愛していないということでもあるのではなかろうか・・・と思うんですね。ゲルダがアイナー/リリーに注ぐのは性別を超越した高次元の愛なんですよ。ここも心を打たれるのでした。

可愛らしい港町のコペンハーゲンから花の都パリへ。全編を通じて登場する建築や家具や衣装がクラシカル・ヨーロッパで本当に美しいですな(ゲルダが着ていた深緑の半袖ワンピースが欲しい)。ゲルダはパリにいるアイナーの旧友ハンス(マティアス・スーナールツ)に連絡を取り、アイナーのアイデンティティを取り戻す助けを頼みます。しかし、リリーとしての存在が日に日に強くなって行きます。パリののぞき部屋を訪れたアイナーが、ヌードの女性の仕草を真似するシーンが切なく美しい!しかしやはり自分には男性器が付いていることを悟るシーンが悲しいです。悩むアイナー、そしてそれを受け止めようとするゲルダ、キチンと締め忘れた蛇口のように筆者の目から涙が流れます。この頃から二人の間に夫婦生活はなくなり、仲の良い姉妹のような関係性になっていくのでした。

しかしやっぱりゲルダは悩み混乱していました。ほぼリリーの姿で暮らし始めたアイナーに「夫と話したい。彼を出して」と言ってもリリーは悲しく首を降るばかり。男と女、二つのジェンダーの中で揺れるアイナーと、自分に心を寄せてくれている優しいハンスに頼りたいけども出来ないというゲルダ。二人とも自分自身が引き裂かれそうになっています。アイナーはパリでもいくつかの医者にかかりますが、どれも求めていたものとは違うものでした。落ち込むアイナーにゲルダはウラから紹介されたウォーネクロス医師(セバスチャン・コッホ)と会ってみないかと持ちかけます。医師との面会で「自分は女性だと思うんです」と言うアイナーに「私もそう思います」と同意するゲルダ。外科的に性転換手術が可能だと言うことがわかり、涙するアイナーなのでした。ゲルダもついにアイナー/リリーのことを受け入れたのです。リリーの苦しみを解いてあげたい・・・でも自分が愛したアイナーがいなくなってしまう・・・しかし、愛するアイナー/リリーが望む選択をサポートすることにしたゲルダ。この複雑極まりない感情をアリシア・ヴィキャンデルは実に素晴らしい演技で表現しています。

アイナーは手術を受けにドイツへと旅立ちます。いつか子供を産める身体になることを願って・・・。そして手術の第一段階である男性器を取る手術を行いました。手術は成功し、リリーとゲルダはコペンハーゲンへ帰ります。リリーはホルモン剤を飲みながら、デパートガールの仕事を始めました。ヘンリクとも再会します(実はヘンリクはホモセクシャルで、リリーがアイナーの女装した姿であることを前から知っていたのです)。女性としての人生を歩み始めたリリーは、ゲルダにもアイナーのことを忘れて新しい人生を始めるように言うのでした。それは・・・ちょっと、ひどいんじゃないの?と思いましたが・・・。

リリーはまだ次の手術に耐える身体ではないというゲルダの反対を押し切って、第二段階である女性器形成手術に挑みます。リリーに付き添うゲルダ。ハンスも二人を支える為にパリからやって来ました。ゲルダがもう本当に出来た嫁なんですよ・・・。だって夫が急に「女になる!」って言い出したのに、女になるまで献身的に支えているんですから。これは脚本や演出や演技がよくないと「こんな出来すぎた嫁おかしくね?嫁のが変人に見えるわ!」というカタストロフになりかねないと思うんですよね。しかしゲルダが思い悩みながらもリリーに寄り添っていく過程が丁寧に描かれていたので、納得の仕上がりです。母親や姉の様な包容力でリリーを包んでくれるゲルダ、本当にすごい女性です。第二段階の手術はより複雑なものだったので、手術後にリリーは亡くなってしまうのでした。

完全な女性になることが出来たけれど、女性としての人生を謳歌することは出来ませんでした。恐らくそれでもリリーは満足だったのではないかと思います。リリーがこの世を去った後に、ゲルダとハンスはアイナーの生家を訪ねます。そこには画家だったアイナーが描いたものとまったく同じ形の樹がありました。突風に飛ばされるゲルダのスカーフ。そのスカーフはゲルダとリリーが一緒に使っていた思い出の品。風の中で遊ぶようにひらひらと揺れるスカーフを見て、ゲルダはリリーの面影を思い出し目に涙をためながらも微笑むのでした。これでEND。

この映画の素晴らしい部分は、愛する者を最後まで守って支えていくことが丁寧に描かれていることです。そこに男だとか女だとかは関係ない。関係ないんですよ!そこが胸を打つんです。原作小説があるそうなんですが、映画は小説通りではなく映画向けのアレンジが加えられているそう。原作小説自体も実在のアイナーとゲルダ夫婦をモチーフにしてはいますが事実とは違う部分もあるそうです。小説も読んでみたいですね。

ゲルダが実際に描いたリリーの絵を見ましたが、本当にどれも妖艶でした。肌の露出などはしていないのに、な〜んかエロティックなんですよね。映画の中でリリーになったエディ・レッドメインは、まるでクリムトの絵の恍惚とした女性のようで美しかったです。主演男優賞にノミネートは納得の演技。あまりにも役になりきっていて、もしかしてエディ・レッドメインって北島マヤ?と思ってしまいました。個人的には受賞してもおかしくなさそうだけど、二年連続ってのはちょっとないかなあ〜とも思います。やはりプリオに取らせてあげたいというのが正直なところです。

そして助演女優賞のアリシア・ヴィキャンデルは町山さんも仰っていたように本命視されているみたいですね。恥ずかしながら筆者はギャビーちゃんで初めて彼女のことを知ったのですが、他にも彼女出演の面白そうな作品がいっぱいで鑑賞するのが楽しみです。ヴィトンのイメガだし、おファスの彼女だし(共演がきっかけらしい)ってことで、要注目ですな。おファスは「それでも夜は明ける」のとき、会場にはおかんをエスコートしていましたが、今年はおかん&アリシアたんと一緒にやってくるんでしょうか。アリシアたんが受賞したらおファスとキスするんだろうな、衣装はやっぱヴィトンなのかな・・・と今から想像しています。


『レヴェナント: 蘇えりし者』過酷な環境下でプリオ熱演、悲願のオスカー主演男優賞受賞!







一足先に本作を観た夫が「すごくいいから絶対に観て!」と何回も言って来るので、「超話題作なんだから言われなくても観るわい!そっかー、そんなにすごいのか、楽しみだな~」とウキウキしながら鑑賞しました。でも、途中で寝ました。・・・あれ・・・?妙~に変だな~?だっておかしいじゃない。アカデミー賞主要四部門でガッツリノミネートされてるのよ?去年「バードマン」で作品賞と監督賞を取ったイニャリトゥ監督の映画よ?でも・・・寝ちゃったんだからしょうがない(爆)。

クマになぶり殺されかけた瀕死の男がなんとか生き抜いて本懐を遂げる・・・というすごい話ではあるんですが「ぶっちゃけ、そこまでかな・・・?てかワシにはよくわからないのかも・・・」というキツネにつままれたような気分です。本作を観た翌日、困惑した表情の友人から「ねえaitantanmenさん、『レヴェナント』面白かった・・・?」と尋ねられました。友人もほぼほぼ私と同じ感想を抱いたようでした。面白いのが友人の旦那さんも本作を絶賛していたそうで、男受けが良い話なのかな~?と思いましたね。フロンティアの話だし、困難にあっても負けずに戦うってところが良いのかもしれません。



※ネタバレ第一段階(予告編程度)



「バードマン」ではNYの劇場を舞台に再起をかけるかつてのヒーロー役者と周囲の人のアレコレをお洒落に描いたイニャリトゥ監督(町山さんの「映画ムダ話」を聴いて認識を新たにしました)。今年も新作をぶっ込んで来たのがすごいですね。しかも再びめちゃくちゃノミネートされてますし。 今回はガラっと変わって開拓時代の北米、ワイルドなフロンティアを行く男達の映画ですよ。

1823年のアメリカ大陸。ヒュー・グラス(レオナルド・ディカプリオ)は仲間達と一緒に狩猟中、クマに襲われて重傷を負います。仲間達に助けられて手当を受けたグラスですが、ひん死の状態になった彼は足手まといに。狩猟の隊長ヘンリー(ドナール・グリーソン)はグラスを殺すには忍びないので、彼が息絶えるまで側についていてやり、その後手厚く埋葬することにしました。その役割に志願したものはフィッツジェラルド(トム・ハーディー)と若手のジム(ウィル・ポールター)とグラスの息子ホーク(フォレスト・グッドラック)でした。他のメンバーはヘンリー隊長と一緒に先を急ぐことに。グラスと残された三人でしたが、フィッツジェラルドがグラスを殺そうとします。それに気付いた息子のホークと争いになり、ホークは殺害されてしまいます。グラスは重傷の為息子を助けることが出来ず、ただ見ていることしか出来ませんでした。フィッツジェラルドとジムはまだ生きているグラスを地中に埋めて、その場を去るのでした。

ひどいですね〜。トム・ハーディーはマッドマックスなのに!というか、やっぱり彼はこういうちょっとセコい悪役が似合ってる感じもします。グラスの息子ホークはどう見ても先住民なので、きっとグラスの息子的な存在なんだろうなって思っていたんですが、グラスの回想で先住民の妻(グレース・ドーヴ)がちょいちょい出て来るので、どうやら先住民との間に出来た子供みたいなんですよね。息子にしては、プリオの成分全然入ってないように見えちゃったんですが。

クマにズタズタにされてしまうグラスですが、クマって怖いですね〜。ライオンや虎よりも重量もあるし力もあるし猛獣じゃないですか。プーさんだとか、テディベアだとか言ってキャラ化したクマを可愛がってる場合じゃないですよ。子供たちにもクマはハチミツが大好きなちょっとドンくさいお友達じゃなくて、森で出会ったのならば死を覚悟しなければいけない猛獣だってことを教えなくていいものなのだろうか・・・とちょっと不安になりましたね(笑)。

ひん死の状態で埋められても驚くべき生命力で這い上がるグラス。彼はフィッツジェラルドへ息子の復讐を誓い、文字通り地面を這って追いかけるのです。これ本当にあった話だそうですが、すごいですね〜。極寒の荒野で、食べるものもほとんどないんですよ。しかも開拓ライバルのフランス人や敵対する先住民を避けながら、進んで行かなければならないという過酷を極める超サバイバル旅!プリオはもうものすごく頑張ってるんだけど、ここからが一気に眠くなるところです。

撮影監督は「ゼロ・グラビティ」や「バードマン」のエマニュエル・ルベッキさんで、もちろん撮影賞にノミネートされています(今回も受賞濃厚)。プリオの迫真の演技を接近して捉えるカメラワークなんですが、近過ぎて水滴や血しぶきがカメラに飛んでる(息がかかって曇ったりもしていたかも)。これってアリなの・・・?と私は思ってしまったんですが。レンズ表面についた水滴や血がカメラの存在を示してしまい、なんか一気に現実に引き戻されてしまうんですよね・・・。恐らく今の技術だったら特殊効果でそれを消すことも出来ると思うんですが、あえて残したんでしょうか。ここはちょっと謎でした。



※ネタバレ第二段階(ラストまで)



過酷なサバイバル旅を続ける中で、一番印象深かったのはプリオが馬の中で一夜を明かすシーンですね。敵の追跡をかわすために馬で爆走するプリオ。ところが崖から馬ごと落ちてしまうんですよ。プリオは木に引っかかり助かるんですが、馬は地面に激突して死んでしまうんですね。その後、プリオはナイフで馬のお腹を開いて一抱えもある臓器を取り出します。「死んでしまった馬のことをムダにせず食料にするんだな。私も馬刺食べたい・・・」と思うも、さにあらず。なんとプリオは馬のお腹をからっぽにした後でおもむろに服を脱ぎ、馬のお腹の中へ入って厳冬の夜を越すのでした。すげえ・・・・。先人のサバイバル技術、半端ねえ!!!ブリザードに見舞われた夜を無事に越して、馬の腹から出るプリオ(馬が人を出産したみたい)。馬はカチコチに凍っていますが中は快適だったようです。身支度をして先を急ぐプリオ。去り際に凍った馬をそっと撫でるシーンがなんだか良かったです。

そして後半で遂にフィッツジェラルドと対決することが出来るのですが、ここがものすごい死闘でした。復讐を胸に、想像を絶するような過酷なことを乗り越えて、乗り越えて、ようやっと・・・というストーリーは日本人にこそ受けそう。対決シーンは日本のお侍さんが戦う時代劇のようでした。ここでもプリオの頭の良さが光ってましたね。死体の背に木の幹を入れて馬に乗せ、生きているようにみせかけ、自分が運ばれている死体のふりをするという・・・。無事に復讐を遂げられて良かったですが、なんだかそれでも虚しい・・・といった感じの渋いラストでした。

うーん、地味に続くサバイバル旅の途中で意識を失っちゃったし、あまりアレコレ言える立場じゃないのはわかってるんだけど、すっごく面白い!!!と人に勧められる映画ではないです・・・(バードマンもそうだったけど)。褒めていた夫は「ストーリーにアップ&ダウンがあってよかった」とコメントしていましたが、まあ感じ方の違いがありますよね。ストーリーはいまいち入り込めなかった筆者ですが、役者陣の演技はどれも素晴らしかったと思いますよ。

こすい小悪人を演じたトム・ハーディーの助演男優賞ノミネートには納得だし、プリオの主演男優賞ノミネートは恐らく今回賞レースの大本命と言えるのではないでしょうか。だから、ずーっとアカデミー賞に関して不憫な扱いを受けていたプリオが主演男優賞を取って欲しい・・・!と祈るのみ。「ギルバート・グレイプ」で助演男優賞ノミネート、「アビエイター」、「ブラッド・ダイヤモンド」、「ウルフ・オブ・ウォールストリート」で主演男優賞ノミネート。・・・でも受賞経験未だになし!そう考えるとこの「レヴェナント」の役柄がなんだかプリオ自身のセルフパロディーにも思えて来ます。過酷な環境で、クマのオモチャにされ、息があるのに埋められ、地面を這いずって、馬の腹の中に入り、耐えて、耐えて、耐えて、頑張って、頑張って、頑張って・・・これでもかー!どや、アカデミー!と主演男優賞に挑むプリオ自身の姿にも見えるのです・・・。まだライバルたちの作品観てないですけど、間違いなく撮影の過酷さでは一番でしょう。もうここまでやったんだから、いけずせずに受賞させてあげなよ・・・アカデミー会員の皆さん・・・と思うのでした。

追記:フタを開けてみれば、めでたくプリオが主演男優賞受賞!いや〜、本当によかったですね。クマとウマにも助演動物賞をあげたいですね。

『ルーム』主演男優賞にノミネートされてないのが不思議







知人が「すごく感動して泣いちゃった。たぶんもう一度観る」と褒めていたこの映画。町山さんのポッドキャストで気になっていたんですが、アカデミー賞主演女優賞にノミネートされたのをきっかけに鑑賞してみました。もの凄くよかったです。扱われている事件は本当にひどいものなんですが、生まれた時から監禁されていた五歳の男の子の目を通して見る外の世界の描写が本当に素晴らしかったし、ラストはこれからの希望に溢れていて素晴らしい映画でした。


※ネタバレ第一段階(予告編程度)


ジャック(ジェイコブ・トレンブレイ)は5歳を迎えたばかりの可愛らしい男の子。ママ(ブリー・ラーソン)と一緒に小さな部屋に住んでいます。彼にとっては部屋の中の世界がすべてで、外に出たことはありません。でも優しいママといつも一緒です。ママは小さな部屋の中で出来る限りのことをジャックにしてあげています。ストレッチをしたり、読み書きを教えたり。夜になるとジャックはクローゼットの中で寝ます。オールド・ニック(ショーン・ブリジャース)というおじさんが部屋にやってくるからです。ママはある日ジャックに部屋の外の世界について教え始めます。実はママはオールド・ニックによってこの部屋に7年間監禁されており、その間にジャックを生んでいたのでした。

ママ役のブリー・ラーソンがアカデミー主演女優賞にノミネートされました。極限状態にあっても希望を失わない強い女性であり、誘拐犯との間に出来た息子だけど彼のことを心底愛しているお母さんの演技は確かに素晴らしいです。そしてジャック役のジェイコブ・トレンブレイくんも、それにひけを取らない素晴らしさを見せていました。特に印象的だったのがトラックの荷台から初めて空を見た時の表情。これは本当に生まれた時から監禁されていた子のそれと同じですよ!!!演じていることを全く感じさせないこの素晴らしさ(たぶん、鑑賞中の筆者も空を初めて見たジャックと同じ表情になってたと思う)。すごい・・・、すごい!と大変に驚きました。しかし!この神演技を披露したジェイコブくんは主演男優賞にノミネートされていません。ホワーイ、なぜに?!前述の知人にこのことを告げると彼女も大変驚いていました。比べるのもアレだけど「世界にひとつのプレイブック 」のブラッドレー・クーパーよりもずっといい演技してたと思うんですが・・・。

町山さんのポッドキャストを聴いてはいたものの、ほとんど話の展開を忘れちゃっていたんですね。だから監禁から外の世界に出るということまで描かれているのを知らなかったんですよ。オールド・ニックがレイオフで失業してしまうんですが、ママとジャックが住む部屋の暖房が切られたりして次第に生活が脅かされて行くんですよ。このままオールド・ニックが経済的に困窮すれば邪魔な自分たちは殺されるかもしれない・・・と考えたママは5歳になったジャックに脱出を託して色々なことを教え始めます。



※ネタバレ第二段階(映画の中盤まで)



ママは部屋の暖房が切られたせいでジャックが病気になったことにして病院に連れて行って欲しいとオールド・ニックに懇願しますが、薬を持って来られるだけでこの計画は失敗してしまいました。一計を案じたママはジャックが病気で死んだことにして絨毯で彼を包みます。トラックでどこかに行って埋葬してほしいとオールド・ニックに頼み、ジャックを外へ出すことに成功するのでした。ここのあたりは心臓がバクバクして、ずっと手を口に当てっぱなし。5歳の今まで外に出たことのない子に命綱の役割が果たせるのだろうか、お願い、どうか、どうか・・・!!!と祈りました。

そのサスペンスとともに、外に出たジャックが初めて見る空の明るさや、吠える犬や大人のでかさなどがブン!と観客に向かって来るのです。初めて外に出た5歳児目線を映像によって追体験するというのは今までになかったことなので、ここはすごくフレッシュでした。オールド・ジャックに見つかってしまうんですが、通行人のおじさんに助けられたジャックは警察に保護されます。大事に持っていたママの抜けた虫歯を警官に見せるジャック。事件性があることに気が付いた警察はジャックの証言から監禁場所を割り出して、ママを救出することに成功するのでした。

ふわー!よかったー!!!と膝の力がヘナヘナと抜ける瞬間ですよ。再び前述の知人(幼稚園教諭)曰く「5歳の子にあのタスクは結構難しいと思う。私が知ってる5歳児の中でやれそうなのは2人くらいかな・・・」と言っていました。やっぱりそうなんだ。保護されたママとジャックは病院にいます。真っ白く広がる病室。窓からは果てしなく続く街がみえます。そこはジャックにとってはまるで別世界でした。おばあちゃん(ジョアン・アレン)とおじいちゃん(ウィリアム・H・メイシー)がかけつけて、ママと7年振りの再会に涙を流しています。

病院での検査を終えて、おばあちゃんの家へ帰ったママとジャック。その日は大勢のマスコミや街の人に囲まれての帰宅となりました。無事に帰宅したものの、ここからがまたママとジャックにとっては試練だったのです。ここがリアルですね~。劇的に助かって、よかった!で終わりじゃないんですよ。



※ネタバレ第三段階(ラストまで)



おばあちゃんはジャックのことをとても愛してくれますが、おじいちゃんはジャックのことを直視出来ません。やはり誘拐犯の子であるということが、彼をそうさせているようです。このおじいちゃんの気持ちもわからないでもないんですよね・・・。娘が帰って来て嬉しいけど、父親が誘拐犯の子を受け入れられない複雑な気持ちなんだと思います。そのことでママとおじいちゃんは喧嘩をし、おじいちゃんは自分の家に帰ってしまうのでした。おじいちゃんとおばあちゃんは離婚していて、おばあちゃんは新しいおじいちゃんのレオ(トム・マッカムス)と一緒に暮らしています。この人はいい人だったので、ジャックは少しづつ彼と仲良くなって行きます。

少しづつ、少しづつ、普通の5歳児が体験するようなことを覚えて行くジャック。ここも涙なしには見られません。ああ~、どうか幸せになっておくれ・・・と見守ります。それに外に出てからのジェイコブくんの演技が脱出時にひけを取らないくらい素晴らしいんですね。これって子役なんだよね?演技なんだよね?っ てくらいナチュラルなんですよ。

勇気のあるママはメディアのインタビューに応じることになりました。やっぱりインタビュアーからデリケートなことも聞かれちゃうんですよ。「息子さんが大きくなったときに、父親のことをどう説明しますか?」とか・・・。ママは「息子には父親がいません。誰も父親ではない、私一人で生んで育てた子なんですから」と答えるんですね。これは本当にそうだと思いますよ。あの部屋でママ一人で生んで、ママ一人でこんなに賢くていい子に育てたんだもの。しかし後に鬱状態になったママは自殺を図り、病院に搬送されます。

一方ジャックは、新しい世界に少しづつ触れて行きます。同じ年頃の子とボール遊びをしたり、おじいちゃんのレオが連れて来た子犬と遊んだり。この新しい体験がいちいち泣かせるんですよ。ああ、この子には無限に広がる未来がある。どうか健やかに幸せに育っておくれ・・・と願わずにはいられません。きっと孫がいるってこんな感じ?と、擬似的に彼の祖父母のようになった体験をさせてくれるんです。監禁されていたときからずっと女の子のようなロングヘアを保っていたジャックですが、ある日おばあちゃんにヘアカットしてほしいと頼みます。5歳児ながら自らの過去に決別して未来に踏み出そうとしているんですよ。このいじらしさに涙。髪を切ってもらった後に「おばあちゃん、愛してるよ」って言うんですが、涙が次から次に溢れて来るシーンです。

ママが病院から家に帰って来ました。ママは前よりも少し元気になったみたいです。ジャックはママと一緒に警官に付き添われ、あの部屋を訪れます。部屋は一方の壁が取り外されていました。ママと一緒に暮らしていた部屋ですが、今はまるで違ったように見えます。まるで、縮んでしまったみたい。町山さんがポッドキャストで仰っていましたが、昔通ってた小学校とか、子供の頃住んでいた街とかを大人になって訪れると「こんな小さかったっけ?」とビックリしますよね。救出されてからそんなに時間の経過していないジャックでもそう思ってるんですよ。子供の成長は早いのう。ジャックは部屋の中にある様々なモノに触れて、ひとつづつに「さよなら」と言います。ここも号泣。部屋にいたときも、朝起きると「おはよう、ベッド」、「おはよう、洗面台」、「おはよう、テーブル」とひとつひとつのものに挨拶していたんですね。それらに別れを告げるんです。5歳児ながら自らの過去に決別して未来に踏み出そうとしているんですよ(二度目)。

くうー!!!この子はどこまでオバチャンの涙を搾り取るのだ!と目頭を押さえる筆者。希望を感じさせる本当にいいエンディングでした。発端となった事件は本当に想像を絶する様なひどいものですが、そういったものをすべて浄化させるようなジャックの純粋さが輝いていました。ママも素晴らしかったけど、本当にジェイコブくんが素晴らしくてオスカー主演男優賞5年分くらいあげたいですよ。この子天才だよ!オスカーはかすってないですが、アメリカでは様々な賞にノミネートされたり受賞したりしてるみたいですね。マコーレー・カルキンみたいにならずに無事に成長して欲しいものです。

監督のレニー・アブラハムソンの手腕も素晴らしかったですね。作品賞、監督賞、そして脚色賞にノミネートされています。これには文句なしでしょう。レニー監督はおファスの「FRANK」を監督されている方でした。うーん、FRANKあんまり面白くなかったけど、これも繊細な映画でしたね。主要部門でひとつは受賞しそうな気がしますが、どうなるでしょうか。とにかく筆者には、今まで観たことのないジャンルの新鮮な映画でした。

『リアル鬼ごっこ』斎藤工はカンボジア人?

       



「リアル鬼ごっこ」を鑑賞しました。日本では夏休みで色んな大作が公開されている中、実に微妙な選択・・・・ですよね。わかっています。本作観賞後、若い男性の三人連れが「クソ映画決定だな」と話しながら帰って行くのを友人Iが見たとか見なかったとか・・・。しかも筆者は鑑賞中に船をこいでしまい、途中の記憶がありません・・・(わざわざ映画館に観に行ってるのに、実にもったいない話)。しかしながら前売り券を買ってまで観に行った映画のことを書かないわけにはいかないので、覚えている範囲で書いてみます。

結論から言うと退屈だったのですが、若者トリオが言ったように「クソ映画」とバッサリ斬ってしまうのは、少しだけ可哀相という感じがします。ザックリ言うと、三人の女の子(でも同一人物)が容赦なく襲いかかって来るあり得ない事態と戦いながら、自己を探すというストーリー。筆者は原作未読のため、純粋に映画としての感想になります。






※ネタバレします。



ミツコ(この名前は園作品に頻出のヒロイン名だが、監督の初恋の人の名前らしい)は可愛い女子高生。演じるのはトリンドル玲奈です。楽しい修学旅行中でしたが、正体不明の風に襲われてミツコ以外の生徒が全員即死してしまいます。映画の最初の方にある女子高生のショッキングな大量死シーンというと「自殺サークル」(これは名作)を思い出しますね。それに、なんでもスパーッと真っ二つに切って行く殺人風というアイディアは面白いです。アイディアは面白いけど、でもそれだけっちゃそれだけな気もしないでもない・・・。それにアイキャッチなシーンはここだけでした。

ヒロインは修学旅行中のJKミツコ(トリンドル玲奈)→挙式直前の花嫁ケイコ(篠田麻里子)→陸上部のJKいづみ(真野恵里菜)と演じる役者が変化していきますが、本質的にはどれも中身がトリンドルちゃんの「ミツコ」であるという設定のようです。ミツコのことをサポートしてくれる親友アキ(桜井ユキ)はずっと同じ役者で、彼女は各ヒロインが置かれた世界のルールのようなものを熟知しているようです。筆者は陸上部のミツコのパートだけ寝てしまったのですが、どうやらミツコは自身があるゲームの中のキャラクターで、自らの意志を持たない持ちゴマのような存在だったことに気が付きます。

「そんなのいやだ!私は自分の人生を生きたい!」と必死で抵抗するミツコ(再びトリンドル玲奈)は、高校の同級生シュールが言っていたことを思い出します。シュールは枯れ葉を地面に落としてみて、このようなことを言います。「こうやって枯れ葉を気まぐれで落としたとしても、この枯れ葉が落ちる位置は運命によって定められていて、それ以外のところに落ちることはあり得ない。運命からは逃れられない。でも逃れる方法があるとすれば、自分で運命から逃れようと意識する前に自分がやりそうもないことをやるんだ」と・・・。

私も子供の頃に似た様なことを考えていたことがあるので、これにはハッとさせられました。でも意識する前に自分がやりそうもないことをやるってのも運命によって事前にプログラミングされているのでは・・・?などと考え出すと夜も眠れません。ゲームの中のキャラであることから逃れようとするミツコは、自分を誘惑する謎の男(斎藤工)を殺します。この殺人が「意識する前に自分がやりそうもないことをやる」行為となって、ゲームの世界は崩壊。ミツコは真っ白い世界の中に横たわり心の平安を得て終るのでした。「どんなに絶望的で閉鎖的な世界にいたとしても、一念発起して自らの道を切り開くことが大事やで」みたいなことなのでしょうか。まあこれは私のイージーな解釈なのですが・・・。

オール女性キャストによる映画かと思いきや、今をときめく斎藤工がキーパーソン的な役で後半にちらっと出演しています。今をときめく斎藤工って書いたけど、実は私ほぼ彼のことを知りません。「昼顔」って いう不倫のドラマで有名になったエロいイケメン俳優で「5時に夢中!」の内藤さんがラブコールを送っている人という知識くらいで、エンドロールで名前が出た時に「ああ、これが内藤さんの・・・」とわかった程度です。

斎藤さんは真っ白いブリーフ一丁でベッドに横たわり、自分の横をポンポンと叩いて「おいで」というシーンがあるのですが(劇場内では少し笑いが漏れていた)、観賞後に友人Iが「そりゃ行くだろ・・・」と呟いていました。そのわりに、友人I(普段ドラマなどは見ない)も斎藤工のことを知らなかったらしく「あのエロい人は誰?」と言っていました。私が知る限りの情報を与えると「やっぱ人気あるんだ。これから『昼顔』見る・・・」とのこと。しかしファンの方には申し訳ないのですが 、私は斎藤さんが普通のタイ人にしか見えない。画像をググって、じっくりと顔を見てみるとカンボジア人にも見えます。というより、カンボジアのバイヨン遺跡に掘られた男性の顔に見える(参考画像は過去のカンボジア旅行紀を)。鼻が高くて立派で唇が厚いところなんかソックリじゃないですか?

『ラストタンゴ・イン・パリ』男の方がロマンチストなのかも

                       



ドリーマーズ」に続きベルトルッチ監督のR-18映画です。この映画のヒロインと同じ年くらいのときに観たんですけど、ほぼほぼ忘れていたので再鑑賞。あれから年月が経ち、ヒロインのマリア・シュナイダーよりも相手役のマーロン・ブランドの年の方に近づいてきたわけですが、それでも私にはこの映画がよくわからなかった・・・。観賞後に町山智宏さんの映画塾の動画を見て「愛の実験」のようなキーワードを得てから、なんとなく腑に落ちた様な気がしますが・・・まあそれでもなんとなくですけどね。


制止画で構成された予告編。音楽がカッコイイ↓



町山智宏の映画塾↓




同じくこの映画をヒロインと同世代の頃に鑑賞したという友人Iに聞いてみたところ、友人Iもピンとこなかったようです。「女は老いに対しての焦りを、若い異性でなんとかするソリューションがないからでは?」という意見が出ました。確かに古今東西で老いて行く男が若い女とどうこう、というネタは掃いて捨てるほどありますが、その逆はあまり思いつきません。女は閉経というイベントがあることで精神的にも次のステージに上がりやすいと思うんだけど、男は「いつまでも現役」感にしがみつくゆえに無茶をしてしまいがちになるのでしょうか?バイアグラが売れてるのと同じこと?スポーツ新聞やオヤジ週刊誌の広告が精力剤で埋まるのを考えるとそんな気もしてきます(しかし最近の日本の一般紙でも結構あからさまな男性向け精力剤の広告が出てて驚いた。一般紙に出すシモのお薬広告は「」ぐらいにとどめておいて欲しいと思う私は保守的なのだろうか・・・)。

昔は「超エロい映画」という印象だったけど、今観るとこれはちょっと可哀相なオヤジの話なんですよね。たまたま空きアパートで出くわした若い女とやっちゃって「愛の実験」のためにそのアパートを借りるんですが(実験のことはセリフでダイレクトに語られてなかったと思います)結局、女が一皮むけて成長するための踏み台になって終わってしまうんですよね。彼の奥さんがご近所さんと不倫してた挙げ句自殺してたりして、他にも色々とあるんですが。私はラストのこともすっかり忘れていたので、マーロン・ブランドが「俺の名前はポール。年は45歳で、男やもめだ」と個人情報を語り出したときから「ああ、彼らは名前も知らなかったけど、こうして身バレした後で普通の付き合いをしていくんだろうな。変わった出会いだったけど最後はハッピーエンドか」って思ったんですよ。我ながらおめでたいです。しかし不思議なことに身バレした途端にマーロン・ブランドの妖しげな魅力が半減していくように見えるんですよね。若い女を懸命に追いかけるオッサン・・・出来れば見たくなかったという感じでしょうか。

その分、前半のマーロン・ブランドは謎めいていてイヤらしくて独特の魅力を放っているんですよ。若い頃に観た時はピクリともしなかったんですけど(むしろヒロインの恋人役、映画マニアの青年ジャン・ピエール・レオーが出てるから観たような気が)、実にエロいんですよね~。しかも得体の知れない謎の男ってことでエロさが倍増しています。でもベッドシーンは「妖精たちの森」の方が個人的にはエロスだったかな。当時はアナルセックスのシーンが超刺激的で物議を醸し出したそうですが、行為自体は今見ても別になんてことないんです。ただ何故にここでマーロン・ブランドがお尻を出さなかったのか、すごい疑問。このシーンはアナルなんですけど二人とも服着たままなんですよ。それでカメラが上にあって、マリア・シュナイダーの上にブランドが重なってるんですが「これセックスシーンなんですか?」って感じでエロスをあまり感じません。ここでブランドの尻さえ出ていれば、トップとボトムに挟まれた生身の尻ってことでエロさが出たと思うんですけどね~。特に男尻(だんじり)が好きな私は残念でした・・・。ってかセックスシーンって私にとっては男尻(だんじり)を鑑賞するための時間ですからね。その埋め合わせか、後半部でタンゴ・コンテストに乱入したシーンでブランドが審査員のオバチャンに尻見せてるし。尻の出しどころが間違ってるよ、ベルトルッチ監督!って思ったのでした。

マリア・シュナイダーは、なんかイマイチあか抜けない感じの女優さんだと思いました。しかしそこが綺麗なだけではない生身の女っぽくてまたいいのかも。調べたところ既にお亡くなりになっていて、代表作が本作ということですが、スキャンダラスな映画だったためその後のキャリアは低迷してしまっていたようです。彼女は前半でヘアスタイルをチリチリパーマにしたのがよくなかったな~。72年なので、当時の流行だったかもしれませんが、なんかピグモンみたいでした。ファッションも独特でしたね。登場シーンのマダムコートに花の付いた帽子にロングブーツというのは、なんかプロの女性みたいでしたが、だからマーロン・ブランドは間違えてしまったのでしょうか? プチブル家庭の女子大生だということが後からわかるので、逆にそういう雰囲気の女の子にした方がストーリー展開からもグっと来るんじゃないかなって思いましたけど。清楚な女子大生(もちろん処女)が行きずりの中年男とヤリ部屋を借りるほうがずっとロマンじゃないですか。なんか週刊新潮の「黒い報告書」みたいで(実際の事件をモチーフにしたエロ小説のシリーズ。薄気味悪い話ばかりなんだけど、なんだか読ませる迫力があるんですよね。我らが岩井志麻子先生も書いてます)。

ジャン・ピエール・レオーは、登場シーンからハイテンションで恋人をヒロインにして自主映画を撮ろうとしてるという青年です。もう見ただけで「ああ、コイツ映画のことしか考えてないな」ってのがわかる重傷のオタクなんですね。「君はなんて美しいんだ!素晴らしい画が撮れたよ!」などといつもシャウトしているので、とにかく周りの人に見られて恥ずかしいからちょっと黙ってくれないかな、みたいな(笑)。この役はまるでトリュフォーのエピゴー ネンではないですか。「ドリーマーズ」でもレオーとトリュフォー(とアントワーヌ)の関係について書きましたが、この映画でも見事にレオーとトリュフォー、現実とフィクションが交差して思わず目をこすりそうになってしまいます。ベルトルッチ監督とトリュフォーは仲良しだったんですかね・・・?でも、なんとなく映画バカ一直線のトリュフォーのキャラクターをおちょくっている感じもします。

時にアブノーマルなプレイをし、時に父と娘のような関係性を漂わせたマリア・シュナイダーとマーロン・ブランドですが、あっけない結末で終わりを迎えます。タイトルの通りラストタンゴ・イン・パリになるんですよね(二人のタンゴは踊りの体をなしてなかったけど)。あんなに圧倒的な存在感でエロかった謎の中年男は、若い女を追いかけるただのオッサンになってしまったのです。ブランドは45歳という設定ですが、現在だったら45歳ってそこまで年じゃないと思うので今で言うと55歳くらいの感覚なのかな~と思ったりしました。皮肉な最期というわけなんですが、やっぱりピンと来ないんですね。

前に言っていたことに戻りますが、女は現役であることにしがみつかずにアッサリと次のステージに進むじゃないですか。そこではまた女学生みたいな乙女路線もオプションとして用意されてるんですよね。可愛いおばあちゃんっていう。そんで同年代の友達とキャッキャやるとか、女学生時代のリバイバルみたいで楽しい訳ですよ。ババアはコミュ力が高いからすぐに友達が出来るし。マルタの優しい刺繍」とか「人生いろどり」みたいに仲間とスモールビジネスまで立ち上げたりしてバイタリティーもある。

たぶん中年女が旦那に自殺された後だったら、悲しんだ後で「第二の人生始めよう」って現実的に考えて趣味とかに行くと思うんだけど、この映画の中年男は「女がわからない!名前も知らない行きずりの女と関係を持ったら、そこに愛が産まれるだろうか?」って考える。男の方が随分とロマンチストなのかもしれないという結論に至ったのでした。でも女だって現役にしがみついたり、年をとっても性愛をエンジョイしたいという人もいるわけで。逆にそういう映画が観たいですね。女性監督のクールな目線で、ビシッとくるのを一本作ってくれないかな~などと思ったりしたのでした。また、そういう映画をご存知の方は教えて頂けると嬉しいです。

ガトー・バルビエリの「ラストタンゴ・イン・パリ」テーマ曲(ライブバージョン)
ムーディーでエロかっこいいです・・・。

『羅生門』♪人間なんて、ららーらーららららーらー♪

      

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MIFUNEの格好良さは異常。

黒澤明監督の「羅生門」を観に行って来ました。「蜘蛛巣城」や「砂の女」を観に行った時と同じメンバー(チェコ女子二名とその彼氏+元クラスメート日本女子)+プラハ先輩という顔ぶれです。通常はソロ鑑賞ですが、大勢で賑やかに行くのもまたいいものです。しかしこちらで日本の往年の名作映画が観られるとは本当に嬉しい限り。クロサワ、ミフネ、といった単語は「あーニッポンの有名な映画人だってのは充分わかってるけど、ぶっちゃけあんまり知らないんだよね。海外で人気なんでしょ?」という認識でしたが、外国で作品を観て語れる日が来るとは。映画の前に一杯やって、さきいか(日本からの物資) をミフネファンのチェコ女子に食べさせながら上映を待ちました 。

マルチナちゃん(仮名)は「ミフネ・・・かっこいい・・・(日本語)」と言っているファンですが 、私はぶっちゃけ三船さんの良さがイマイチわからなかったですよ。いや、確かにすごい俳優さんだというのはわかるんだけど、そんなにキャーキャー言う様な対象ではないんじゃないかな~と思っていたんですね。しかしそれは三船さんが比較的年を取ってから出演している映画やドラマを観ていたせいなのだと今回わかりました。

羅生門の三船さんは若い!(当時三十歳くらい)そしてもう「!!!」と目をしばたいてしまうほどに格好良かったのです。格好いいと言っても、男前だとかイケメンなどという枠には収まりきらないトータルな格好の良さなんですよね・・・。最後の侍とは良く言ったものだと思います。まずお顔ですが、パーツがどれも大きくて男らしいんですよね。特に目元の力強さたるや。そして虎のような野生美と色気を漂わせていますよ。高濃度で高純度、高品質の男性フェロモンがブシューっと放たれているというか。顔の造作が濃いので日本人離れしていると言えばそうなんだけど、決してバタくさい方には転がらず日本的な力強さの方に比重があるんですよね。そして豪快かつストイックな雰囲気があって、登場しただけで圧倒的な存在感がある。今、こんなタイプの俳優さんいますか・・・?私にはちょっと思いつきません。なるほど海外でも(むしろ海外人気の方が高いか)レジェンドとなっているお方なんだなあ・・・と思った次第です。まさに俺たちが世界に自慢したい日本人、それが三船敏郎なんだなあ・・・。

さてこの映画ですが、世界でも 凄く評価が高い名作です。有名な賞だとヴェネツィア映画祭で金獅子賞です、そしてアカデミー賞の外国語映画賞の前身となる賞を受賞しています。画も俳優の演技もクオリティーが高いというのは私でもわかりますが、さすがに半世紀以上前の映画なので正直ちょっと地味っちゃあ地味かも・・・という気もします。強奪、暴行、裏切り、殺し合い、絶望とドラマチックな要素てんこもりなんですが、あまり毒々しく描かれていないんですね。当時のポスターには「むせかえる真夏の草いきれの中で繰り広げられる盗賊と美女とその夫の、息詰まるような愛欲絵巻!」と書かれていますが、もっとエグく、もっとエロいものを観たいという21世紀の観客(エログロ好き)にはアッサリしすぎているのかもしれないなあと思いました。

芥川龍之介の王朝ものと言われる平安時代を舞台にした短編小説「薮の中」と「羅生門」をミックスしたあらすじです。羅生門はたしか、現国の教科書にも載っていた様な・・・羅生門で雨宿りをしている下人がほっぺたに出来たニキビを気にしているという描写があって、私も当時ニキビに悩まされていたのでそこだけ妙に印象に残っていたのです(笑)。映画の最初と最後が「羅生門」でメインが「薮の中」という構成です。青空文庫で久しぶりに読みましたが、どちらも本当に短い小説なんですよね。



予告編↓




※ネタバレします。


時は平安時代。ボロボロに荒れ果てた羅生門という門の下で杣(そま)売り(志村喬)と旅の坊主(千秋実)と下人(上田吉二郎)らが雨宿りをしています。「こんな話があるんだけど、さっぱりわからん」という出だしで、彼らが話すのが「薮の中」のストーリーです。武士の金沢(森雅之)とその妻、真砂(京マチ子)が山中を旅していると、盗賊の多襄丸(三船敏郎)に目をつけられて事件に巻き込まれます。その後、杣(そま)売りは金沢の死体を山の中で発見。そして多襄丸は金沢の馬と武器を持っていたところを見つかって捕らえられます。一方妻の真砂は寺に駆け込んでいました。当時で言う裁判が行われ、多襄丸、真砂、金沢(イタコの口寄せ)各人から事情聴取が行われますが、それぞれに違ったことを証言するのでした。ちょっと映画を観ているだけでは飲み込めなかった部分があるので、自分なりにシコシコとまとめてみたいと思います。なお、解釈は私個人によるものなのでその点ご了承下さい。


盗賊 多襄丸の証言:山中で旅の夫婦を見つけて、妻の真砂に一目惚れをし強奪しようと計画。夫の金沢に「この先に埋めてある隠し財宝を安く譲ろう」と嘘を持ちかけ、薮の中に誘い込み隙を見て金沢を縛り上げた。それを見た真砂は短刀で多襄丸を刺そうとするが、彼女を手込めにした。その後、自分の妻になって欲しいと真砂に頼むが「女の恥を二人の男に見られては生きて行けない。夫(金沢)を殺して下さい」と真砂が発言した。しかし多襄丸は金沢の縄をとき、決闘を促す。死闘の末に多襄丸が勝利するが、真砂は逃げてしまう。

武士の妻 真砂の証言:多襄丸に手込めにされた後、彼はどこかへ消えてしまった。縛られている夫の金沢に許しを請うたが、夫は軽蔑した目つきで自分を見るだけだった。いっそのこと自分を殺して欲しいと夫に頼むが、夫はより一層冷たい目で自分を見るだけだった。夫を殺して自害しようと、まず夫を短刀で刺した。だが自害することが出来ずに自分だけ生き残ってしまった。

武士 金沢の証言:多襄丸は真砂を手込めにした後、自分の妻になって欲しいと真砂に頼んだ。多襄丸に情を移した真砂はそれを承諾し、罪の意識から逃れる為に金沢を殺害して欲しいと多襄丸に頼んだ。その頼みに驚いた多襄丸は金沢に真砂を自分と行かせるか、それとも殺すかの二択を与えた(この行為は、金沢に多襄丸を許してもいいという気にさせた)。それを聞いた真砂は逃げて、多襄丸は真砂を追いかけた。一人になった金沢は絶望して短刀で自殺した。

さらに映画では、ことの一部始終を見ていたという杣(そま)売りの証言が付け加えられます。

杣(そま)売りの証言:多襄丸は真砂を手込めにした後、真砂に妻になって欲しいと地面に手を付いて懇願した。真砂は金沢の縄を解いて、二人の男に自分を巡っての決闘を促した。ところが金沢は真砂に対する気持ちが冷めた為、彼女のために決闘する気はないと告げた。それでも真砂は「真の男なら決闘で決着をつけるもの」と二人をたきつけ、その流れで二人の男は決闘をすることになった。二人は互角な死闘というほどでもない、そこそこの決闘を繰り広げた。多襄丸が金沢に勝利するが、怖じ気づいた多襄丸は真砂に許しを請う。しかし真砂は逃亡してしまう。

つまり、多襄丸、真砂、金沢の証言はみんな嘘だったということなんですね(杣売りの証言が完全に正しいものであれば、という前提ですが・・・)。杣売りの証言によると、なんともトホホな顛末ではありませんか。そして三者は異様に自分のプライドや体裁を気にして嘘の証言をしていることがわかります。殺人罪についてはむしろ自分がやったと被りに行ってるので、罪のなすりつけ合いではないところが実に興味深いです。

多襄丸の証言:手込め後、縛られた金沢を殺すのではなく、男らしく決闘を申し込んで死闘の末に勝利した=金沢を殺したのは多襄丸。
杣売りの証言:真砂を連れて逃げたかったが、彼女から「男だったら決闘しろ!」とけしかけられて、なりゆきで勝ってしまった。その後平謝り。
実は・・・男らしい盗賊などではなく、流れで決闘して勝ったものの、意外とヘナチョコだった。

真砂の証言:手込めにされたせいで夫の金沢から軽蔑されてしまい、彼を殺して自分も死のうと思った=金沢を殺したのは真砂。
杣売りの証言:金沢は真砂のことを見限ったが彼女から「男だったら決闘しろ!」とけしかけられて、なりゆきで負けてしまった。
実は・・・夫の金沢から(深い愛ゆえに?)軽蔑されたのではなく、単に命を賭けてまでしてキープしておきたい女だと思われていなかった。

金沢の証言:手込め後、妻の真砂から多襄丸に鞍替えされて逃げられ、絶望して自殺した=金沢を殺したのは金沢自身。
杣売りの証言:金沢は真砂のことを見限ったが彼女から「男だったら決闘しろ!」とけしかけられて、たまたま多襄丸の刀が当たって死んでしまった。
実は・・・妻の真砂のことを命を賭けてまでキープしておきたい女だと思えず、流れで決闘したものの、なりゆきで負けてしまった。

女に決闘をけしかけられて流れでやってしまうというのは、なんかちょっと男二人がだらしないような気がしますね・・・。夫婦二人の嘘は多襄丸が殺していないとすることで共通している部分がありますが、やはり盗賊風情によるひと突きで死んだというのは隠したい不名誉なことなのかもしれません。

自分を巡っての決闘をけしかけた真砂はビッチ認定・・・?でもその前に手込めにされてるんだから気の毒ですよね。ってか、ええとこの奥さんが、縛られた夫の目の前で盗賊風情に犯されるんですよ。この部分がこの話で一番エグい部分だと思ってるんですが、残念ながらセリフで語られるだけで直接の描写はありません(接吻シーンはあった)。手込め手込めって言ってるけど、後のシーンで衣装の乱れもまったくありません。なんだったらここだけ園子温監督で再現してもらいたいと思ってしまいました(笑)。

当時の女性は男の従属物ではありましたが、その分ずっとしたたかな生存戦略があったと考えると、真砂は夫とはまるで違うタイプの多襄丸に手込めにされている最中「あれっ、結構この男いいかも!」と思ったのかもしれません(笑)。接吻された後で、短刀をポトリと落としていますし(その後、彼女の手から落ちた短刀が地面にブスっと突き刺さるのだ。メタファーか)。なので夫と対決させても勝つだろうと見越して、計算して決闘をけしかけたのかもしれませんね(多襄丸は真砂に不自由させないだけの蓄えがある、とアピールしてましたし)。多襄丸の証言の中で真砂が「夫を殺して下さい」というシーンがありますが(DVD写真にもなってる)そのときの彼女のスっと情が消えた表情が凄くいいんですよね。冷たい眼差しにゾクゾクしました。

金沢の証言を聞くためにイタコ(本間文子)が呼ばれるんですけど、このイタコも、ものすごい熱演でした。口寄せしてるときに風がバーっと正面から吹いて、衣が舞い上がるんですが、それも計算し尽くされてる様な妖しさでした。証言シーンでは地面に敷かれたゴザの上に各人が座らされているんですが、後ろの方に杣売りと旅の坊主が座っているのが常時ボンヤリと見えているんですね。迫真の演技で一生懸命証言する人と後ろでボンヤリ見ている人の距離感がなかなかよかったですね。

杣売りが「違う、本当はこうだったんだ!」と自分が見た一部始終を旅の坊主と下人に話すと「えー、それマジで・・・」となんだかダウナーな雰囲気に。「自己の体面ばかりを気にして保身に走る人間とは、なんと浅はかなものであろうか・・・」的ことを言うなお坊さん。平安時代の殺人事件ですが、今日の日常生活だってこのようなことはよくありますよね。千年以上経っても人間のエゴは変わっていない。たはは・・・という感じですが、映画のテーマ的には♪人間なんて、ららーらーららららーらー♪ってことなんでしょうか。

そのとき赤ん坊の鳴き声がしました。三人が見てみると捨てられたばかりの赤ん坊が門のところに寝かされています。下人が赤ん坊に着せられていた着物を盗んで逃げます。下人は、杣売りが現場から真砂の短刀(高価なもの)を盗んだことを言って逃げて行くのでした(そういえば短刀の行方については伏線が張られていた様な気がします。杣売りが持っていたのか)。薮の中事件に加えて、赤ん坊を捨てる親に短刀を盗んだ杣売りに着物を盗んだ下人。マジで世も末じゃ・・・と赤ん坊を抱いて絶望するお坊さん。

杣売りは赤ん坊は自分が育てようと言うのでした。既に6人の子を育てているので7人になったところで大した違いはないと言って赤ん坊を抱きかかえます。この杣売りの行いがお坊さんに「やっぱり人間、捨てたもんじゃない!」という気にさせるのでした。激しい雨は止んで太陽が出ています。杣売りが赤ん坊を抱いて陽光の中を歩いて行くシーンで映画は終わります。最後に救いがあるエンディングでした。原作は救いようのないラストで終わるんですが、♪人間なんて、ららーらーららららーらー♪の後に、やっぱり人間を救うのは人間であるという人間讃歌になっているんですよ。これぞザ・世の中というものではないでしょうか。

最初の方では「なんか地味な映画だ・・・」と思っていたけど、原作読んだり感想文を書く為にネットの解説を読んだり短縮バージョンの動画を見たりしているうちに、だんだんと羅生門の世界に引き込まれてしまいました。ストーリーもちょっと複雑だし、これはリピートしてこそ面白くなる映画なのかもしれません。次の邦画鑑賞会も楽しみです。

『ラッシュ/プライドと友情』主演の二人は魅力的だが・・・

        


左が剛、右が光一(日本語吹き替え版)。


公開前、プラハの地下鉄やトラム停留所にたくさんポスターがあったので楽しみにしていた一作です。マイティー・ソーことクリス・へムズワースとヨーロッパ映画を中心に活躍する実力派、ダニエル・ブリュールがライバル同士のレーサーを演じるF1ムービーです。監督は「アポロ13」のロン・ハワード。

別の映画を観に行ったときに流れた予告編がメチャ面白そうだったんですよ。疾走するマシン、男二人の熾烈なライバル争い、そして人生・・・みたいなのが細かいカットでテンポよく繋がれてて「おお〜!」と思い、隣に座っていた夫に「次はコレ観るからね!」って言ったのでした。それで観に行ったのですが・・・正直、期待していた程ではありませんでした。実はこの映画は実話を元にしているんですね。70年代にF1で活躍したイギリスのジェームズ・ハントとオーストリア(チェコの隣の方)のニキ・ラウダの話なんだそうですよ。ニキ・ラウダさんご本人が映画を絶賛されているようなので出来は決して悪くないと思うんですが、もうちょっとこうだったらいいのに〜という部分があったのも確かです。



※ネタバレします。




主役二人のキャラクターはとても魅力的です。ルックス、パーソナリティー、ドライビングスタイル・・・どれを取っても全く対照的な男二人なんですね。まずジェームズ・ハント(クリス・へムズワース)なんですが、金髪碧眼の大男(しかしあまりに体格がいいとレーサーとしてはどうなんだろうか)で、ギャルにモテモテで女好きのプレイボーイ。「ハント。ジェームズ・ハント」って自己紹介するのはライカ007ですかね。ドライビングスタイルはどちらかというと直感的な感じでしょうか。一方のニキ・ラウダ(ダニエル・ブリュール)は茶色い髪、茶色い目で中肉中背(いやむしろ小柄かも)で真面目な性格。運転テクだけではなくメカニックにも通じていて、ハントと比較するとキッチリとした感じのドライビングスタイルです。

この二人のレーサーとしてのキャリアと人間関係がテーマになっている話なんですがね・・・なんか私はいまひとつ入り込めませんでした。まず二人にとってレーシングがどれだけ大事なのかってことの描写が足りなかったと思うのです。レースの前は毎回死ぬかもしれないというプレッシャーに押しつぶされそうになるんですよ。ハントは毎回リバースしてるし。ライターカチャカチャやめられないし。それでもレースに挑む男たちはカッコイイ。でもなぜそこまでするのか?恐らく彼らにとってレーサーであることを辞めることこそが、死ということでしょう。泳ぐことをやめてしまうと死んでしまうマグロのように・・・(ってもうちょっと綺麗な例えがなかったものか・・・)。だからいつまでも走り続けなければならない。レーサーであることと、生きていることが殆ど=で結ばれているんだと思います。だからこそ、その部分をもうちょっとだけ掘り下げて欲しかったなあ〜。F1に詳しい人だと背景知識をよく知っているから逆に掘り下げは不要なのかもしれませんが・・・。

しかしクリへムは本当にカッコイイな〜、と今回改めて思いましたよ。今までなんか金髪のゴリラ・・・って思ってましたけど・・・画面にいるだけでものすごく華があるというか、彼の方を思わず見てしまう吸引力があるんですよね〜。今回はチャラいF1レーサーということで美女とイチャイチャするシーンもあり、見事に引き締まった筋肉とおしりを見せてくれました(尻フェチは必見)。一方のダニエル・ブリュールは、クリへムと比べちゃうとやっぱり地味なんだけど、なんかリスみたいで可愛らしいです。「みんなで一緒に暮らしたら」のときはアンパンマンみたいだなって思いましたけど、そこがまたキュートというか。ものすごいオーストリア・ドイツ語なまりの英語は聞き取りに苦労しましたが、これも見事でしたね。彼はドイツとスペインのハーフだからというのもあるかもしれせんが、独、西、仏、英(なまりも自由自在)を話せるようなので、すごいなあと思います。

私の好きなシーンは、未来の嫁マレーネ(アレクサンドラ・マリア・ララ)と出会ったニキ・ラウダがドライビングテクを披露するシーンですね。イタリアのパーティーでニキと嫁が出会うんですよ。で車がないニキが嫁の車に乗せてもらうんですね。しかし田舎で車がエンコしちゃって、通りかかったイタリア人に車を借りようとするんですよ。嫁は「イタリア男なんて、女が頼めばチョロいわよ」って言ってヒッチハイク。車が見事に止まるわけなんですが、イタリア人は嫁を見て止まったわけではなくレーサーのニキ・ラウダ(フェラーリと契約してて既に有名人)がいたから止まったんですね。「あのニキ・ラウダが俺の車を運転しているんだぜ〜!」と興奮するイタリア人に嫁のメンツ丸つぶれ(彼女はニキのことを知らなかった様子)。で「そんなに有名なレーサーなのに、おじいちゃんみたいな運転ね」って言うんですよ。ニキは「今は仕事中じゃないし、お金ももらってないから、本気出す必要ないし」って言うんです。でも嫁が「本気出してみなさいよ」ってけしかけると、ポンコツ車でものすごいドライビングテクニックを披露するんですよ。同乗のイタリア人大喜び。「見た?」という表情のダニエル・ブリュールに萌え〜でした。

一方、ジェームズ・ハントの嫁スージー(オリヴィア・ワイルド)は、やはりというかモデルです。しかし世の中には綺麗な女優がたくさんいるものですな〜。オリヴィア・ワイルドもメチャ綺麗だし、アレクサンドラ・マリア・ララもしっとりした大人の女性って感じで素敵です。アレクサンドラさんはあまりに落ち着いている感じの人なので、童顔のダニエル・ブリュールがたまに息子みたいに見えるんですが(笑)。ハントとスージーは結婚したものの、夫婦仲があまり良くなくてすれ違い気味。そういえばハントのパートではインコがよく出て来るんですよ。最初の方でハントが看護婦をコマすシーンでもカゴに入ったインコが出て来たし、嫁に別れ話を切り出されるシーンでも飼っているインコが意味ありげに映っていました。イライラしたハントがインコのカゴに当たるんじゃないかとハラハラしてしまいましたが・・・。

ところでハントとラウダは初対面でケンカしてたんですね。ハントがコーナーでラウダにぶつかったとかなんかで、ラウダがハントに中指たてて食って掛かるんですよ。そこからライバル関係がスタートし、レースを重ねる度にハントが勝ったりラウダが勝ったりしてトップを争う好敵手同士になっていくのです(ちなみにチェコでのタイトルはズバリ「ライバル」)。競っている間になんとなく互いへのリスペクトみたいなものが生まれて行くわけですが、邦題にある「友情」ってのは少し性質が違うものではないかと・・・。映画ではこの二人、密に連絡取り合ったり、一緒に飲みに行ったりしてませんからね。友情に限りなく近いライバル関係というところではないかと思ったのでした。Wikiによるとハントとラウダは売れない頃に同居していたという記述もあったりするので、リアルでは仲良しだったんでしょうかね〜。

その後、あるレースでラウダがスリップ事故を起こして車が炎上してしまい、全身大火傷の大惨事が起きてしまうのです。その日は大雨が降っていて、通常よりも事故が起こりやすい日でした。つまり死ぬ確率が普段よりも高いレースだったのです。ラウダはレース前にミーティングを招集して「危険だからやめよう」と言うんですが、多数決でレースは決行されることになってしまうのでした(ちなみにハントは決行側に一票を投じていた)。嫌な予感は的中しラウダは縁石に乗り上げてクラッシュ。なんとか一命は取り留めたものの大やけどを負ってしまいました。しかし、奇跡の回復力で数ヶ月後に復帰。やけどの跡も生々しい姿でインタビューを受けるラウダに記者が失礼な質問をするんですね。怒ったラウダはその場を退席。一部始終を見ていたハントが、その記者に「お前、ちょっとこっち来い」って裏でシメるんですよ。ここはなんか良いなって思いましたね。しかしあんなにでっかいクリへムにシメられたら即死してしまいそうですが(笑)。

ラウダは復帰レースで4位になり、見事にカムバック。その後、日本で行われたレースは事故のトラウマが蘇る様な大雨で、ラウダは途中棄権します。ハントは確か4位くらいだったのかな。その後で、たまたまプライベートジェットの飛行場で出会った二人が昔を振り返る様な話をしてエンドという地味な終わり方でした。実際のハントとラウダの映像も最後に出て来るんだけど、本当にクリへムとダニエルに雰囲気そっくりなんですよね。ここはちょっと感動しました。120分ほどの尺なんですが主演の二人がそれぞれに魅力的なので、先に述べたようにレーサーとしての心意気描写とかも含めて、もう少しだけそれぞれのキャラを掘り下げたりしても良かったんじゃないかなあ〜とも思いますねえ〜。そうするとラウダ感動の復帰レースや、ハントが記者をシメるシーンもよりグっとくるようになったと思うんですが。

日本では来年公開で、日本語吹き替えキャストはKinKi Kidsだそうです。ハントが光一でラウダが剛。逆じゃ?って思ったのは私だけ?クリへムのマイティー・ソー2作目は、チェコでは11月上旬公開ということでこちらはとても楽しみです。

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